彼氏とハイキックと私
ザワッ
しまった。つい……!
「こ、これは! どうしたと言うんだー!」
……実況うるさい。
ザワザワザワ……
……観客もうるさい!
くそ……やっちゃった。
無意識に加減しちゃった。
やるんだったらアゴ砕くくらいしてやるんだった……!
人生で誰もが何回か経験するとは思う。
それを修羅場という。
……ここに至ったのは多分“運命”だったんだろうな……。
私の名前は
『もくぎょ』と書いて『きお』と読みます。
とある私立高校に
勉強も恋愛も至って普通からは外れて育ってきた私だが、人とは更に違う! と言えることが三つある。
一つ目、私の父親は生まれも育ちも生粋のお寺。
……そう、父さんはお寺の住職をしているのだ。極端に珍しいと言えるかは難しいけど……あまり多くはいないだろう。
父さんは3人いる子供に「寺に関係した名前」をつけたかったらしい。上の兄貴と下の兄貴にはちゃんとした名前をつけた(漢字と由来が難しいので割合するけど)
で、3番目は予定外だったのだろうか。一晩中考えて……漸く浮かんだのが商売(?)道具の木魚だったらしい。なんで私だけ安直なんだよ!
二つ目、その父親が子供の頃から空手を習っていて。
メキメキと上達した父さんは人を指導できる立場にまでなった。
それは大人になって住職を継いで結婚して……私が生まれ成長した現在でも続いている。
……つまり私も含め子供3人にもきっちりと空手道を叩き込んだわけで。
……女の子なのにきっちりと拳にタコができてるわけで。兄貴達よりも強くなった自信はある。
お寺育ちで父親が空手やってて娘の私も有段者。ここまでくると私を入れても世界に数人しかいないのではないか。
そして……三つ目。これが入ると真の世界でただ一人だろう。
それは。
「……ダウン! ワン、ツー……」
(ありゃダメだわ……完全に顎に入ってた……
そして私の予想通りにレフェリーが両手を振った。
カンカンカンカン!!
ワアアアア!
……1ラウンドKO。呆気なかったわね。
「きおちゃーん! 上がって上がってー!」
「は〜い」
少しアホっぽい声で返してリングにあがる。
その際に渡されたトロフィーみたいなのを持って喜ぶ勝者に近寄る。
……有頂天なのはわかるが早くこっちに気づけ。演技でニコニコしてるのはツラいんだよ。
え?演技じゃなく普通に笑えって?
それができたら苦労しないわよ……。
「……あ、ごめんごめん。待たせちまって」
まったくだ。
「いえいえ。おめでとうございます!」
そう言ってトロフィーみたいなのを渡す。
勝者の角張った男はトロフィーみたいなのを高々と掲げる。
はい、おめでとうございます〜……と控え目に拍手しながらリングから下りた。
はい、おわかりでしょうか。
三つ目、私はグラビアアイドルであり……日本では有名なキックボクシング団体のラウンドガールをしています。
私は結構真面目に空手道を突き進んでいた。
蹴り技が得意だった私は、わざわざムエタイのジムに通ってキックの練習をしていたくらいなのだ。
正直、空手がオリンピック種目に無いことを悔やんだ。
母さんが「お嫁に行く宛が無くなっていく……」と心配していたらしいが、関係無しで空手道を突っ走った。
そして高校で空手部に入り新人戦でダントツで優勝した。並み居る男共を全員ムエタイ仕込みのハイキックで失神KOして。
この時は雑誌に「美少女空手JK」なんて書かれたりもして、将来有望な女子選手として注目を集めた。
……だけど……『女性として成長』したことが原因で私は空手を断念せざるをえなくなった。
そう。デカくなり始めやがったのだ……
最初は私も抵抗した。
正直言って空手を続ける上で
稽古量をさらに増やし今までの倍は走り込みをし筋力トレーニングを黙々とこなし……。
そんな私の抵抗を嘲笑うかの如くさらに成長し。
私の必死の抵抗は……結果的に
試合の度に揺れまくるソレ。違う意味で周りの関心が集まることが苦痛となり始め。
ある大会の決勝戦で……同じ道場の弟弟子と対戦して失神KOを喰らったことが原因で空手部と空手を辞めた。
しばらくの間は自暴自棄だった。
今まで興味も示さなかったメイクをし、普通の長さだった制服のスカートをギリギリまで短くし。
私に寄ってくるハエのような男共と遊ぶことが増えていった。
すぐに彼氏もできた。ていうかとっかえひっかえだった。
