それぞれの日常4
動き出した魔王は、少年に向かって黒い雷を飛ばす。幾本もの黒き閃光が瞬き、一瞬で少年に襲い掛かる。
しかし、少年が纏う白銀の鎧に阻まれてその雷は呆気なく消滅してしまった。
(まぁ、あれはこの世界の管理者である女神が祝福しているようだからな。あの程度では届かないか)
その結果に、オーガストは当然だろうと、つまらなそうな目を向ける。
普通の雷と異なり、その黒い雷は金属を伝う事はない。その代り、槍よりも強く鋭く相手を貫く。なので、普通の鎧では防ぐ事は不可能。金属程度ではどれだけ厚くしようとも、黒い雷の前では張った紙と何ら変わらない。
しかし、少年が身につけている鎧には世界の管理者が力を与えているようで、黒い雷程度は容易く弾く。
まだ魔王も復活したばかりで完全に力が馴染んでいないとはいえ、それでも管理者たる女神の力も結構強大だという事だろう。とはいえ、オーガストにとってはそれでも大したは事ないのだが。
魔王は直ぐに次弾として同じ黒い雷を幾筋も放つ。しかし今回狙うのは、少年ではなく女性達。
迫りくる黒い雷に、魔法使いの女性は急ぎ魔法で障壁を張り、それでギリギリ防ぐことが出来た。
神官の少女は女神の加護を持っていたようで、眼前で黒い雷が弾けて消える。
軽装の女性は咄嗟に持っていた盾と剣を構えたが、黒い雷はそれを貫通して少女の内臓を焼く。しかし、数本もの黒い雷が貫通したにしては軽傷なので、剣と盾に魔法的な防御が付与されていたのだろう。
もっとも、内臓を焼かれた事には変わりないので、これで軽装の女性は脱落だろう。普通であれば。
「クソッ!」
軽装の少女は苦しそうに悪態をつきながら震える手で胸元から小さな容器を取り出すと、それを口元に近づけて容器を傾け、中身の青い液体を飲み干した。
すると、焼かれた内臓が元に戻る。それと共に、一気に傷跡も塞がった。
「最後のポーションを飲んじまった」
顔をすっぽりと覆う兜を被っている為に、急いでそのまま飲んだ事もあってポーションを結構零していたようだが、それでも効果はあった。しかし、それが手持ちの最後のポーションだったようで、軽装の女性は苦々しそうに吐き捨てる。
その間にも少年は地を蹴り、滑るように移動して魔王との距離を一気に詰めると、両手で握る剣を振り上げ、勢いそのままに魔王へと振り下ろした。
魔王は振り下ろされた神速の剣を避けきれずにその身に受ける。しかし、その身に剣を受けた魔王は霞のように消滅した。
消滅した魔王は、次の瞬間には少年から離れて神官の少女の背後に姿を現す。
魔王は神官の少女に気づかれる前に、背後から勢いよく手を突き出して、少女の心臓を狙う。
その瞬間にジュッという肉の焼けるような音が小さく響いた。それは女神の加護が魔王の攻撃を防ごうとした証拠。その音に周囲の女性が気づき、攻撃された衝撃に神官の少女も気がつく。
(まぁ、無駄な事だな。そして遅い)
魔王が突き出した手は神官の少女の柔肌を傷つけるも、そこで止まる。これが少女が軽傷しか負っていなかった理由なのだろうが、魔王が更に力を込めると、魔王の手はずぶずぶと少女の身体の中に沈んでいき、とうとう少女の細身を貫通して反対側に手が突き出る。
「え? そんな――」
胸元を背後から貫かれた少女は、それを信じられないといった表情で眺めながら息絶える。
「馬鹿な!! 魔王の攻撃が女神様の加護を抜けるなど!?」
軽装の女性があり得ないといった感じで叫ぶ。それでやっと少年も事態に気づいたようだ。
(そりゃあ抜けるだろうな。その程度の強化はした訳だし。でないとつまらないだろう。攻撃がろくに効かないなんて興醒めだからな・・・なぁ、女神よ?)
