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第10話 再会

 王都にもスラム街があった。
 散策をしていて偶々見つけたスラム街だったが、その入り口にあった『なんでも屋』のおばさんと肉と本の物々交換をしたが、魔法書だと思って取引したこの本が本物の魔法書かも気になる所ではあるが、今は急いで商業ギルドに向かおう。

 時間的に見ると大丈夫だとは思うが、初めて訪れる場所だし、時間は余裕を持って行きたい。
 商業ギルドのセシールさんに言われてフィッツバーグの特産品の小麦を持って来たのに、忘れて帰ったら絶対怒られるよ。
 収支で言うと、白金貨100枚を稼いだから大幅なプラスなんだけど、商業ギルドに寄って無いって言った時点で怒られると思うな。

 だいたい、冒険者ギルド関係で城に行ったりマスタールームに行ったりと、強烈な印象があったものが終わってホッとしていたんだ。もう全て終わった気でいたよ。


 一度宿に戻って場所を聞いたら、宿から見て冒険者ギルドと方向は違うものの、距離は変わらないと教えてくれた。
 ノワールには留守番してもらって、徒歩で向かう事にした。
 徒歩でも十五分程度だというし、時計の魔道具で確認したがまだ三時だ。十分間に合うと思う。

 方角は分かっていたから路地のような脇道も抜けて商業ギルドを目指した。


 え?

 不意に見知った顔が視界に飛び込んで来た。
 正面から歩いて来る少年を俺は知っている。買い物帰りなのか、身体の前で大きな袋を抱えていた。

 そう広くはない路地で立ち尽くして少年を見つめる。
 向こうもこっちに気付いた。

「あの……なにか?」
「え? いえ、あれ? そ、その…君は……」
「え?」

 しどろもどろになる俺に、彼の方も少し驚いたようだが、すぐに理由が分かったように話し掛けてくれた。

「もしかして、城で会いましたか?」
「は、はい……って君は魔族の隣の……」
「しっ!」
 話してる途中で止められた。

 もしかしてって、昨日、魔族の隣の牢にいたじゃないか。
 そのプラチナブロンドの綺麗な髪……

「あれ?」
 髪の色が少し違う? 昨日は屋内で今日は屋外だからイメージが違うのか? でも、昨日の嫌な悪寒はしない。むしろ好感を持てる。

「やっぱりそうでしたか。ここでは話せませんので、少しお付き合い願えますか? すぐそこですから」
「は、はぁ」


 それから五分も歩いて無いと思うが、言われるがままに付いて来てしまって、そのまま家にお邪魔してしまった。
 なぜ誘われたのか分からなかったし、なぜ付いて来てしまったのかもよく分からない。

 家と言っても平屋のアパートだった。長屋と言ってもいい。
 ボロくは無いが、綺麗でも無い。古い建物だった。


「すみません、初めてお会いする方をお連れしてしまって」
 先に謝られたが、俺が先に凝視してしまったのが悪い。連れて来られた理由も知りたいし、こちらも挨拶がてら謝っておこう。

「いえ、こちらこそすみません。昨日は挨拶もできませんでしたね。突然、見かけたので驚いてしまって」
 何を言ってんだ俺は。牢の中の人に挨拶するはずが無いじゃん! 俺、付いて来て大丈夫か?

「やはり会ってるのですね。牢の中にいますが、彼は罪人では無いのです。少し特殊な事情がありまして、匿って頂いているのです」
 なにか妙な言い回しをされたな。しかも初めて会うって言ったな。

「昨日、あなたが会ったのは私の双子の弟なのです」
「え⁉」
 ……
 ……
 ……

 どゆこと? あっ!

「胸が!……ある?……」

 俺の言葉に顔を赤らめる彼女。
 可愛い……

「あっ、す、すいません。そうじゃなくてですね、あの、昨日は無かったものですから」
 すぐに視線を逸らし言い訳をしたが、何言ってるか自分でもよく分からない。
 何言ってんだ俺は! 昨日無かった胸が今日生えてくるわけないじゃん!
 ダメだ、もう頭ン中が無茶苦茶だ。

 「飲み物を用意しますね」と言って立ち上がった彼女は俺の視界から消えた。
 台所へ向かったようだ。

 その後、用意してくれた飲み物を飲み、少し落ち着いた所でお互いに自己紹介をした。

 彼女はプリーム・ロンド。十八歳で付与師をしてるそうだ。
 付与師とは、武具や道具に付加効果の魔法を付ける人の事だと教えてくれた。
 昨日、牢で見たのは彼女の弟で、理由までは教えてくれなかったが、普段はここで一緒に住んでいるそうだ。
 もうすぐ紫の月が終わるから帰って来るそうだ。