……一端に父さんや母さん相手に遅い反抗期を体験した。
そんな荒れた日々にも少し飽きてきた頃。
いつものようにセンター街で友達……と言えるかは微妙な仲だが……とブラブラしていた際。
私はスカウトされた。
自分から空手を奪った
私は現役JKグラビアモデルとしてデビューした。
もちろん、ビキニである。
今まで着たこともなかったペラペラな布切れを身に纏い、空手の演武とはかけ離れた魅惑的なポーズをとる。
顔面偏差値も悪くなかったらしく、私は早々とブレイクした。
が、結局それが原因で親バレし。
話し合いもしたけど結局平行線。父さんと母さんは激怒し、家を叩きだされた。
事務所が用意してくれたマンションで一人暮らししながら……女子高生とグラビアモデルの二足のわらじを履いている。
雑誌のグラビアに載ってDVDや写真集も結構売れて。最近ではバラエティ出演も多くなってきた。
そんな仕事の一つとして舞い込んできたのがラウンドガールの仕事だったのだ。
空手を辞めてからも観戦するのは嫌いじゃなかった私は、事務所の打診にすぐ飛びついた。
パッツンパッツンのビキニを着て数字書いた板持って歩くだけでいいのだ。それで最前列で観戦できる。
最高だ! と思った。
……当然世の中そんなに甘くなく、今までの倍仕事が増えて悲鳴をあげたのは私だが……。
滅多に行かない学校ではあるが、出席日数というものがある以上は仕方ない。流石に高校ぐらいは卒業しときたいし。
そんな不純な理由で通っている学校ではあるが、最近はよく足が向くようになった。
何故なら。
「おはよ」
「……ん。はよ」
……彼氏ができたのだ。
ちょっと前みたいに遊ぶではない。私は本気で彼が好きだ。
名前は
「昨日のメールの返事は?」
「……ごめん、寝てて忘れた」
もお。本当に面倒くさがりなんだから。これは昔から変わってない。
「今日も稽古なんでしょ。早くしないと遅れるよ」
「んー……わかった」
……全てにルーズで生活がスローなのも昔から変わってない。
「……父さんにまた怒られるよ」
「……木魚にだけは言われたくない……」
「うるさい」
私の正拳が軽く早助の肘を叩く。
早助は私を失神KOしてくれた張本人である。
急に大きくなった胸の重量に慣れない私。当然身体のバランスも狂う。
そんな私のハイキックをスイスイ避けて……逆にハイキックを極められた。
……あの瞬間、私は自分の限界を知り。
……年下の頼りない弟弟子を『男』と認識した。
その気持ちは次第に『男』から『好きな男』へとレベルアップし……今に至っている。
グラビアアイドルの私と空手の県代表に選ばれた早助。
一緒に歩いていれば、当然目立つ。
一応バレたらマズい立場の私ではあるが……正直やめる気はない。
それぐらい、早助が好きだった。
「ねえ、あれ……」
「え、あの二人って……」
ヒソヒソヒソヒソ
「なあ……」
「なによ」
「めっちゃ目立ってないか?」
「わかってるわよ!」
どうすればいいのかわかんないのよ!
バレたらスキャンダルだし……! でも中途半端は絶対やだし……!
「早助もバレたら大変なのよ……!」
「ま、わかっちゃいるけどね……」
ダメだ! こいつ!
自分が県代表だって認識ない!
「……何イライラしてんの?」
「あ・ん・た・の・せ・い・で・しょ!」
ざわっ
ヒソヒソヒソヒソ
外野うるさい!
私が睨み付けると人垣は分散していった。
「……木魚が一番目立ってるし……」
……〜!
頭に来てついハイキックを出す!
「よっと……やっぱ昔よりキレがないな」
むっか〜〜!
更に蹴りを繰り出す!
「ほっ! よっ! ほっ! ……それよりも」
「何よ!」
「今度の写真集買った」
ずるっ
どて
い、いたた。
「いきなり何を言い出すのよ!」
「隙あり」
早助の正拳突きが私の顔面で寸止めされる。
「勝負あり……ホントに腕が鈍ってるぞ」
「……当たり前じゃない! 空手辞めたんだから鈍って当然よ」
早助は構えを解くと。
「……ホントに辞めてよかったのかよ?」
いつものような眠た顔ではなく、真顔で聞いてきた。
「……わかんない……」
……これが正直な気持ちだ。
空手部も辞めて……空手衣も処分して……初めて貰った黒帯も処分した。
だけど諦めがつかなくて……未だに走り込みと型の練習を続ける毎日。
どっちつかずでブラブラしている。
「俺が言うことじゃないかもしれないけどさ……あの決勝戦の時より
ぐ……!
