喪失
目が覚めてもそこはやっぱり同じ部屋の中。
わざわざ違う点をあげるとするなら朝になったこと。
だから、部屋の中は明るくなっている。
えーと。
何で、このシーツ泥だらけなんだろう?
コンコンッ。
「?」
「入っていいか」
昨日の人だ。
確かリィーグ?とかいった。
「は、はい」
もう、明るくなったから平気。
人がそばにきても大丈夫。
それにこの人なら答えを教えてくれるかもしれない。
「とりあえず、朝飯にしろ」
そういって朝食らしきものをお盆の上にのせている。
・・・。
すごい。
目玉焼きは黒こげ。
サラダも何入ってるんだろう・・・。
これは?えーと。
????
とりあえず、食べれそうなもののようだけど・・・
唯一まともなのがパンだけ。
「好き嫌いするなよ」
無言のままそれを見つめていた私に彼が言った。
好き嫌いと違うような・・・。
「えーと。これって食べれるのですか?」
「いやなら食うな」
食べれそうなパンだけ食べた。
「あの・・・。私って誰でしょうか?」
食べ終わった後でそう切り出した。
「俺が知るかよ」
あきれ顔で私をみてる・・・。
まあ、当然の反応だけど。
「えーと、じゃあ質問を変えますけど、私どこにいました?」
リィーグルは変な顔で私をみてる。
しばしの沈黙・・・。
「おまえ、記憶喪失か?」
「ええ。そうみたいです」
あっさりと答えた私に彼は叫んだ。
「なんだっってー」
ふつうあわてるのは私(本人)だろう。
「何で、そんなに落ちついてんだ」
「何ででしょう?よくわからないけど、これが普通のような気がします」
そう、昨日から私は自分を捜していた。
自分でも意外なほど冷静に、記憶の糸を探していた。
「わかった。俺も探してやるよ。おまえが誰なのか」
ポンと私の頭に手をのせて、そう言ってくれる。
その言葉が私には不思議だった。
「どうしてですか?」
「見つけたくないのか?自分が誰なのか」
彼は不思議そうに私を見る。
「そうじゃないんです。私・・・」
なんだろう、この感じはよくわからないけど・・・。
私はそのままうつむいた。
言葉が見つからない。
「どこか痛むのか?すり傷ぐらいしか見あたらなかったが」
・・・・・・。
「いいえ。別に。大丈夫」
私はうつむいたまま答える。
「じゃあ。明日から記憶を探しに行こう」
「はい・・・」
彼は、朝食らしかった物を持って部屋を出ていこうとした。
「あ、そうだ。名前がないと不便だ。ディメルって呼んでいいか?」
彼は急に振り返って聞く。
「え、あ。はい」
私は唐突な言葉に慌てて顔を上げて返事をした。
「よろしく。ディメル」
彼は静かに扉を閉めた。
別になんて呼ばれてもいい。
今は自分の名前さえ思い出せないんだから。
ディメル・・・。変な名前。
でも確か
彼はリィーグルって言ってたっけ?『天使』の意味。
アディスの方からやってきた人?
でも、この国は他国との交流は出来ないに等しいのに・・・。
記憶はなくても知識だけは残っているみたいだ。
どこで、これだけの知識を吸収したのだろう。
私・・・。誰なんだろう。
ふと窓を眺める。
部屋を出ていく前に彼が開いた窓。
外は森のようで、木陰から日の光がキラキラと舞い込んでくる。
きれい。本で見た以上に・・・。
本?私、日の光を見たこと無いの?
なぜ??
鳥のさえずり、木々のざわめき、水のせせらぎ。
近くに川があるのかな。
私には全てが新鮮な出来事だった。
何もかもが初めて聞く音。
私の悩みなんて忘れさせてくれるみたい。
私は静かに目を閉じる。
《忘れて・・・。何もかも、全て》
忘れてるんだよね・・・。そう、自分のことだけ全て。
この声・・・。だれ?
この声が全ての始まりのような気がする。
誰?・・・・。思い出したい。
《思い出さないで・・・お願い・・・》
低く、泣き出すように悲しく。
そして、透き通ったその声は私をそのまま眠りへと導いていった。