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「まぁ!料理を持って?それは、いったいどんな料理なのかしら?」
 コロッケサンドと唐揚げとサラダ。なんて説明しようかな。
「リリアンヌ、ダメだぞ。今日は一緒に登城してもらう。シャーグとの交渉を始める前に実際に合ったことのあるお前からシャーグの人となり、それから通信鏡や転移魔法陣のことを説明してもらわければならないからな」
 リリアンヌ様が不満そうな顔をする。
 でも、貿易を一日も早くスタートするためには大切なことですよね。がんばってください。
「食べられる時間があるか分かりませんが、リリアンヌ様のお弁当……持ち運べる料理も作っておいておきますね」
 せめてもの応援の気持ち。
「ユーリちゃん、私は食べる時間ならあるぞ?」
 シャルム様がリリアンヌ様よりも前に返事をした。
 えーっと。唐揚げもコロッケもハズレポーションが……ですね。
 ちょっとメニューを変更しよう。ガーリックチキンサンド。うん。それなら効果がよく分からないハズレ増血草ニンニクだけだから大丈夫……きっと。
 私が作る料理を笑顔で食べてくれる人がいる。それは幸せなことだもの。
 作ろう。
 今日はとてもいい日だもの。みんなももっと幸せな気持ちになってほしい。
「出発は何時ごろになりますか?1時間もあれば作れますので」
「出発は2時間も先だよ。朝食が終われば訓練をして一汗流してから準備を整えてから登城だ。城はすぐそこだからな」
 体感としては、今朝の7時くらいだから、9時から仕事が始まる感じなのかな?
 ガタン、バタバタ。
 突然激しい何かの音。それから乱暴な足音。
 それが部屋まで近づいて来たかと思うと、ノックもせずにドアが開き、一人の騎士服に身を包んだ男がシャルム様の元まで走り寄る。
 公爵家の屋敷に、先触れもなく人が現れるなんてことがあるだろうか?
 それも、部屋のノックさえもせずに。騎士の服を着ていなければ、強盗が押し入ったかのような騒々しさと荒々しさにびくりと震える。
「将軍、西のシリールが攻め込んできたと国境砦から急使が」
「何?」
 シャルム様が立ち上がる。
「すぐに行く」
 シャルム様が報告に来た騎士とドアに向かって駆け出した。。
「あなた」
 リリアンヌ様の声にシャルム様が振り返り笑った。
「何、小国シリールなど、我がミランに敵うはずなかろう。リリアンヌも知っているだろう?さっさと撃退して戻ってくる」
 攻め込んできた?
 撃退?
 国と国が……戦う?それって……。
 戦争?
 戦争が、起きるの?ううん、起きたの?
「ああ、おやじ、話は聞いた。俺も行く」
 ドアからローファスさんが入ってきた。
「ローファス、これは軍の仕事だ。冒険者の出る幕じゃない」
 シャルム様が、ローファスさんの肩を小突いて後ろに下がらせ、すぐに部屋を出ていこうとすると、その前にサーガさんが立ちふさがった。
「父上、シリール軍はモンスターを操って攻撃を仕掛けてきたとの報告を受けました。それゆえ、対モンスター戦に特化した冒険者への協力要請をギルドにすべきかと」
「モンスターを操る?そんなことができるのか?モンスターを送り込んできただけの間違いではないのか?」
 モンスターを送り込む?
 赤の大陸がスタンビードを起こさせたのを思い出す。もしかして、西のシリールもそういうことを?
「いえ。動きが統率され、大型飛行種には人が騎乗しているという話も」
「なんだと?」
 騎乗?人がのってるってことだよね。手綱をつけて?人間がコントロールしてる?
「飛行種に?それは……つまり」
「砦は陸上からの攻撃は防ぐことができても、空からの攻撃を防ぐことはできず、反撃もままならないと。籠城状態になっているそうです」
 空を飛ぶモンスターに乗って、空から攻撃してるってこと?
 ペガサスみたいな?
「ブライス!」
 ローファスさんがブライス君に声をかけた。
「はい。行きましょう」
 ローファスさんとブライス君がシャルム様の後について部屋を出ていく。
「ねぇ、大丈夫なの?」
 キリカちゃんが不安そうな声を出す。
「大丈夫よ。少しチョコレートが食べられなくなるかもしれないけれど、それだけ。ああ、今日はピクニックにも行っちゃだめよ?」
 リリアンヌ様がキリカちゃんを抱きしめた。
 それだけ?
 戦争って、どれくらい続くの?
 スタンピードのモンスター退治は1週間くらいだった。戦争は?
 1週間で終わる?1か月?2か月?
 ……だめ!
 戦争が終わらなければ貿易は始められないんだよね?
 ううん、それどころか……戦争で土地が荒れれば、備蓄米をミランで消費することになるんだよね?
 じゃぁ、赤の大陸の人たちは?
 せっかく……せっかく、命を落とさずに冬を越せるかもと思っていた人たちは?
 ああ、違う。それだけじゃない。戦争なんだもん。
 戦争に駆り出された兵や冒険者、そして戦地に住む人々は?
 怖い。怖い。
 ああ、でも、待って。
 私、私にできることは?