相変わらず言いたいことをズケズケと……!
「そんな事……」
腹に
「……わかってるわよーーー!!!」
正拳突きを放つ!
どぼっ!
「ぐっはあ!」
あ。
鳩尾入っちゃった……。
「お、おぉおぉおぉおぉ……」
ヤベエ。クリティカルヒットだ。
「ご、ごめん早助。大丈夫だった……?」
しまった。
大会前の大事な時なのに……!
痴話喧嘩で重傷なんて笑い話にもならないわよ!
「大丈夫?骨にはむぐっ」
……私は突然の事態に固まった。
まさかいきなり唇で唇を塞がれるとは……。
(し、舌まで入ってきてるんですけど……!)
このバカを早く突き離さないと……!
(……だけど……力入らない……)
あー……ヤバい。頭くらくらしてきた。
もういいや。このまま早助の部屋へお泊まりコースでも……。
なんて考えた途端。
ドンッ
「っわ!?」
急に早助に突き飛ばされ。
そのまま近くの繁みに引き摺りこまれた。
「ちょっと! いくらなんでもここじゃ……」
「何を誤解してるのか非常に気になるけど、そういうことじゃないよ?」
「……〜っ!!!」
……あの流れだと……そう考えるでしょ普通は!?
「ごめん……誰かの視線を感じたから……」
「視線?」
全然感じなかったけど?
「……ホント鈍ってるね。さっきの正拳突きには驚いたけど……」
鳩尾を擦る早助。
「あ、そうだった。ごめんね」
「いや、良い一撃だった」
そう言って立ち上がり。
「……おかげで俺の不安も払拭されたよ」
と呟いて歩き出した。
「……?? ……ちょっと待ってよ! どういうこと?」
……散々問い詰めたけど……ハイキック同様はぐらかされた。
次の日。
早朝からの電話攻勢で布団から引き摺りだされ。
そのまま事務所へ連行された。
そこで見せられたのは。
『人気グラドル白雪木魚初スキャンダル! 彼氏と昼間から……!』
……昨日の痴態がデカデカと掲載された週刊紙だった。
「おい、木魚……」
「……すいませんでした」
……事務所の社長に呼び出されたのだが……。
「お前……男とは全員別れたはずだったよな?」
一番遊びまくってた時にスカウトされたため、私はある意味スキャンダルの塊みたいな状態だった。
で、社長から出された条件が「付き合いのある男とは全員別れろ」というものだった。
男漁りにも飽き飽きしていた私は速攻で身辺整理したのだ。
「で?俺はお前から『身辺整理は完了した』と聞いたんだが?」
「はい……」
「じゃあ……
……デビューしてからできた彼氏です。
「おい……」
うう……雷が落ちる。
「まあ……いいか」
いいか……って!え?
「いいんですか?」
「良くはないが仕方ないだろ……」
はあ……。
「まあ
さいですか。
……まあ助かったけど。
「それよりもだ。木魚、お前空手やってたのか?」
……あれ?
「あの……?」
「ん?まだ気にしてんのか? さっきも言っただろ。これくらいスキャンダルにもならねえよ」
…………まあ社長がいいって言うならいいのかな。
「ただ二度目はないぞ……いいな」
怖っ!
「わ、わかりましたあ!」
「わかりゃいい……で? 空手をやってたのか?」
「は、はい。父が空手の師範をやってます」
「ほう……師範か……」
……この人何を考えてるかわかんなくて怖い……。
「……黒帯か?」
頷く。一応三段です。
「じゃあ……当然格闘技には詳しいよな?」
「は?……は、はい……まあ人並み以上には……」
何か考え込む社長。
「……お前……今はラウンドガールやってたよな……?」
「はい」
社長なニヤリと笑った。嫌な予感しかしない。
「お前の売り方が決まった。イケるかもしれねえ」
売り方?
「お前、ラウンドガール以外の仕事は当分無しな」
「え!?なんで!?」
「一つは今回のスキャンダルだ。しばらく雲隠れしてほとぼりを冷ませ」
ええ〜……。
せっかくバラエティのレギュラー獲れそうだったのに……。
「二つ。ラウンドガールの立場を最大限活かして団体や選手と繋がりを作っとけ」
繋がりを……?
まさか……。
「……空手の経験を売りにして……格闘技オタクて売り出すんですか?」
「まあオタクまではやり過ぎかもしれんが、概ねそんな感じだな」
格闘技関連で、か。
「格闘技の興行には必ず呼ばれるくらいのパイプを作っとけ。グラドルが空手も有段者で解説もバッチリ出来れば必ず食いついてくる!」
そんなもんなのかな。
「だからよ……」
うわ、また怖い雰囲気……。
「写真のガキとは絶対に別れておけよ」
……え?
