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第28話 囚われのオルト

 時を遡さかのぼること十日ほど前――




 首都ウォーセンに到着した一団があった。それはイリノアの街で捕えたオルトを護送をしている近衛兵の小隊である。この隊を指揮して首都に戻って来たのは、近衛隊小隊長のチェスター・ファンバッハ・ミッターだった。彼は容姿端麗で背も申し分ない高さをもっていた。金髪の髪を綺麗に整え、目は綺麗な青みがかった色でその瞳には青年らしい若々しさを感じさせる。身に着けているマントも甲冑も自身に合った特注なものなので堂にいっていたが、剣だけは何故か不釣り合いに感じてしまうものだった。




 チェスターが意気揚々とウォーセンに帰還して来たのは、任務をしっかりとこなして帰って来た自信からであった。チェスターの任務はトルジェ国内南方の巡察であったが、その任務の途中でイリノアの街での違法に宝物庫を開けた者の調査依頼が急きょ入り、その犯人として捕縛したオルトを首都まで連行して来たのだ。巡察途中で簡単に手に入った手柄だとおもっていたチェスターは大きな間違いに気が付いていなかった。




「開もーーーん!」




 近衛隊の帰還に首都ウォーセンのセントパレス地区入口にある大きな門が開かれていく。




 街中を通り、王城のあるセントパレス地区中心部に到着したチェスターは馬を降りて、馬車上の檻中おりなかで手足に枷かせをされているオルトを見た。

 

「着いたぞ、これで私の任務も終わりだ」




「ふぁ~。ようやくついたか……ほっとしている様だが、これが初めての任務か?」




「お前のような罪人と話すことはない!」




 チェスターはオルトの発言に苛立ちそう言い放つと、檻を背にして歩き城門をくぐって行く。オルトも手足の枷を鎖に変えられ、兵士に挟まれながらチェスターの後ろについて行った。




 オルトは王城の謁見の間に連れて行かれ、暫しばらくすると国王の従者から、王が来る事を知らせる合図と言葉がその場に響き渡る。チェスターは些いささか疑問に思ってもいた、たかだか地方の罪人一人に国王自らお会いになる事と、今回捕まえてきた来たオルトなる人物が素直すぎる捕まり方だった事に。




「トルジェ王国、第十一代国王、ヒース・フォン・アイディール四世の謁見えっけんであります!」




 従者の言葉を聞いた一同は、王の登場を敬服して待っていた。しかし、オルトはその場に座り込み、平伏しなかった。チェスターはそんな無礼な態度を取るオルトの頭に掴つかみかかろうとした。




「貴様! 何のつもりだ? 頭を下げよ!」




 その時だった。広く通る声で、その行為を止める言葉が広間に響いた。




「やめよ!」




 その声の主はヒース王であった。もうすぐ齢六十になろうとしているがその声にも目にも歳を思わせぬ風格を未だにもっている。背も高く威風堂々とした姿に国王としての威厳を感じさせた。ただ髪や蓄えた髭は白く、それが年齢を現していた。




 チェスターはその声に反応し、オルトに触れる前に止まっていた。ヒース王は姿を現すと自みずからオルトの元に近寄り、手足の鎖を外させた。その様子を見てチェスターは国王が何をしているのか理解できなかった。




 するともう一つの声が広間に広がった。




「この場にいる者は全て席を外しなさい」




 最高位宮廷魔導師兼宰相さいしょうのクラウス・エッヘンバッハ・ミッターまでもが現れ、ただ事ではないと理解した一同はその言葉に従い退出し、残ったのはヒース王と魔導師クラウス、そしてオルトと騎士のチェスターだけであった。




「父上、何故にこのような罪人に陛下は寛大でいらっしゃるのか?」




 今は騎士であるチェスターだが、彼の父は目の前にいるクラウスその人であった。灰色がかった口髭と髪の毛が雰囲気をかもしだし、魔術師としてのマントと杖、衣装もそれに拍車をかけて存在感を出している。背はチェスターより低く細見の身体だが、目の力強さや最高位の魔術師としての風格はやはり隠せない。




