第1話 幼馴染と親友
笹森優(ささもりすぐる)は体が弱かった。
その上、内気な性格もあってか、友達はあまり多くなかった。
しかし、それでも優に絡んでくれる人物はいた。
「ねぇねぇ! 優! 今日の授業も大変だったね」
一人は夏目楓(なつめかえで)。優の幼馴染で幼稚園の頃からの付き合い。
高校生になった今でも一緒に帰る仲である。
自慢のポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、ひまわりのような笑顔で優に問いかける。
優は不意に近付かれ、心臓の鼓動の動きが速くなる。
緊張しているのが丸分かりだ。
楓はクラスの中でかなりの……いや、学校一の美少女と言ってもいい。
それに学業優秀で、所属しているテニス部でもエース。
そんな優にとって高嶺の花である楓の何気ない言葉に静かに頷く。
長い付き合いでも、優はいつまでたっても楓のテンションにはついていけない。
たまに考えるのがどうして自分はこんな魅力的な子と一緒にいるのだろう。
そんなことを思っていると後ろから楓に負けないぐらいの元気な声が聞こえてくる。
「おーい! わりー! 遅れちまった! サッカー部の集まりがあってよ!」
茶髪で陽気な性格で女子からとても人気がある『風間晴木』が二人の後ろを追うように駆け寄ってくる。
彼もまた優の親友の一人である。中学で知り合い、風間から話しかけてきたのが始まりだった。
好きな漫画の趣味がとてもあって、すぐに打ち解けた。
楓もそんな優と風間が話しているところに来て知り合った。
虚弱体質の優に対しても何も言わず助けてくれる日々が続いた。
「もぉ! 遅いよ! 今日は三人で優の家で勉強するって言ったでしょ!」
「ははは……まあ、そう言うなって! サッカー部の出水がなぁ……」
と、風間と楓が優を押しのけるように話し込んでいる。
優と風間。タイプ的には全く違う二人。
不思議と楓も先ほどより怒っているが微笑んでいるように見える。
優は無言で後ろを歩きながらその光景を不安に思っていた。
「楓は……晴木との方がお似合いだよね」
二人には聞こえないぐらいの掠れた声でそう言った。
まだ打ち明けてないが、優は楓のことが好きなのだ。
幼い頃からずっと今まで想い続けてきた。
一途にその想いは途切れないでいたが、最近になってもしかすると……楓は風間のことが好きなのではないか。
そう考えると夜も眠れない日々が続く。
我ながら馬鹿だなと思う。いつも助けてくれる親友なのに。
こんな嫉妬心を抱くようになるなんて。
優は、こんな気持ちのままでは駄目だと感じている。
ただ、そう思えば思うほど弾かれたゴムボールのようにその想いは強くなっていく。
勉強も運動も性格も社交的な二人。クラスの人気者。
誰が見てもこの二人が結ばれた方が幸せだろう。
歩く速度が遅くなる。体全体が鉛を背負ったかのように。
だが、それを察した風間がそんな優を気遣う。
「おっと、どうしたんだ? 優?」
「あ、いや何でもないよ」
「うーん、なんか今日……優、調子悪そうだけど大丈夫?」
心配されるが優は大丈夫と言い切る。
すると、風間は何かに気が付いたのか楓に向かってこう言った。
「ああ、なんか優の奴調子悪そうだし、先に行っててくれ、少し休んで行くわ」
「えぇ! 本当に大丈夫なの?」
「お前なら優の家なんて一人でも行けるだろ! ここは俺に任せておけよ!」
「うーん……分かった」
半ば強引に風間は楓に先に行くように伝える。
渋々ながらも楓はそれに了承し、鞄を両手に持ち直して二人から離れて行く。
すると、風間は優の方を向く。何を思ったのか。
唐突に風間はこんなことを急に切り出す。
「お前さぁ……あいつのこと好きなんだろ?」
「……そうだね」
動揺することなく優は間髪入れずに風間に答える。
そんな普段は見ない優に風間は驚きを隠せなかったようだ。
軽い笑みを浮かべ、風間は静かに「そうか」とつぶやく。
この想いだけは誰にも負けたくないし、嘘もつきたくない。
優にとって楓を想う気持ちは本物だった。
例え、風間と楓が両想いだったとしても……でも、その時は心から祝福したいと考えている。
だが、風間は優に歩み寄り、優しくこう言った。
「よし! そうだと思ったぜ! 応援するぜ……優」
