17、まさか本気で勇者が敵に回るとはな。
「アミール様を悪く言わないで!」
天笠がヒステリックな叫びを揚げる。
どうやらアミールとやらが暗黒破壊神の名前で合っているようだ。そして、そう呼ばれることを天笠が認めていないことも。
「アミール様は私達に仰ったわ! 謂れのない罪を着せられ、世界各国の人間から命を狙われていると。そしてそのために各国は異世界から強大な力を召喚したと」
天笠はどうやら心底アミールに心酔しているようだった。
どこかうっとりとした顔でアミールに伝えられたという内容を語る。
この世界では黒が禁忌の色とされ、アミールはそのために暗黒破壊神として全人類の敵に祀り上げられたと。そして、召喚された天笠達もまた黒髪で不当な扱いを受けるだろうから、その前に救出したのだと。
それは虚実混ぜられたもので、だからこそ質が悪い。
天笠は実際ノルドとオーリエンの間にある小さな村で、黒髪だというだけで酷い目にあったのだそうだ。
「アミール様は全て正しいの。アミール様が私達を助けてくれた。居場所をくれた。力を授けてくれた。そんな偉大なお方が、私達に力を貸してくれって頭を下げられたのよ」so
『天笠、黒が忌避されるには理由がある。勿論、俺様達が暗黒破壊神を倒そうというのにもな』
「だから! アミール様はそんなんじゃないわ!」
だめだこりゃ。聞く耳を持ってくれない。
これでは天笠が騙されていると説得しようがない。
「天笠、急いで来てくれって言うからやられそうなのかと思ったら、余裕そうじゃん」
「遅いわよ、吉野」
「吉野!?」
「私もいまーす」
「何を遊んでいるんだ。アミール様の脅威は一刻も早く取り除かないと」
「深山! 南海まで……」
天笠が壊した壁の穴から入ってきた三人を見て、谷岡達が驚きに眼を丸くする。
三人とも天笠が着ているものと同じローブを身につけている。違うのは、三人とも血の匂いをプンプンと漂わせていることか。
「中にいる奴は子供ばっかりって話だったから一人で十分、なんて言っといて全然戦闘音しないから気になって電話してみたら、何この状況?」
「! そうだ、電話! 何で使えるんだよ!」
吉野、と呼ばれた男(姿を見てもやっぱり思い出せない)の言葉に宮本がかみつく。
天笠が取り出したのは確かにスマホだった。だが、ここは異世界。通話などできるはずもなく、これまで合流した勇者達は充電ができずに手放したりしていた。
「それこそアミール様が偉大な証拠よ。この石にMPを捧げると、充電もできるし同じようにこの石をつけた相手と通信できるの!」
何故か天笠が胸を張る。
得意そうに見せてくれたスマホのイヤホンジャックには、黒い小さな石がついていた。
鑑定をかけると【暗黒破壊神の欠片】と出た。ビンゴだ。
「ね、あなた達もこれまでこんな不便な世界で苦労したのでしょう? 私達と一緒にアミール様の所に行きましょう? アミール様なら、何の苦労もない世界へと導いてくれるわ。そこでは、黒髪というだけで虐げられなくて済むの」
ふむ、どこにいる相手を見つけ出すのに苦労しているわけだし、ここはいっそ従うふりをしてついていくのも手っ取り早いかもしれん。そして、隙を見つけてズドン、と寝首を搔いてやるのだ。
ムフフ、と笑い天笠達に近づこうとした俺は、南海とやらが告げた言葉で思い直した。
「谷岡達は良いが、そこの女はだめだ。アミール様を倒そうとしている聖女ってのはそいつだろう?」
「説得するまでもなく、アミール様の脅威は皆排除しちゃえば良いのよ」
南海がルシアちゃんを指さし、深山が細身の剣を抜いた。その途端、濃密な錆の匂いがする。
背中にゾクッと悪寒が走り咄嗟にルシアちゃんを突き飛ばす。すると、その場所に剣が突き刺さった。
こいつら、ルシアちゃんを殺す気だ!
「チッ、避けてるんじゃないわよ!」
「やめろ、吉野!」
女らしからぬ舌打ちをしながら追撃しようとしてくる深山とアルベルトが剣を交えていると、宮本の怒声が聞こえてきた。
見ると、谷岡が肩を押さえていた。そして、吉野が持っている幅広の剣からは血が滴っている。
「何で? 俺は勇者だよ? アミール様に剣を捧げた勇者。なら、悪い奴は倒さないと」
吉野は心底不思議そうに何故と首を傾げる。俺達と戦うのが当然と信じて疑っていない。
やはりこいつらにも勇者の称号がついているのか。まさか本気で勇者が敵に回るとはな。
最初に俺達を説得しようとしていた天笠だけが困惑したようにその場に留まっている。
と、そういやもう一人は? 南海と呼ばれていた男の方へ視線を向けると、最初にルシアちゃんを指さしていた位置からは動いていなかったが、その足元の影からは強力な気配がせり上がってきていた。
「グルルルルルル」
地面を揺らすような低い唸り声を上げながら南海の影からその正体がズルリ、と這い出す。
それは、蛇のような体に短い4本の四肢。背と四肢に体躯の大きさに反して小さすぎる蝙蝠のような羽が生えている。そんな羽も、額から生える水晶のような角も、全身を覆う鱗も全て艶やかな黒色だった。
それが、二匹。南海の両脇に控え、こちらに牙を剥き威嚇してくる。
俺ですら強敵と感じるその存在は、まだ幼い子供達には絶望に映ったのだろう。
言葉にならない声を漏らし、へたり込んで涙を流している。
くそ、守らなきゃならない存在が多すぎる!