軽装の女性の叫びに、何を当たり前の事をといった表情で眺めたオーガストは、そのまま視線を遠くへと動かす。
(この程度の相手にすら直接干渉出来ずに、他者に力を与えて覗き見するだけの管理者など、相手にもならないな)
オーガストはつまらなそうに眺めながら、魔王と戦う少年達を眺める。
観ようと思えば、オーガストは過去も未来も観る事が出来る。それは異世界でも同じ事。しかしそれではつまらないので、オーガストは自分に直接関わる事以外は観ないようにしていた。
「・・・・・・ま、考えは悪くないかな」
少し後に自分に向かって飛んでくる火球を予見したオーガストは、魔法使いの女性の方へと密かに視線を向ける。
「しかし、それは悪手も悪手だな」
オーガストは呆れたようにそう呟きながら視線を遠くへと戻す。魔法使いの女性の攻撃程度、オーガストにとっては欠片も気にする必要がなかったから。
その数秒後、煌々と燃え盛る大きな火球がオーガストへ向かって飛んでくる。しかしその火球は、オーガストに届く前に呆気なく消滅した。
(終わったな)
火球が消えたところで、ヒヅキは少年達の方へと視線を向ける。
その視線の先では、オーガストへと攻撃を行った為に辛うじて保っていた均衡が崩れてしまい、魔王に一人ずつ殺されていく少年達の姿があった。
程なくして、少年達は全滅する。もしかしたらあの火球は、魔王を復活させたオーガストを倒せば全てが解決するとでも考えて放った、逆転を賭けた一撃だったのかもしれない。
(やはりつまらないな。それなりに強かったから多少は見世物になると思ったが、この世界の管理者たる女神があの程度だからな)
一度殺された恨みなのか、既に息絶えている少年達を執拗に痛めつけている魔王を眺めながら、少ししてオーガストは視線を逸らした。
(さて、そろそろかな)
オーガストが心の中でそう呟くと、視線の先を神聖さを感じさせる眩い光が満たし、それと共に一人の女性が顕現する。
まるで光がそのまま人型になったかのような眩さを感じさせるその美しい女性は、この世界の管理者にして、女神と呼ばれている存在。
「おや、ちゃんと世界に干渉出来たのか」
現れた女神に、ヒヅキは僅かに呆れたようにそう呟く。
女神は顕現する前からずっとオーガストの方へと視線を向けて外さない。そこには警戒以上に憔悴したような疲れが含まれているように思えた。
「あ、貴方は一体何者ですか!?」
見た目はふわりとした優しさの漂う大人の女性といった感じだというのに、オーガストに対する態度は、小さな女の子が部屋の隅で恐怖におびえている様に弱弱しい。
それでも目の前に出てきた事は評価出来るだろう。オーガストは内心でそう女神を評した。とはいえ。
(世界の管理者は基本的に一つの世界を管理しているが、それはその世界に縛られた存在であるからこそ。世界の消滅は我が身の消滅。このままでは世界が亡ぶと危惧したが故に、やっと出てきたとも捉える事が出来る)
世界の消滅は管理者の消滅ではあるが、別に管理者は世界の管理を放棄できない訳ではない。その場合は世界との繋がりを失う事にはなるが、それ故に世界が消滅しても、その身の破滅には至らない。
しかし、そう上手くはいかないようで、管理者という役割を棄てた存在は、大抵その瞬間に消滅する。
運よく生き残った者もかなり弱体化されるので、直ぐに何処かで力尽きてしまうのだが。
つまりは、逃げるという事を選択したとしても、結局は破滅までの時間が少々短くなるか長くなるかの違いでしかなく、身の破滅という結果から逃れる事は出来ない。
なのでこの場合、オーガストが何もせずに去るのを祈りながら怯えて過ごすか、こうして目の前に姿を現すしか道はないという事。だが、この後どうするかはまた変わってくるだろう。交渉や説得をするのか、情に訴えるなりして懇願するのか、はたまた潔く敵対するのか。
