16話 一撃の重み
検定試験の内容は至極簡単なものであった。
試験を受ける候補生同士が、審査員の前で殴り合うというもの、要するに試合をして見せるのである。
勝敗は関係ないらしく、拳闘士としての素質があるかどうかを判定しているらしい。
普段は十数人受けるらしいのだが、今回は再試験組を入れても六人しかいない。
再試験組同士で組むので、俺はトールと試合をすることになるのかと思った。
俺達は年長の再試験組の試合の脇で待機しているのだが、トールがなにやら落ち着かない様子であった。
「どうしたんだよトール?」
「ロ、ロイムは緊張しないのかい?」
「するわけないだろ」
俺の返答にトールは、「さすがロイムだ」なんて呟いて青くなっている。
「まあでも、ロイムと試合するなら少しは落ち着いて出来るかな」
「アホかおまえ、俺はガチでやるからな。気抜いてると一発でKOするぞ」
「そんなぁ……」
ちなみに、ノックダウン、ノックアウトと言う単語は俺が浸透させたので、ジュニア組達には通じる単語だ。
そうこうしている内に再試験組の試合が終わり、いよいよ俺達の番が回ってくる。
俺とトールは準備を済まして審査員の前に行こうとするのだが、教官に呼び止められた。
「ロイム、おまえはまだだ」
「は? 残りは俺とトールだけだろ?」
「おまとトールの相手はこちらで決めてある」
俺とトールは顔を見合わせて怪訝顔をしていると、奥から誰かがやってくる。
その人物の姿を見て俺とトールは同時に声を上げた。
「「カトルっ!!」」
どうしてカトルが?
わけがわからず立ち尽くしていると、早く位置に着けと言われてトールは慌てて行こうとするのだが、俺はそれを止めた。
「ちょっと待てよっ! どうしてカトルがここに居るんだっ!」
教官に食ってかかるとカトルが間に入って俺を止める。
「違うのロイム! 落ち着いて」
「なにが違うってんだよ! カトルのことを追いだしておいて、なんでこんなことをっ! 俺達に対する嫌がらせかよ! 悪趣味すぎんぜ!」
「お願いロイム話を聞いて、これは僕が自分で頼んだんだ。僕の最後の我儘をマスタングさんが聞いてくれて、だから……」
カトルの言葉に俺は黙り込みマスタングのことを睨み付ける。
マスタングはしかめっ面のまま俺達には目もくれないでいた。
あの野郎、どういうつもりかわかんねえけど、くそったれがあっ!
俺は心底頭に来ていた。
カトルが女だからって理由で施設から追い出しておいて。
仲間である俺達の試験の日にこんなことするなんて、あの野郎は楽しんでやがるんだ。
拳闘士にはなれないカトルに、俺達の相手をさせて楽しんでやがるんだ。絶対に許せねえ、絶対に。
トールの方を見ると、思考停止といった感じで茫然としていて話にならない。
俺はトールの背中に思いっきり張り手すると気合いを入れてやる。
「おいトール! しっかりしろっ!」
「ロ、ロイム……カトルが相手だなんてどうしよう? 俺、女の子を殴るなんてできないよ」
その言葉に俺は、トールの顔面に一発拳を入れてやる。
「な、なにするんだよロイム!?」
「甘っちょろいこと言ってんじゃねえ! それがあいつらの狙いかもしれねえんだぞ! カトルが相手だったら本気をだせないかもしれねえって魂胆かもしれないだろうが!」
「なんの意味があるんだよそれぇ……。俺達にそんな嫌がらせしたって意味ないだろぉ」
そんなの知るか、とにかくこうなっちまった以上、カトルと試合をするしかないんだ。
カトルは俯いたまま、俺達のやり取りをじっと待っていた。
そして、教官達に早くしろと促されてトールは渋々位置に着く。
「始めっ!」
レフェリーの掛け声でカトルとトールの試合が始まってしまった。
互いにピーカブースタイルのファイティングポーズを取るカトルとトール。
しかしトールは、相手がカトルと言うこともあり躊躇しているのか腰が引け気味だ。
先に仕掛けたのはカトルだ。
鋭いジャブがトールに襲い掛かる。
ガードを固めている為にトールにダメージはない。
しかしカトルは構わずにガードの上から、左、右のワンツーを打ち込んだ。
綺麗なワン・ツーであった。
カトルは練習熱心な子であった。
教えたことを忠実に、何度も何度も納得が行くまで繰り返す。同じ動作を何度も繰り返すと言う反復練習は、簡単なように見えて実は辛い。
地味な動作を何度も何度も、何時間も繰り返すのだ。飽きることなく集中力を持続させる精神力が誰よりもカトルにはあった。
くそっ、あの年で惚れ惚れするパンチを打つじゃねえか。
どうして女ってだけで、あんなに上手いカトルが拳闘士になれねえんだよ。
俺は悔しさに歯を食いしばる。
カトルのパンチに押されてトールがガードを固めた。
しかし、カトルはそれを狙っていた。
パンチを上に集中させていたカトルは、トールのガードが上がったのを見逃さなかった。
華麗なステップで距離を詰めるとボディブローを放つ。見事な
カトルは手を止めない、二発、三発ボディーへの攻撃が続く。
あれをやられ続けると呼吸ができなくなって窒息してしまう。
そして息が苦しくなると腕を上げていられなくなるのだ。
トールは苦しそうな顔をすると、ガードを下げてしまった。
これはお決まりの必勝パターンだ。
カトルはトールの顔面に右ストレートを決めると、勝利を確信したのか攻撃の手が止まってしまった。
「まだだっ! 手を止めるなカトルっ!」
俺が叫ぶよりもトールの反撃の方が早かった。
手の止まったカトルに向かって思いっきり右拳を突き出すトール。
間一髪カトルはガードで防ぐのだが、トールのパンチにガードが跳ね飛ばされた。
その一発で俺は気が付いてしまう。
ここが、カトルの限界であると気が付いてしまった。
カトルは試合巧者だった。
常に冷静で、上手いボクシングを続けていた。
それでも、トールのたった一発のパンチで形勢は逆転してしまった。
カトルよりも、身長も高く、筋力も勝るトールは、当然体重もカトルより重い。
それが何を意味するのか。
簡単に言ってしまえば、カトルの何十発ものパンチが、トールにとってはたった一発のパンチと同じ攻撃力なのだ。
その後は一方的であった。
気が付けば、カトルは膝を突き右手を上げて降参の意思表示をする。
審判が両手を交差させて試合は終了となった。
トールの