刃夜―⑤―
視界に広がるのは、白い蒸気に包まれた大きな部屋。
八体の人の形をした炭が点在し、柱の様な硝子柱が、立ち並ぶ。
その奥にある一際大きな二柱の間から臨む大型電子端末は、まるで神話を描いた遺跡の石碑の様に見えた。
電子機器の石碑の前に男が立っている。
黒いトレーナーのフードで頭を覆い、ローマ数字のIIIの字が腹部から脇に掛けて白く塗られている。トレーナーの男の首に掛かるローマ数字のVIIIを象った金色のネックレス。下半身を覆うトレーニングパンツには、黒に炎のペイントが施されていた。
フードの間から見える男の顔の左半分と左手は、彼を挟む様にして立つ、二体の”ウィッカー・マン:クァトロ”と同じ銀鏡色の輝きを放っている。
液体窒素による白煙が充満する部屋に立つ彼の後ろで、大きな裂け目を負った二本の硝子柱がブルースの眼に入った。
――キャニスとアンティパスを奪ったのか!?
ブルースは心の中で、狼狽し、黒の上下に、それぞれ白と赤に彩られた男の周囲を確認。トレーナーを着た三白眼の男は、ドアを蹴破った自分を見ていなかった。
ブルースは、”ヘヴンズ・ドライヴ”を構え、右足で駆ける。超加速で、男の視線の先にいるナオトの腹部を右腕で抱え、硝子柱の陰に隠れた。
トレーナーを着た男の視界から逸れると、ナオトの立っていた位置が爆発。
爆散した白い空気から放たれた、氷の欠片がブルースの首筋を撫でる。
「相変わらず、会話も出来ねえのか、ブルース?」
柱の広間の部屋に、冷気に包まれた男の怨嗟の声が広がった。
「お前の
ナオトを離すと、ブルースは軽口で応える。
二人のいるところは、ケネスから見て右側である。
ケネスの背後の二柱より大きくはないが、それでも部屋の中での存在感を訴えるには十分な柱が列を作っている。
8本の柱が8列。
ブルースとナオトは、研究棟の入り口付近の隅にある二柱に、それぞれ背を預けていた。
「目を見て話さない。口から大事なことも話さない……相変わらずだな」
ケネスの口から出た、落胆と歓喜の入り混じった嘆息が、部屋の冷気に混じる。
ブルースは沈黙を保っていると、
『知り合いの様だけど、何があった?』
隣のナオトが、考えるブルースの隣の柱の影から問う。
ブルースは入口、ナオトは研究室の隅の壁に、それぞれ目を向けていた。
銀騎士が右腰から短剣を取り出す音が聞こえる。左腕の籠手に装填しながら、犬耳兜越しの視線が更なる説明を求めている様だった。
「軍にいたアイツに、エクスキュースの気が見られたので監視対象に置いて、
ブルースは説明するが、ナオトから怪訝な口調は消えなかった。
「その
銀騎士は、右腕の手甲に付けた射出式短剣の接着の遊びを確認。遊ばせた金属と装甲の腕部分の衝突する音が、ブルースに『まだ言っていないことがあるだろう?』という疑問詞に聞こえた。
「軍隊でエクスキュースの力が目覚めたから、やり返したんだよ。チャヴとか言いやがるからよ。だから焼いてやった。中々快感……正に、”
ケネスが思い出しながら、歓喜で上体を逸らしながら話している様を、ブルースは右親指で指しながら、
「あんな風に自然発火現象を起こせる奴の凶器、殺意に”未必の故意”だのを立証していたら、推定無罪の原則が吹っ飛んで、魔女狩りが起きかねない。かと言って、殺せもしない。虐めていた奴らも100%悪いから、軍を辞めさせて、俺が面倒見ていた」
ブルースの隣で、柱に背を預けるナオトは鞭を弛ませ、手首を利かせている。その動作は、ブルースに『話を逸らすな』と本題を急いている様に見えた。
「治療にはリハビリがある……UNTOLD関係の実験でな。それから、能力査定と格好つけた暗殺にテロ。精神不安定になった仲間も密告させた。地獄だぜ……」
ケネスの一言で、ナオトはブルースへの追及を止めた。
だが、ブルースは微かに感じる冷気に、柱越しのナオトから殺意の視線が混ざった様に感じつつ、