 部屋を飛び出し、ローファスさんの後を追いかける。
「ローファスさん、待って!」
 一生懸命走ったけれど、ローファスさんの姿は遠い。思い切り声を張り上げ、そして、転んだ。
「ユーリ、大丈夫か?」
 膝が擦りむけ血がにじんでいる。
 構うものか。
「砦の近くにはダンジョンはある?ポーション畑みたいに、私でも大丈夫なダンジョンはある?」
「ああ、ある。モンスターに襲われないためにはダンジョンに避難してもらうのがいいんだが……やはり広さが足りないから、住む人たちは街を離れて避難してもらうことになるよ」
 首を横に振る。
 そうじゃない。街の人たちの避難のことじゃない。
「私を、私を連れて行って」
 一人でも犠牲になる人がいないようにするには……。
「ポーションは足りるの?この間みたいに毒に多くの人が侵されたら?それから、……少しでも戦闘能力が上がれば有利なんだよね?弓も魔法も、空を飛び回るモンスターに命中させるには……」
「そうですね。命中率が100%になれば、どれほど助かることか」
 ブライス君がいつの間にか私の横に立っていた。
「ですが、ダメですよ。ユーリさんを危険な戦地になど連れていけません。それに、ポーションを使った料理の秘密を知られてしまえば……」
 構わない。
 構わない。
「もう、いいんです!私が料理をすると補正値が付くことを知られて……そして、私の能力を狙って誰かが私を利用しようとしてとか……もういいんです」
 私一人、保身のために、できることを放棄するなんて。
 もし、私が料理をしていたら……救える命があるなら、そんなの……。
 私、料理するよ。後悔なんてしたくないもの。
「ユーリ……」
 ローファスさんが驚いた顔をしている。
「だって、ブライス君も、ローファスさんも……それから、きっとリリアンヌ様やシャルム様、キリカちゃんにカーツ君……みんなが、私を守ってくれるでしょう?」
 誰かに守ってもらうことを期待するなんて、依存?
 私、成長できない?
「ああ、もちろんだ。ユーリの自由を奪うすべてから俺が守ってやる」
「そうです。僕もユーリさんを苦しめるすべての者から守ります」
 依存じゃない。
 自立できないわけじゃない。
 違う、違う。
 守ってもらおう、助けてもらおうとするから依存じゃない。
「私、助けたい。一人でも多くの人の命。それから、兵も冒険者も、私が料理することで誰かの助けになるなら、助けたい……」
 一人で暮らせることが自立じゃない。人は助け合って生きていく生き物でしょう?
 助け合えるようになればいいんだ。一方的に助けてもらうのは依存してて自立してないかもしれない。
 だけど、誰かを支えて助けることができれば、別の誰かに助けてもらうことがあっても……きっとそれは自立。
 一人っきりで生くことよりも、誰かと係わりながらお互いに補いあって生きていくことを私は選びたい。それが、私の自立。
「大切な人を助けられないならS級冒険者なんてやめてやるさ」
 そうなの。
 そうなんだ。
「ありがとう。私、私も、ローファスさんもブライス君も……それからみんなが大切。大切な人を守りたいの。役に立ちたい。だから……」
「正直助かる。ポーション類もどれだけ必要になってくるかわからないからな」
「飛行モンスターに乗った敵を相手にするなど前代未聞のことですからね」
 ああ、思えば私……主人に依存していたかもしれない。
 家族が欲しい。主人に家族であることを押し付けていたのかもしれない。主婦としての仕事をするから妻でしょう。家族でしょう。
 家族なんだから子供も欲しい。
 家族が欲しい私は、主人のプロポーズを受け、結婚して、そのまま家族を作ることを主人に依存していた。
 金銭的な依存じゃない。精神的に依存していたんだ……。
 私、私……主人に何かしてあげようと思っていた?主婦としての仕事ではなく……主人を支えたいとか、何か悩みがあるなら解決してあげたいとか……。
 主人の心を……守りたいとか、そんなこと……。
 思ったこと――。
 私、もう、同じ失敗はしない。
 守りたい。守る。できることをしてあげたい。
 そして……。そして……。
 依存じゃない。もし、私が辛い立場になったら、ローファスさんやブライス君たちが助けてくれるって思っているのは、依存じゃない。
 信じてるんだ。
 みんなを信じてる。
 私……みんながいるから、頑張れるよ。
「必要な荷物を準備します。荷馬車で……連れて行ってください!」
「よし。分かった。俺とブライスの責任でギルドに伝える。近くのダンジョンを使って……俺が見つけたドロップ品を使って、クラーケンとバジルの上級毒消し効果のある薬みたいなのを作ってもらうと、そう伝える」
「そうですね。それがいいでしょう。ローファスさんは今から城へ行って状況を聞き取り、軍と冒険者との連携について相談するのでしょう?ギルドへは僕が」
 ありがとう。
 女子供は黙って守られていればいいんだなんていわれなくてよかった。
 ローファスさんがシャルム様とサーガさんの向かったほうへと駆けていった。
「ギルドから戻ったら荷物の準備を手伝います」
「俺も、俺も手伝う!」
 いつの間には私のすぐ後ろにカーツ君がいた。
「ユーリお姉ちゃん、またダンジョンで料理するの?キリカも手伝うよ!キリカにも、混ぜたり運んだりとかできることあるよ!」
 その隣にはキリカちゃん。
「補正値のつく料理を兵たちに提供するつもりですね……。もし、先ほどの話が本当なら飛び回る敵には命中率を上げることはとても効果的でしょう」
 リリアンヌ様が二人の後ろに立っていた。
「もし、ユーリちゃんの料理の腕を利用しようとする人がいたら、私が全力で守るわ。力の及ぶ限り。もし、それが陛下……兄であっても、ユーリちゃんを守ってあげる」
 リリアンヌ様の腕が伸びて、ぎゅっとされました。
 ああ、あったかい。
 え?あれ?今、陛下が兄?え?リリアンヌ様って、元王女様だったの?!
 ってことは、あ、あれ?ローファスさん……王家の血を引いてる?……まさかと思うけど、王位継承権とか……あったり……しないよ……ね?
 う、うん。もし王位継承権が高かったら、危険な冒険者になることなんて許されるわけないか。そうだ。そうそう。もし王位継承権なんてあっても、10番目とか20番目とかそういう感じだよね?
