7話
「体で払ってやろうか。」
そういうと、結んでいた髪をほどきながら艶かしくこちらに向かってリリーが歩いてくる。何が起きているんだ。
真横に座り、顔を覗きこんできたリリー。一言耳元で呟いてきた。
「お前がしたいなら良いんだぞ?」
そうか。よし。わかった、じゃあ。
「なにをふざけているんだ。寝かせてくれ。」
自分でも驚くほど冷静だった。いや、リリーは凄く綺麗だし、以前の俺なら確実にヤってた。んだが、全くそういう気が湧かない。
すると、リリーはやっぱりなと呟き、続けた。
「いや、実はそんなことのために来た訳じゃないんだ。確認したくてな。昼の清掃の時なんだが。私が清掃をサボって休憩してた時」
お前よくサボれるな。どんな神経してるんだよ。
「お前とガブの会話を聞いたんだ。なるほど、どうやらお前らはここに何かの治療に来てたんだな?」
聞かれてたのか。あんまり話したくないな。
俺が黙って頷くと、リリーは続けた。
「話と普段のようすから、精神的な問題かとは思っていたんだ。それで、精神の病でまず思い付いたのが鬱。そして、お前の様子とよく当てはまってるからな。それで少し、誘惑してみた。なぁ、お前の病は鬱で合ってるか?」
こいつは本当にどうしてこの知能が金の話になると失われてしまうんだ。それに、鬱だとしても性欲が必ずしもないとは言えないだろうに。
あまり言いたくはないが、嘘はよくないので質問には黙って頷いた。
そうすると、リリーは頭を抱えながら、あちゃーと言った。あちゃーって言う人まだいたんだな。
「そしたら、ここ毎日クエスト続きはしんどかったろう。少し明日はゆっくりしててくれ。ゾンビナイトももういないし、採取のクエストならミツルがいなくてもなんとかなると…思う。」
貧乏神らしからぬ気の使い方だな。というか、こいついやに鬱に詳しくないか?当事者の俺より症状とか把握してそうな気がする。本当に賢いな、こいつ。
俺は優しい言葉をかけてくるリリーに、クエストは簡単なやつにしてくれれば自分も行くとだけ伝えておいた。
するとリリーはむくりと起き上がり、
「それ以外にも気になることはあるけど、もういいや。ゆっくり休んでくれ。おやすみ、リーダー。」
そうして、夜のエロゲーイベントのようなゴタゴタは過ぎ去ったのである。
朝が来た。今日は3時間くらいは眠れたようだ。やっぱり、いくらボロくても自分の家というのはいいな。
共有としている部屋に行くと、ミシェルとガブが朝御飯を作っていた。
「あら、おはよう!」
「おはようございます!ミツルさん!」
俺は朝の挨拶を二人と交わすと、席についた。
ミシェルが料理をしながら振り向く。
「ミツル!ちょっと悪いんだけど、もうすぐご飯出来るから、リリーを起こしてきてくれないかしら?」
あぁ、見ないと思ったら、寝ていたのか。俺は重たい腰をあげてリリーの部屋へ向かった。
「おい、リリー。朝だぞ。起きろー。」
そういって、布団を捲った俺は驚いた。こいつ下着で寝てやがる。
リリーは布団を剥がされたことに気づくと即座にこっちを見てきた。そして、
「ミ、ミミミ、ミツル!?なんだ、昨日のは冗談だからな!?やめろ?!?」
「そういうのじゃないから。朝ご飯出来るから起きろってさ。」
俺は顔をそらしながら言った。顔が赤くなってるのがバレるのが嫌なのだ。
「なんだミツル?照れてるのか?これなら鬱の完治も近そうだな。」
ニヤけながら言ってくるリリーを内心では殺してやりたくなっていたのだが、グッと堪えて部屋を後にした。
朝御飯を四人で食べる。相変わらず手の込んだミシェルの料理なのだが、残念ながら味がわからない。
そんな居間を春の柔らかな木漏れ日と穏やかな気候が包んでいた。
そんな中、ガブが口を開く。
「今日は山菜を取りに行きます!採った山菜をご飯にします。そして、取りすぎた分を売るのです!今日は冒険者であることを忘れましょう!」