 そういや月は七色あるって衛星が教えてくれたよな。月の色によって何かあるのかも。
 込み入った事情がありそうだし、初対面では聞けないよな。

 彼女と昨日見た彼とは双子というだけあってソックリだ。でも、よく見ると髪の色が彼女の方が少し金色がかっている。昨日の彼は白に近いシルバーだったから、俺が思った違和感は正解だったね。
 彼がシルバーブロンズで、彼女がプラチナブロンズかライトブロンズってとこかな。

 彼女が俺を誘ってくれた理由も教えてくれた。
 俺が弟さんを見たって事は、お城の関係者でも限られた人であるはずなのに、そういう雰囲気が無かったから弟さんの新しい協力者だと思ったらしい。

 協力者って何の協力者? 余計に分からなくなって来た。

「あの、僕は魔族の尋問の協力にと呼ばれた時に地下牢で、その…弟さん? を見てですね。彼が微笑みかけて来て……それで、あなたがソックリだったもので、つい驚いてしまって…」
「あなた…イージさんでしたね。さっきもおっしゃってましたね、魔族の事は街中では言ってはいけません。捕まってしまいますよ」
「そうなんですか⁉」
「ええ、魔族は人間にとって最大の脅威である魔王直属の#下僕__しもべ__#です。今、魔族が王城の地下牢にいる事も箝口令が敷かれています。それを人に聞かれでもしたら大変な事になってしまいますから」
「そ、そうだったんですね」
 そんな話は知らねーって。公爵やギルマスは何も言ってくれなかったぞ、もしかして常識過ぎて言わなかったのか? 俺にはその辺の常識が無いから言ってくれないと困るんだけど。

「どうやら助けて頂いたようですね、ありがとうございます」
「いえ、私も弟を知ってる方にお会いできて嬉しいです。イージさんのその様子からすると、弟も元気にしてたようですから」
 元気かどうかはよく分かりませんが、ゾクっとはさせられましたよ。あれは何だったんだろ、殺気だとすれば、あの距離だし衛星が反応したと思うから殺気じゃ無かったんだろうな。
 同じ距離で魔眼を使った魔族には衛星が反撃したもんな。

「何かお話はされましたか?」
「いいえ、魔族の尋問が目的でしたから…あ、ここでは話してもいいですか?」
「はい、結構ですわ」
 プリームさんが優しく微笑んでくれる。ホントに可愛い、マイアに匹敵する笑顔だ。
 【星菓子】組も中々粒揃いだったけど、プリームさんの前では霞んじゃうね。

「ありがとうございます、ロンドさん。ワプキンス閣下から申し付けられて魔族の尋問に参加していた時に弟さんを見まして、優しく微笑みかけてくれました。でも、それだけですぐに魔族の尋問を始めたので話はできませんでした」
「シェルが⁉ あ、すみません。弟が誰かに微笑むなんて無いものですから驚いてしまって。それと私の事はプリームとお呼びください」

 この世界ってファーストネームで呼び合うよね。俺もエイジと自己紹介してイージと呼んでくださいって言ってるし、お互い様かな。でも、綺麗な女性のファーストネームって照れくさくて呼びにくいよね。

「でも、彼が微笑んだ理由はあなたを見れば納得ですね。あの子は…シェルと言うんですが、シェルは私と好みが似てますから」
「ふ~ん、そうなんですね」
 何の好みなんだろ、服とか食べ物って事かな? ちょっとピンと来ないな。

「でも、魔族の尋問を任されるって意外と凄いんですね。イージさんは何をなさってる人なんですか?」
 意外とって……やっぱり弱そうに見えるんですね。もう、今更そこは否定しませんよ。

「はぁ、冒険者を少々」
「まぁ、そうだったんですね。私も冒険者には登録してるんですよ。シェルと二人でよく依頼を熟してました。でも、今は彼が王都公認の冒険者になってしまって、あまり一緒には行動できなくて。でも、こう見えても私はCランクなんですよ」
「王都公認? ですか? 国家公認じゃなくて」
「そうなの、彼の場合はこの王都から離れられない事情があって、国家公認にはなれなかったの。実力的にも足りないと言われちゃったんだけどね」