一つ問題があるとすれば、オーガストにはどの選択をしても意味がないという事だろう。
唯一敵対が道ではあるが、それに必要な強さがあれば、そもそも一つの世界の管理者程度に納まっている訳がない。なので、どの道手詰まりなのであった。
もっとも今回に限って言えば、オーガストに世界を壊すという意志がない為に、縮こまって嵐が過ぎるのを待つのが正しかったのだが。
それも今更である。恐怖に駆られて出てきてしまった以上、今更逃げる訳にもいかないだろう。まぁ、興味が無いので、逃げてもオーガストは見逃すだろうが。
「だ、黙ってないで何か答えたらどうですか!?」
あまりの興味の無さに、オーガストの耳には女神の言葉が届いていなかった。
しかし、その怯えながらも必死の様子に、オーガストはやっと女神が何かを言っている事に気がつく。
「ああ、何か言ったか?」
「だ、だから、貴方は一体何者ですかと訊いているのです!!」
オーガストが反応した事で女神はより強く恐怖を感じたようで、一歩後ろに退いたが、それでも何とかもう一度同じ問いを繰り返した。
「何者か、か。さて、どう答えれば己が何者であるかを説明できるのだろうか?」
女神からの問いに、オーガストは真面目な顔で問い返す。それに女神はやや苛立ったように眉を動かした。
「貴方は一体何処からやってきたのですか!?」
それで少しは恐怖が和らいだのか、間に在る距離は変わらないが、それでも声に少し芯が通る。
「何処・・・近くの世界と言っても君では理解出来ないか。であれば、そうだね・・・別の世界から来たのだよ」
「別の世界? 勇者と同じ?」
「ん? ああ、そこで四肢をバラされて焼かれている少年の事か」
「あんな蛮行が赦されるはずが在りません!!」
「君がここの神だろう? ならば天罰とやらでも与えればどうだ? それに、勇者とやらも似たようなことをしていたがね」
何を言っているのだとでもいうように語り掛けながら、魔王の死体を思い出したオーガストは、呆れたように肩を竦めた。
「それとも、自分が加護を与えた勇者ならば何をしてもいいと? であれば、君は確かに神だよ」
それはオーガストにとっては事実をただ告げただけなのだが、女神にとっては屈辱にでも感じたのだろう。ムッとするように僅かに顔を歪める。しかし、やはりオーガストに恐怖を感じているようで、それも直ぐに霧散した。
その女神の反応に、オーガストは残念そうにするも、まあいいかと思い視線を魔王の方へ向ける。
視線を向けた先では、勇者一行への恨みを晴らしたのか満足そうな魔王の姿と、全員がバラバラに解体され、潰されたり焼かれたりした無残な一行の姿があった。
それは女神も憤慨するだろうというその悲惨な光景を眺めるも、オーガストにとってはあまりにも見慣れた光景過ぎて、何も感想を抱かない。それどころか、かつてオーガストが研究の為に行った事に比べれば、まだ理解出来る範囲内ともいえた。
魔王はオーガストの意識が自分の方に向いたのを察したのか、急いでオーガストの近くまで移動すると、跪いて臣従の意を示す。いや、この場合は服従の意かもしれない。
しかし、オーガストにとってそれはどうでもいい事なので、ちらりと視線を向けただけで興味が失せたとばかりに女神に視線を戻す。
オーガストの視線を再度向けられた女神は、油断していたのかビクリと肩を跳ねさせた。
そんな女神の反応など目に入っていないのだろう。オーガストはそれを気にする様子もなく口を開く。
「さて、それで君はこれからどうするんだい? 戦うというのであれば、相手になるが?」
「それができれば苦労はありません。貴方は強すぎて戦いにはならないでしょう?」
「・・・そうか。まぁ、それぐらいは理解出来ていなければ、普通はその座には就けないか」