 息子の問いにクラウスは頭を掻きながら答えた。




「お前はどこで勘違いをして彼を罪人として連れて来たのか? 彼は罪人として来てもらった訳ではないぞ……このトルジェ王国の功労者として来てもらったのだ」




 その答えにまだ理解が出来ていないチェスターであるが、ヒース王はオルトの手を取り、頭を下げ非礼を詫びていた。




「オルト殿――この度は失礼な対応と無礼な待遇をしてしまった事、申し訳ありません」




「イリノアでの件は事実だしな、事情を知らぬ者がした事では仕方がない……それと久々だからと言って、殿を付けるのはよしてくれと随分昔に言ってたはずだよな、ヒース」




 オルトはしゃがみ込んでいるヒース王の肩に手を掛けて立ち上がった。それを見たチェスターは、陛下に対しての言葉使いとその身に触れた事に怒りを露わにしてオルトに詰め寄った。




「貴様! 陛下に対して何たる無礼な!」




 詰め寄るチェスター越しにオルトが問う。




「クラウス、彼は君の息子か?」




「はい申し訳ありません、未熟者ゆえ、まだあなたの事を教えていないのです」




「そうか――チェスターお前は父や兄たちの様に魔術の道は進まないのか?」




 チェスターは父と親しげに話し、更に自身の道にまでオルトに口を出され、憤いきどおりを覚えた。




「陛下! 私は、このオルトなる者の態度や物言いが好きにはなれません。陛下に対しての無礼も私に対しての無礼も許しがたいものが有ります! まして、イリノアの街での件は事実でありましょう!」




 気持ちのおさまらないチェスターはヒース王に許しを請い、オルトに向かって剣の勝負を申し出た。剣技でオルトをやり込めたい気持ちがそこにいる者たちには充分過ぎるぐらい伝わってきていた。




「まて、チェスター、イリノアの街での件は今回オルトを呼んだこととは違うのだぞ」




「いや、一度手合わせした方が彼も納得するだろう」




 ヒース王はそれを止めようとしたが、オルトは敢あえてチェスターの申し出を受けたのだった。




「ヒース、剣を貸してもらえるか?」




 オルトはヒース王が腰に携たずさえていた剣を貸りる。その様子を見て、さらに腹を立てたチェスターがすぐさま、斬りかかって来た。




「貴様! 何様のつもりで! 陛下に対してこのような無礼を行っている!!」




 オルトはチェスターの攻撃をしなやかにかわしていた。かわされるとは思っていなかったチェスターは改めて間合いをとらざるを得なかった。




「なに?!」




「チェスター本気で来い――君の腕がどの程度か自身で知る必要があるだろう」




 オルトのその挑発的な言葉に苛立ちもあり、チェスターは本気で攻め立ててみたものの、全く歯が立たない。




「クラウス、チェスターは何番目の息子だ?」




「次男になります」




「クラウスの子供たちは、みな良いセンスを持っているな」




 ようす見を終えたオルトは、一気に決着を付けるため攻勢に出ると、チェスターの剣を空中にかちあげて持っていた剣を手元から遠ざけた。




 勝負がつき、オルトは剣を鞘さやにしまってヒース王に返すと、呆然としているチェスターにオルトが声をかける。




「かなり良いセンスがあるとは思うが、まだ経験が足りないのだ。ちゃんとした修練と経験を積めば聖騎士にも成れるだろうな」




「オルト、息子を甘やかさないでください。ただでさえ魔法を学ばなくて剣の道に反れた者です――調子に乗ると何をしでかすかわかったもんじゃないのですよ」




 息子が褒められたことに嬉しさを隠しきれないクラウスは、おどけた表情と仕草でその喜びをごまかした。会話を聞いていたチェスターは、このオルトと言う人物は何者なのかと、今更ではあるが嫌悪感より興味が湧いてきている様子だった。




「あなたは……何者なんだ?」




「説明していなかったクラウスに聞いてみればいい。今後、君の力も必要になるかもしれないのだ」




 オルトは彼の肩を軽く叩きその場を後にヒース王と共に移動していった。

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