 結構、くだけた話し方になって来て無い? なんかいい雰囲気になって来たとか? それは無いか、だって俺だもんな。

「勇者様がいればいいんだけどねぇ、今はいらっしゃらないから」
 勇者? まさかユーの事じゃないだろうね。

「勇者様っていないんですか?」
「ええ、今は北方の魔族の討伐に出てらっしゃってるわ。魔族には魔眼があるから勇者様じゃないと太刀打ちできませんからね」

 魔族の討伐? よかったぁ、ユーの事じゃ無さそうだ。
「勇者様は魔眼に強いんですか? 凄く詳しいみたいですが、勇者様とはお知り合いなんですか?」
「詳しいってほどじゃありませんが、勇者様に魔眼が効かない事を知ってる人は多いですよ。勇者様とは何度も会ってますけどね」
「へぇ~、プリームさんって凄いんですね」
「そんな事は無いですよ、私の場合はシェルのおかげみたいな所もありますから。それと『さん』も付けなくて結構ですよ」

 いや、それはさすがに恥ずかしい。なんか恋人同士みたいじゃない。
 初対面で年上の美人のお姉さんを呼び捨てって、そこまで度胸はありません。

「いえ、プリームさんは、その、年上ですし、その、できません。あ、僕の事は年下ですしイージって呼び捨てにしてください」
 俺の場合は名前ってよりニックネームだしね。

「だったらプリなら呼べる? 小さい頃からそう呼ばれてるの。弟が上手く呼べなくてプリって言ったのが切っ掛けらしいの、初めはプーだったそうだけどね」
 プリか。プーちゃんはもういるけど、プリなら呼べるかな?

「プリ……で、いいですか?」
 ニッコリ微笑んで頷いてくれるプリームさん。

 もう死んでもいい! なんだこの降って湧いたような幸せな空間は! 最高だー‼

 はっ! ちょっとまて、こういうのって男が出て来てお金を#集__たか__#られるってマンガでよくあったぞ。
 たしか#美人局__つつもたせ__#っていうやつだ。

 周囲を見回しても誰も出てくる気配はない。
 俺の思い込みだったか? でも、俺がモテるなんて有り得ない。絶対オチがあるはずだ。

「どうしたの?」
「あ、い、いえ」
 急にキョロキョロと周囲を見回す俺に問いかけるプリームさん。

 ガチャ

 玄関ドアの開く音が聞こえた。

 やっぱりかー! やっぱり美人局的なやつだったかー。

 足音が近づいて来る。
 どうやら、プーリんさんが気にも止めてない所を見ると、予定通りの訪問者のようだ。

 そりゃこれだけの美人さんだ。彼氏の一人や二人いるだろうさ。
 のこのこと付いて来た俺がバカだったよ。

 お金で解決するならいいんだけどな。お金ならあるからさ。
 さっきまでの幸せを買ったと思えば安いもんだよ。

 どうせお金を払うんなら、文句の一つでも言って……それは俺には無理だ。さっさとお金を払って逃げよう。

「ただいま」
 声のする方に目をやる。
「すみませ……あ――っ!」
「え? 誰か来て……キャー! あなた昨日の!」

 きゃ~⁇
 入って来たのは昨日地下牢で見た、プリームさんの弟だった。
 でも、きゃ~ってなに?

 ぞぞ
 あれ?

 フリーズした俺は、ギギギとゆっくりプリームさんに顔を向けた。
 苦笑いするプリームさんが何か話す前に、抱きつかれた。

 ぞぞぞ~

「なんで来てんの~? これってやっぱり運命ってやつ~? んも~、神様って憎いことするのね~」

 頬ずりしてくる彼にされるがまま、俺の頭は再起動しない。

「ちょっとぉ、私が家に招いたのよ。私のものに手を出さないで」
 そう言って慌てたプリームさんが俺の左腕に抱きつく。

 おおお! それは…幸せだ~

「なーに言ってんのよ、これはあたしと彼との運命の出会いなの。プリは邪魔しないでよ」
「違うでしょ! 私とイージの仲を邪魔してるのはシェルじゃない。あなたこそ離れなさいよ」

 右腕はシェル、左腕をプリに抱きつかれたまま右へ左へ振り回される。

 リアル天国と地獄だ。
 昨日の悪寒の正体が分かったよ、こういう事だったんだな。彼はオネエだったのか。
 俺の危機管理能力も捨てたもんじゃ無かったんだな。ビビりセンサーと共に大事にして行こう。

 それから暫く天国と地獄の狭間で揺れ続けるのであった。

しおり