曲芸に見る心と鬼の腕前
「そこの商人、その妖しを離してやれ。」
「商品ですぞ。それとも私の妖しの餌食になりたいのですかな。」
両者の言い分は平行線。柚樹は無視して妖しの枷を鎌で断ち切って逃げさせる。
これを見て憤慨したのは商人。
用意していた茶釜から煙が吹き出て、土蜘蛛の姿を形作る。
「兄さんがた、この土蜘蛛は解き放たれたが最期、周りの生物を悉く喰らい尽くしますよ。」
「ほお、人間の分際で高等な妖しを捕らえているとはな。」
朱雀が身震いする。これは土蜘蛛ではなく柚樹の殺気に対してのもの。
柚樹が禍々しい黒い妖気を纏うと、商人も土蜘蛛も赤黒い固形物になっていた。
何が起きたのか元道すら分からない。広場の観衆から悲鳴が上がる、と、そこに。
「おやおや、これは大道芸ですぞ?」
どこに居たのか急に現れる幽玄。柚樹が処分した商人そっくりの格好に化けて観衆を騙しにかかった。
観客はリアルすぎる演出に疑問を抱きながら、半分は納得して去って行く。
幽玄は柚樹と酒呑に何か言いながら、その場の片付けをするとやはり去って行った。
「無用な争いに発展させなくて助かるな。」
「器用なおっさんだな。」
朱雀の感想は幽玄に向けてだが、元道は顔を曇らせる。
「あいつはもう人間に何をしても何も感じないようだ。」
「ふぅん。元道さんの相手って妖しになったんだね。人間として生きていないと同じ道は歩けないよね。」
家路につく途中の古い貴族の屋敷の土塀。貴族はいなくなって久しく荒れ果てている。
この土壁は過去の左官職人が塗ったものだ。人間でなくなっても仕事は残ると思った。
「元道さんは妖しになれるという機会があったのに、ならなかったの?」
とんでもないことを朱雀が言ってくるものだから、思わずツッコミを入れてしまう。
「曲芸小屋で、物の怪の幽玄見たろ。朱雀はあんなのになりたいのか?」
「あははは。まさか。元道さんほど趣味悪くないよ。」
物の怪が好きで商売している陰陽師という、朱雀の持っているイメージは払拭したい。
そのとき背後から聞きなれた声。柚樹だ。
現場に居合わせたことを追求してきたら、さりげなく逸らそう。
「元道、商人との争いを見ていたのなら声かけてくれたっていいじゃないか。」
「あんな現場ではな。安部晴明ほどの陰陽師なら、捕らえて検非違使庁に突き出す所だぞ。」
元道はふと気付く。柚樹は酒呑と小声で話している。
人気のないこの場所で柚樹の部下は少し遊びたいらしい。
「酒呑を連れているが、うちの朱雀と遊ぶつもりなのか?」
「察しがいいな。お前らの強さというものを測ってやるよ。」
近くにいた朱雀は元道が戦闘範囲に入らないようにさっと離れる。
元道は朱雀に一応、意思の確認をする。
「いいのか?」
「おいら厳しい相手だったら戦う前から分かるから。安心して見てればいいよ。」
酒呑も柚樹から離れると機械式の弓を取り出す。矢を番えるときに、ハンドルを回す。
酒呑の弓の銀色の回転軸がシュウィウィンと音を立てる。
「悪いがちっこいのでも人間には容赦しないぞ。」
「ちっこいと侮ると痛い目見るよ。」
€弓€対†飛び苦無†の遠距離武器同士の戦い。
朱雀は酒呑の目線から着矢地点を推測してひょこひょこ避わしていく。
屋敷を囲うようにある貴族の家の土塀に登ると、朱雀は屋敷をぐるぐる回りながら戦う。
「へっへー。当たらないぜ。」
「こしゃくな奴だ。」
タンッッタンッ。土塀にむなしく何本もの矢が刺さっていく。
刺さった矢を踏んで土塀を上がり下がりもする辺り、身のこなしは軽い。
「大江山の鬼ってたいそうな名前がついていながら、隙だらけじゃないか。」
逆に朱雀の飛び苦無が酒呑の鎧に当たる。
酒呑は、弓の銀色の
どうしても隙が出来て飛び苦無を受けてしまう。
「このシュティフィールド、不承ながら本気を出すしかないようだ。」
「おいらはまだ遊びなんだけどな。」
酒呑の矢には通常の矢と火薬つきの矢がある。
元寇では火薬つきの投射物に防人たちが苦しめられたが形状はそれに近い。
土塀ごと消し飛ぶ敵の姿を思い浮かべる。
「神の御加護を我に与えたまえ。喰らえっ・・・爆裂矢!」
ところが朱雀はこの特別な矢に、異常な速度の飛び苦無を当てて撃ち落す。
爆裂矢は空に尺玉の花火のような光景を残して消え去った。
大江山の主と呼ばれた者は数あれど、こうなると並の鬼であるこの酒呑には荷が重い。
「大分弱ってきたんじゃないの。」
「ぐオオオオオオオオ。」
酒呑の鎧にヒビが入る。
武器使用の疲労と、飛び苦無のダメージからついに大江山の主は膝をついてしまった。
遠くにいる元道が目で合図すると、朱雀は苦無を投げるのを止めた。
「朱雀、強いんだな。」
「元道にはいい保護者がいるな。オレ以外の奴には負けないだろう。酒呑、いい練習になったろ。帰るぞ。」
柚樹は酒呑に肩を貸すと帰っていく。
朱雀には本当に感心してしまう。元道にはこんな戦闘は無理だ。
「朱雀、元道さんにいいところを見せれたな。」
玄辰がいつの間にか出迎えに来ている。朱雀は、はにかみながら「ああ。」と生返事をした。