「だから、お願い……。息子たちを……助けてあげて」
 リリアンヌ様の腕が小刻みに震えていた。
 そうだ。夫と息子を戦争に送り出すんだもん。怖いに決まっている。
「はい」
 頑張ろう。
「私もいければいいんですが、主人がいない公爵家を守らねばなりません」
 身を離すとリリアンヌ様の震えは止まっていた。
 うん。女には女の仕事がある。いや、もちろん性別は関係ないけれど、戦う力のない者にはという意味でね。
「さぁ、必要なものを言ってちょうだい。すぐに手配させるから!ロッテンマイン、料理長に行って、今屋敷にある備蓄一覧表をまとめさせて。セバスティンは、馬車の手配を。丈夫でスピードの出るもの。私たちが赤の大陸から持ち帰った荷物をまず積み込んでおいて」
 必要なもの……。
「何かメモのできるものを貸してください」
 ハズレポーション醤油、味醂、酒、酢は赤の大陸から持ち帰ったものはある。
 逆に当たりはない。ハズレしか出ない場所だったからだ。
 ポーションジンジャーエール味はHP回復。うん、必要だ。
 MPポーションコーラ味はMP回復。うん、必要。
 紙に日本語でポーション、MPポーションと書く。
「あら、ユーリちゃんの故郷の文字?【鑑定】ポーションとMPポーションね。初級中級上級、どれを?」
「初級です」
 それから、必要なのは命中率を上げるハズレMPポーションオリーブオイルだ。
「ハズレMPポーションをできるだけ多く」
「分かったわ」
 結局揚げ物になるだろうか。箸で引き上げるのは大変だった。網が欲しい。
「こういう網のようなものないですか?例えば、えっと、お湯の中に入れた野菜とか一度に引き上げられるような。熱に強い素材……金属でできているもので」
「サリ、知らない?ないなら探して。それでも見つからなければすぐに作らせて」
 侍女の一人にリリアンヌ様が指示を出す。
 もし揚げ物すらできない状態になったら、オリーブオイルならサラダにかける、パンに塗るだけでも効果があったはず。
 パンと生でも食べられる野菜。日持ちする野菜じゃないとだめだ。小麦粉、それからまずい麦……。どれくらい続くか分からない。私たちが食べるご飯も必要だろう。
 まずい麦なら混ぜご飯という手も使えるんじゃないかな。
 濃い目に味をつけた具を用意する。もちろんポーションとかいっぱい使ってね。補正効果は時間が経つと効果が減っていく。
 だけれど、その具を材料として、食べる直前にご飯と混ぜて混ぜご飯という料理を作れば補正効果がマックスで付くはず。うん。混ぜご飯作ろう。
 そのための野菜を書きだしていく。
「【鑑定】あら?ごぼう?聞いたことがありませんわね?」
 あ、そうか。そういえばゴボウは確かにまだ見たことない。レンコンはどうもこの世界では一般的ではなかったし、ゴボウもあるけど一般的じゃない可能性もあるなぁ。
「あの、故郷の野菜です。ないものは用意しなくても大丈夫なので、あるものだけで」
「カーツ君、まずい麦はここで白くしてからもっていきたいから、白くする方法を教えてあげて」
「わかった。リリアンヌ様、作業をお願いできる人って誰?まずい麦をすぐに料理に使えるようにして持ってく」
 リリアンヌ様が何人かの名前を挙げて侍女にカーツ君を案内するように指示している。
「あのね、キリカもね、準備を手伝うのよ。えっと、前作った紙のお皿作る!」
「そうね!ありがとう。きっと役に立つよ。キリカちゃんお願い!」
 別の侍女に紙を準備してもらうようにリリアンヌ様が頼んでいる。
 私は、それから何が必要なのか必死に考える。
 ハズレ毒消し草、ハズレ増血草……もしかすると役にたつこともあるかもしれない。耐毒と、それから不明だっけ。
 味付けにバリエーションが出るからあると嬉しい。
 と紙に書きだす。
「ハズレ毒消し草とハズレ増血草ですか……」
 リリアンヌ様が難しい顔をした。そこに、馬車の手配を済ませたセバスティアンが戻ってきた。
「必要なのですか?ハズレのものが?わかりました。昔の冒険者仲間に集めさせましょう。王立薬研究所で実験に使うとでもいえば不審がられることもないと思います。たしか、ハズレばかりの群生地があったはずです。初心者の薬草集めの冒険者が一度はぬか喜びする場所が」
 やった。香辛料が不足気味のこの世界で、わさびとニンニクはありがたい。
 それから、塩。カルダモンはあったはず。
 そうだ、包丁にまな板。ハンノマ印の包丁は残念ながら小屋だ。
 揚げ物鍋に煮込み鍋。フライパンもあったほうがいいかな。
 それから、そう。魔石。調理に使うから、火の魔石と水の魔石。
 えっと……。
 災害時の備えを思い出す。ダンジョンの中で水が十分にない場合、洗い物をどうするか。キリカちゃんのおかげで紙皿は思い出した。
 揚げ物は入れられる。洗い物は出ない。ほかには水分の少ないものを作ったほうがいいってことだよね。肉は汁が垂れる。パンにはさめばいいかな。
 いや、肉はそもそも日持ちしない?じゃぁ、燻製肉なら?干し肉なら?
 とりあえず思いつく限りどんどん紙にかいていく。
 使いまわしのきくじゃがいも。日持ちのする野菜のニンジン玉ねぎ。
 果物も欲しい。……見たことがあるのはリンゴ。ほかに何があるのかな。日持ちのする果物とだけ書く。そう、私が考えただけでは思いつかないものもある。日持ちのする野菜とも書いておこう。
 それから水筒の革袋。鍋で調理しながら、革袋の中に水の魔石と火の魔石を入れればゆでることができたんだもん。たくさん作るときに絶対便利。
 あとは何が必要なのか思い浮かばず筆が止まる。
「あら?コンロは持って行かないの?」
 リリアンヌ様の問いに首を傾げる。
 コンロ?
