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破滅を齎す者2

 翌朝目を覚ますと、プラタとシトリーが正面に並んで座っていた。その近くには果物や木の実、魚や首の無い何かの動物なんかが並べられている。夜の内に採ってきたからか、どれも新鮮だ。量が多くはないのは、食べるのがボク一人だからだろう。この身体になっても、小食なのは変わらない。以前ほど極端ではないが。

「・・・・・・おはよう」

 しかしそれは問題ない。二人に朝の挨拶をしながら、現実と向き合う。
 プラタとシトリーの近くに並ぶ食材の中に、パンや干し肉などの明らかな加工品が混ざっている。何処から持ってきたのかは知らないが、流石にそんな物が自然に生えたり落ちていたりはしないだろう。

「おはようございます。ご主人様」
「おはよー。ジュライ様!」

 挨拶を返す二人。そんな二人に、その食材について質問する。

「それで・・・それが調達してきた食料、だよね?」
「はい」
「そうだよー」
「明らかに加工品があるように見えるんだけれども?」
「はい御座いますが、それがどうかなさいましたか?」

 ボクの問いに、プラタが不思議そうに小首を傾げる。その反応に、もしかしたらちゃんとした手続きを踏んで手に入れた物なのかもしれないと思い直す。それでも不安なので、一応問い掛けてみる事にした。

「その加工品は何処から調達してきたの?」
「妖精の森の近くに小人の村が存在しているのですが、そこからの献上品で御座います」
「献上品?」
「はい。あの者達は我ら妖精を信仰しておりますので、その捧げもので御座います」
「・・・・・・」

 プラタの言葉に、パンや干し肉などの加工品に目を向ける。ボクは食料の良し悪しは分からないが、それでもどれも品質のいい物のように思えた。信仰対象への捧げものなのだから、それも当然なのかもしれないが。

「御心配なさらずとも、どれも献上されたばかりで痛んではおりません」

 加工品を観察していると、プラタがそう告げてくる。食べられるかどうか心配していると思われたようだ。

「そ、そうなんだ。これはボクが食べてもいい物なの?」
「はい。我らに献上された物ですので、それを私がどうしようと何も問題は御座いません。それに我らは食事を必要としておりませんので、このままでは棄ててしまうだけですので」
「なるほど・・・そういう事なら有難くいただくとするよ」
「はい。ご主人様に食して頂けるのでしたら、小人達も喜ぶ事でしょう」

 それはどうだろうかと思いはしたものの、言わないでおく。言ったところで意味がないだろうし、食料が有難いのは事実だからな。

「なら、頂こうかな」
「はい。全てご主人様の物で御座います。御随意に御召し上がりください」

 食材を手で示してボクにそう告げるプラタ。貰うと決めたからには、有難くいただくとしよう。
 現在は情報体で保存する事が出来ないので背嚢に入れる事になるのだが、当然ながら背嚢内で食料の時間は経過する。しかし、かなりゆっくりなようで、ほぼ止まっているのと同義だろう。
 この背嚢は空間を歪めているだけに、そのついでに時を止める機能も備わっているよう。空間の歪め方も異常なので、容量もおかしな事になっているのだが。
 それでも一応時間は経過しているので、念の為に食べるのであれば日持ちしない物からだろう。
 干し肉などの加工品は問題ないものが多い。パンも硬くて、乾パンのよう。ならば魚や肉から食べなければならないだろう。果実は意外と日持ちする。
 とはいえ、ボクは料理というものが出来ない。いや、全く無理という訳ではないのだが、魚を捌いたり動物を解体したりは出来ないのだ。
 動物は血抜きは済んでいるような感じだが、それから先など知らない。皮を剥ぐぐらいは何となく判るのだが、知識のみでは役に立たないだろう。
 魚はそもそも知識としてもない。人間界でも魚を見かけたが、それでも場所によっては珍しい食材に入る。

