第3話 いきなり買春、駆けつけ悪徳
「よう、シュン。やっときたな。今、アバター作りか?」
アバター作成を始めるとすぐにゲーム内通話が入った。キリクからだった。
見るとフレンド欄にただ一人キリクの名前があった。招待元は最初からフレンドに登録されているらしい。
キリクは沢渡をシュンと呼んだ。これは沢渡の使いまわしているキャラクターネームである。
「キリク! いたんだ! 死んでないってことは、これクソゲーじゃないんだな?」
「ああ、あの話か。……そうだ、絶望して死ぬほどのクソゲーではないな。シュンもしばらくは楽しめると思う。いろいろ説明してやるからまずはアバターを作ってしまえ。……あ、アバターだがな、そこそこ現実に合わせておけよ」
キリクの低めの声に心なしか明るさがあった。そのことに沢渡が安堵していると、キリクの言葉は続いた
「シュン、ここはフルダイブVRだから当然完全リアルタイムアクションでもあるんだよ。だからアバターを現実の体と大きく変えると、ダイブインやログアウト時に混乱するし、動きを覚える効率も悪くなる」
「で、キリクはどうだったの」
「アバターを痩せたイケメンにしたら、ログアウトしてから自分の体をあちこちにぶつけて息が詰まるほどの痛みにもだえたデブの話をしようか?」
キリクの声が、軽い自虐を語ったので沢渡は笑った。
「そっか、現実と違ったアバターってのはVRの一つの楽しみなんだけど、そういうことならしょうがないか」
「アバター変更は充分慣れてからだろうな。VRで情報量を多くしてリアルに寄せていくと、脳のごまかしが利かなくなっていくから現実に寄せる必要があるんだよ。でも安心しろ、顔は修正を効かせても問題ないぞ。ブサメンがちょっとイケメンぐらいは問題なくいける! 俺が保証するっ!」
沢渡はもう一度苦笑してしまう。
そしてアバターを作り、現実体型を参照させ、顔をすこしいじった。
相変わらずのチビでやせっぽちだが、顔はまあすこし陰キャラ成分は減っただろう。
アバターは後ででも調整できるとキリクがいったので、アバター編集をそれで終わりにした。
【陽谷市】
アバター作成ルームを出ると、青い空とまぶしい太陽、石畳の街が広がっていた。
抜けるような一面の青空には雲一つない。
風は乾いていて、太陽の暑さは感じるが、蒸すような感じはない。
出てきた建物には、「陽谷美容室」と看板がある。
そして、目の前に小太りの男が一人立っていた。
目立つのは腰のガンベルトだ。拳銃がねじ込まれている。
頭には警察っぽい紺色の制帽、やはり紺色のジャンパーと紺色のズボン、焦げ茶色のブーツ。警察官みたいな格好だった。
「えと、キリクさん?」
「シュンだな? キリクだ。ひさしぶり? こちらでもよろしく?」
「おひさしぶりです。こちらでもよろしくです」
すっと何気なく手が差し出され、沢渡は意識せずその手を握り、握手を交わした。
「とにかくよく来てくれた。さてダイブしたばかりで悪いが案内したいところがある。そこにいくまでにざっと説明しよう。ついてきてくれ」
キリクが歩き出し、沢渡は彼を追って並ぶと、キリクは話を始めた。
「まず、俺達がいるここは
「なるほどね」
「いずれ、防寒装備や雨装備、海に出るなら船なんかもいるが、この町なら普通の装備だけで充分。移動手段は、近くはバイクやトライク、自動車、遠くは汽車とレンタカーなんかでいける」
「僕、免許ないんだけど?」
「VRだぜ? 免許なんかいらん。自動操縦もついてるしな」
器用にキリクがウィンクする。明るくつぶらな目に愛嬌のある丸い顔。それがキリクだった。
日本であえば普通のおっさんサラリーマンだが、ガンベルトと外国の警察官みたいな格好が非日常感を醸し出している
「あ! そうか、VRなんだよね、この世界。にしても免許なしで運転か」
歩く感覚、すこし汗をかく感覚、乾いた風が運ぶかすかな甘い匂い、暑い日差し、遠くで聞こえる蒸気機関車の汽笛、バイクや車のものと思われるエンジン音。
それらは容易にVRという意識を刈り取り、現実と誤認させる。それが無免許での運転に違和感を抱かせていた。
「まあ、それらはおいおい店の連中に聞いていけばいい。わからなかったら俺に連絡をとってくれればいいし。さて、ついた」
そういうと、キリクは瀟洒な4階建ての建物の前で足を止めた。
「ここは?」
「入ればわかる」
シックな木星の扉を開けて沢渡はキリクとともに中に入った。ドアのベルが軽やかな音をたてた。
入ると香水と酒の甘い匂いが鼻をくすぐり、花の壁紙と豪奢なシャンデリアが独特の雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃいませ、陽谷楽園へ」
ドレスで着飾った栗色の髪の肉感的な女性が恭しく頭を下げて、沢渡の手をとった。
「ああ、俺は用があるんでいいんだ。このシュンが今日始めたばかりの初心者なんでね、かわいがってやってほしい」
キリクは手を振って反対側に立っていた女性が差し出した手を拒絶し、沢渡を示した。
「……お、おい、キリク?」
「シュン、童貞だろ? なら、まずはVRセックスからだ」
キリクに拒まれた金髪美人がミルクのような甘い匂いをさせながらそっと沢渡の腕をとる。
その手のなめらかさと柔らかさに沢渡は頭がくらくらするのを感じた。
キリクに童貞と指摘されても、それ以上に美人達がすぐ近くにいて、沢渡の手を握ってるので心臓が激しくうち、口の中がからからに乾いてどうしようもない。
「ど、童貞だけど、こんな、その……愛し合ってもいないのに、セックスとか……だめな……気が……」
「あら、シュン様、私、シュン様のこと、かわいくて好きですよ」
挨拶をした茶髪の肉眼的美人が、優しく微笑みながら沢渡から視線をそらさずにいうと、沢渡は自分の頬がものすごく火照るのを感じた。
そして残った腕にまたもや柔らかな腕がからまり、沢渡は両側を美人に挟まれて腕をとられ、行動の自由をなくした。
「どうよ? これがトゥルーダイブフルマックスVRだ。俺のフレもリアル風俗やめてVRの娼館に通い始めたくらいさ」
心臓が激しく打ちっぱなしで汗がにじんで、どや顔するキリクにまともに答えられず、震える声で、沢渡はかろうじてキリクにたずねた。
「で、でも……ぼ、僕は……お金、そ、その、……もってなくて」
「初心者は1週間無料となっておりますの」
あいた腕に戦慄するような柔らかさの胸が押しつけられ、金髪の美女が耳元でささやいた。
「それじゃ、お姉さん方、シュンのことをよろしくお願い」
「はぁい!」
キリクの声に甘やかな返事が唱和し、沢渡は両脇のしなやかな腕に引きずられていった。