「え、だって」
「ははは! まさか、俺と楓が出来ていると思ったか? んなわけねえだろ! お前ら見てたらそんな気なんてさらさら起きねーよ」
不安が解消され、優の体全体の力が抜けきる。脱力感が襲う。
そんな優を見て風間は笑っていたが、優にとってはとても重要な問題だった。
「応援するぜ、まあ、恐らく楓は……お前のことが」
「え?」
「いや、とにかくお前の家に行こうぜ! 楓にも悪いしな」
最後の風間の言葉が気になったが、優は深く考えることなく風間と共に自分の家へと向かって行った。
◆◆◆◆◆◆
テスト前の勉強会は毎回行われている。
と言っても優の勉強を見るために行われている感はある。
優と違って風間と楓は勉強がとても出来る。
だからこそ、二人と同じ大学に進むために。優は必死に勉強している。
そして、一段落着いて三人は休憩へと入った。
下の階から優の母親が飲み物とお菓子を持って来た。
談笑しながら風間は用事があると言って少し席を話すと言い出した。
その時。風間が優を見ながら微笑んでいたのは言うまでもない。
楓と二人っきりの空間。優は落ち着いていられず、いつもより飲み物を飲む量が増えている。
顔が赤くなり、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
すると、楓が参考書を閉じて優にこんなことを言い出した。
「ねぇ……優?」
「ああ、う、うん! 何かな?」
「本当に私たちと同じ大学を受けるの? そ、その言いにくいけど無理なんじゃないかな?」
「え?」
神妙な顔つきで楓は優にはっきりと現状を語る。
確かに、優の現在の成績では無理な可能性の方が高い。
それは優自身が一番分かっている。
持っていたシャープペンシルを震わせながら床に落とす。
(どうして? 楓は急にそんなことを……)
悲しむ優にすぐに楓は表情を元に戻し、慌てて補足する。
「あ、いや! そういうことなんじゃなくて……無理に同じ大学に行かなくてもいいんじゃないかなっと」
「でも、僕は楓と春木と同じ大学に行きたい! 二人とは違って勉強も何も取り柄がないから……楓の言う通りかも知れないけど」
「あーうん! だけどさ、同じ大学に行けなくても私は絶対に優のことは見捨てない! それは晴木だって同じだよ」
楓とは家も隣同士。だからこそ、言っている言葉の意味は理解出来る。
優は飲み干した自分のコップを見つめながら、深く考え込む。
本当にそれでいいのかと。でも、楓が言っているからそうなんだろう。
そして、楓は軽く優の肩に手を置いてきた。
「無理なんかする必要ないよ……例え、同じ大学に行けなくても、それは一つの結果だから」
「案外ドライなんだね、楓」
「ううん、むしろ優しいのよ! 優は体が弱いんだから……夜遅くまで勉強してるんでしょ? 目の隈が物語っているよ」
元々頑張り過ぎる性格である優。
楓は最近の優のことをよく見ており、体の調子がいつもより悪いことが分かっていた。
(だからさっき立ち眩みがしたのか……楓のこともあると思うけど、睡眠不足か)
「挑戦することも大事だけどあまりにも壁が高いときは逃げることや遠回りすることも大事! 優は自分の体のことを第一に心配してね」
「う、うん! 楓に言われちゃしょうがないね」
「おっと、戻って来たけど俺は邪魔だったか?」
真剣な話をしている時に晴木が戻って来た。からかいながら、優と楓を見渡して遠慮なく椅子に座る。
楓はそんな晴木にいつも通りの反応だった。
しかし、優は何処か心が落ち着き、体が軽くなった。
ふっきれたのか。優は再びシャープペンシルを持ち直す。
(よし! 頑張ろう!)
◆◆◆◆◆◆
二人が帰った後。優は今日ははやめに勉強を切り上げて優はベッドに横たわる。
何気なく、修学旅行で撮った写真を見る。
これは自分と楓と晴木の三人で一緒に撮ったものだった。
楽しい思い出はいつまでたっても色あせない。
だからこそ、優はこれを大学でも。そして、もっとその先も……。
叶わないかもしれない。だけど、頑張りたい。
優は眠気が最高潮となり、そのまま深い眠りについた。
(明日もまた楓と晴木と……)
だが、優はこの時気付いていなかった。
ここから運命の歯車は別の方向に動くことに。