 え?かまどみたいなあのコンロ?
「馬車で長距離移動するときに、途中でお茶を飲んだりするでしょう?その時に簡単に調理もできるように簡易コンロを持っていくんだけれど……それのことよ。少し小さいので、大きな鍋は使うことができないけれど」
「持っていきます。あの、いくつか欲しいです!」
 火の魔石を放り込んでお湯と油を直接温めることはできたけれど、やっぱり鍋を火にかけるほうが料理しやすい。
 火加減で覚えている料理がほとんどだもん。何度に維持とかじゃ、どうやって調理していいのか分からない。
 小さな鍋でもジャムとかコトコト煮込むのには便利そうだ。時々混ぜるだけなら、他の調理中にも作れる。そしてジャムは便利だ。効果がなくなっても、パンにぬってジャムパンにすれば効果が回復するんだから。
「うん、用意して頂戴。それから簡易ベッド。着替えは多めに。飲み薬に塗り薬。魔物除けに虫よけ。それから」
 へ?
 リリアンヌ様が私が書いてない品と次々とあげていく。
「ユーリは、料理に関係するものばかりね。あなたたちがあちらで……ダンジョンの中で生活するために必要なものは一つも書いてないんだもの」
 忘れてました。
 というか、非常用持ち出しテントみたいなの、確かに小屋でも用意してあって、ダンジョンの中に魔物除けしてテントの中で寝泊まりしたんだっけ。
 リリアンヌ様の馬車にも魔物除けの敷布とか用意してあったね。
「大丈夫よ。料理以外に必要なものはこちらで考えて準備します。また何か必要なものがあれば言ってちょうだい」
「はい。お願いします」

 バタバタと屋敷の中、そして馬車の用意された庭を走り回り、何か足りないか確認しながら、料理長が用意してくれた食材を眺めながらメニューを考える。
 いや、移動中の馬車でもそれはできるだろうから、何がどれくらい用意されたのかをメモする。
 それから補正効果のおさらい。
 どのポーションを使えば何に効果があったか。どんな効果が上がれば、戦闘に役に立つのか。
 リリアンヌ様に相談したら、全部食べさせればいい。敵がどんなのか分からないからと言われました。そうですよね。早いモンスターなら俊敏性上がっていたほうがいいですし。大量に弱いモンスターがいるなら威圧を上げると動きを鈍らせられるってことですよね?
 そうしてバタバタと準備を整え、翌朝早くに屋敷を出た。
 馬車には私とカーツ君とキリカちゃん。それから馬車の護衛もかねてローファスさんとブライス君が乗っている。
 御者台にはセバスティン。
 私たちを届け、ダンジョンの安全を確認して戻るそうです。リリアンヌ様がそうじゃないと落ち着かないと言ってつけられました。
 戦場に向かうということで、カーツ君もキリカちゃんも私も、緊張した顔をしていたのだろう。
 ローファスさんが大きな手でなでてくれた。
「馬車で3日はかかる。まぁ、旅に行くつもりで楽しもうな?」
「そうですね。すでに軍は出立していますし、2日後には第一陣が到着するはずです。近くで活動している上級冒険者も駆けつけるでしょうし。案外到着したときにはすべてかたがついているかもしれません」
 ブライス君も安心させるように現状を説明してくれる。
「ふはー、そうですね。確かに、今から緊張していても意味がないですね……。ピクニックは中止になっちゃいましたけど、代わりに小旅行になったと思って楽しむ……というのは不謹慎かもしれませんが、移動中は疲れないようにリラックスして英気を養わないと……っていうことですね」
「英気?」
 キリカちゃんが首を傾げた。
「ふふ、美味しいものを食べて元気になろうっていうことかな」
「おお!そうだな!うん、ユーリ、いいことを言うな!そうだ!おいしいものを食べて元気になろう!」
 ……ローファスさんは、食べる前から元気ですけどね……。
「せっかく便利なものがありますから、移動中にも調理しちゃいましょうか」
 革の水筒に、水の魔石と火の魔石を入れ、一口大に切った肉、醤油、酒、みりん、ほんの少しの酢、ジンジャーエール、コーラ、それからハズレ増血草のニンニク。
 ポーション類全部入れ、補正値いろいろです。もちろん酢とか味付けを邪魔しない量に本当に少量。コーラもね。
 もう一つはニンニクなし。
「こっちはニンニク角煮で、こっちは普通の角煮」
 あ、そういえばハズレMPポーション使ってない……。
 取り出してから油振りかけてからめればいいかな?
 菜種油とオリーブオイル。命中率と威圧が上がる。あ、ごま油の効果って何だろう?
