第15話 月の指輪
復路は何も問題無くスムーズに王都に戻って来れた。
ただ、到着前に話があるとシェルが言い出した。
凄く真剣な表情で言って来た。あまりにも真剣過ぎて、何かのフリなんじゃないかと疑ってしまった。
ゴメン、反省です。でも、シェルってオネェだし、ついそう思っちゃったんだよ。
町に入る前がいいという事だったので、街道に馬車を止めて、少し街道から離れた所の開けた所に収納バッグから机と椅子と飲み物を出して話を聞く事にした。
だって、プリがただの水を出そうとしたからね。昼食を振舞ってくれたんだけど、ぬるい水に硬~い干し肉とカッチカチのパンだったから、プリを制して俺が出したんだよ。
ファンタジー小説定番のやつ。
本当にあったんだね、もう二度と食べたくないよ。
「率直に言うわ。あたしも一緒に連れて行きなさい!」
唐突に発言したシェル。
その言葉に驚いたのは俺とプリ。ユーも含め、うちのメンバーはあまり興味は無いみたいだ。
少しは興味を持ってあげようよ。
「何言ってんのシェル! あなた王都公認はどうするの。勇者様と同行する以外では一年に一か月しか王都を離れられない契約なのは知ってるでしょ?」
「もちろん分かってるわ。だからプリ、あなたも一緒にどう?」
「どうって……そんなのすぐには決められないわよ」
そりゃそうでしょ。
でも、既に行く前提になってるけど、俺はまだ何も許可してないからね。
「で? いつ立つの?」
シェルが言うと変な風に聞こえるのは俺だけか?
「いつ出発するかって事だよね? まだ相談はしてないけど、やりたい事もあるし早い方がいいかな。明日でもいいかと思ってるよ」
「「明日⁉」」
驚くプリとシェル。
それに比べてうちの仲間は呑気なもんだ。
「そうじゃの、まぁまぁ遊べたし、#妾__わらわ__#は構わぬのじゃ」
「ええ、私もいつでも構いません。ここは森が少なくて早く出たかったので、ちょうどいいですわね」
「そうよね、ここのダンジョンももういいし、次行こ、次」
皆、王都に未練は無いみたいだね、クラマとマイアは人間の町なんか別にって感じだろうしね。
「あ、そうだエイジ。ゴメン忘れてた。はい、これ」
ユーが出したのは金貨の入った袋だった。
「どうしたの? たくさんあるみたいだけど」
「ダンジョンで獲ったものを売ったお金よ。魔石とかドロップ品とか。あと依頼にあったものもあったりしたから、結構な稼ぎになったみたい」
「いくらあるの?」
「白金貨で五〇枚ぐらいかな? 食事で少し使ったからいくらか貰ってるわよ」
凄いね、二日間で白金貨五〇枚を魔物討伐で稼いだんだ。羨ましい。
俺の方が稼いでるけど、負けた気がするのはなんでだろうな。
「俺は沢山あるからユーが持ってるといいよ。欲しいものもあるだろ?」
「エイジならそう言ってくれると思ってね。昨日、冒険者ギルドの帰りに武具屋なんか少し覗いてみたんだけど、欲しいものが無かったの。だからいいよ」
「そんなちょっとの時間だと、あまり見れなかっただろ? いいよ、持ってればいいって」
「う~ん、じゃあ持っとくけど、ホントに無かったのよ。防具や服はエイジがくれたものぐらいしか合うのが無いし、武器もエイジに貰った物以上のものは無かったのよね」
あー、服は分かる。そんなバストのサイズの服はもちろん装備だって無いだろうね。特注じゃないと合わないだろうな。
でも、武器はあるだろ。渡した武器は全部攻撃力300程度だったぞ。ここは王都なんだし、もっといいのも色々あるでしょ。
「渡した武器って全部攻撃力300程度だったはずなんだけど、それだけお金があればもっといい武器が買えたんじゃないの?」
「300!」
俺の言葉に反応したのはユーじゃなくてプリだった。
「え?」
「攻撃力300の武器ですって⁉ 王都に一般に売られている鉄の剣で攻撃力20ですよ。鋼の剣で30、ミスリルの剣でも100あるかどうか。鍛冶師の腕にもよるでしょうけど、攻撃力300以上の武器は王都でも王家に奉納されている封魔の剣ぐらいしかありません」
そんなもんだったの? クラマとマイアに渡した武器は攻撃力1000なんだけど。
俺の愛用の弓だって350あるんだよ? 発動技付きだし。
「ミスリル系の武器なら魔力を通しやすいので魔法剣として使えば攻撃力300以上は出せますが、魔法剣の使い手というのはあまりいませんから。魔石を填めて武器にすると魔法剣士では無くとも使える魔法剣ができますが、そうなると白金貨二〇枚以上はするでしょう。ミスリルの剣でも白金貨一枚するのですから」
そんなの一介の冒険者が手にする事なんてできないよ。
「それって発動技があったりする剣の事?」
「発動技なんて、そんなのはもっと上位の武器です。通常の魔法剣は属性の魔力を纏い切れ味を鋭くさせるものです。偶にそのまま属性魔力を放出する傑物はいますが、私の知っている限りでは、Bランク冒険者以上でも何名か知っている程度です」
えー? だったら衛星の作ってくれた武器って、超レア物だったの?