「・・・ボクは動物の解体や魚を捌くのなんてした事ないんだけれど」
「それでしたら、こちらで済ませておきましょう」
「頼める?」
「御任せ下さい」

 ボクの言葉にプラタがそう申し出てくれたので、頼む事にした。
 そうして頼むと、プラタは了承したと頭を下げる。そうすると一瞬で魚が切り身に、動物が皮と骨と肉の塊になった。両方とも内臓など他の部分が無くなっているので、それも一瞬で処理したのだろう。もしかしたら動物の方は内臓とかは最初からなかったのかも。
 その早業に驚いたが、今は魚と動物が食料となった事を素直に喜ぶとしよう。
 下処理が済めば、次は調理だ。肉は狩ってすぐよりも少し置いた方がいいと何かの本で読んだが、知識が無いのでそんな事はどうでもいい。食べられればいいのだ。そもそもこれは献上品らしいから、狩って直ぐとは限らないし。
 火を用意して魚と肉を焼いていく。魚は小振りな魚が数匹なので問題ないが、肉は流石に量が多すぎる。魚だけでもお腹いっぱいだしな。
 どうしようかと思案した後、急ごしらえで箱を創り、そこに氷魔法を組み込んでいく。

「こんなんで大丈夫だろうか?」

 箱の中に手を入れても自身に掛けている魔法の影響で温度を感じないが、手の部分の魔法を解いてみれば、冷気が手に伝わってくる。
 冷えてきたので手を引っ込めて魔法を掛け直すと、箱の中に肉を入れてふたを閉める。その後それを背嚢に入れると、明らかに背嚢よりも大きな箱なのに、吸い込まれるようにして収納されていった。
 肉を収納した後、一度背嚢の中を口から見てみるも、中は真っ暗で何も見えない。
 まあいいかと思い、次に竈を造る。これは土系統の魔法で、土を囲むようにして盛り上げればいいだけ。囲む範囲は魚が焼ければいいので、腕で輪を作るよりやや大きいぐらいでいいか。
 次に焼くための鍋だが・・・これはそこら辺に転がっている岩を薄く切断して、竈の上に置けばいいだろう。
 火に関しては周囲のガラクタを燃料に、魔法で火を点けるとするかな。魔法の火でも細かく属性を解放すれば物は焼けるが、魔力の消費量が多くなるし、その辺りの維持が正直面倒くさい。魔法を発現させたまま、その一部を解き放ち続けなくてはならないというのは、それなりに高度な方法だ。
 長時間の維持ともなれば、途端に難しくなる。五分程度であれば、人間界にも出来るものは居るだろうが。
 もっとも、これも小さな魔法を連続して発現させて、ひとつずつ開放していくという楽な方法も在るが。これの難点は魔力量がそれなりに必要になってくる事。外部の魔力を使用するにも、それだけでは温度があまり上がらないからな。この辺りは魔力の質という事だろう。
 まあとにかく、今回は周辺に異形種が使っていた物が散乱しているので、燃料には困らない。それほど長く火を維持する訳でもないし、燃料もそこまで多くは必要ないだろう。
 そうして準備を終えて竈に火が点くと、竈の上に置いた薄く切った岩が火にかけられて段々と熱くなっていく。
 しかし、薄く切っているとはいえ岩である。魚が焼けるまで熱せられるには少しかかる。
 その間にプラタが捌いた魚の用意をしていく。小振りな魚であったので、一気に岩に並べられそうだな。

「あっ! そういえば調味料がないや」

 今まで料理をする機会がほとんど無かったので、調味料なんて物は持っていない。兄さんがくれた背嚢の中にも入ってはいなかった。
 まぁ、そのまま焼くだけでも問題ないが、味気ないような気もするな。
 そんな風にボクが考えていると、シトリーが置いてあった果物を一つ取って差し出してくる。

