バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

神様たち

 「——と、いうわけなんだ」


 簡潔に一連の流れを教えられ、美春は驚愕の中にある種の納得を覚えた。


 (私が異常だったのは、そう。魂の、魂のせい。そっか、そっかそっか。なんだか、スッキリした……)


 胸を押さえて我が身を抱える美春を見て、ゼルテスは愛おしそうに目を細めた。
 今までの美春の苦労はゼルテスも良く知っているし、仕方がなかったとはいえ日本に生まれさせたのはゼルテス自身だ。

 霧が晴れたというか、肩の荷がおりたというか。どこかスッキリした顔で、美春はゼルテスを見上げた。


 「気持ちの整理はついた?」

 「はい、おかげさまで」

 「それは良かった。さて、じゃあもう一度聞くよ。|父娘《おやこ》の契りを交わしてくれる? その魂を持つ子が、二度と傷つかないようにね」

 「……分かりました」


 ここで断れば、またどこかに転生することになる。もちろん記憶も何もなく。そして転生したその子供は、美春と同じように異常に苦しむだろう。
 異常の理由を知った今、美春自身の魂を受け取ることにハイと頷ける。

 了承を示した美春の頭に、ソッとゼルテスは手を置いた。


 「と言っても、契り自体は簡単に出来るんだよね。僕が君に名前をあげて、それを君が受け取るだけ」

 「簡単、なんですね」

 「そう、見た目は。でも内面的な難しさがあってね。君は僕を父と思って名前を受け取らなきゃいけない。絶対に、父と思って」

 「分かりました」

 「……そう。なら、行くよ?」


 美春はコクリと頷いた。

 この契りは、お互いがお互いをどういう関係だと認識しているかによって契りの種類が変わる。
 美春はゼルテスを父、ゼルテスは美春を娘と思わなければ、父娘の契りにはならない。

 念を押された美春は、ゼルテスをしっかりとみる。父と言われて、不思議と違和感はなかった。


 「……|縁《えにし》の契りを結ぶ。送る名は、クラリス」

 
 何かを答えるわけでもなかった。
 『クラリス』という単語が身体中を駆け抜け、脳にたどり着き、その奥深くへ焼け付いたように美春は感じた。

 見えない絆のようななにかがゼルテスとの間にできた。それを自覚するとともに、美春という名前が自分の名前であるという感覚が薄れるのを感じる。


 身体中を見回してみても、美春の体のまま。何か変化があるというわけでもなかった。

 キョロキョロと自分の体を見る美春、いやクラリスを見つつ、ゼルテスはクツクツと笑う。
 ゼルテス自身も、自分と目の前の少女との強い繋がりを感じていた。


 「あ、そうだ。クラリ——」

 「王様!」


 ゼルテスがクラリスを呼ぼうとした時、空間に大きな声が響いた。
 ゼルテスはやれやれというふうに入ってきた人物を見ているが、クラリスは驚きで目を白黒させている。

 入って来たのは体躯のいい青年だ。


 「お、それが神王女様か?」

 「そうだよ。ギード、もうちょっと静かに入って来てね。クラリスが驚いちゃってるから」

 「それは悪かった。俺は神族が1人、武を司る神ギードだ。よろしくな、神王女様」

 「よ、よろしくお願いしますっ!」


 ギードはクラリスの手を取ると、上下にブンブンと振る。クラリスの驚き顔が、徐々に苦笑に変わった。


 「もう歓迎会の準備は出来てんだ。行こうぜ!」

 「うわっ」


 勢いよくギードに手を引かれ、クラリスは体勢を崩しながらも追いかける。騒がしいギードに苦笑しながら、ゼルテスも後ろをついていった。





 クラリスが連れて来られた先には、相当数の人が集まっていた。彼らは全て、『人間』ではなく『神』なのだが。

 神王様がずっと見ていた黒髪の少女が入って来たのを見て、どこからともなく歓迎の拍手が送られる。
 あちこちから話し声も聞こえて来た。


 「じゃあ紹介するね。正式に僕の娘になった、クラリスだよ」

 「え、と。クラリスです。お願いします」

 「「「よろしく!」」」


 押しが強いとでも言うのか。クラリスはあっという間に揉みくちゃにされ、質問を浴びせられる。


 「ねね、これ食べてみて。食の神がオススメする超絶品のケーキ!」

 「姫様、これ見てこれ見て! 綺麗な色でしょ?」

 「ちょっと、この服着てみてくれない!?」

 「えと、あの」

 「はいはい、そこまで。クラリスが困ってるでしょ?」

 「「「はーい」」」


 やっと質問ぜめから抜け出したクラリスの疲労ぶりを見て、ゼルテスが笑う。
 それにつられてか、全員がなぜか大笑いを始めた。笑っていないのは、よく分かっていないクラリスだけだ。

 ヒィヒィとお腹を抑えながら、ギードは震える声で言った。


 「誰かさっき、神王女様のこと、姫様って言ったろ」

 「僕だよ〜。それがどうかしたの?」

 「いや、姫って呼び方いいと思ってな。王様みたく、近い気するし」

 「よーっし! ね、ね、姫でいい?」

 「え、あ、はい」

 「じゃあこれからは姫さんだな」

 「「「姫!」」」


 そう言ってふざけ始めた面々の頭に、いきなり重い拳骨が落とされた。


 「っ、いってー! おい、フォジェだろ!?」

 「だとしたらなんだと言うんですか」


 拳の主は、黒い背広を来た日本人のような雰囲気を持つ神だった。黒い髪に黒い目、彫りが深くなく鼻も小さいアジア系の顔立ちをしている。


 「大体あなた達は軽過ぎるんですよ。王座に座られる方をまるで同等のように扱い、その娘までも? 正直言いますと、正気を疑いますね。頭、大丈夫ですか?」

 「相っ変わらずの毒舌だなおい!? お前は堅すぎ! 態度はみんなこうだけどなぁ、慕ってる気持ちはお前と一緒だぞ? つうか態度なんざ今更すぎる」

 「はぁ」

 「あからさまな溜息どうも」

 「殺されたいんですか?」

 「ごめん無理」

 「やっぱり殺されたいんですね!」

 「このドSめがあああああああ!」


 ギードとフォジェは常日頃からこんな言い合いをしているらしい。
 周りがまたケラケラ笑いだして、中にはお腹を抱え込んで涙目になりつつ笑っている神もいる。

 笑い過ぎだと2柱から同時にゲンコツを食らったのは想像に容易い。


 (神様って、高次元って感じじゃないんだ。すごく人っぽい。それに、王女って立場だけど周りが軽い。なんだかちょっと安心したな)


 隅っこで、クラリスはヘラっと笑った。

しおり