いや、衛星が作ってくれるのって、魔物の素材からだろ? そのせいじゃないの? 鉄やミスリルって金属の武器は無かったはずだから。
「もしかして、魔物の素材から作るとできたりなんかしない?」
「イージは凄く興味があるのですね、確かに魔物素材から作られた武器には初めから発動技がついている武器は多いですね」
ふぅ、な~んだ、あるんじゃないか。それを早く言ってよね。
「ただ、武器や防具で魔物の素材を使ったものを作れるのはエルダードワーフぐらいしかいません。今ではどこに住んでいるのかも分かりませんから、市場に出ている魔法剣などないでしょうね。稀にダンジョンの宝箱や魔物のドロップ品で獲れると聞いた事はありますが、眉唾ですしね」
やっぱり超レア物じゃん! エルダードワーフって何よ! ただのドワーフじゃないの?
「エルダードワーフって?」
「ドワーフの上位種なんですが…話がだいぶ逸れてしまいました。話を戻しますね、イージ達は明日王都を出発するのですか?」
確かに話が逸れすぎちゃったね。今はシェルの同行の話だし、エルダードワーフについてはフィッツバーグのゼパイルさんがドワーフだったし、そっちで聞けばいいだろ。
「はい。皆、異存は無いみたいなので明日にでも出発しようと思います」
特にいつまでいるって決めてなかったしね。俺としては地図の方を早くなんとかしたいから。
「わかりました。シェルと話し合って明日の朝までには返事をします。ワプキンス閣下とも相談しないといけないし、それまで待ってもらえますか?」
あれ? 前提がおかしくない?
「あの、プリ? 俺は全然誘ってないよ。別にシェルを仲間にする気なんて無いんだけど」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「ふむ」
「ですわね」
うん、俺も含めて全員、話しが分かってないね。俺も驚かれた事に驚いてしまった。
マイアだけは分かってた感があるけど、クラマは返事をしただけだろうな。
「なーんでよ! 連れて行きなさいよ!」
なんでシェルは逆切れしてんの?
「だって、二人の事をよく知らないし、隠し事は俺にもあるけど、そっちもあるだろ? いきなり一緒に連れて行けって言われても」
「な~んだ、そういう事なら早く言いなさいよ。いつでも教えてあげるわよ」
パチンッ!
ぞぞぞ~
そういうのはいいから。冗談になってないから。ウィンクもいらないし。
「話し合う気が無いなら、もう……」
「シェル! あなたから言い出したのに茶化しちゃダメでしょ! そんな事なら帰るわよ!」
俺がダメ出ししようと思ったらプリがシェルを怒鳴りつけてくれた。
「わかったわよ~、ほんとイージの事だと真面目なんだから。でもさ、一緒に行きたいのは本当なのよ~。だってぇ、勇者様がいればあたしの暴走は抑えられるんだしぃ、クラマ様もいらっしゃるんでしょ? イージは王都公認冒険者なんだから勉強にもなるじゃない。この際『#桃尻乙女__プッシーバージン__#団』は解散しちゃってもいいじゃない、ね? プリ」
今のはどこをツッコめばいいの? 団の名前? クラマの扱い? 言葉使い……は、今更か。
真面目な部分が頭に入って来ないのはなんでなんだろうね!
「じゃあ、はい」
「ん? 勇者様、な~に?」
「はいこれ。シェルにあげる。これで一つは解決するんでしょ?」
ユーが『月の指輪』をシェルに差し出した。さっき衛星に作ってもらってユーに渡した指輪だ。
いきなりの事で、プリとシェルは驚きで固まってしまったようだ。理解が追いついて来ないんだろう。
いいよね? みたいにユーが俺を見て首を傾けて微笑むので、俺も軽く肯いて賛同した。
でも、たぶん大丈夫だと思うけど、本物かどうかは分からないよ? 衛星が作ってくれたので間違いは無いとは思うけど、本物を見た事が無いから合ってるのかどうか自信が無い。
本物だとして、どういう効果があるのかも分からないんだけど、使い方は分かってんのかな?