「これの汁でもかけるといいよ。この果実は甘酸っぱいから、丁度いいんじゃないかな?」
「ありがとう」

 お礼を言いながら差し出された果実を手に取り、それを観察する。それは明るい色の果実で、表面がざらざらしていた。匂いは爽やかながらも刺激的で、目に染みる感じ。
 手触りはぷにぷにとしていて柔らかいが、少し押し込むと硬さを感じる。
 それを真ん中あたりから横に半分に切る。短剣ぐらいは背嚢に入っているので、それを使った。こういった時でないと使う機会が無いからな。
 その頃には岩が熱くなっていたので、魚を上に並べていく。ジュッウという小気味いい音と共に魚が焼ける匂いが漂う。
 そこに先程切った果実の片方を絞って、焼いている魚の上に垂らす。水分が蒸発する音と共に、果実の刺激的な酸味の強い匂いが立ち上がり、思わず涎が出てくる。
 そのまま暫く焼くと、魚をひっくり返そうと思い、丁度出していた先程果実を切るのに使った短剣を魚の下に差し入れる。

「・・・・・・む、むぅ」

 魚の下に差し入れた短剣を持ち上げて魚をひっくり返そうとすると、焼いていた魚の皮が岩にくっついてしまっていて、身がボロボロに崩れてしまった。
 他の焼いている魚の切り身も同じで、見るも無残な姿になってしまった。

「これは・・・油でも引いていればよかったのだろうか?」

 油を引けば食材がくっつかないという話は何処かで聞いた事があるような気がする。魚から油が出ているようだが、流石に少なかったようだな。

「ま、まぁ、ボロボロでも食べられるからな・・・」

 ボロボロに崩れはしたが、食べられない訳ではない。岩にくっ付いている部分は、こそげば取れるようだし。
 食べやすくなったと思う事にして、崩れた魚の切り身に残り半分の果実を絞りかけていく。
 水分の蒸発する音が響き蒸気が上がるなか、その崩れた切り身を混ぜるように短剣を動かす。

「あ、お皿用意してなかった!」

 それに気がつくと、急いで背嚢の中からお皿とついでに箸も取り出す。あまり大きなお皿ではないので、全ては乗り切らないだろう。それでも大半は乗りそうなので、焼ける音とにおいを漂わせる切り身を、お皿と一緒に取り出した箸を使って急いでお皿に移す。
 焼きすぎたかもしれないが、大きくは焦げていないので大丈夫だろう。切り身を移したお皿を横に置いて、岩の上に残った切り身を先に食べていく。

「ん!? あつ! あ、あふあふ!!」

 周辺の温度を適温にする魔法を使っているので蒸気の中で料理をしても熱くはなかったが、身体の中は効果範囲外なので、口の中に入れた切り身がかなり熱かった。
 これが肌に当たって食べたのならば適温になっているのだが、箸を使って直接口の中に入れたので、かなり熱かった。かといって吐き出す訳にもいかないので、ハフハフしながら噛んで、なんとか飲み込む。

「熱かった。飲み物も用意しておかないといけないな」

 背嚢から水筒を取り出し、ふたを開けた状態でそれを傍に置く。そうして準備を終えると、再度岩の上に残っている切り身に箸を伸ばした。早く食べなければ大変な事になってしまうからな。
 岩にくっ付いたり焦げたりしていたが、それでも何とか魚を食べ終える。最後の方は火も大分弱くなっていたが、もっと早くに火を消せばよかったと思い至ったのは、岩の上の崩れた切り身を食べ終えてからだった。
 いくら焦っていたとはいえ、流石に間抜けが過ぎると内心で苦笑すると、お皿に取り分けていた崩れた魚の切り身を口にしていく。
 岩の上の崩れた切り身を食べている時は慌てていて、魚の味などに気を配る余裕はなかったが、こうして落ち着いて食べてみると、果汁の酸味にほんのりとした甘味が混ざっていて、程よい味付けになっているのが判る。正直少し物足りないが、それでも現状では十分過ぎる味付けだろう。

