(閑話)喋々の勇者と馬車の中
「で、俺の高速の剣でこう、ズバッと一刀両断!」
アスー皇国の首都へと向かう馬車の中、扉や椅子にぶつかろうと構わず大きな動きで身振り手振りこれまでの活躍を語り続ける赤髪の男性。
時折テンプレとかアアルピイジイとかよくわからない単語交じりの理解不能な話もされています。が、こちらが理解していようがいまいが関係ないようで、興奮気味にずっと話し続けていらっしゃいます。
彼はアスー皇国が召喚した勇者様のお一人で、先日リージェ様がモンスターの群れから救ったことを機に行動を共にしております。
「あぁ、退屈だなぁ。またモンスターの一匹や二匹、いや十匹ぐらい現れないかな。それか一緒に愛の逃避行しちゃう?」
どっかりと椅子に座ると、何故か
十匹も現れたら貴方お一人では処理しきれないでしょうに。
お城を抜け出して冒険者として旅をしていたとかで、戦うことにかけては他のどの勇者様よりも積極的で、暗黒破壊神を倒すという使命にも乗り気な点は誰よりも勇者らしいといえば勇者らしいのですが。
この言動には少し呆れると申しますか困ったと申しますか……。
「あの、ウメヤマ様」
「やだなぁ、ルシアちゃん! ウメヤマ様だなんて他人行儀な! 俺とルシアちゃんの仲じゃんか! 昂輝って呼んでよ!」
「では、コウキ様」
「ヒュ~ッ♪ 良いね良いね! 二人の仲が進展しちゃったね!」
始終この通りなのです。こちらが何かを言いかけるとそれを防ぐようによくわからないことを仰るのです。そもそも、私との仲とか関係って、ただの聖女と勇者でしょうに。
リージェ様は、最初は私の肩にいたのですがコウキ様の腕に追い払われてご立腹なようで、私の膝の上でグルグルと唸り声を上げ続けていらっしゃいます。
お二人は、いえ、他の勇者様方もコウキ様とご学友のはずなのですが、あまり仲は宜しくないのでしょうか?
「あぁ、この髪色気になる? 他の連中皆黒だもんな! これな、工藤達には染めたって言ったけど、ほら、この世界染髪料なんてないじゃん? あったら黒髪の連中とっくに皆染めてるもんな! 本当は俺のスキルなの! 隠蔽っていうやつな。それで髪の色が赤く見えるようにしてるの。このスキル持ってる奴って犯罪職多いって聞いたから内緒な!」
私がじっと見ていたことに気付いて、本来は教えたくないであろうスキルについても教えてくださいました。
私だから教えたとか仰ってますけど、私そこまで信頼されるほどの何かをしましたかしら?
「いやぁ、照れるね。そんなじっと見つめられたら! 何? 俺に惚れちゃった? な~んて」
ガブッ
何故か異常に顔を近づけてきたコウキ様の頬に突然リージェ様が噛みつきました。
「いってえぇぇぇぇ!」
「リ、リージェ様?!」
いけません、放しなさい。めっ。
私がそう叱ったことに一瞬驚いた顔をしましたが、ちゃんと膝の上に戻ってきました。良い子良い子。
「ったく、ルシアちゃんのペットじゃなかったら叩き斬ってやるところだぜ」
血が滲む程度で済んだあたり、かなり手加減はされたようです。リージェ様が本気で噛み付いたらいくらステータスの高い勇者様でも噛み千切られていたはずですから。
ですが、私のリージェ様を捕まえてペットだの叩き斬るだのという発言に、治癒を施そうと伸ばしかけた手を引っ込めてしまいました。
このくらいの意地悪は良いですよね? だって私のリージェ様が馬鹿にされたんですもの。
「コウキ様、リージェ様は聖竜様で私の守護竜ですわ。金輪際ペット呼ばわりはやめてくださいませ」
「はっ!? 聖竜? こんなちっこいのが?! どう見てもペットだろ? つうかじゃぁ何? 俺はこんなのと共闘しなきゃいけないわけ? 後ろの馬車の役立たず共だってまだ盾代わりにはなるぜ」
「…………」
「だいたいあいつら俺と同時期に来たはずなのにステータス低すぎだろ。美堂はマシだったが長澤はへっぽこだしクドウや他の3人は棒立ちだしあれじゃかかしの方がまだマシ」
リージェ様を重ねて馬鹿にするばかりか仲間を軽んじる発言の数々。私、もう怒りましたわ。
そもそも、リージェ様に助けられた時にリージェ様の強さをご覧になっているでしょうに、盾にもならないなんてよく言えましたわね。
戦わなくてもいいと言われても連携して自分達の身を守ろうと努力するクドウ様達の方がコウキ様より万倍まともです。
私が冷ややかな視線を送っているのも構わずにつらつらと悪言を重ねるコウキ様には辟易してしまいます。
「コウキ様!」
「ん? 何だいルシアちゃん。やっと俺の魅力に気付いてくれた? じゃぁもう遠慮はいらない? おいちび蜥蜴今度は邪魔するんじゃねぇぞ。シッシッ」
「コウキ様、貴方は仰る通り他の勇者様方より勇敢で力もあるようですね。ですが、先ほどからお仲間を軽んじる発言の数々。協調性の皆無。人格は勇者として失格ですわ。私、軽蔑致しました。正直もう口も利きたくありませんわ」
「なっ……そんな……」
この手の殿方にはハッキリとお伝えしたほうが良いと、オーリエンのタイラーツ領で領主のご子息に絡まれた時に学びましたの。
今までは口を挟む隙もありませんでしたから、ついはしたなくも大声を上げてしまいましたがやっと言えましたわ。
先ほどまでの様子とは一転、すっかり意気消沈された様子で黙り込んだコウキ様。
私は私でもうこれ以上彼とお話をする気も話を聞く気もありませんし、リージェ様もフンス、と一度鼻息を吐いたきり膝の上で丸くなってしまいましたから、馬車は静寂で包まれております。
こんなことでスッキリと晴れやかな心持ちになる私は悪い女なのかしら? ですが、リージェ様が気にされた様子はありませんし、構いませんわね。