 ごま油はオリーブオイルが合うものに一緒に使うわけにはいかないよねぇ。
 とりあえず効果を調べないとね。
 そうして角煮水筒を馬車の張りから吊り下げること10袋。
「さすがにこんなに食べられないぞ?」
 と、ローファスさん。
「できあがったら、干し肉にするつもりです。干し肉にしておけば日持ちします」
 と言ったら、ガーンという顔をする。
「これ、食べたいだけ食べていいわけじゃ……」
「ないですよ。戦況がどうなっているのか分かりませんし、ついてすぐに大量に必要な状態になっているかもしれませんから」
 ローファスさんがうなだれる。
「さすがユーリさんですね。まさか、移動中も無駄にせず準備をするとは」
「ふふ、準備の第一弾はこれでおしまい」
 馬車の中でできるのはせいぜいこれくらいだ。野菜を水洗いもできないし、小型コンロも使えない。
「なー、飛行型のモンスターってどんなのがいるんだ?」
 カーツ君の言葉にブライス君が前に一度見せてくれた映像魔法を使ってくれた。
 ブライス君の手のひらの上に、ぼやけた映像が出て、それが次第に鮮明になってくる。
「あー、これ、キリカ知ってるよ!ドラゴンだ」
「ドラゴンの中でも大型で強暴な、キングドラゴンですね。さすがにこのレベルのモンスターが現れたとなればすでに耳には入っているはずなのでないでしょう」
 映像が切り替わる。
「小型ドラゴン種の、えっと」
 カーツ君が思い出そうと額に手を当てる。
「2足のものはワイバーン。大きさはそうだな、馬2頭分といったところか。C級冒険者ならパーティーで、B級冒険者なら単独で討伐可能。ただし、攻撃手段があれば……だ」
 ローファスさんがすらすらと説明してくれた。
「で、ドラゴンは4足。キングドラゴンは4足でしっぽが2本。ドラゴンはバジリスクと同じくらいの大きさだな。A級冒険者ならばパーティーで攻撃手段があれば討伐可能。S級でも、攻撃手段がなければ単独討伐はむつかしいな。キングドラゴンともなれば、S級A級パーティーが複数集まっても、討伐できるかどうかむつかしと、言われている。実際古い伝承の情報しかないので実際に存在するかどうかも分からないな」
 さらに説明は進む。
 なんか、立派な冒険者みたいです!……って、立派な冒険者だっけ。
「ローファスさんはドラゴンをやっつけたことあるの?」
 カーツくんの目が輝いた。
 うん。男の子はドラゴン好きですよね。それはこっちの世界でも一緒なんですねぇ。
「ワイバーンはよく討伐依頼を受けるが、ドラゴンともなるとそもそも人がいるところに出てくることがまれだからな。一度だけ相手をしたことがある。残念ながら、追い払うことはできたが討伐までは至らなかったが」
「うお、S級のローファスさんでも倒せないんだ。ドラゴンすげぇ」
 ローファスさんがにやりと笑った。
「むしろ、ブライスならば討伐できるんじゃないか?遠距離攻撃が魔法でできるだろう?俺の剣は届かないからなぁ」
 届かない剣で追い返すほうがすごい気もする。……大砲でドラゴンをやっつける姿と、侍が刀でドラゴンをやっつける姿を思い浮かべる。
「他に飛行種のドラゴンと言えば、これですね。蛇ドラゴン」
 ブライス君の手の上の映像が切り替わる。
「おい、ブライス、蛇はっ!」
 ローファスさんの言葉にブライス君がはっとする。
「あ、すいません、ユーリさん……蛇苦手でしたね……」
 慌てて映像を消そうとするブライス君の手をつかんだ。
「見せて!」
 蛇のように細長い体。翼はないのに空を飛べるドラゴン……って、これ……。
「龍だ……。竜じゃない。龍……」
 日本人におなじみの龍神様の龍です。いや、まさか、こんなところで和風なものを見るとは……。
「えっと、平気ですか?」
「うん。私の故郷では神様だって言われてたんだよ。えっと、水をつかさどる神様」
「へー、そうなんですね。確かに水魔法で攻撃してくるんでしたっけ」
 ローファスさんがブライス君の続きを教えてくれる。
「水魔法は攻撃と言うかあたり一帯激しい雨を降らせ、視界を奪う技だな。視界が奪われ足元がぬかるみ戦いにくくなる。直接的な攻撃と言えば、竜巻だろう。風魔法の一種だ」
 へー。
「ただこれも、異国の伝承で読んだだけで、実際存在するのかギルドでも確証が持てないモンスターの一つだ」
「ローファスさんすごいの!モンスターに詳しいのよ!」
「そりゃそうさ!ローファスさんはS級冒険者だもんな!」
 と、キリカちゃんとカーツ君がローファスさんを尊敬のまなざしで見つめる。
「……世界ドラゴン図鑑……。確かサーガさんが家にあると言っていましたが、まさか子供のころからドラゴンが好きでドラゴンだけ詳しいなんてことはないですよね?」
 ブライス君が疑いの目をローファスさんに向ける。
「……い、いや、そ、そんなことはないぞ?こう見えても、いろんなモンスターと戦ってきたんだからな?」
 ローファスさんの目が少しだけ泳いでいる。
「まさか……ドラゴンを見たいからって冒険者になったなんていいませんよね?」
 ふと思いついたことを口に出す。
「そ、そ、そ、そんなわけ、いや、そんなわけ、ない、だろ、いや、そんな理由じゃ、その、おやじが許すわけないし……」
 黒ですね。
 それだけが理由じゃないにしても、明らかにドラゴンを見たいというのが冒険者になった理由の一つですね。
「他に飛行種と言えば」
 ブライス君が切り替えた映像は蠅だった。
 うわっ。
「ベルゼブブだな。熊くらいの大きさだろう?さすがに人を乗せて飛べるほどの飛行能力はないだろう?」
 熊の大きさの蠅……。
 見たくない。でも、いやなの想像しちゃった。
「複数……10匹とか20匹とかに紐をくくりつけたら、人の乗った籠を運べないかな?」
 ……巨大な蠅の大群が人の乗った籠を運ぶ姿。想像しただけでうええええ。
 カラスとか鳩とか鳥が人を運ぶアニメとか思い出しちゃったがために、つい、つい、余計な想像をしちゃったよ。
「なるほど、その方法を使えば、可能性のある飛行種の種類が増えますね」
「そうだな。目撃情報以外の飛行種にも備えておく必要があるかもしれないな」
「そうですね。もしユーリさんの言うような方法なら、攻撃対象がぐっと増えますね。弓矢……矢の数に限りがあるということなら……」
「攻撃魔法への依存度が高くなる可能性はあるな」
「魔法攻撃は、火魔法に耐性があるモンスターに火魔法は効果がありませんし、水魔法に耐性のあるモンスターには水魔法がききません。矢であれば耐性に関係ありませんから、やはり準備はしておいてほしいところですね」
 と、ブライス君とローファスさんが作戦会議?みたいなの始めたので。キリカちゃんとカーツ君と遊ぶることにしました。
「ねぇ、キリカちゃん、カーツ君、あやとりしようか?」
 馬車の中でもできることを考えたら、思いつきました。さっき革袋を吊り下げるときに使った皮ひもの残りがあるんだよね。ふふふ。
「あやとり?」
「紐で遊ぶのよ。キリカちゃん、手をこういう形にしてみて」
 キリカちゃんの人差し指と親指を借りて、わっかにした皮ひもであやとりの「川」をつくる。
「これは川っていうのよ」
「おお、すげー、そういわれれば川に見える。これ、水が流れてくところだろ?」
 カーツ君がキリカちゃんの手元を見て感激している。
 え?