「シトリーの言った通りに果汁をかけたおかげで美味しいよ」
「それならば良かったよー」

 笑みを浮かべるシトリー。それにしても、よくこんな事を知っていたな。シトリーも食事は必要なかったはずだが。

「それにしても、こんな調理法を良く知っていたね?」
「へへー! これでも長いこと世界を観察しているからねー!」
「そっか。それでも凄いよ!」

 シトリーの話に、うむうむと納得しながら魚の切り身を食べる。噛めば噛むほど中からやや苦味の在る油とともに旨みがにじみ出てきて、実に美味しい魚だ。魚なんてあんまり食べる機会が無かったが、肉と違った美味しさがあるな。
 ご飯か、せめてパンでも欲しくなるが、ご飯はないしパンは硬い。それにお皿の切り身を食すだけでお腹がいっぱいだ。

「ふぅ。美味しかった」

 何とかお皿に移した魚の切り身を食べ終えると、お腹を擦りながら一息つく。
 お腹が空くようになったとはいえ、そこまで食べれないのは変わっていない。以前よりは食べられるようになっているが、それでも食は細い方だと思う。まぁ、こんな状況では大食漢よりはいいが。
 少し食休みを挿んだ後、後片付けをしていく。残りの食料は背嚢の中に仕舞って、鉄板代わりに使った薄く切った岩は軽く水で洗ってそこいらに放っておく。おそらく背嚢には入るのでこのまま持っていってもいいが、要らないだろう。火を通す物はまだ肉があるが、それはその時に考えよう。岩ならそこら中に転がっているし。
 竈は土で出来ているだけなので、崩せばそれでいい。それにしても、改めて見てみると入り口付近には土が多いな。これも食べていたのだろうか?
 寝床も片づけて背嚢に仕舞えばそれで終わり。忘れ物が何も無いのを確認すれば、それで準備は整った。
 背嚢を背負って洞窟を出る。この洞窟も他の洞窟同様に幽霊に潰された洞窟らしく、中には誰も居ない。造りもそこまで違いはないので、探索してもおそらく得るものは何もないだろう。
 洞窟を出ると、やや薄暗いが十分明るい。太陽光に目を細めたところで、今更ながらに思い出して背嚢の中から帽子を取り出す。
 取り出した帽子を被った後、荒野を進んでいく。
 現在の目的は、荒野の探索。といっても、そこまで熱心に行っていいる訳ではなく、一先ずの目標として、荒野を探索した後に迷宮都市が在った場所を目指してみる予定だ。

「ここまでくれば、異形種を視掛ける回数も増えてきたね」

 直接見る回数もだが、視界内に入ってくる異形種の数がかなり増えた。大抵は遠巻きにこちらを窺って去っていくが、稀にこちらに向かってくる一団も居る。そういった者達は近づく前にプラタに処理されているので、ほとんど見る事はない。
 荒野に居るのは主に異形種達だが、異形種以外にも存在している。
 例えば砂トカゲ。別名、砂ヘビとも呼ばれている生き物。体長は三メートルほどで、高さは人間よりも高い。鋭い爪や牙を持っているが、一番の特徴はその皮膚。強靭性が強く、普通の刃はまず通らない。刺突もあまり効果がないので、魔法で攻撃するしかない。ただ、魔法への耐性もそれなりに高いので面倒な存在。もっとも、氷の魔法には滅法弱いので敵ではないが。
 普段は砂の中で暮らしているらしいその砂トカゲが、目の前でプラタに解体されている。鮮やかな手際だが、それを一体どうするのだろうか?
 不思議に思いながら眺めていると、解体を終えたプラタがそれを示して口を開く。

「どうぞご主人様。このドラゴン擬きの肉は食用に適しております。皮はただ強靭なだけで素材としてはいまいちで御座いますが、何かの役に立つかもしれません。骨は柔軟性が高いので、素材としても面白いかと存じます。血には毒がありますが大した毒性ではなく、他に役立つ物でもありませんので捨てました」