「これから売り出そうとするお前には邪魔なだけだ。向こうが熱上げてくることが無いように
「……であるからして、この方程式は……」
……まだ返事がこない。
「この式は……こうなって……」
何で用事がある時には返事無いのよ……!
イライライライラ……。
「おい! 白雪!」
イライライライラ……。
「こら! 白雪木魚! 聞いてるのか!」
ああ!? うっさいわね!!
「はいはい、聞いてます! ○○○が△△△するから□□□するんですよね! だから求められる◇◇◇は×××になりますっ!! 違いますか!?」
「…………いや、正解です…………」
「それじゃあもういいですか?」
「…………座ってよろしい…………」
……物理の先生、すっごく立場無さそうにしてるけど……。
謝らないわよ。私に当てたあんたが悪い!
ピロリロリ〜♪
……やっと返事きたか!
「誰だ! 携帯を鳴らしたバカは!?」
「私ですが何か?」
「え……」
「わ・た・し・で・す・が・な・に・か?」
「なんでもありませんすいませんごめんなさい何も聞こえない聞こえない聞こえない……」
……たく。
あ、返事返事♪
『眠たい。寝落ちします。おやすみ……』
……。
……。
……。
「ウッッッガアアアア!!」
びくっ! びくびくっ!
私の突然の叫び声にクラスメイトがビビりまくってるのに私は一切気づかなかった。
「何であいつはこうなのよ! マジムカつく!」
腹いせに近くの壁をガンガン蹴りまくる。
しばらーく暴風が吹き荒れて……。
「はあはあはあ……はっ!?」
気づくと……。
「「「………………」」」
……私から半径2mほど離れて円陣を作り、ドン引きしついるクラスメイトがいた。
……しまった……誤魔化しようが無い……。
ピシ……ピシピシ
いやーな音がしたので振り返ると……。
「……うあ……」
……壁に亀裂が入っていた。
「……白雪……後で職員室に来なさい……」
…………はい。
「……はあぁぁぁ……」
……停学……一週間……。
プラス壁の修繕費の弁償……。
請求書が届くであろう実家からの反応がこわい……。
「あっはははははははははは!!」
……で……今居る部屋の主であるコイツは……遠慮なく笑ってくださるのよね……!
「誰のせいだと思ってるのよ!?」
「1/4くらいが俺。残りはお前だな」
うぐっ!
言い返せない……!
「しかし蹴りで壁ぶち破ったんだろ?」
なぜ話が大きくなってるのかな!?
「亀裂だけよ!」
「ふーん……まあいいや。ちょっと足見せてみろ」
そう言って
足払い……? 早すぎて反応できなかったわよ……!
「ふんふん……足は痛めてないようだな」
「当たり前じゃない! それくらいで足を痛めるようなヘマはしないわ」
「つまり
あ……!
そうだわ!現役を離れてまずできなくなるのは……加減。
だから「元」がつくような人がいきなり戦うと相手が想像以上の大怪我をしたり、現役だった頃ではあり得ないくらい拳を痛めたりする。
てことは!
「あんたわざと私に蹴り出させてたのね……」
「当たり」
なんでそんなこと……。
「お前、なんかムリしてるよな?」
!!