 あーっと、そこまですごいということでも……。
 ふと、思う。星座。あれ、どう考えてもペガサス座といわれてもペガサスには到底見えない。だけど、太古の人々はあの星をつないでペガサスに見えたわけだから……。写真だとか絵だとか見慣れている私にすれば「川」といわれればまぁ、そう見えなくもない。どちらかといえば、川っていう漢字に似てるなぁと。あ、川って漢字は象形文字……物の形をもとに漢字にした文字だから、結局このあやとりの4本ラインの川も、漢字の3本ラインの川も、本物の川を見てこういう風に見えたってことか。ってことは、紐で川の形を作るのはすごいことなのかな?東京タワーとか作ったらもっとすごいって思ってもらえる?
 ……ないか。東京タワー作っても東京タワーがないからわかってもらえないか。
「あやとりはここからが楽しいのよ?見ていてね」
 と、キリカちゃんの作ったあやとりの川に小指で1本ひっかけクロスするようにもう片方の小指でも取り、残りのラインを親指と人差し指で掬い取る。
「おお!」
「ユーリお姉ちゃん、これは?これは何?」
 え?取り方じゃなくて、なんの形なのかが大事?
 日本の子供たちとの反応の違いにちょっと驚く。楽しみ方はそれぞれだね。
「舟だよ」
「舟?見たことがないから分からないのよ」
 そうか。川とか街にはなかったし。
「えーっと、じゃぁ、私の指から、こんどカーツ君取ってみて。バツ印になっているところを人差し指と親指でつまんで。そう、両方ね。それを引っ張って、上にある紐をくぐらせて、手は下に向けるの、あ、そこを、うん、そう!」
 キリカちゃんの目がキラキラしている。
「これ、何だろう?」
 カーツ君は自分の手を上にしたり下にしたりしてあやとりの形を観察している。
 田んぼなんだけど。まずい麦を作る田んぼってこの世界でどういう扱いなのかな。ちゃんとあぜ道作ったり田植えしたりして作ってるとは……思えないんだけどなぁ。というわけで、田んぼだというのはやめました。
「畑ね。じゃぁ、次。キリカちゃん手を貸して」
 と、キリカちゃんの手を後ろから操るようにしてカーツ君の手からあやとりを取る。
 ダイヤ……宝石、それから次は。
「あー、キリカこの形分かったのよ!」
「俺も、俺も!」
「「カエル!」」
「正解!」
 もう一度、ダイヤ……宝石で、次に鼓。うーん、楽器。それから川に戻って、これを繰り返す。
「すげー!」
 キリカちゃんとカーツ君が楽しそうにあやとりをしている。うん。よかった。
 ……それにしても、革紐はすべりが悪くてあやとりには向かないみたい。やっぱり毛糸が最高。とはいえ毛糸なんてないよね?代わりになるもの何かないかな。これも、今度街に買い物行ったときに探そう。
 と、キリカちゃんとカーツ君が二人であやとりしている時に、手癖で箒を作る。
「あー、キリカそれはね、何かわかるのよ!」
「俺も俺も!」
 箒は結構分かりやすい形だもんね。
「「泡だて器!」」
 は?
 えっと、箒なんですけど……。この世界にも竹ぼうきみたいな形の箒あったよね?……コキアみたいな植物で作ってあるような箒もあるよね?
 と、自分の手元を見る。
 う、言われてみれば。箒じゃなくて、泡だて器に見えないこともない。というか、泡だて器だと思って見るとそれにしか見えない。
「泡だて器ってなんだ?」
「初めて聞きますね?」
 いつの間に話を追えたのか、ローファスさんとブライスくんが私の手元を見ていた。
 二人にはまだ泡だて器見せてなかったっけ?
 荷物から泡だて器を取り出して見せる。
「これが泡だて器ですよ。料理に使うんです」
「なるほど、これは確かにユーリさんがさっき作ったものとそっくりですね」
 ブライス君が泡だて器を手にする。
「料理?料理に使うのか?どう使うんだ?何ができるんだ?いつ作るんだ?」
 ローファスさんの興味があやとりから泡だて器に移った。いや、まだ見ぬ料理に……。
「あれ?このマーク……?まさか、そんなはずはありませんよね?似ているだけ?」
 ブライス君が泡だて器につけられたマークを見て首を傾げた。ああ、ハンノマさん印みたいなちょっとした印ついてたですよね。バン印とでも呼べばいいのかな?