 そのプラタの言葉の通りに、地面に敷かれた砂トカゲの皮の上に凍っている肉の塊と骨が並べられており、その少し先には捨てられた血が砂に染みを作っている。

「そ、そうか。ありがとう。有難く頂くとするよ」
「はい。どうぞ御納め下さい」

 恭しく頭を下げたプラタを横目に、背嚢へと皮で包んだ肉や骨を収納していく。背嚢内は時間がほぼ止まっているので、凍ったままの肉が背嚢内で解ける事はない。・・・今朝プラタから貰った肉もそのまま入れても問題なかったな。まぁ、箱は何かしら使えるだろうから別に問題ないのだが。流石に肉をそのまま収納するのは少々抵抗が在ったからな。
 とりあえず食料を調達出来たという事にして、荒野の探索を再開させる。
 荒野も結構奥まで来たと思うのだが、異形種達の多くが住んでいる場所はもう少し先らしい。それでも先程の砂トカゲの様に、異形種以外にも遭遇するようになった。
 遭遇するようになったと言っても、異形種同様に大抵は近づくと逃げていく。たまに近づいても逃げないか逆に近づいてくるが、それらは異形種同様に接触する前にシトリーに狩られている。役割分担でもしているのかもしれない。
 先程は砂トカゲをシトリーではなくプラタが狩ったが、そうすると食料と素材になった。シトリーの場合は狩った相手を呑み込むので、何も残らず綺麗なものだ。
 相手が異形種の場合は、プラタも解体したりせずにそのまま放置している・・・まぁ、異形種を食料として提供されても困るのだが。流石に普段の姿が人間と大差ない相手が解体される場面を見たくはないからな。
 おそらくその辺りは配慮してくれているだろうから心配はしていない。プラタが捨てた異形種達は、少し移動して離れたところでシトリーが回収して食べているんだよね。まあいいが。
 しかし、この辺りで食料の補充が出来るのであれば、プラタ達に頼まなくてもよかったかも? いやでも、砂トカゲの解体とか出来ないから、結局は頼む事になっていたな。
 まあ必要な事だったし、過ぎた事はしょうがない。それよりも、この身体になってから空腹もだが疲労も感じるようになった。それでも身体能力が高い身体なので、二三日ぐらいなら問題なく進めるだろう。睡魔もあるが、それぐらいであれば大丈夫だと思う。
 それでも日に一度は休憩と睡眠を取るようにしている。もう以前までの兄さんの身体ではないのだから、酷使しすぎないように注意しなくてはな。
 そんな事を考えつつ進み、昼が過ぎ夕方近くになったところで休憩する場所を探す。まだこの辺り一帯には幽霊の襲撃で住民の居なくなった洞窟や地下が点在しているので、プラタの案内で近場のその場所へと移動していく。
 日暮れ前には到着したので、中に入って入り口付近で休憩する。
 寝る場所は軽く石などを除けてそこに敷物を敷くか、平らな岩の上で眠ればいい。もっとも、上で眠れるほどの平らな岩はそうそうないのだが。
 寝床の準備を終えると、夕食の準備に取り掛かる。周囲の土を集めて小さな竈を造り、手頃な岩を薄く切って磨くと、その竈の上に置く。
 周辺の物を集めて燃料にすると、それに火を熾して薄く切った岩を熱する。
 上で料理が出来るまで岩が熱くなるまで時間はかかるも、その間に食材の用意をしていく。とりあえず今回は、砂トカゲの肉にするか。
 まずは置く場所を作るために大皿を創る。
 そうして創った大皿を横に置き、プラタが事前に解体して幾つかの塊に分けてくれていたその一つを取り出し、大皿の上に置く。

「・・・・・・相変わらず大きいなー!」

 取り出した塊の一つは、厚さが一メートル近くもある。長さは厚さとそれほど変わりはしないが、幅はそれ以上にあった。明らかに大きすぎるので、高速で回転する水の刃を発現させて、取り出した肉を薄く切っていく。
 そんなに食べる方ではないので、何枚か薄く切ったところで残りは背嚢の中に仕舞う。
 その頃には岩も十分に熱せられていたので、肉を焼いていく。