「だからこそ、逆に聞きたいのです。貴方がこれからどうするのかを。でなければ、こちらは動く事が出来ません」
怯えた態度ながらも、女神ははっきりとした口調でそう確認する。
「どうするも何も、元々僕は何もする気はなかったさ。ただ、そこの勇者が絡んできたから、余興に利用したぐらいで・・・それもまぁ、つまらなかったが」
「それだけであんな・・・」
「あれをしたのは僕ではないのだが、まあいいか。あとはそこの魔王の好きにさせるさ・・・ああそうだ、神の座を交代させても面白いかもしれないな」
「!!」
最後に小さな声で付け加えられた言葉を捉えた女神は、緊張に身を固くする。それはつまり、女神を消して魔王を神の座に差し替えるという事なのだから。
「ふむ。そうだな。その前にこの世界でも観てみるか」
そう決めたオーガストは、世界の全てを一瞬で把握する。
どうやら現在居る世界は魔王を頂点とした魔物と呼ばれる集団と、女神を頂点にした人間が争っている世界のようで、人間側が圧されていたところで、異世界から勇者を召喚して魔王に対抗していたらしい。
(やはりろくに世界へ干渉するほどの力がない管理者か。今こうして眼前に姿を現しているのも、大分無理をしているようだし)
単純に強さで言えば女神の方が魔王よりも上のようだが、この女神は世界に顕現しなければ魔王と戦えない以上、強さは魔王の方が上。顕現した女神では魔王の敵ではない。
それでも力を授ける事なら出来るようで、力を集中して授けた勇者一行に魔王討伐を託していたという事のようだ。しかしそれも、魔王討伐が終わったところで現れたオーガストによって盤面をひっくり返されてしまった訳だが。
(・・・やはりこの管理者は不要だな。それなりに長い間世界を管理していたようだが、それでこれとは流石に酷過ぎる。これではデス達が壊すのに数秒と必要ないからな)
オーガストはこの世界を壊すつもりはない。しかし、直にこの世界はデス達狭間の住民の手によって破壊される事だろう。デス達の目的は世界の破壊なのだから。
(あれらは既に独自に動き出しているからな。さて、どこまで強くなるのか楽しみだな)
デス達挟間の住民は世界を壊しているからか、成長が異様に速い。元々かなりの実力があったのだが、もうめい達など相手にもならないだろう。
オーガストも己を殺せる強者の育成計画を、めい達から挟間の住民の方へと完全に切り替えたほど。
だが、オーガストは知っている。それでも現状ではオーガストに追い付く事すら不可能である事を。現在はいくら成長の歩みを緩めているといっても、オーガストの強さはそれだけおかしいのだ。
(やはり早々に始まりの神を見つけ出さねばならないな。手掛かりとなり得る始原の神は掌中に収めた。それを辿ってもまだ曖昧な存在。実に楽しい相手だ。まぁ、それでも居場所の見当は大分出来てきたが)
思考している内に眼前の女神の事など思考の彼方へと消えていたオーガストだったが、視線を動かした時に偶然映った事で思い出す。それと共に、管理者の交代をする事にした。
現在の魔王であれば、実力的にも管理者と呼ぶに申し分ない強さになっているので、交代しても問題はないだろう。管理に最初手間取るかもしれないが、その辺りは慣れていくしかない。それを込みで実力が在るのだから。
「そういう訳で、管理者は交代だ」
「なっ! そ、それはどういう――」
思考していた部分も含めて地続きで話していた様に結論を述べたオーガストに、女神は慌てて声を出すが、それが最後まで紡がれる前に永遠に沈黙する。
「さて、これからは君がこの世界の管理者だ。基本的なやり方は理解出来ているだろう?」
「はっ!」
「では、後は任せた。時間はあまり無いだろうが、精々精進することだな」
オーガストの言葉に魔王は深く頷き、そのまま顔を俯かせる。