ほう。とうとう俺たちは冒険者を止めて、商人になるらしい。
そんなガブの発言に、
「そうね、一昨日のゾンビナイトとの戦いの疲れもまだあるし、こういうものからまた徐々にならした方が良さそうね。」
とミシェルが言った。
「そうだな、山菜料理も身につけてますます結婚への本気度も伝わってくるしな。」
と言ったリリーはミシェルに往復ビンタされていた。もはやこれを面白がってるなこいつ。
「ミツルさんは来れそう?今日はゆっくりしてても良いけど。」
ガブが聞いてくれる。本当は行きたくないけれども、リリーに昨日行くと言ってしまったので仕方ない。俺はこくっとスープを飲んでから、自分も行くと伝えた。
山の中に笛の音が響く。
「良いですか!今日は町の中の山なのでモンスターに出くわすことはないでしょうが、何があるかはわかりません!団体行動を崩さないようにお願いします!それと、注意事項が…」
ガブが引率の先生のようなことをしている。天使が首から水筒を提げて、銀の笛を吹いている姿。シュールだ。
そんな中だった。いきなり事件は起きたのである。声の主はミシェルだった。
「せんせーい!リリーが早速消えました!」
はい。期待通りの行動ありがとう。俺はやっぱり家にいるべきだったなぁと深く後悔した。そんな俺たちの山菜採りが始まってしまったのである。
「ギャーーー、食われたー!」
はい。リリー発見。それにしてもえらく簡単に見つかったな。俺たちは声がした方へと駆けていった。
そこには手から流血しているリリーが横たわっていた。
「ガブ!ヒールだ!ヒールを頼む!」
ガブは、はいはいと言いながらリリーの手を取りヒールをかけた。もうリリーが頭が良いんだか悪いんだかわからん。バカと天才は紙一重というが、彼女はその境界線を行ったり来たり出来るタイプの人間なのだろう。
それにしても、疑問点がある。そう。なぜリリーが流血していたかだ。山菜を採るだけなのに、この流血は少しおかしい。それに食われたとはどういうことなんだ。
不思議そうにしている俺を見て、引率のガブが説明を始める。
「注意事項をよく聞かないからこうなるのです!良いですか!山菜は基本的には根を張っているので動けません。当然伸びたり縮んだりすることもありません。ただ、口があるんです。この口は、自分のことを食べようとしたり、抜こうとする外的に噛みつき流血させます。その口の大きさは平均して大型の犬と同じくらいだと思ってください。」
凄い。この世界の山菜怖い。なるほど、それで町でも山菜は売れるわけだ。
そうすると、立ち直ったリリーがガブに質問する。
「それじゃあ、こいつらは捕獲したあとも噛んでくるのか?」
「いいえ、根を土から離してしまえば彼らは行動がとれなくなります。そうなればOKです。」
なるほどとメンバーは言った。
「因みに、ミシェルさんはご存知かと思いますが、山菜は一本で平均500ハンスです。せっせと働いて、ご飯の確保と収入の確保を目指しましょう!」
一時間に3本取れば時給1500円かよ。もう山菜取りとして生きていきたいな、俺は。でも、噛まれるのは嫌だな。…そうだ。
俺はミシェルの肩をトントンと叩き、質問した。
「なぁ?お前の踊りは効かないのか?」
「無理ね。彼らには目がないもの。躍りそのものが見えないわ。」
なるほど、目がないのか…。ん?
「そうしたら、どうやってあいつらは俺たちを感知しているんだ?」
俺のその質問にはガブが答えてくれる。
「それは触れた瞬間です。触れるまでは何も起こりません。ただ、触れた瞬間は一瞬で噛みついてきます。それはもう目にも止まらぬ早さで。」
なるほど。わかった。俺はニヤリと笑うと今日の大漁を確信した。これで当分は自宅でのんびり出来る。俺のターンの始まりだ。