「・・・っと、その前に」

 流石に今朝の魚の切り身で懲りたので、肉を焼く前に油を引くことにする。しかし、油は手持ちに無いので。

「砂トカゲの脂でも大丈夫かな?」

 先程肉を切り分けていた時に、焼く前に引く油代わりにと切り取っていた砂トカゲの脂を、箸で掴んで岩の上に置く。
 そうすると、ジュウという気持ちのいい音を立てながら、脂が岩の上に溶けだしていく。そのままくっ付かないか気にしながら、岩全体に油が行き渡るように脂を動かす。

「こんな感じでいいのかな?」

 磨いた岩の上で音を立てている油に目をやった後、意を決して切り分けた肉を岩の上に並べていく。
 ジュワっと一際大きな音を立てて肉が焼けていくのを眺めながら、一緒に立ち上る香ばしい匂いに、思わず口の奥から唾液が溢れてくる。
 これが食の楽しみというやつなのだろうかなどと考えながら、全体的に白っぽくなってきた肉をひっくり返す。薄く切っているので、火の通りが早くていい。
 肉を全てひっくり返した後、思い出して背嚢から果実を取り出す。取り出したのは今朝と同じ果実。他の果実は甘味が強すぎる。見た事ない果実も在るが、そちらはよく分からない。
 甘いだけの肉というのはどうなんだろうと思い、甘酸っぱい果実を半分に切る。半分に切ると、それを肉にかけていく。
 ジュワっと一気に蒸発する果汁。酸味が強い蒸気が少し目にしみる。
 そのまま少し焼くと、一つ箸で摘まんで食べてみる。やや大きいが、途中で噛み切ればいいだろう。
 焼いて直ぐなので、冷気を軽く肉に吹き付けて熱を冷ましてから口に入れる。

「・・・んー、魚の方が美味しかったかな?」

 さっぱりしていて美味しくはあるのだが、何か物足りない。やはり肉は少々味が重たいぐらいが丁度いいのかもしれないな。
 酸味がまだ少し残っている肉を噛み締めながらそう思う。それでも食べられるので、問題ないだろう。
 火もちゃんと通っている様なので、残りの肉を大皿に移していく。最初に油を引いたからか、肉が岩にくっ付いていない。その事にちょっとだけ感動した。





 味気ない・・・もといさっぱりとした味付けの肉を食べていく。それでも焼いていると油が肉から出ていたから、噛んでいればそのうち肉汁が溢れてくるのではないだろうか?
 そんな淡い期待を抱きながら、懸命に噛んでいく。ただ噛むだけでは暇なので、噛む回数でも数えてみるかな。
 一、二、三、四・・・既に何回か噛んでいたから正確ではないが、別に問題はないだろう。
 十一、十二、十三、十四・・・ああ、段々と果汁の味が薄くなってきたな。そろそろ肉本来の味が出てきてもいいのだよ?
 四十二、四十三、四十四、四十五・・・あれ? さっきから生臭い味しかしないのだが、これが本来の肉の味なのだろうか?
 八十九、九十、九十一、九十二・・・もう糸くずのようにボロボロな肉になり、味もしなくなってきた。それでも、薄い無味の味がする・・・ちょっと頭がおかしくなったかな? もう何でもいいや。
 百回噛んだところで、無残なまでに噛みまくった肉を飲み込む。ずっと噛んでいたので若干名残惜しいが、このまま噛んでいてもしょうがないからな。それに少しお腹がいっぱいになってきた。
 そう思いながら手元のお皿に目を向ける。そこには大盛りではないが、拳より二回りほど小さな塊となった、冷えた肉が積み重なっている。
 まだこれも食べなければいけないのかと思いながら、何枚か箸で摘まんで口に入れる。