「ああ、言うまでもないだろうが、君が管理者になる以上、この世界を君好みに変えても誰も文句は言わぬよ。前任者の意向を引き継ぐ必要もない」
言うべき事は言ったと背中を見せると、オーガストは歩き出す。
別に管理者を交代させる為にこの世界に来たわけではないので、区切りが付いたらもう用は無い。
用事が終われば少し世界を散歩してみる。ここに来た理由は特にないのだが、少し寄り道をしてもいいだろう。この世界は単なる通り道でしかないのだから。
オーガストは荒れ果てた大地を歩きながら、デス達の様子を確認してみる。
確認したデス達は順調に世界の数を減らしているようで、多少趣味に走っている者も見受けられるが、それでも世界が生まれる速度よりも破壊の速度の方が上回っている。
(世界の数は無数にある。このまま続けても全て壊すのに何千、何万年掛かるのやら。もしくはもっとか。とりあえず挟間の住民の数をもう少し増やすとして、こちらはこちらで探っていくとするか。世界が生まれる時には、始まりの神が幾らか関与しているはずだからな)
順調なデス達の様子に満足して頷くと、オーガストは始まりの神へと辿り着く為に次なる行動に移るのだった。
◆
拠点の案内は、大浴場を見た日から更に五日掛かった。
流石にそうして見て回った事で、横に広いというのにほぼそのままの広さで五階建ての建物だと実感出来た。何より、それだけ掛かってもまだ建物全ては見回れていないのだから。
その間に拠点の住民数名と会ったが、全員が何かしらの責任者だった。
この建物内には人間と同じ姿形の種族を集めたという話であったが、確かにそうだった。といっても、頭が一つに胴が一つ。手足が一組というだけだが。
今回会った数名の責任者も、手足が長かったり目が一つだったりと個性的だった。ああいうのを見ると、プラタが大浴場で気を配ったのも頷けるというもの。
そして今日、とうとう外に出る予定だ。昨日建物の案内を終えたプラタがそう言っていたので、間違いないだろう。
建物の案内はまた後日少しずつ行っていくらしい。
朝食を終えて片付けを済ませると、一息ついて準備をしてから地下三階の転移装置の許へと移動していく。
転移装置の前に到着すると、それを起動させた。別に手元の転移装置で戻ってきたので、小さい方の転移装置を自室で起動させてもいいのだが、まだその辺りはそこまで手を加えている訳ではないので、こちらの方が安定するのだ。
一瞬の浮遊感と意識の漂白を感じた後、世界に色が戻る。意識がはっきりすると、目の前にプラタが居た。
「おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人様」
挨拶をすると、直ぐに挨拶が返ってくる。相変わらず狭い部屋だが、この方が護りやすいのだろう。
プラタの先導で部屋の外に出る。ここは五階なので、一旦階段を使って一階まで下りていく。
一階に下りると、玄関まで移動する。階段から玄関まで少し距離があるので、プラタと一緒に廊下を進む。
玄関に到着すると、プラタが玄関扉を開いた。重そうな大きい扉だったが、音もなく滑るように開く。その動きはとても軽そうだ。
外に出ると、太陽が中天近くまで昇っていたので明るかった。
先程まで明るいとはいえ室内に居たからか、外の眩しさに思わず目を瞑って顔を背けてしまう。建物の中も魔法道具や窓から入ってくる太陽の光で十分明るかったと思っていたのだが、それでも直接感じる太陽の眩しさには負けるようだ。
目が慣れたところで、改めて周囲を見回す。外の光景は、廊下に設けられていた窓から見た光景通りに壁で囲まれているが、玄関から出て正面には巨大な門。
玄関扉も十分大きかったが、そんな玄関扉なんて比べものにならないほどに大きな扉が取り付けられている。その巨大な門扉は、見た目は木で出来ている様だが、おそらく違うだろう。
