知人
「さてと、帰るか」
買い物が終わり、リィーグルが車へと向かう。
私はリィグルの腕をぎゅっと掴んだ。
「なんだ?」
「あ・・・。えっと、なんでもない」
ぱっと手を放して照れ笑い。
本当は・・・。
荷物を乗せ、リィーグルは運転席へ。
私は助手席の方に乗る。
「あの・・・」
不意にリィーグルの後ろの方から声が聞こえた。
さっきからずっと私たちをつけていた人物だ。
「はい?」
リィーグルは後ろを振り向く。
若い女の人の姿がそこにあった。
長いストレートの銀の髪。
灰色の瞳。
私と同じ灰色・・・?
となりには男性の姿もある。
そちらの方は無表情だ。
サングラスをして、黒いスーツを身にまとっている。
女の人はリィーグルを無視して、車の中の私を覗き込む。
「サファじゃない?」
それは私に向けられた声?
「・・・」
その人は私を見つめている。
まっすぐに愛おしそうに。
「サファでしょ!!探したのよ」
喜びに溢れた声。
だれ?
私はこの人を知らない。
この人は私を知っている?
差し出された手が私に触れようとする。
ビクンッ
体が小さく震えた。
なぜ・・・?
「あの・・・?ディメルを知っているのですか?」
リィーグルが私を庇うように、その人との間に入った。
「ディメル?」
女の人は怪訝そうにリィーグルを見る。
「この子は記憶をなくしてるので、代わりにそう呼んでいるんです」
「記憶を・・・?」
私とリィーグルを交互に見比べる。
「少し、話をしませんか?」
私のことを知っているというこの人。
私は何も言えずにいた。
この人を私は知らない。
たとえこの人が私を知っていても、私は何も覚えていない。
「分かったわ」
何も言わないまま黙ったままの私を見て、納得したようだった。
近くにあった、喫茶店。
そこに私たち4人はいた。
男の方は相変わらず、何も言わずに女の人に付いてきた。
この人は私の姉だという。
名前をイファ。
そして、男の方はボディーガードらしい。
たいそう裕福な家庭らしく、私が居なくなった時も国の警備隊までを動員して探したらしい。
私は忽然と姿を消したらしく、その理由を知っている者は居なかった。
もちろん、私自身にも分からない。
リィーグルは様々な質問をしている。
私はと言えば、ぼんやりと外を見つめていた。
これからがどうなるとか。
この人が本当の家族だとか。
私がどうして記憶をなくしたとか。
どうでも良かった。
リィーグルとの別れ。
それが確実に近づいてきている。
私にはそれが一番考えたくないことだった。
だから、考えないように不安にならないようにしていたのに。
それなのに、頭の中にはそのことだけが回っている。
・・・。
外は晴れ。
街道は人々が行き交っている。
私の心の中とは正反対。
カラン。
私は目の前にあったジュースをストローでかき混ぜる。
氷が鳴った。
あの人の声のように透明な音。
《幸せに・・・》
響く機械音。
《どうか、願いをこめて》
ささやく声。
《かなわない願いをあなたに託すわ》
覚えている。
ただひとつの記憶。
あれはダレ?
目の前の人の声じゃない。
あれは?
・・・・・・。