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夜と衣と狐

夜の帳を疾駆(しっく)する影がひとつ。
大江山に出来事があったという情報を聞いた地竜が、独断で現地調査に行く。
元道や朱雀と動くより、独りが性に合っている。

「夜風が気持ちいいな。」

大江山の屋敷は焼き払われて廃屋になっている。
木の(いぶ)された匂いは感じるが、植物の種が跡地にもう零れて芽を吹いている。
野焼き後の林野のように、再生しようとする自然の強さが目立つ。

「地竜さん、ここは危ないですよ。」

近くに小雛の声。

「小雛・・・?」

空耳かと思って目を擦るが、長い髪に小袖姿はそれらしい。

「元道さんが心配していましたよ。お夜食をお持ちしました。」

普段は素っ気無い彼女が何かしてくれることは嬉しく感じる。
しかし心臓の鼓動は早鐘のように早くなる。身体は警戒をしている。

「小雛は検非違使の手伝い。元道さんの手伝いなどしない。お前は誰だ!」
「地竜さん、怖い顔になっていますよ。」

近寄ってくる小雛に違和感を感じる。
慌てて飛び退くと、銀柄の短剣が飛んで来ていた。
小雛の皮をびりびり破って現れたのは妖しの流恋。

「幽玄の変装を真似て、あんたの知り合いに化けたが下手くそだったねぇ。人間どもには仕返しをしないとね。」
「待ってくれ。ここを焼いたやつらとは仲間ではない。」

流恋はそう?という顔をする。今までの流れは何処行く風で、酒呑の思い出話を始めた。

薄い本が発覚して数日後。織前寺元道(しきぜんじもとみち)の居宅。
陰陽師の仕事の受付を担当している千鳥昇華が、本を焼き捨ててしまって手元には無い。

「新しい式神の姿を考える資料でもあったのに・・・。」

他の手段で式神を創造する陰陽師のほうが多いから、申し開きはできない。
式神の衣装について考えているが、資料がないので決まらない。

「形が決まらなければ色から。」

決死の覚悟を表す白い装束。
新撰組(しんせんぐみ)の時代に浅葱色になるまでは、白が覚悟の色だった。
お遍路さんの白い服は、いつ倒れてもいいようにというためだ。

「陰陽師の人は、すがたに精霊が宿る=強いと考えるから、実戦に向かない衣装を考えがちだね。」

朱雀に考えを見透かされる。

「鎖帷子で取っ組み合いが今後流行るよ。決め手は鎖帷子をまくって小刀ね。」

鎖帷子とは色彩に乏しい上に、鉄の輪を集めただけという残念な衣装である。
そんな衣装では式神に着せても、格好つかないなと思ってしまう。

元道の家に珍しく玄辰が来て、朱雀に竹刀による剣術の練習を申し込んでいる。

「壱の太刀↓」

玄辰は大上段からの攻撃をして相手に受けをさせる。

「朱雀は飛び苦無しかできないと思ってたよ。」
「実戦で間諜(しのび)と対戦して、今後は飛び道具だ!ってなったんだよ。」

彼も最初は他の少年たちと剣術を学んだらしい。

「弐の太刀→」
「横薙ぎをよく避わせるよな。」

弐の太刀は相手の手を狙う。
朱雀は竹刀で受け流す。

「参の太刀↑」
「やられたっ。」

参の太刀は斬り上げて肩を狙う。
肩に決められはしたが、玄辰の剣技をこれで完成とするのには納得がいかない。

「本職には弐の後に、体当たり攻撃されるよ?」

剣術の稽古を見ていると、元道の家に上級貴族の部下がやってくる。

「下っぱ陰陽師め。京職様からの伝達をするぞ。」
「はい、何か御用でしょうか。」
「その方の家は取り壊しだ。」

かなり物騒な話、かと思ったらそうでもなさそうで、都を流れる川の流れを変えるという話だ。
うちが川になる土地に選ばれ、代わりの土地と引き換えで移動してくれということらしい。
なお、その場所には狐狸(こり)という妖しが棲んでいる。
申し訳ないが、その妖しには出て行ってもらわないといけない。

「おいらちょっと行って倒してくるよ。」
「そんな簡単な相手ではないです。」

朱雀がひとりで行こうとするのを必死で呼び止めると、玄辰も一緒に行ってくれることになった。

狐狸(こり)のところに着き、交渉開始。

「立ち退きで引越してきたのですが、移動してもらえないでしょうか。」
「まあ、慌てずにお茶をお飲みください。」

人の姿に化けている狐狸(こり)が、お盆でほうじ茶らしき飲み物を差し出す。
元道は丁重に断るが、朱雀と玄辰は喜んでお茶を飲もうとする。

「ぺっぺっ。これ泥水じゃないか。」
「ケケケッ。」

元道は2人を見て、この妖しを知らないと・・・という顔をする。
狐狸(こり)は悪賢い相手なのだ。
怒った朱雀と玄辰がそれぞれ武器を構えて一歩前に踏み出す。

「あっ・・・。ぁ------。」
「ケケケッ。」

2人揃って落とし穴に嵌まる。穴の中にはひどい仕掛けがある。
このありさまを見て、調子に乗った妖しは元道を脅しにかかる。
妖し語をほん訳すると、「土地から出て行かない。お前こそ身ぐるみ置いて出て行け。」だそうだ。

「私は陰陽師なので、その2人と違って刺激しないほうがいいと思いますよ?」

出て行かない元道はにらまれる。
鬼に化けると、弧月刀を振りかざして追い払おうとしてくる。

「やれやれ・・・手間が増えます。」

刀が届く範囲にはまだ来ていない。
呪に使う樹木は四方にあり、いつでも発動できる。

深き 森 の中に在りて、
怒れる () ()に出会う。
(しず)かなる 樹 木の(こえ)を聞く。
鬼は敵なり 縛 りあげよ。

呪言と共に礼装が(なび)いて、仄かに麝香(ムスク)の香りが感じられる。

(しん) () (じゅ) (ばく)! 」

四方にある樹木から、しなる枝が伸びてきて纏わりつく。

「ガルルゥ、ガルルル。」

狐狸(こり)は樹の枝に縛られて唸ってもなんともならない。
こうなると化けの呪文も解け、ふつうの狐でしかない。

「代わりの土地用意しますので、そちらに移動願います。勝手な申し出ですみません。」

狐は従順になっていて可愛げがある。白い毛混じりの尻尾に、黄色い毛皮。
お肉をあげれば喜ぶだろうか。油揚げをあげるのは江戸時代以降の風習だ。
これを機会に契約する法士もいるかもしれないが、半強制的にペットにしても仕方ないなと諦める。

「さて、朱雀、玄辰、帰りましょうか。」

大事なことを思い出した。
元道は、落とし穴の中で馬糞(ばふん)まみれになっている2人を見る。
あれを引っ張り上げないといけないらしい。

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