記録16 俺が目指すべきものは、まさにコレ
|大島《おおじま》は帰る素振りも見せず、ルシアとイチャイチャしていた。ここは俺の家だし今日は休日だっていうのに、どうして同僚が目の前で寛いでいるんだよ。俺のお休みは、一体どこへと消えていくのだろうか……。
二人はとても楽しそうに、話題をあっちこっちにやりながら他愛ない話をとめどなくしていた。行き先不明かつ寄り道ばかりの女子トークに、俺が入っていけるはずもない。仕方なく、俺はキッチンに立った。
野菜や肉などの類は昨日のうちに買い込んでいた。というよりも、ガトーショコラを作るための材料を買うついでに買っておいた。しかしながら、アイスなどの嗜好品類は気にかけていなかった。――大島召喚というトラブル(?)が発生したせいで、アイスの在庫が終了したのである。
それだけを買いに行くのも面倒だが、天気予報によると、明日もそこそこ暑い。どうせ話の輪に入れないのなら、材料もあるからいっそのこと作ってしまおうと思ったのだ。
まず、ボウルに砂糖を量り入れる。もう一方のボウルに卵白を、卵黄は砂糖の入ったボウルに割り入れる。ヘラで卵と砂糖を混ぜ合わせ、きちんと混ざりあった辺りでハンドブレンダーに持ち替える。そして、いきなり高速回転させると卵黄を含んでジャリジャリになった砂糖が飛び散るので、一番弱い速度で回し始めた。すると、ルシアと大島がきょとんとした顔でこちらを見てきた。
「あら、タクロー。また聖剣を持ち出して、どうしたの?」
「聖剣?」
「ええ。アレは私の世界では伝説の聖剣と言い伝えられていてね。私はアレを手に入れるべく、こちらの世界に来たのよ」
大島に質問されたルシアがそう答えると、そのまま二人は何の気なしに〈向こうの世界〉についての話をし始めた。――おいおいおい! 俺にはしたがらないくせに、大島にはするのかよ! しかし、よくよく聞いてみると、ルシアは今まで俺にしてくれたような内容にとどめていた。何となくホッとしたような、モヤモヤとするような。
力があるわけでもないのに危機的状況にある世界に行きたいというのは、傍から見たら死ににいくようなものだ。それは、俺にだって分かる。しかしながら、それでも俺は「行きたい」と言っている。そんな馬鹿な俺を巻き込まないように配慮しているのか。はたまた、単にまだ懐を開けるほど信用はしていないということなのか。――行く行けない関係なく、突っ込んだ話のできる間柄にはなりたい。せっかく、一緒に住んでいるのだし。 ……そんなことを考えているうちに、卵と砂糖がいい具合に混ざりあって白っぽい色合いとなった。俺はブレンダーを脇にやると、ココナッツミルク缶を手に取った。
ココナッツミルクは中でほとんど固まっていた。白い塊がドボンと出て、あとから半透明の液体が申し訳程度に出てきた。再びブレンダーを手にしてゆっくり混ぜ合わせた。すると、少しずつ個体が液体となってきた。ブレンダーの回転速度を絶妙に調整しながら、液体が飛び散らないようにと留意しつつ、俺はきちんと混ざり合うまで丁寧に作業した。
「うわあ、さすがは〈お母さん〉。手慣れてますねえ。私だったらもう派手にビシャアッてなってます」
「誰が〈お母さん〉だ。ふざけるな」
いつの間にかルシアと大島がキッチンにやって来ていて、俺の作業を眺めていた。感嘆の声を漏らす大島に抱きかかえられたルシアは、液体を跳ねさせることなく聖剣を巧みに使いこなす俺の手さばきをキラキラとした目で見つめていた。
「すごく、甘い香りね。一体何を作っているの?」
「アイスだよ。ココナッツミルクアイス」
手元から視線を外すことなく俺がそう答えると、ルシアと大島が声を揃えて「アイスって、おうちで作れるものなの!?」と驚いた。――ええ、作れますとも。アイスクリームメーカーとか、そういう専用の機材がなくとも作れるんですよ、ええ。
砂糖と卵、そしてココナッツミルクが綺麗に混ざりあうと、俺はブレンダーの先端を一度洗った。続いて、卵白を泡立て始めた。――メレンゲを作るのである。
今回のメレンゲは角が立ちやすいように塩を入れるということはするが、砂糖は入れない。なので、ガトーショコラのときのように生クリームのような見た目にはならない。それでも生クリーム状に近づけるべく、根気よく泡立てた。
角が立ったらココナッツ液の中へ。そして空いたボウルとブレンダーの先端を洗って、次は生クリームをホイップする。生クリームも角が立つまで泡立てるのだが、冷やしながらでないと角は立ってくれない。しかしながら氷水を用意したくても、我が家ではまだ製氷などしていなかった。だが、俺には強い味方がいた。――保冷剤である。
ケーキなどを買って帰るとよくついてくる保冷剤。ふと気がつくと、ついつい冷蔵庫の中に溜まっている。これを四個ほど取り出して、ボウルの下に敷く。――すると、どうだろう。氷水なんか無くても、生クリームに角が立つのだ!