俺としては偽物でも問題ないんだけど、これだけ驚いているフリーズしてるシェルとプリには、偽物とは言えないよね。
どんな効果があるんだろ、シェルの暴走を押さえるって事だけど。
「シェル? 驚いてるとこ悪いんだけど、それってどうやって使うの?」
「……ハッ! ええええええ! なになになになになに―――! 勇者様! あなた何言ってんの―――!」
「そうです! 『月の指輪』をあげる? この『月の指輪』の意味を分かってるんですか!?」
「そうよ、これは勇者の証なのよ! それをあげるって、そんな簡単なものじゃないの!」
「そうです! その国に勇者として召喚された証ですよ! ユー様は勇者を辞めるおつもりですか!」
フリーズが溶けた二人が凄く煩い。マシンガンのようにユーを攻め立てる。それだけ重要な物だという事はわかったけど、俺にはピンと来ない。
『月の指輪』の価値がどれだけ凄いかって言われても、今日まで知らない指輪だったのに、そんな事を言われてもねぇ。それはユーも同じだったみたい、別にって感じだ。
俺はちょうどいいタイミングだと思って、衛星にもう一個『月の指輪』を作ってもらった。
大声でユーに向かって力説してるから、プリにもシェルにも気づかれなかったよ。
マイア経由でユーに渡すように、声は出さずに目で頼んだ。
「シェル、その『月の指輪』ってシェルに使えるの?」
「使えるって、そんな事恐れ多くてできないわよぉ」
「でも、使えないと貰っても意味ないじゃん。もらったんだろ?」
「いいえ、これは返すわよ。私には荷が重すぎるわ」
このままじゃ本当に返しそうだな。
「シェル、エイジの言う通りそれはもうあげたんだから、使えるかどうか試してみて」
「…勇者様がそうおっしゃるなら…でも、一度試したらお返ししますわよ」
ユーがフォローしてくれたお陰で、シェルが試す気になったようだ。
シェルが指輪を填め、目を閉じ集中して行く。すると緑のストーンが輝き始めた。
「『#独創世界__マイワールド__#』!」
シェルの声と共にストーンの輝きが無くなって行く。
シェルが目を開けると俺に笑顔を向けた。
「あたしの力だとこんなものね~」
何が変わったの? あれ? ちょっと待て。おい! なんで胸があるんだ?
シェルが女になってる。
プリと入れ替わったのかと思って交互に見たがどっちも女だ。
俺の視線を感じて恥ずかしそうに胸を手で隠すプリには謝っておこう。
「ごめん」
だって確認するよね? 入れ替わったかって疑うし、どっちが大きいのかとか気になるし……そういう目で見たから隠されたんだな。反省。
でも、どういう事?
「どう? あたしは適合者じゃないから燃費も悪いしあたしの魔力だと自分だけしかできないけど、勇者様ならパーティ全員に一日中でもできるのよ、凄くな~い?」
「凄いと思う。凄いと思うけど、それと暴走をしないのとどう繋がるの?」
「あたしのこの姿を見て動揺しちゃってる~? んもう仕方が無いわね~。この『#独創世界__マイワールド__#』は、効果範囲内の補助魔法の最強版ってとこかしら、効果範囲内なら自分で思うように制御できるのよ。という事は暴走も制御できちゃうの。いつもは勇者様があたしには暴走しないように制御する世界を作ってくださるのよね~。今は自分の願望を作っちゃったけどね~」
願望って……リスペクトしてる指輪なんだろ? そんな願望に使っていいのか?
しかし、これは便利そうだよ。……でもこれって暴走した後でもできるの? これってプリに持っててもらった方がよくね?
「プリにはできないの?」
「私? やった事は無いけど、その指輪だったらシェルより魔力の大きい私の方が向いてるかもしれないわね」
「だったらプリが……」
「でもダメよ、その指輪は勇者様のものだから、私達が持つべきものじゃないの。シェル! もういいでしょ? すぐにお返しして」
誰でも出来るんだ、勇者専用の装備じゃないんだね。
名残惜しそうにシェルが指輪をはずすとシェルの胸が元通りになった。
幻覚系じゃないんだね、実際に胸があったんだ。ラノベみたい……。
ユーはシェルから指輪を受け取ると、そのままプリに差し出した。
「はい、私もシェルが持つよりプリが持ってた方がいいと思う」
「勇者様、私の話を聞いて頂けましたか? その指輪は勇者様が……」
「私はもう一つ持ってるから」
ユーがもう一つ同じ指輪を出して見せる。
「「え…まさか……」」
再びフリーズしたプリとシェル。
「それと、勇者様は無しって言ったよね。ユーって呼んでね」
ユーの言葉は二人に届いてないみたいだね。
どうやら指輪は本物みたいだね。さすが衛星だよ。