「おかしいな……お前の様に、生活苦や虐待を受けていて、そのリハビリが嫌いな”エクスキュース”には、新しい身分と生活に困らない金、それから仕事や高等教育という選択肢が与えられていた筈だが?」
ブルースは、ショーテル”ヘヴンズ・ドライヴ”二丁を手に、柱の影からケネスの前に出る。
少なくとも、あの様な体質を持つケネスを初めとした”エクスキュース”が、
ケネスの顔を覆う銀灰色の皮膚は、”ナノマシン:リア・ファイル”の侵食である。
持ち運び可能な電子演算器のリチウムイオン充電池は、充電し続けると、充電池は劣化する。その回数も500回で、上限を増やすことは出来ない。
石灰石の罅に、マンガンや鉄などのイオンを含んだ液を入れると、枝状の
ケネスの顔と体を侵食する”リア・ファイル”は、その
監視も兼ね、生活支援等がケネスにも、手厚く支給されていたのだが、
「ふざけんじゃねぇ!! 何で、俺の”ウィゾ・バター”が否定されなきゃなんねぇんだ! アイツらが悪いのに、なんで俺が逃げなきゃならねぇ!!」
「とまあ、あの通りだ。鬱屈した劣等感に、金と教養を与えても、他者排除の口実にしかならん。都合のいい部分しか聞かないし、聞き分け良いように見えて、生活苦で高校じゃなくて、全寮制の軍隊学校に放り込んだ母親への“お礼参り”と言わんばかりに、再婚相手の愛人ごと焼き殺した。刑法でも裁けない上に、精神不安定だから、ロンドン暴動で発生させた、喧嘩の中で死なす予定だったが……」
ブルースは柱の影のナオトに向き直し、喚き散らすケネスを顎で指すが、
『それで……その顛末が、これかい?』
呆れた口調で、ナオトがブルースへ溜息を吐く。
ブルースの途切れた言葉の続きは、ケネスによって吐き捨てられた。
「ああ……同じ、チャヴとレッテル貼られた奴から、暴動に見せかけて殺されそうになったぜ。目隠しさせられて、腹だけでなく頭と延髄を何度も殴られ、下腹部も潰されそうになったが、何とか生き延びたぜ……”リア・ファイル”によってな!」
ケネスの笑いが最高潮となり、空間が歪む。
空間に出来た揺らぎは、八つ。
水蒸気を含んだ液体窒素を吸い込むと、銀鏡色の”四つん這い”に変わった。
「”クァトロ”……”ウィッカー・マン”がどうやって、ここへ!?」
ナオトの困惑が、研究棟に響いた。
ブルースは、その正面にいる元凶のケネスを見据える。
ケネスの嗜虐に満ちた視線が、ブルースの中の思考が急回転した。
「まさか……空間転位か!?」
空間転位。口にしたブルースも、目にしたことは片手の指で数えるほどしかない。
それもその筈で、移動は、「
しかも、転移場所へ送る熱力量だけでなく、転移場所が
”リア・ファイル”の熱力の源を考え、ブルースは血の気を引きながら、叫んだ。
「まさか……移動の際のエネルギー、お前を通して、
バンクーバーで起きていた、発火現象自体、普通の橙色の炎で焼かれたものと、青色で焼かれたものがある。
前者がマイクロ波照射。本来のケネスの”エクスキュース”の能力で言えば、こちらの攻撃である。
後者は、プラズマと体内放電。青色のものは、炎色反応で言えば、波長の短い高温度によるものだ。
理論上、アルミニウム1gで、約六十基の火力発電所の熱出力を得られ、人間の体重換算では発電所の生産する電力に充てても、お釣りが来るほどだ。
“ウィッカー・マン”は、人間へ攻撃するときに、青い炎を発する。それは、情報量を強制的に変換した熱を使って、死に至らしめるからだ。
ハーバーセンターの地下研究施設にいた人数は、十二人。
彼らを使って、”ウィッカー・マン”を召喚すること自体、造作もないことだった。
“リア・ファイル”で、人間を熱力に変換することが出来れば、猶更である。
『だが、それでもおかしい。エントロピーはどうなる。転移させたなら、目の前のケネスはどうだ。
ナオトの疑問はもっともだ。
決まった燃料の車が、それに準じた走行距離を持つのと同じ様に、
