第40話 魔族と魔人
城に着いたオルトたちはそのままヒース王たちがいる広間へ向かった。
広間に着くとヒース王とクラウスが騒ぎの収拾と政務官などに忙しそうに警戒や情報収集を行う指示をだしていた。
「オルト、 もう少し待ってください! 今、関係所管に指示を出していますので」
「わかった」
オルトは二人の姿を見ながら昔の事を思い出していた……そして先程の者が魔物に変わる原因についても、どう知らせれば良いかを考えていた。そんなオルトを見て落ち着きを取り戻していたセシルが言った。
「言わなければいけない事があるなら全部言えばいいんじゃない? 一人で考えるより皆で考えた方が良い考えが浮かぶわよ」
セシルの言葉を有り難いと思ったが、今この内容を知ってもどれだけ冷静でいられる者がいるのかを考えずにはいられなかった。
そしてオルトは、深い内容までは今は話さずに語ろうと決めた。
(知っても混乱をするだけの者もいるだろう……)
そう考えていると準備の整ったクラウスとヒース王は改めて広間から必要な人材を移動させた。
「今より秘匿会議を行うものとする! 関係者はここから席を見聞の間に移動する」
クラウスの声により、その広間からオルト達は移動した。
ヒース王と宮廷魔術師で宰相のクラウス、そしてジェシカ、リュール、チェスター達、政務大臣のファルクと軍務大臣ゾディアックの二人、そしてセシルはオルトの計らいで一緒にいることが認められた。現状で集められる国の重臣でも秘密を守り、国王の信任厚い者が集められた会議となった。少し遅れて王妃のディアナも現れた。
「陛下! 何事ですか? 急な呼び出しとは……」
そう言いながら見聞の間に現れたディアナは皆の顔を見て余りよくないことが起きた事を察した。
「すまぬな……少々面倒な事が起きたのでな…」
「いえ…陛下に呼ばれれば直ぐに参るのは当前の事ですが――皆さん御揃いでいらっしゃるという事は大切な件ですね?」
「ああ……今から話す事はみんなに知ってもらったうえで対応してもらった方が良いと思う」
オルトは話を始める……
それは三十年前のモファト教皇国との紛争時にモファト領内にある砂漠の中に大きな塔が古いにしえからあり、その塔は“終わりの塔”と呼ばれていた。
当時、その塔で行われた壮絶な戦いを知っているのは、この場ではヒース王とディアナ王妃、そして魔導師クラウスで、三人はオルトと共にその戦いを経験して生き残った数少ない者たちであった。
「あの塔での戦いですか?」
「ああ……覚えているか?」
ヒース王は辛そうな表情で忌々いまいましい出来事を思い出しながら応えた……オルトにとっても嫌な戦いの記憶である。
「もちろんです……かなりの仲間があの塔での戦いで失いましたから」
「ではその戦った相手たちを覚えているか?」
「……!」
「まさか! あのときの!」
オルトはその戦った相手がどんな相手だったかを思い出させようと聞いたのだ。そして先に気が付いたのは魔導師のクラウスの方だった。気が付いたクラウスは顔から血の気が引くような感覚に陥っていた。
その会話がオルトを中心にされているが、チェスターを初め当時を知らない者たちには、なんのことなのかがさっぱり理解できない状態だった。ふと、この場にいるのが不釣りあいではないか? と感じていたセシルが話をきりだした。
「あの~話の途中ですけど、私はこの場にいて聞いていても良いのですか?」
「もちろんだ、君のことはオルトから聞いているし、君の父――ファルマーもその戦いに参加していたのだ、聞いてもらっても良いと思っているよ」
そう言いだしたのはオルトではなくクラウスの方だった。
「え! 父が! な、なんで父が戦争なんかに参加を?」
驚きを隠せないセシルにクラウスが説明した。
「当時モファトとの戦いでは腕利きの鍛冶職人や魔法技工士の魔法道具などのも大事な戦力の一つだったのだ――ファルマーは魔法技工師の能力だけでなく戦士としてもかなりの腕を備えていた」
それを聞いたセシルは知らなかった父の別の顔を改めて知ったことに感慨深いものを感じてしまった。
「なんか親父の……知らなかった事が多すぎて落ち込むわ」
父の面影を思い出しながらそのまま下を向いてしまった。
「セシルのお父さんは戦いや、争いに巻き込みたくなくて、セシルに黙っていたんだと思うけどな……」
チェスターはオルトが言っていた受け売りで落ち込むセシルを励ますように伝えた。
「ああ、そうだろう……あんなにも多くの仲間が死んでいく姿を見てしまえば、自分の家族には、あんな思いや経験をさせたくは無い――知らなければ、巻き込まれないで済むと考えたのだろう……」
オルトも付け加え、セシルに父の気持ちを言うと、王妃ディアナがセシルに近づきやさしくセシルを抱きしめた。
「あなたのお父さんは凄く腕の良い魔法技工師だったわ……皆の役に立つ道具をいくつも作ってくれてね――そのおかげで私たちは今生きていられるのですよ」
そう伝えるとセシルは頬を少し赤らめて王妃に感謝の言葉を伝えた。
「あ、ありがとうございます……父もきっと喜んでいると思います」
「オルト~そのモファトでの戦いと今回のあの魔物と何か関係があるの?」
ジェシカが焦じれたように話の続きを促すと、オルトは確認の為に問いかけた。
「ああ……ジェシカ、魔物と怪物モンスターの違いは分かっているな?」
「え? ええ―—魔物は基本的に人間に害を成すもので怪物モンスターは害を成すモノと成さない者がいるから、違いはその辺りかしらね」