プラタが歩き出したので、後について進んでいく。少し進んだところで、後方から扉が閉まる気配を感じる。
玄関から門扉までそれなりに距離があるのだが、素直に直進すれば到着する訳ではなく、その間には大きな噴水が置かれていた。
それは円形の噴水で、中央に手を上げた人の像が在る。その上から大量の水が勢いよく噴出しているので、水の幕が邪魔をしてその像の詳細までは判らない。
噴水の縁には細かな彫刻が施されているようだ。近づいてみれば詳細が分かるかもしれないが、先に進むプラタが気にせず進んでいるので、プラタの後に続いて噴水を迂回して先へと進む。
暫く歩いて門扉の前に到着すると、門扉にプラタが触れる。そうすると、門扉の下の方が開いた。
開いた部分はボクが出入りするぐらいの大きさなので、丁度いい。これが普通なのか、それとも触れた者で大きさが変わるのか。
そんな疑問が浮かんだものの、それは門扉を潜ったら霧散した。
門扉の先には、街が出来ていたのだ。やや小高い場所に拠点が建っていたようで、門扉から街まで緩い下り坂が延びている。
そこから見える景色は、出来立て間もないとは思えないほどに立派なモノで、奥の方に三階建ての建物が見える。しかし、拠点の近くには一階建てばかり。
建物自体は石造りが多く、見た限り同一の見た目をしている。量産品といった感じだが、短時間で建てたのならその方がいいのだろう。それに同じ見た目であれば、統一感が在ってそれはそれで連携感が出ていいと思う。
その洗練された感じが妙に都会的で、そこへ行く事を思い、少しドキドキしてきた。
そこに行き交う人達も目に入るが、様々な見た目をしているので、複数の種族が住んでいるのが実感できる。
「どうぞこちらへ」
久々に外に出た後、かなり久しぶりの街を眺めていると、プラタが手振りを交えて先を示す。
それに頷いて歩き出すと、プラタも前を進んでいく。
しかし、このまま坂を下りて街に入ると思ったのだが、プラタは目の前の坂は下らずに、防壁に沿って裏手に回り込むように移動していく。
拠点の周囲を回るように進んでいくと、少し先に別の道が在った。
その道も坂道だが、正面の道よりは細い道で、その先は人気がない。道は先程から石畳が敷設されていて、何処も綺麗な道だ。そこをプラタが下りていく。
「この先に何か在るの?」
ついて行きながら問い掛ける。こちらも綺麗な街並みだが、裏道のような印象を受けた。
「この先に高台が在ります。そこから街並みを一望出来ます」
「高台?」
プラタの言葉に首を傾げると、遠くに目を向ける。そのまま周囲を見回してみるが、高台らしきものは見当たらなかった。
街を囲む防壁が遠くに見える。
周囲に見える景色の中でもっとも高いのがその防壁だが、もしかして高台とはその防壁の事なのだろうか? それ以外には防壁内に高い建物がちらほら見受けられるも、どれも防壁よりは高くない。高くとも防壁の半分もないだろう。
「高台って、あの防壁の事?」
考えても分からないので、プラタに問い掛けてみる。しかしプラタは首を横に振った。
「いいえ、違います。防壁の少し手前に物見櫓のように建っております」
「防壁前?」
プラタの言葉に視線を防壁の方に向けるも、やはり何も無い。だが、魔力視に集中してみると、微かに何かがある様な反応があった。この感じから考えれば。
「・・・えっと、もしかして高台は不可視化してあるの?」
「はい。物見としても使用しますので、見えないようにしております。中に入った者も一緒に隠すので、物見としては役に立つかと」
「そうなのか」
魔力視ですら集中しないと僅かも捉える事が出来ないほどの隠蔽性の高さ。流石はプラタが手掛けただけあるな。
場所を確認したところで、プラタの案内で街を移動していく。
街と言っても、現在進んでいるのは裏路地のような場所だが、それでも街は街だろう。誰も居ないうえに、喧騒は壁越しのように遠いが。