“リア・ファイル”の熱出力量が”ウィッカー・マン”を送れる水準に達しても、その道が無いと絵空事に終わる。
だが、
「エントロピー……それがあるんだよ、二人の
ケネスの能力である自然発火。
それは、視線から発したマイクロ波を用い、熱源と助燃材を疑似物理現象で作り、爆発させる。
単純な熱力の入出力量は、
ケネスは、自らの肉体を熱力量の波を調整する”弁”となり、熱力量の溢れる
「つまり、バンクーバー市内を騒がせた自然発火現象は、ケネスと”ウィッカー・マン”の移動の為の熱源を提供する為に画策されたってことだ!」
ブルースが吐き捨てる様に言うが、
――しかし、それだけの為に、
「何、うだうだ言ってんだ……ケツに火を点けるぞ?」
ケネスの言葉に、思考を中断したブルースは前傾姿勢で駆けた。
ブルースの立っていた位置が、白い光を放ち、黄土色に輝いて爆発。
彼は、”ヘヴンズ・ドライヴ”の作る
背後に視線を向けると、ナオトの姿は見えなかった。
入り口に並ぶ硝子柱八本が、白煙に覆われている。
白煙の揺らぎを感じると、上半身を時計回りに捩じった。ブルースの右手の”ヘヴンズ・ドライヴ”から再度現れた半月刃が遠心力を得て、”クァトロ”の左胸部に食い込む。
切れ目から音が発生すると、左に向けて一直線。左胸の急所を振動させながら、”四つん這い”を両断した。
単振動の刃は、液体窒素と水蒸気の霧を晴らし、その背後に潜んでいた”クァトロ”を炙り出した。
ブルースは、背後から来た”四つん這い”を、交差斬りで左胸部に単振動を送り込む。
二刀の斬撃を受け、倒れる”クァトロ”。
しかし、その屍を乗り越える、”四つん這い”がもう二体。
その背後で、ケネスが佇みながら、恨みのあるブルースではなく、視線を別に向いていた。
ケネスの視線は、入り口から二列目の四柱を捉える。その壁沿いにいるナオトを、3体の”クァトロ”が囲んでいた。
ブルースは、ケネスのいる立ち位置に続く順路――つまり、8x8の柱の中心部から走る。
しかし、ブルースの目の前で、ナオトを囲む三体に光が広がった。
入り口側の”クァトロ”の咢が、ナオトが両手で束ねた鞭に遮られ、電子の牙が散光。
咬みつき攻撃を防いだので、彼は二体に背後を見せてしまう。
ブルースは、
ナオトの方角に向かって放電。ナオトの周囲を液体窒素の気化白煙に変えた。
酸素を篭めた、
空気に触れた圧力膨張で、煙幕と化した。
「”ウィッカー・マン”の皮膚を使った、マイクロ波反射……陳腐すぎて、面白くない」
ブルースが、ケネスに向けて吐き捨てる。
”ウィッカー・マン”の皮膚は、金属製だ。
電磁放射式加熱器に、アルミ箔を入れると火花が出るのと同じで、金属は電磁波を反射する。ケネスの発火能力の熱源であるマイクロ波は、脳波に乗せる為、一人か一体にしか照射が出来ない。
それなら、反射物があればどうなるだろうか。
ケネスは”ウィッカー・マン”の反射する皮膚を利用した反射で、相手に殺熱視線を送ることが出来る。
「そりゃ、直ぐに殺し尽くしたら面白くねぇだろうよ……ブルース? 笑わす側が笑わされたら、面白くもねぇよな。
ケネスの弾ける様な嘲笑を前に、ブルースは二振りのヴンズ・ドライヴを逆手に持ち帰る。
右足を引いて、右手の刃を見せつけながら、ブルースは左半身を切った。しかし、切った左半身から左脚を後ろに下げながら、腰を入れて突き出した左の刃でケネスの顔を映す。
左の刀身を上に、右のそれが振れる寸前ですれ違わせながら、
「
ブルースは、左右それぞれを上下に据えた三日月刀を、入れ替えながら、
「空港の遺体でも、皮膚が泡立って焼けたのが一体だけだ。ついでに聞くと、”ウィッカー・マン”転移に使った熱力はどうした。熱力量なら、
逆手に構えた半月刃の上下を入れ替えながら、ブルースは足運びを行う。
「答えは簡単だ。マイクロ波をこっそり使うのは、お前の力だ。それは変わらん。”ウィッカー・マン”の転移と侵入。それはお前のじゃない……
