第3話 狂化の壺
謎の老人ルキロスに出会った後。
優達は誘導されるがままに拠点となる村へと案内された。
不安や疑心はあったが、現状で頼れる人物がルキロスしかいない。
担任の先生もここに来ては全く機能していなかった。
それぞれが与えられたエンドの力に溺れている。
ただ、まだ統率は保たれており、ここまで一緒に過ごしてきた仲間。
流石に他者を攻撃する自体にはなっていなかった。
(まあ、そういう時はあのおじさんが止めてくれるはず)
優はそう考えながら、気持ちを落ち着ける。
恐らく、クラスの中で最弱。いや、この世界の誰よりも弱い自信がある。
溜息をつきながら、優はよろよろと歩いていると隣から聞きなれた声が聞こえてくる。
「大丈夫? 優? 顔色悪そうだけど」
「あ、うん! 少し立ち眩みがして」
「何かあったら構わず言ってね! 確かにエンドだっけ? それは残念だったけど何かあったらあたしと晴木が守ってあげるから」
歩くのが遅い優に歩幅を合わせながら、楓は微笑む。
女神のような彼女は何処の世界に行っても変わらない。
小声で優は返事をして楓にお礼を言う。
楓の口癖は【三人はいつも一緒】というもの。近くにいなくても心は繋がっている。
見ず知らずの人が聞けば恥ずかしい言葉である。
ただ、優はずっとこの楓の何気ない一言がずっと心に突き刺さっている。
そして、いつか想いを伝えるその日に……優もこんな言葉を言いたいと思うこの頃。
「おほほほ、あそこじゃ」
気が付けば自分達の拠点となる村に到着したようだ。
村、というよりは集落に近かった。
着くなり数人の男女が優達のことを出迎えてくれた。
ただ、服装からしてあまり裕福とは言えない。
ボロキレのようなもので隠しているだけで、下手をすれば見えてしまうぐらい。
見た目もボロボロ、ただそれでも笑顔で出迎える理由。
優は気がかりであったが特に気にせずクラスメイト達と共に村の中に入って行った。
村の中心部まで移動するとそこには大量の武器が置いてあった。
剣や弓や杖。ガリウドに対抗するための武器。持っているエンド能力を武器に伝えながら戦うのが基本的な戦法。
ルキロスがそう言うとクラス男子は興奮する。
ゲームでしか見たことがなかった剣やその他の武器。
ただ、不思議なのはどれも錆びているということ。
これでは、仮にガリウスと戦闘になってもすぐ壊れてしまう。
とてもじゃないが使い物にならない。
そのことに気が付いた晴木がすぐに意見を出す。
「大体分かりました、ただ、武器がなければ例えエンドが優秀で基礎能力が高くてもガリウドは倒せない……もっといい武器はないんですか?」
「晴木君と同意見です! そもそも、担任として自分の生徒をこんな危険なことに巻き込むわけにはいきません!」
晴木の意見に賛同するクラスメイト。そして、続くように担任の矢代美嘉(やしろみか)が便乗してくる。
普段は生徒と同じ目線で話しており、生徒の気持ちを理解しようと必死である。
おしとやかな性格だが、周りに流される癖があり、それが災いを呼ぶときがある。
容姿がいいので男子生徒からは支持されている。
みんなからは「みかちゃん」と呼ばれており、舐められているのか。それとも友達として扱われているのか。
優も自分の体質と勉強のことで何度も相談に乗って貰っている。
だが、八代の言葉に反論するように。冷たく、嘲笑う声がこの場を支配する。
「はぁ? もうこの世界に来たら言葉でどうこうするより、力こそがものを言うんじゃないの?」
「ふむ、お二人の意見も最も、だが、そこの強気のお嬢さん、正解じゃ……この世界ではエンドこそが全て」
(やっぱり、葉月紗也華(はづきさやか)が噛みついてきたよ)
優は険悪な表情で不満顔の葉月を見ていた。
彼女、葉月紗也華はこのクラスの中でもカースト上位に位置する。
ウェーブのかかった髪型が特徴的でお洒落が好きな女子である。
成績優秀、社交的な性格で友達も多い。
ただ、優は正反対な性格で強気な彼女が苦手だった。
当然、その意見に楓は遮るように割って入る。
「違うよ! こういう時こそみんなで協力してやっていこうよ! ねぇ、紗也華ちゃん?」
「あんたのそういうところ……嫌いなのよ! いつも、みんなで仲良くとか協力とかそんなの出来る訳ないでしょ!」
「いや、これは楓の言う通りだな! このクラス全員が結束するチャンスだ! 作戦や戦術をしっかりすればこの武器でもなんとかなるだろ!」
二人が言い争う前に晴木がなだめる。
強気な葉月も晴木の前では何も言い返すことが出来ず、舌打ちしながら黙り込む。