「・・・・・・・・・」

 冷えたからだろうか? 肉を口に入れると途端に肉の生臭さが口一杯に広がり、思わず顔が歪んでしまう。
 残っていた半分の果汁をかけてみるも、ただ不味さが増しただけであった。以前までの身体であれば、味覚はあってもこの程度どうという事もなかったのだが、現在の身体には正直キツイ。やはりもう少し肉を置いておくべきだったのだろうか? 熟成とかいうやつだったと思うが、よく分からないし無駄か。それとも血抜きが不完全だったのかな? プラタがやっていたが、魔法まで使って血はかなり抜いていたのだが・・・うーむ。
 まあ考えてもしょうがないので、涙を呑んで冷えた肉を食べていく。ずっと食べていると慣れてくる・・・という事はなく、吐きそうになる。しかし、それでも我慢して食べていると、無心で手と口を動かして食べていれば何とかなる事に気がつく。それから少しして、お皿の上に積み重なっていた肉が無くなった。残っていたのが少量で助かったが、それでも多い。お腹いっぱいで吐きそうだよ。

「・・・・・・しかし、まだ残ってるんだよな」

 砂トカゲの肉はまだまだ大量に残っているので、なんとかせねばなるまい。そう思い、シトリーに臭みを取る何かしらの調理法がないか尋ねてみた。そうすると、シトリーは少し考える仕草をみせる。

「そうだね・・・肉を何かに漬けてみたらどうだろう?」
「漬けるって、何に?」
「塩とか蜂蜜とか、何でもいいんじゃない?」
「ふーむ」

 塩も蜂蜜も手元には無い。というよりも調味料の類いが一切無いので、どうしようもない。

「こちらで下処理いたしましょうか?」
「ん?」

 考えていると、プラタがそう提案してくる。

「ドラゴン擬きの肉です。あれをご主人様の御口に合いますように、こちらで下処理致します」
「んー・・・頼める?」
「はい。御任せ下さい」

 下処理を引き受けてくれたプラタに、背嚢から取り出した大量の肉の塊を渡していく。
 それらを受け取ったプラタは、肉の塊を風の魔法で浮かして全て持つと、一言断ってから何処かへと転移した。
 プラタが転移した後、ボクは寝床の準備に取り掛かる。
 平らな岩はないが、少し物をどかせば眠れる場所は確保できる。掃除した後に背嚢から取り出した敷物を敷いて、その上で横になった。

「寝るのー?」
「うーん。もう少し起きてるよ」

 生臭い肉をお腹一杯食べた為に気持ち悪いので横にはなったが、もう少し起きていた方がいいだろう。
 そう考えてシトリーにそう返すと、シトリーは少し考えて近づいてくる。

「ん?」
「ねぇ、ジュライ様。少し魔力頂戴?」
「魔力? いいけれど・・・」

 もう寝るだけだから、多少魔力を失っても問題はないだろう。そう思い、毎度の様に指を差し出してシトリーに魔力をあげる事にした。
 幸せそうな顔でボクの指から魔力を吸っていくシトリー。暫くそうやって魔力を吸収すると、ボクの指から口を離した。吸われた魔力量は大した事ないので、寝なくとも横になっているだけで直ぐに回復するだろう。
 魔力を吸ったシトリーは幸せそうな表情のまま、両手で頬を包むように添えると、魔力を味わう様に目を瞑って口元をもごもごと動かしている。
 少しの間そうやって口を動かした後、シトリーはゆっくりと目を開けた。

「うん。相変わらずジュライ様の魔力は美味しいね!」
「そう?」
「うん!」

 元気よく頷くシトリーを見ながら、この身体でも魔力の質は変わらないのかと感心する。これも兄さんの計らいだろう。
 しかし、それでも今までよりはシトリーの反応が少し落ち着いている様に思えるのは気のせいだろうか? いくら兄さんが調整したといっても別の身体だから、その辺りが関係しているのかもしれない。それでもシトリーは嬉しそうにしているから、まあその辺りは別にいいか。

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