こいつも、角が立ったらココナッツ液の中に投入だ。そして先に入れておいたメレンゲと一緒にざっくりと混ぜ合わせたら、保存容器に移す。容器の中へトロトロと入っていくアイス液を眺めながら、大島が興奮気味に捲し立てた。
「もしかして、夕飯後のデザートはこれですか!?」
「そんな早くできねえよ。ていうか、お前、夕飯まで食っていくつもりかよ」
大島を睨みつけると、何故か大島だけでなくルシアも口を尖らせて俺を不満げに見つめた。俺は彼女達の非難がましい視線を無視しながら、保存容器を冷凍庫にしまい込んだ。
一時間後、冷蔵庫から保存容器を出してくると、俺はスプーンでアイス液を混ぜた。容器に凍って張り付いた部分をスプーンで剥がすと、シャリ、シャリと音を立てた。その音を、大島とルシアはワクワクした顔で聞いていた。
「まだ液体状なのね」
「固まるまで、結構時間かかるよ。だから、食べられるようになるのは明日だな」
「ええええ、それじゃあ私は食べられないじゃあないですか!」
「何で自分も当たり前のように食べられるものと思っているんだよ、お前は」
ケチだ鬼だと捲し立てる大島を|他所《よそ》に、俺はルシアにスプーンを差し出した。ルシアは目をパチクリとさせていたが、勢い良くスプーンにかぶりついてきた。ココナッツのコクがくどかったのだろう、彼女はウッと顔を歪めると「甘い……」とこぼした。
保存容器にフタをすると、俺は再びそれを冷凍庫へとしまい込んだ。大島が「私も味見!」と騒いだが、俺はヘッと鼻を鳴らして聞き流した。
「さて、そろそろ夕飯を考える頃合いだな。――せっかくだから、外に食いに行くか」
「それは、私に『そのまま帰れ』ということですか」
「察しがいいな。さすがは、俺の営業サポート役だな」
「嫌ああああ! まだルッチィと一緒にいるうううううッ!」
俺は出かける準備を整えると、ルシアに縋りついて動こうとしない大島を急き立てた。それだけでもかなり疲れたというのに、ばったり大家さんと出くわして俺はさらに疲弊した。――あのワイドショー好きおばはん、俺ら三人をしげしげと眺めてニヤニヤと笑いやがった。絶対、アレは何か勘違いされたに違いない……。
飯を食って大島を追い返して、帰ってきたころには〈混ぜどき〉となっていた。先ほどよりはシャリシャリとはしておらず、液も少しもったりとしてきていた。それでも、まだクリーム状にもなっていない。
先ほど同様スプーンを差し出すと、ルシアはパクリと食いついた。彼女はほんわりと笑顔を浮かべると、目を細めて呟いた。
「さっきよりも、まろやかで落ち着いた味になったわね」
このあとも、俺は一時間おきにアイス液を混ぜた。回数を重ねるごとにもったりと固まっていき、徐々にアイスらしくなっていった。ワクワクとした表情で〈混ぜの儀式〉を見守り続けていたルシアは、とうとう完成の瞬間を目にすること無く夢の世界へと旅立っていった。
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「わああ、本当にアイスになったわね!」
翌日。チラチラと幸福の光をまといながら、ルシアはカチカチに固まったココナッツミルクアイスを見つめた。
スプーンをディッシャー代わりに盛っているうちに、先に盛ったものが器の中でどんどんと溶けていく。溶けちゃう、急いで、と急かされながら、俺は器にアイスを盛り付けた。
「ん~~~っ! ひゃんとアイスになってる、おいひい~っ! 口の中で、サッと溶けていくのがまたいいわね!」
「結構ココナッツの味がしっかり出てるから、ほんの少しで満足できるな。こんなに盛り付けなくても良かったなあ」
「でも、ちょっとの量でも満足できるって、すごく幸福なことよね。それで満ち足りることができるって、それだけ素晴らしいからできることだと思うもの」
そう言って、彼女は温かいほうじ茶を飲みながら元の姿に戻った。口の端には、昨日の大島よろしくアイスが付いていた。俺は彼女に手を伸ばすと、それを拭い取ってやった。すると、彼女は幼女へと姿を変え、顔を真っ赤にして目くじらを立てた。
「タクローの破廉恥!」
「はあ? 何でそうなるんだよ。お前だって、昨日、大島に同じことしてただろうが」
「私はいいけれど、タクローは駄目なの!」
「何だよ、それ」
ふくれっ面となったルシアは、再びアイスを口に運んでほわっと頬を緩めた。――アイスができあがるときのように、ガッチリと絆を固めていきたい。そして彼女が張っているガードを、アイスの口溶けのようにサッと解けさせたい。 ……そう思いながら、俺は苦笑いを浮かべたのだった。