ブルースが断言しながら、足で内から半月を描きながら移動。
それが、ケネスの笑いのツボにはまったのか、嘲笑を顔から爆発させた。
上体を曲げ、腹を抱えたケネスは、
「分かったからって、どうなんだよ……。それより、空気の心配が先じゃねぇの? 俺は発火能力だから、酸素位、既に体内で作っている。お仲間は、装甲を纏っているが”ウィッカー・マン”の皮膚から出来ている以上、何れ喰われる。酸素を用意していても、ここにある窒素で、お前も何れ窒息する」
笑いで呼吸を詰まらせながら、事実を述べるケネス。
彼の銀色の左顔面とその中の有機的な輝きが、ブルースの背後から迫る、”クァトロ”を二体映した。
”四つん這い”の跳躍に、ブルースは大きく膝を曲げる。
飛び越えた一体目の前脚を、左のショーテルを、時計回りで一体の胸部を切り離した。その反動で、右手のショーテルを逆手から持ち替えながら、二体目も分断。
ブルースは左右の刃を交差させながら、ケネスを凝視。
「ケネス、さっきから俺に恨みをぶちまけている割に、俺への攻撃を”ウィッカー・マン”に任せて、マイクロ波照射を行っていないけど……?」
「そういう話術は、お前の得意技だよな……少なくとも、窒息するだろうが、テメェは
ケネスの言葉に、ブルースは息を呑んだ。
――サロメからか……。
そもそも、情報と言えるのは、確実に「
「
ケネスの宣告と共に、ブルースは左から風を感じた。液体窒素に包まれた白煙を纏った“ウィッカー・マン:クァトロ”の顎が、彼の左首筋を捉える。
ブルースは、”クァトロ”と逆方向に右足を置き、”ヘヴンズ・ドライヴ”の鍔から覗く銃口を突きだした。
すると、”クァトロ”の叫び声の代わりに放たれた、黄色の爆発と白煙が彼を包み込んだ。
「何やってんだ、テメェ。圧縮空気には、酸素や水素だけでなく、窒素も含まれている。窒素の圧縮は、アンモニアを作り、その中に酸素を放り込んだら爆発。分かりやすく言うと、
液体窒素の圧縮により、火薬の原料となるアンモニアが出来ることくらい、ブルースは承知している。しかし、ケネスは重大な事実を見落としていた。
「悪趣味だな……。だが、生憎、長く生きている分、特技もあってね。
ケネスは訝し気に、顔をゆがめる。右半分が銀色の顔に、緊迫の色が染まり始めた。
研究施設全体にいた”ウィッカー・マン”は、十二体。
道中の二体は、ブルースとナオトの二人で倒した。
残り十体の内、二体はケネスの傍にいる。
五体はブルースが倒した。
三体は、ナオトを追っている。
後者はどうなったのか?
「で、『
ブルースの言葉と共に、白煙から銀流が飛ぶ。
ケネスの右側に立っていた、”ウィッカー・マン:クァトロ”の頭部に突き刺さった銀流の正体は、三本の短剣。
白煙が、一陣の風に舞い上がると、殴打音が響く。
殴打されたのは、短剣の突き刺さった”ウィッカー・マン”。しかも、その左胸が、鎖に繋がった”クァトロ”の上顎の牙で潰されていた。
ケネスは咄嗟に右腕を上げるが、巻き上がった白煙が逃さない。叫び声を上げる前に、白煙に包まれた上顎の牙が、ケネスの右腕を貫いた。
弾けた笑いのケネスの顔の表情筋が、引き攣る。
収縮したケネスの表情筋からの視線が、白煙の向こうにいる背骨の鞭を持ったナオトとその足元に奪われた。
うつ伏せで倒れている3体の”ウィッカー・マン:クァトロ”。
左胸には、短刀がそれぞれに突き刺さっていた。
「”ウィッカー・マン”を
ケネスが叫びながら、腕にめり込んだ”クァトロ”の上顎を右腕から引き剥がそうとする。ズタズタに咲かれたトレーナーの右袖に食らいついた”クァトロ”の頭を、銀色の左手が掴んだ。
痛さと悔しさに滲ませたケネスの視線が、ナオトを再度捉える。
ケネスの加熱視線を覚ったブルースの脚は軽かった。しかし、ケネスの傍を守る二体目の”クァトロ”の動きも速い。
