クラリス
パチっと火花が散るような音が聞こえ、慌ててクラリスは我が身を見下ろした。
小さい軋みの音を立てながら、体が崩れ始めている。クッキーが崩れるように脆くポロポロとカケラが砕け始めた。
「お父さん、これなに?」
「あ、忘れてた! ごめん! えーっと、加藤 美春が消えたから、加藤 美春の体も消えようとしてるんだよ」
「体が」
「そう。ごめん、ちょっと行ってくる!」
クエスチョンマークを浮かべるクラリスを置いて、ゼルテスは慌てて消えていった。
ちょっと驚いたもののすぐに落ち着きを取り戻す。パチパチぽろぽろキシキシと体が鳴るが放っておき、クラリスは鏡を出した。
映っているのは崩壊して行く美春の体。長かった髪はすでに背中の半分を切った。
「呆気ない」
四肢の先も透け始める。
(案外、寂しくない)
相当崩壊が進んだ体を見下ろしてみても、クラリスは特に寂しさや悲しさは感じなかった。
別に、前世を憎んでいたわけでもない。
前世が消失した時も寂しさや悲しさはなかったが、嫌っていたわけでも清々したわけでもないのである。
もう既に、人ではない。神。だからこそ、人の感じる感情が少し薄くなっているのかもしれない……。
そう、クラリスは感じた。
今まではそんなこと考えたこともなかったが、当たり前のことなのかもしれない。人ではないのだから。
(人らしさも、残ってて欲しいなぁ。人じゃなくなるっていうのは、元人間としてはちょっと怖い)
瞳の黒色が抜けて来た。
「クラリス!」
その時、ゼルテスが帰って来た。しかも人型を持って。
「それは?」
「クラリスの新しい体。死んじゃう前から用意してたんだけどね〜」
「お父さん、どうやって入るの?」
ならもっと早く体を替えても良かったのでは?
そうクラリスは思ったが、取り敢えず今は体をいち早く切り替えることだ。
ゼルテスも分かっているらしく、すぐに寄って来た。
「クラリスは目を閉じて力を抜いてたらいいよ。僕の方で出来るから」
「……わかった」
素直に目を閉じるクラリス。力が抜けた美春の体は打ち付けられ砕け散るが、それよりも前にゼルテスはクラリスを新しい体に移す。
鎖が新しいクラリスの体を覆い、すうっと溶け込んだ。
「もういいよ、クラリス」
その言葉でクラリスは立ち上がった。
ゼルテスと同じ金色の髪に紫の瞳。
けれど薄く淡いゼルテスの金髪とは違い、クラリスの金髪は輝かんばかりの黄金。
闇色に近いゼルテスの瞳とは違い、アメジストのように透き通った瞳。
真っ白な肌と整った体型を持つ、顔はゼルテスに似た美少女だ。
鏡を見たクラリスは静かに息を飲んだ。
「お父さんにそっくり……」
前世では親に似なかった。だからこそ親と同じ場所がないかと探したが、見つからなかった前の生。
今、鏡に映る少女を見たらどうだろうか。
父親にそっくりで、親子だと言わんばかりで。
美春としての前世や体が消えたのに感じなかった寂しさと悲しさ。なぜか今は感慨を覚えた。
「どう? 僕の自信作なんだよ」
「ありがとう、お父さん」
(大好きだなぁ、やっぱり。クラリスとしての今が。お父さんが。神界のみんなが)
だから、寂しさを覚えなかった。
クラリスはそう思うことにした。
「これでクラリスは完全にクラリスになったね。美春という人間の要素は人格の一部残るだけ」
「そうだね。でも寂しくないよ」
「そんな顔してる」
はて、どんな顔だろうか。
鏡に映る金髪の少女は、幸せを顔に塗っていた。