何だか街の中という感じはしないが、まあしょうがないか。これがプラタの意向なのかもしれないし。
ほぼ直線の道を進み防壁に近づくと、そこでプラタが立ち止まる。
「?」
どうしたのかと思いながらボクも立ち止まると、プラタが振り返ってこちらに手を伸ばしてくる。
「中に入ります。御手をよろしいでしょうか?」
よく分からないが必要な事なのだろうと思い、差し出してきたプラタの手を掴む。そうすると。
「おぉ! 高台だ!!」
突然目の前に現れた建物に、つい大きな声が出てしまった。一応そこら辺に在るのだろうなとは思っていたが、まさかいきなり姿を現すとは思わなかった。
「では、中に入ります」
突然現れた建物に驚いていると、プラタに手を引かれていつの間にか開いていた扉から中に入る。
中に入ると、そこも空間が弄られていたようでかなり広い。
広いのだが、何も無い。在るのは階段ぐらいか。ああいや、もう一つ転移装置が在った。階段の影に隠れるように置いてあったので、直ぐには気がつかなかった。
「あの転移装置は?」
まだ繋がれている手とは反対側の手で転移装置を指差す。
「最上階へと直ぐに移動する為の転移装置です」
「なるほど」
頷いて天井を見上げてみる。
ここは吹き抜けになっているので、最上階まで延々と階段が続いているだけ。ここを上るとなると、それだけで疲れてきそうだ。確かに転移装置は必要だな。
というか、ここはどれだけ高いのだろうか? 物見にも使うという事は、防壁よりも高いと思うのだが。
「では、転移装置を起動させます」
プラタはそう言ってボクの手を引いて移動すると、転移装置に手を触れた。それで転移時に感じる浮遊感と意識の漂白を味わって最上階に移動する。
「うわー! 高い! そして絶景だな!!」
最上階に到着すると、床以外全部が透明な壁で出来た場所に到着する。硝子とも違うその壁は透明度があまりにも高くて、一瞬何も無いのかと思ったほど。
転移した時に街の方向に顔を向けていたので、視界には俯瞰した街の様子。綺麗に整備された街並みは、整った美しさがあった。
色々な装飾が施されたモノも美しいとは思うが、個人的にはこういったしっかりと整った美しさが好きだ。
上手くは言い表せられないが、ビシッとした感じがいいのだ。まぁ、完璧に見えて僅かにだらしなさがあると、そこがまた魅力に繋がって良いのだが。
それでも整えられた美しさ変わらない。この何者かの手が加わった美は、自然の美とはまた違った感じなのだ。・・・ああ、少々思考が逸れていたな。この美しさを見たら、つい思考がおかしな方向に逸れてしまった。
気を取り直して、綺麗に整備された街並みに目を向ける。
ボクが住んでいる拠点を中心に据えて、外へと拡がるように造られたその街並みだが、中心の建物がやや高くなっている以外には、防壁に近くなるほどに並ぶ建物の背が高くなっているみたいだ。これは拠点を出てから見た街並みの印象そのままだな。
それにしても、ボクが住んでいる拠点の大きさが凄い。上から見ればそのあまりの大きさがよく分かる。今まで見た建物の中でもダントツで大きいかもしれない。
「広かったもんな」
プラタに案内されて見回った時の事を思い出して、その広さにも納得する。あの建物の中には一体どれだけの数が住んでいるのやら。
それでいて、その全員がプラタの言葉にしっかりと従っているんだもんな。やはりプラタは凄い。
他には拠点の向こう側、現在居る高台の反対側にも大きな建物が間隔を置いて幾つか並んでいる。もしかしたらあれが、ボクの自室が在る拠点に住んでいる者達以外を集めた別の拠点というやつだろうか?
中心の拠点が大き過ぎて感覚が麻痺しているが、そちらも随分と大きなものだ。少なくとも、一瞬感じた小さいなという感想の方が間違っているのは確実だろう。