左手のショーテルから放つ単振動の刃は、前脚を二つ切断。懐に潜り込み、ショーテルの半月刃の先端を左胸に突き出した。
ブルースは背中で、前脚を失った”クァトロ”を退け、二本のショーテルを左手に持ち替える。右ポケットから取り出したものを投げた。
金属音の反響音が研究室全体に響く。
ナオトに気を取られたケネスの左顔面に、黄色の塊が弾けた。
投げられたのは、液体窒素で凍結したバナナ。
ブルースが休憩室を散策していた時に、一本拝借したのだ。
凍結した果実を投げつけられ、ケネスの体は教会の鐘の様に全身を揺らす。
刹那、揺れる体が前のめりにされた。右腕に食い込んだ上顎を取ることは叶わなかったケネスの顔は、液体窒素で凍った床に口づけをさせられる。
ナオトの鞭による引き寄せで、顔面を叩きつけられたケネスの顔面は紅く染まり、口から前歯が雹の様に落ちた。
白煙と霜に包まれた床を、鮮やかな赤が踊る。悔恨の顔に染まるケネスは、膝を付けながら、上目遣いでナオトを見上げた。
ナオトに映るケネスの血みどろの顔は、本来
だが、
「”ワールド・シェパード社”は、隊員たちが”ウィッカー・マン”と戦いやすくする為に実戦と研究を重ねている。その武器が使えるようにしないとね……」
ナオトはそう言うと、鞭を強く引いた。
今度は、フード付きパーカーの左腕に鞭が絡み、強制的に仰向けにさせられた。その衝撃と痛打が、後頭部を襲う。
ブルースは、”ワールド・シェパード社”の専務であるナオトを敵にして、尊敬すべき味方だと思っている。人間の意地ではなく、”知恵”を重視。
知恵を活かす為に、知識を貪欲に得ようとする。その為には、前線を駆けることも厭わない。
――ビリー=クライヴも一目置くはずだ。
人類の敵と言う、”ウィッカー・マン”とそれに続くUNTOLD、
視野の広い者にして、行動できる日本人青年の信念は、”ブライトン・ロック社”と関わり、理解を深めようとした。ナオトの姿勢は、”ウィッカー・マン”を憎む”ビリー=クライヴ”を、ただの戦闘狂に終わらせなかった。
「なら、ビリーと同じだ。武器が開発されれば、僕が試す。少なくとも、試作品で死ぬなら、僕一人で十分だ」
用兵術としては、不十分な決意だ。しかし、経営者にして技術者、開拓者としては申し分ない覚悟だった。
ブルースは今までの戦いで見た、彼の信念から来る強さを買っている。
ロックとは別の意味で、未来を切り開くと考えて。
「僕たち人間は、乗り越えられる。その犠牲が、僕で済むなら安いもんだ」
人間として、等身大でどこまでも足掻くこと。それが、ナオトの強さだった。しかし、彼の誇りに満ちた顔が消える。
対して、ナオトの足元で仰向けとなったケネスの顔は、ブルースを蔑んだ視点と同じものを見せていた。
「そして、お前は俺も殺せない」
ブルースが言うと、ケネスは視線を大きく逸らした。それから、両手で頭を抱えながら悶え始める。
声にならないブルースへの殺意を叫び声に乗せ、ケネスは再びうつ伏せた。
「助かったよ。ブルース」
ナオトが溜息と共にブルースへ礼を短く言った。
ケネスに向き合っていた時、ブルースも攻撃を仕掛けていた。
空気を介して伝わる媒質は、電波だけではない。
人間の可聴域は二十ヘルツから二万ヘルツ。
可聴域を超えて、聞こえない音としては、低周波音や高周波音と呼ばれている。LRADという指向性――相手に直接伝える――兵器の低周波音を、”ヘヴンズ・ドライヴ”を交差させながら、ケネスに当てていたのだ。
その威力は、”
ケネスは電磁波を使ったものだが、ブルースはそれだけでなく、空間を伝わる全ての波を操ることが出来た。
それが、
ブルースの布石に次ぐ、布石にケネスはこちらを上目遣いに睨みつけた。
頭の痛みで目が涙ぐみ、三半規管を揺らされたのか、恨み言の代わりに出た嘔吐物が唇を濡らす。
胃液と未消化の食物で遮られたケネスの恨み節が、研究棟に響いた。