「そうだ、知識や経験がないものは魔物と怪物モンスターたちを一緒くたにしてしまいがちだが、それは間違いだと他のみんなも理解しておいてほしい。
そのうえで、これは確定ではないが……多分そうだろうという可能性で聞いて欲しい」
オルトはモファト紛争時の戦いで、“終わりの塔”での事を語った……
それは五十人近いトルジェ王国各地から選抜した者たちで行われた“終わりの塔”での戦いのことであった。
騎士や戦士もいれば魔術師、エルフやドワーフ、ホビットなど人間以外の種族も数多く参加した。
「え? 三十年前の戦争では異種族も参加していたの?」
「そうだ――だが正確には戦争には参加はしていない……彼ら異種族の者は“終わりの塔”での戦いだけに参加したのだ」
「どういう意味?」
「それは――この世界の危機であった為に協力したという事……」
その話の続きは語り上手じょうずなクラウスが話し始めてくれた。
クラウスは“終わりの塔”の戦いで必要である仲間に協力を呼びかけた中心人物でもあった。その為に当時の熾烈しれつな戦いはクラウスの中に苦い記憶として残っていた。
「親父おやじ殿どのが私たちに良く話されていた異種族との交流とやらに繋がる話ですか?」
「そうだな……その戦いにおいて人間は、異種族との交流で助け合う事の大切さを改めてわかったようなものだ……もし、あの時に我々と共に彼らが戦わなければ、この世界で人間は生きていけない世界に変わっていたかもしれない……魔族によって」
「魔族!」
その言葉に他の者たちより強く反応したのはジェシカとリュールの二人だった。
「父上たちは魔族と戦って生き残って来たと言うの?」
ジェシカが真剣な表情で言っていた。
「そうだ……しかし正確には魔族でも違う姿」
「魔族と違う姿?」
「魔人という姿だ……」
「魔人? 魔族とは違うのですか?」
「魔人とは魔族が我々のいるこの世界に留まる為の手段とも言える姿だ――その魔人となった姿でしか、奴らはこの世界には留まれない」
クラウスから魔族である魔人とはどういう存在かを聞かされたジェシカたちは、言葉を失った……それは魔界などと言った異世界の者が我々のいる世界への出入りをするための方法の一つであるという事、そしてその媒体となるのが人間であるという事に衝撃を受けていた。
「終わりの塔での戦いは魔族がこの世界になだれ込んで来ようとするのを防ぐ為の戦いだったのだ…」
「だれがそんな破滅的なことを……」
ジェシカが険しい表情で言うと、答えたのはオルトだった。
「アシキド・ハマーン…当時のモファド教皇国きょうこうこくの最高執政官だ」
「そいつは異世界から……何のために魔族を呼び寄せようとしたのですか?」
リュールからの問いかけに首を横に小さく振りながらオルトが静かに言った。
「解ってた事は、その男はこの世界と異世界を一緒にしようと考えていたようだ」
そんな会話を聞いていたセシルやチェスターは事の大きさや、初めて聞く事の連続で意味が分からず頭から湯気を出して理解不能状態になっていた。
「やっぱり内容が大きすぎたのかしら?」
「免疫がないと理解しきれませんからな……」
ディアナ王妃がその様子を見て言うと、クラウスも苦笑いをした。
ヒース王は苦痛に似た表情で今日の出来事を思い返し、それが過去の魔人との戦いと相似そうじしていくのではないかと考えていた。
「しかし今日の、あの化け物が魔人だとしたら、またあのような出来事があると言うのか? オルト」
「いや……あれは魔人化までは至っていなかった」
「魔人化まで? 魔人とはそれに成るまでに過程があるのですか?」
オルトの言葉に興味を示したリュールが聞き返していた。
「そうだ “終わりの塔”での戦いのあと、私は異種族の協力者たちと、魔人とは何なのかを調査し研究をした……わかったことは人間を媒体とし、魔族がこの世界での活動を行う手段としての姿であって、成立するには幾つかの条件が必要な事もわかった」
オルトが答えたのは魔族が魔人となるには条件の揃った人材が必要だということだった。
「どういう事?」
ジェシカは魔術師としての探究心からか興味を持ってその続きを聞こうとした。
「魔人とは人間側にも素質が必要という事だ……魔族には強者もいれば、そうでない者もいる。強力な魔族に関しては、それを受け入れる側の素質的な要素を必要とするようで、素質のない人間を魔族が支配しようとしてもバランスの問題で本来の力を発揮出来なかったり、受け入れ側の人間が壊れてしまうという事だ」
「それでは先程のあれは魔人に成れていなかったという状態か?」
「完成されたものでは無かっただろう……調べた限りでは、魔人となれば我々の言葉も理解し話も出来る。その力は先ほどの者よりはるかに上の力を持っているだろう」
オルトが言ったことに一同は悲観的な顔つきになっていた。
「さっきの魔物以上の強さか――」
そう呟くチェスターの表情には険しさが出ていた。ディアナ王妃も重大さを知り、今回の事を他種族にも知らせた方が良いと考えヒース王に進言した。
「このことは他種族にも知らせますか?」
「無論、伝えなければ行けない……あの時の悲劇は二度と起したくは無いからな」
その言葉をヒース王は唇を噛みしめながら思っていた。
「そうだ……あのような悲劇は二度とあってはならない」
オルトもヒース王と同じく昔の悲劇は繰り返したくないと思っていた。