「空手……やりたいんじゃないの?」
…………。
「何で辞めたのかは知らないけど……やりたいことはやったほうが……うわっ!」
私は早助の腰にタックルして押し倒した。
「やっぱり早助は早助だわ……全然わかってない……」
「……は?」
「私がなんでイライラしてるのか。私がなんで空手を辞めたのか。全然……ぜんぜんぜっんぜんわかってない!」
早助が「前々……」とか言い出したので脇腹に正拳入れて黙殺させる。
「……ナマケモノより鈍いあんたには直接言うしかないのね……」
脇腹を抑えて呻く早助の頬に手を置く。
「私がイライラしてる原因は早助。そして空手を辞めた理由も早助」
早助が目を見開く。
「私は空手以上に……
自覚したのは、荒れて遊びまわってたときだった。
ずっとモヤモヤしてて……男と遊んでてもつまらなくなってきてた。
で、ある日。連れの一人から言われたのだ。
「木魚っておんなじタイプの男ばっかと遊ぶよね」
……これで気がついたのだ。
私は
それから荒れた生活をやめて空手の稽古を再開した。そして早助に告白したのだ。
「空手が好きなことは変わらない。ただ大会に出て殴りあったりすることは辞めただけ」
……傷物になりたくなかったから。いつも綺麗でいたいから。
「あんたが……あんたがいたから私は……」
自分が自分らしく居られる。
「……熱烈なラブコールありがとな……」
早助は私を抱き寄せた。
「悪かった……俺、全然……ぜんぜんぜっんぜん気づかなかった」
……もう。
「もういい。吹っ切れた!」
「そうかそうか……て、木魚さん? 何で服を脱ぎ始めたのかな?」
「やりたいことをやれ、って言ったじゃない。だからヤるの!」
「いや、『やる』の『や』がカタカナに変換されてないか……?」
「どっでもいいじゃない! で? ヤるの? ヤらないの?」
「……ヤる」
早助が答えた瞬間、私はブラのホックを外した。
「ふあああ……」
……眠たい。
朝まで生
「ちょっと、大丈夫?」
となりにいるラウンドガール仲間から声をかけられる。
「あ、ごめんなさ〜い。だいじょーぶです〜」
わざと間延びしてバカっぼく答える。このほうが男受けするから……と社長の指示で始めた口調だけど……なんか全身が痒くなる。
今日はトーナメント戦。このキックボクシング団体の最大のイベントだ。
まあ、ユルユルとやりますか……と考えてると。
「木〜魚ちゃん」
……ぞわぞわぞわ。
全身が鳥肌状態だ。
「は、はーい。お久しぶりで〜す」
……今回の優勝候補。
前から言い寄られてはいたんだけど……最近は特にしつこい。
「今日の優勝は木魚ちゃんに捧げるよ、ね?」
……ぞわぞわぞわ。
優勝してからそういうこと言え。
「じゃあね、木・魚・ちゃ・ん!」
ぞわぞわぞわぞわぞわぞわ!
……うあー……。
「いいわね〜木魚は。めっちゃ優良株じゃない」
「は、はひ……」
「い〜な〜。私には声掛けてくれないし〜」
どうぞどうぞ。ノシ着けて差し上げます。どうぞどうぞ。
「しゃ、しゃこーじれーってやつですよ」
「ん? ……ああ、社交辞令ね……やっぱり木魚みたいなバカキャラがウケるのかな?」
「ハハハ……」
少なくともあんたよりは頭良いわよ私は。
そんなことより。
(神よ、お願いします……あの野郎が早々に敗退しますように……)
切に願う。
おお……神よ……。
カンカンカン!
「前評判どおり圧倒的な強さを見せたー!」
あなたは私を苛めて楽しいですか……?
あのバカ……絶対に調子こくに決まってる!
で、よりによって花束贈呈は私の番なのだ。
……しまった。
実家は寺なんだから仏様に頼むべきだった。
「お、おめでとーございまーす!」
たぶん、顔がひきつってる。
……我慢、我慢。
「お、木魚ちゃんありがと!」
ひえ……!
肩から手を離せ……!
抱・き・寄・せ・る・な・あ!
『えー、応援してくれた皆!どうもありがとー!』
…………我慢、我慢。
……笑え、笑うんだ……!
『この場を借りて、皆さんに証人になっていただきたいんです!』
……は?
『オレはこの場を借りて……』
おいまさか。
『告白したいと思いまーす!』
……うおおおおお!
おいい! ちょっと待てええ!
『オレが好きな人は……』
いや待て! シャレにならん!
『ここにいる……白雪木魚さんでーす!』
ワアアアアアアア!
ピーピー! キャー!
このクソ野郎……!
わざと断わり難い
『それじゃあ木魚ちゃん!』
やめて……! いっそ殺して……!
『OKなら……オレの手を握ってください!』
……早助……!
「……にを……」
『どうかな? 木魚ちゃん?』
「……何を……」
『へ? 今なんて?』
「何をサラしてくれとるんじゃああああああ!!!」
どごおっ!
『ぐはあっ!』
……バタ
……私史上最高のハイキック炸裂……。
KO。
白雪木魚、WIN。
……結局。
このスキャンダルのおかげで。
事務所他スポンサーの皆様から早々にクビを言い渡され。
……私の儚い芸能界歴は終わりを告げた。
しばらくして。
父さんから久々にメールが届いた。
『一度帰ってきなさい。骨は拾ってやる』
……寺だしね。
さらに3日後。
久々に行った高校の門で。
笑うだけ笑ったあと早助が言った。
「無職おめでとう。最高にキレがあるハイキックだった」
あと、ポツリと。
「現役続行だな……俺とずっと一緒に」
と。
遠回しなプロポーズをうけた。
返事は決まってるけど。
早助にハイキックが当てられるくらいまで鍛え直してから返事するつもりだ。