「そろそろ野営地に到着です」
 馬車が止まると、セバスティンさんがてきぱきと野営の準備を始める。
「あー、俺、ちょっと出てくる。えーっと、まぁ、安全のために近場にやばいのいたら始末してくるから」
 と、はっきりしないものいいでローファスさんがブライス君を連れて出ていった。
 野営の準備で……の手伝いといっても、何をすればいいのか分からなくて逆に邪魔しちゃいそうなので、おとなしく料理することにしました。
 移動中吊り下げてあった角煮を、夕飯用に2袋。
「うわー、いい色つや。おいしそう!」
 セバスティンさんが簡易テーブルを設置してくれる。手慣れたものだ。
 リリアンヌ様が移動中お茶をすることもあるって言ってたけれど、侍女を連れて移動しないときはこうしていつもセバスティンが色々準備しているのかな。
 テーブルに角煮2種類。
 一つはニンニクなし。一つはニンニクあり。
 それから、簡易コンロで炊いたご飯。ついてすぐにカーツくんが炊き始めてくれました。
 あとはたっぷりサラダ。日持ちしない新鮮野菜はサラダにして移動中に私たちで消費します。
 トマト、レタス、キュウリ。
「じゃーん」
 なぜかじゃーんなんて言葉に出して泡だて器を取り出してしまった。汗。
「泡だて器だ!使うの?」
「うん。せっかくだからね。ドレッシングを作ります」
 ごま油。塩。酢。醤油。はちみつ。目分量で混ぜても大丈夫。
「あとは混ぜる。キリカちゃんにお願いしてもいい?」
「うん!キリカ混ぜるよ!」
 と、泡だて器とボールをキリカちゃんに手渡す。
「あれ?動かない」
 は?
「これ、キリカには使えないのよ」
 なんですってぇ!
 泡だて器、ハンノマ印の包丁みたいに、利用者登録みたいなのがあるっていうの?
「私にしか使えない泡だて器……なの?」
 涙目。
 それ、卵を泡立てていて疲れたら交代してもらうとかできないやつ……。
「バンさん……なんてことを……」
 うなだれるしかない。
 仕方がない。この泡だて器の実物を持って行って、こんどハンノマさんに「利用者登録なし」の泡だて器を作ってもらおう。
「じゃぁ、キリカちゃんは野菜を切ってもらえる?レタスは食べやすい大きさにちぎって、トマトは……」
 と、キリカちゃんに野菜の準備を任せて、ドレッシングを混ぜ混ぜ。泡だて器で混ぜ混ぜ。
 あー、やぱり、混ぜやすい。素早く油が全体になじむのね。ふふ。
 ごま油の補正値も確認しなくちゃね。
 テーブルにゴマ油のドレッシングかけたサラダの準備もでき、あとはご飯が炊けるのを待つばかりとなったころ、ローファスさんとブライス君が戻ってきた。
 薄汚れている。
「ほら、土産」
 泥まみれの手でローファスさんが何かを差し出した。
「土産?」
「おや?それは増血草……ではなくハズレ増血草ですよ?坊ちゃん」
 と、セバスティンがローファスさんに話かけた。
 坊ちゃん。ぶはっ。
「そうだよ、王都近くに生えてるハズレ増血草よりも、見分けるのがむつかしいほうのハズレ増血草だよ」
 セバスティンがニヤニヤしている。
 ローファスさんがちょっと不貞腐れたような顔をする。
「冒険者になりたてのころにはよく間違えたけど、さすがにもう間違えないよっ!形が丸っぽいのが当たりの増血草。形が細長いのはハズレだろ!」
 ブライス君がクスッと笑う。
「まだハズレ毒消し草とか間違えて持ち歩いてますけどね」
「はっ、ブライス、それは……」
「ふふふ、坊ちゃんは知識面ではまだまだS級冒険者としては足りないようですな」
 ふぅとセバスティンが小さくため息をついた。
「それはそうと、わざわざハズレ増血草を採りに行ったんですか?」
 ローファスさんから青い細長い植物。根元がぷっくりと膨らんだ植物を受け取る。
 増血草は野蒜だった。
 王都近くの見分けやすいハズレ増血草はニンニクだった。
 見分けがむつかしいという、このハズレ増血草は……。
 なんだろう?
 ノビルよりも白い膨らんだ部分が細長い。形は……らっきょに似てる?
「くさっ」
 顔を近づけたら、らっきょのような強烈なにおいが。
 でも、らっきょよりも一回り小さい。これ……もしかして。
 若採りらっきょ。
 らっきょのくせにオシャレな名前のついてる……。
「エシャレット……」
 結婚前に主人に連れて行ってもらったレストランのサラダに出ていたやつ……だ。
 オシャレな名前なのにらっきょ臭くてそのギャップがなんか……すごかった思い出。
「へー、エシャレットか。やっぱりこれも食べられるんだよな?」
 と、ローファスさんがニコニコしてます。
「明日、使いますね……えっと、臭いがそのあれなんで、馬車の外にでもくくっておいてください」
「食べられる?食材になるということですか?それはまた、長年冒険者をしていましたが、知りませんでした。いや、時々増血草と間違えてかじる者もいましたが、なんせ増血草を必要としている人間ですから、間違えたこと以外のおいしいとかまずいとかいう感想を耳にしなかったわけですが……。まさか、王都で集めたハズレ毒消し草とハズレ増血草……あれも食べるつもりじゃ?悪いことは言わない。あの二つはそりゃ臭かったり辛かったりとそれはひどい味で……」
 とセバスティンの言葉に、ローファスさんがにやりと笑う。
「セバスはもとS級冒険者とはいえ、知識面で知らないことがあるようだな」
 ローファスさんの言葉にキリカちゃんが手を上げた。
「あのね、食べ物の知識は、ユーリお姉ちゃんが一番あるのよ!すごいのよ、ユーリお姉ちゃん」
 ニコニコと笑う子供の言葉に、大人は口を紡ぐ。
「そのようですな。色々とユーリお嬢様には、教えていただくことがありそうです」
 セバスティンが優しい笑みを見せる。
「お腹すいた。早く食べようぜ!」
「じゃぁ、みんなちゃんと手を洗うのよ。ばっちぃ手でご飯じちゃだめなのよ!」
 カーツ君とキリカちゃんの言葉に大人たちは、幸福そうな顔を見せた。もちろん私も。
 ……生意気なクソガキ!なんて思う人がいない。子供の言うことだけれど、それをほほえましく思って従う……。
「……ところで、セバスティンさんは、補正値のこと……」
 テーブルを囲んで座ると、ブライス君が口を開く。
「まだ、教えていません。……今からちゃんと教えようと思います」
 知られてもかまわない。私は料理をすると決めたんだ。
「契約は……」
 首を横に振る。
「あー、戦場で知りえたことは秘匿する契約を兵や冒険者は結んでるはずなんだよ。ほら、スパイが紛れ込んでてさ、こっちの情報を敵側に漏らさないとも限らないからな」
 え?
