21話 旅立ちの日
結論から言うと、俺は検定試験に合格した。
トールは、それなりに技術はあるものの、攻めっ気に欠ける為にもう少し様子見。
次の検定試験までにメンタル部分を鍛えるようにという結果であった。
試験に合格し、晴れて候補生から訓練生へと昇格した俺のことを、皆は祝福してくれた。
もちろんこれがゴールではなく、むしろここからが本番である。
検定試験には合格したものの、その後の訓練についてこれずに脱落する者も少なくないらしい。
まあ、そんなことで脱落することはないだろうが、俺のハンデは体格が小さいということである。
それに関しては、まだ成長期の段階だから、そこまで悲観することもないだろうと周りの大人達は言ってくれた。
実際、トールにへし折られた前歯も乳歯だったらしく生え変わってきている。
もしかしたら実年齢はもう少し低いのかな?
とりあえず年齢のことはそれほど気にすることでもないだろう。
カトルとはあれっきりであった。
送別会などを開けるわけもなく、お別れも言えずにカトルは拳闘士養成所を去ることになった。
そんなことは日常茶飯事と言えるくらいにあることなので、もう皆はこれ以上引き摺ることもなく再び訓練の日々に戻るのであった。
訓練生になると、別の施設へと移動することになる。
訓練生用の施設には、もっと質の良い練習用具が揃っていて、専任のトレーナーなんかも付くという。
食事なんかも栄養のバランスを考えたものが提供されるようになると言うのだから、かなりの気合いの入れようだ。
ちなみに現役選手であるジョーンさんが俺達と同じ施設に居るのは、候補生の教官も兼ねているからだ。今明かされる新事実。
マスタングは、拳闘は金になるという事をよく心得ているらしい。
こちらの世界でも、拳闘試合は興行のようなものだ。
観客を呼んで賭けさせることによって興行主は収入を得るという、拳闘士はその興行の為の大事な選手なわけだ。
人気拳闘士ともなると観客の入りも良くなり、掛け金も上がる為に売り上げは良くなる。
当然、強い選手になるほど人気はあり、セルスタのような甘いマスクを持っている奴は、女性人気も高いと言うのだから、なんだか元居た世界とあまり変わらないな、なんて思ってしまう。
俺は、候補生達の施設から、訓練生の施設へ移る為の準備を済ませていた。
まあ、とは言っても、私物なんてそんなにないし、纏める荷物もそんなにないんだけどね。
バンテージ代わりに使っている、お気に入りの革のベルトと布を、適当な布袋に入れるくらいだ。
「よし、これで準備はいいかな」
自分の寝床を見つめながら、こちらの世界に来てからのことを思い返す。
まだ約半年ほどだけど、なんだかもう長い事こちらに居るような気持ちなって、俺は少し寂しさを感じた。
これは俺、本田史郎の感情ではなく、この身体の元の持ち主のものなのではないか、そんな風に思ってしまう。
しかし、カトルやシタールやトール、他のジュニア組の仲間達と過ごしてきたこの半年間は、俺が体験した時間だ。
生活環境は、現代日本に比べればかなり劣悪ではあった。
地面に藁が撒いてあるだけの寝床、味気ない飯は栄養なんてあるとはとても思えなかったし、電気もなければガスも水道だってない。一応週1回風呂は入らせてもらえたのがせめてもの救いだ。
そんな中で俺が頑張ってこられたのも、拳闘、ボクシングがあったからだし。
なにより一緒に切磋琢磨できる仲間がいたからだ。
そんな感慨に耽っていると教官が呼びに来た。
これでここともお別れだ。
そして、俺の新しい
施設の出入り口までくると馬車が止まっていた。
馬車とは言っても、荷車を引いているのはロバである。
荷台に乗るように言われると、一緒に試験を受けた年長組の一人が既に乗っていた。
俺はそいつの斜向かいに座る。
いよいよ出発だ。
見送りはない、皆朝の練習に出ているので仕方がない。
最後に教官が、「二人ともがんばれよ」と声を掛けてくれて、馬車は動き出した。
しばらく馬車に揺られていると、川の横を走る道に出る。
ここは皆でよく走った場所だ、向こう岸の土手の上を皆で……。
その瞬間、俺は目を見開いた。
土手の上で、ジュニア組の仲間達が並んで手を振っている。
「ロイムーっ! 応援に行くからなああっ!」
「ちゃんと飯食って、もっとデカくなれよおおっ!」
皆の声が河川敷に響き渡る。
あいつら、ロードワークに出ると行ってここまで走って来たんだろう。
そして、一際デカい声で叫ぶ奴が。
「ロイムうううううっ! 来年は必ず行くからなあっ! 絶対に俺も行くから首を洗って待っていろよおっ!」
それはシタールであった。
あの後シタールは、自ら全てを皆に話した。
カトルに対する裏切りとも呼べる行為を話して、皆はシタールのことを許した。
まあ、全員で一発ずつぶん殴ったんだけどな。
それでチャラだ。
なんで首を洗って待つんだよ。いつから俺はおまえの標的になったんだ。
呆れながら、俺は荷台から身を乗り出して拳を突き上げる。
「待ってるからなあっ! 絶対におまえらも勝ち上がって来いよおっ!」
天高く突き上げられた拳の先にある空は、吸い込まれそうな程に青く透き通っていた。
第一章 少年期 拳闘士候補生編 完