楓はウインクしてそんな晴木に無言でお礼の合図をおくる。
優も一安心して、晴木に感謝していた。
「おっほほほ、まあまあそのぐらいにして、じゃがやはり武器が貧弱ではガリウスに対して満足な戦い出来ぬ、そこで提案がある」
ルキロスの発言に村の者達は流れるように動き出す。
事前に準備、段取りされていたかのように。
すると、村の男達が巨大な壺を持って来た。
だが、その瞬間に異臭が全員を襲う。
顔をしかめながら、優はとても異様な物だと感じた。
さらに、よく見ると壺の近くに血のようなものが付着していた。
(これは一体!? こんなもの速く片付けた方が)
大きさとしては人一人は入れるぐらいの物。
嫌な予感が優と楓と晴木の間を通り抜ける。
寒気による震えを感じる中で、ルキロスはさらにこの場を震えさせる言葉を放つ。
「これは【狂化の壺】と言ってな……簡単に言うとこの壺に人肉、つまりは【生贄】を捧げる儀式のためにあるのじゃ」
「い、生贄!? 何言ってんのこの人」
「さっきから無茶苦茶なことばかり、ど、どうしてそれを私たちの前に出すんですか?」
「遠回しに俺たちの誰かがその壺の餌になれという訳ですか? そんなの出来る訳ないですよ」
「それよりその壺臭いからさ、どけてくれない、生贄とか有り得ないでしょ」
全員が狂化の壺に対してとルキロスに怒りを見せる。
優も鼻をつまみながら恐怖の壺をまじまじと見ていた。
ただ、ルキロスはしわを寄せながら不気味な笑みを浮かべる。
何かがあると優はすぐに察して、言葉を待つ。
そのルキロスの次の言葉は現状の優にとってとても危険なものだった。
「待て待て、説明は最後まで聞くべきじゃ……ただ、生贄を差し出して終わりではない、この壺には大量のエンドが詰まっている」
「と、言いますと?」
「強い武器ほどエンドの消費が激しい、そしてそれを作成するためにもエンドが必要となる、そして、ちょうどお前達のグループはこの壺に入っているエンドを全て使うことが出来る! この中から生贄を差し出すことが出来たらのぉ」
過去にも狂化の壺に生贄になった人物が数多くいるとのことだった。
そして、運がいいのか、悪いのか。ルキロスが言うにはちょうど何人目かで壺の持っているエンドを放出するチャンス。
周期的に生贄を差し出す代わりに、エンドをプレゼントする方式なのだ。
これなら、八代が言う危険度も多少は少なくなる。武器が強ければやられることもない。
そして、晴木の言う戦術や作戦も練りやすくなる。
一人の犠牲で多くの人が助かる。初めは有り得ないと思っていた生贄も、心が揺らぐ。
静まり返る中で、優は石のように体が硬直していた。
唇を震わせながら、辺りを見渡す。
気が付けばほとんどの視線がこちらに向いていた。
そして、葉月が優のことを見下しながら優が恐れていたことが現実となる。
「ああ、一人いるじゃない……生贄の最有力こ・う・ほ」
葉月の一言で吐き気が襲う。口の中が酸のような味でいっぱいになる。
なんとか耐えて、優はみんなの方を見る。
いや、ここで負けてはならない。
まだ言い返せばなんとかなる。優が口を開こうとした時だった。
「駄目! 絶対ダメ! なんで優が生贄になんかならないといけないの! さっきも言ったけど、武器が何なのよ! 全員で協力すればなんとかなるって」
「俺も反対だ! 目の前で親友が生贄になるところなんて見たくないしな! お前らどうかしてる」
「楓……晴木……」
「はぁ、まあ、いいわ! それでおじさん! 戦闘とかの訓練どうするの?」
葉月は腕組みしながらルキロスにイライラしながらこう聞き返す。
ルキロスは軽く笑いながら、杖を軽く地面に叩く。
「そう焦るな、今日は村の者たちと交流して、体を休めろ……とは言っても明日からもう戦闘訓練は始める、各々(おのおの)準備を忘れずに」
ルキロスはそれだけ言い残して立ち去って行った。
それからクラスメイト達も各自でグループを作って散って行った。
優は一安心して地面に座り込む。
先ほどの緊張感と恐怖から解放され、優は呼吸を荒くしている。
その、優を背中をさすりながら楓は優しく密着して言葉をかける。
「大丈夫、何があっても優は私達が守るから」
「まあ、そう言う訳だ! 周りが何と言おうと俺達はお前の味方だ」
「二人共、本当にありがとう……僕も頑張るよ」
何度感謝しても仕切れないぐらいに。優は立ち上がり、何度も二人に頭を下げる。
しかし、遠くからルキロスが物陰から笑ってその光景を見ていた。
「さて、いつまであの状態が続きますかのぉ……ほほほほ」