「そうですね。それから、ローファスさんの持ってきたレアドロップ品で納得する人も多いと思いますよ。エリクサーなど稀少ですが効果の高いポーションも実在しますし」
 エリクサー?効果の高いポーション?
「だから、実際はユーリが作ることで効果が最大限引き出されるとか、その材料がゴミとして扱われてきたハズレポーションや、効果が小さくてレベルの高い者は使うことがないようなポーションだという話は……内緒話にしとけるうちはしておいたほうがいい」
 ローファスさんの言葉に、セバスティンが首を傾げた。
「内緒話?ハズレポーション?それがユーリお嬢様の料理?」
 セバスティンの問いに、ローファスさんは契約を口にする。
「【契約 ユーリの料理に関する秘密は口外しない ユーリの料理の秘密を教える】」
 セバスティンがしばし考え込む。
「このことは、リリアンヌ様やシャルム様にも?」
「あのね、リリアンヌ様はもう契約してるし、しってるのよ」
「そうだ。だから、昨日も唐揚げ一緒にたべたしな!」
 セバスティンが昨日の出来事を思い出したようだ。
「なるほど。シャルム様にリリアンヌ様は今は教える気がなかったみたいですね。分かりました。私もリリアンヌ様や皆さんと秘密を共有しましょう【契約成立】」
 オレンジ色のわっかが出て、二人の額に吸い込まれた。
 何度見ても契約魔法はきれいだ。
「というわけで、セバスティン、ユーリの作った料理を食べてみてくれ!ステータスを確認しながら!」
「はい?ステータスですか?毒の心配でも?……というわけでもなさそうですが……ステータスオープン」
 セバスティンさんがステータスを表示する。それに合わせて、私たちもステータスを表示。
「まずは、新しい食材、ハズレMPポーションごま油を使ったドレッシングのサラダからどうぞ」
 効果を知るためには、他のものより前に食べた方がいいよね。
「いただきますなの!」
 キリカちゃんは私が毎回していた手を合わせていただきますをおぼたみたいです。ふふふ。
「いただきます」
 私も手を合わせてフォークでサラダを食べる。
「なんでしょう、香ばしい香りですね。どこかで嗅いだことのあるような気も……」
 セバスティンが首を傾げた。
「ふふふ、これだよ、これ!」
 ローファスさんが楽しそうにハズレMPポーションごま油をセバスティンの目の前に出した。
「は?ハズレMPポーション?」
「私の故郷ではごま油って呼んでます。香りづけによく使われるんですよ」
 もぐもぐ。
 おいしい。
 ごま油の香ばしさと、酢と塩と醤油。それだけなのに、なんで野菜がこんなにおいしく食べられるんでしょうね。
「うっめぇ。本当、ユーリ姉ちゃんのおかげで、俺、野菜マジ好きになった!」
「そうだな。肉以外がこんなにうまいなんて俺も知らなかったよ」
 ……はぁ、そうですか。ローファスさんはいい大人なのに、野菜、やっぱり嫌いだったんですねぇ。
「本当ですね。これだけおいしいのであれば、もっと野菜を食事に取り入れてもいいかもしれません」
 ……まさか、えっと、セバスティンも野菜嫌い……とか?もう、いい大人をとっくに通り過ぎ……えーっと。
 冒険者って肉あれば満足人種なの?
「あ、なんか文字出た!」
 キリカちゃんがステータスを指さす。
 いや、指をさしても他の人には見えないんだけど。
 でも、そのしぐさでそれぞれが自分のステータスを確認した。
「なんだ、こりゃ?」
 ローファスさんが首を傾げた。
「火事場の馬鹿力と読めますね……」
 ですね。
 ブライス君のいう通り、私もそう読めます。
「スキル、火事場の馬鹿力……発動条件は不明……」
 ブライス君が鑑定魔法を使いながらもう一度確認しています。
「み、皆さん、他にも変化ありますが、私だけですか?俊敏性と防御力の補正値が……アイテム補正値が倍になっています」
 セバスティンが驚きを通り越して動揺すらしている。
「あー、ハズレポーションのやつな」
 と、ローファスさんがぞんざいな返事をセバスティンに返して、馬車の中で作った角煮を口に入れた。
「うっん、めぇー!いつだってユーリの料理は最高だぁ!はぁー」
 満足げにもぐもぐごっくんしているローファスさん。
 おいしそうに食べる顔を見ると、こちらまで幸せな気持ちになる。
「本当ですね、これはリリアンヌ様が意識を失うようなおいしさです」
 セバスティンも角煮を口にした。
「これだけおいしいものが食べられれば、兵たちの士気も上がるでしょう。……ですが、ユーリお嬢様たちだけでそれほど多くの人の食事を作るのはむつかしいのでは?」
 ブライス君がふっと笑った。
「セバスティンさん、士気も上がるかもしれませんが、上がるのは指揮ではなく能力です」
「は?」
「あ、そうだ、これこれ」
 状況が飲み込めなくてどういう顔をしていいのか分からないセバスティンの手元の角煮に、オリーブオイルを一振り。
「あれ?ハズレMPポーションですね?」
「あのね、食べてからもう一度ステータスを見るのよ?」
 キリカちゃん



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以降更新停止。

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