バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

ショートコント

 吾輩はおねこである。
 名前がおねこ。
 普通のエクレアを求めて、十数個……
 いや、数十個のエクレアを食べたかもしれない。
 期間にして数ヶ月。
 吾輩は、普通のエクレアを求めて旅に出た。
 
 いちごクリーム。
 栗クリーム。
 チョコレートクリーム。
 バナナクリーム。
 レモンクリーム。
 ブルーベリークリーム。
 オレンジクリーム。
 白桃クリーム。
 生クリームのみといちじくクリーム。
 そしてコーヒークリームにキャラメルクリーム……
 紅茶クリームというものもあった。
 吾輩が食べたエクレアの中には、クリームの中にチョコレートチップが入っているものもあった。
 上はチョコレート。
 クリームもチョコレート。
 そして、そのクリームの中にもチョコレートチップが入っているのだ。

 エクレアとは何か?
 
 エクレアという文字を辞書で調べてみた。

 
 【細長く焼いたシュー皮にカスタードクリームやホイップクリームを挟み、上からチョコレートをかけたものである】

 そう、つまりは中にチョコレートクリームなどが入っているエクレアは、エクレアではないのだ。

 しかし、辞書には続きがあった。

 【カスタードクリームにコーヒーやラム酒の風味をつけたり、果物風味のフィリングや栗のピュレを挟むこともある】

 つまり、エクレアのクリームが、コーヒークリームであってもそれはエクレアなのだ。

 エクレアの正式名称は、【エクレール・オ・ショコラ】。
 【エクレール】とは、フランス語で【稲妻】という意味だ。
 エクレアの名前の由来には諸説ある。

 【表面のチョコレートが溶けないうちに、稲妻のように素早く食べる】

 そう、エクレアのチョコレートが手について苦手……

 と言う人はエクレアの初心者なのだ。
 手にエクレアが付く前に。
 そして、チョコレートが溶ける前に素早く食べる。
 これが、エクレアールを極めしものなのだ。

 吾輩は、また110円失った。
 これは、敗北を意味するのか?
 否!はじまりなのだ!

 ここで攻めるにしては、やはり所持金が足りなかったようだ。
 普通のエクレアを求めて使った金額、一萬円。
 200円のエクレアもあり、300円のエクレアもある。
 一番高かったエクレアは、ケーキ屋で食べた1200円のエクレアである。
 イチゴが乗っていた。
 バナナが乗っていた。
 キュウイが乗っていた。
 TOPPOも乗っており、生クリームたっぷり。
 ナイフとフォークもついていた。
 これは、どういうことだ?
 吾輩が、求めていたのはエクレアなのだ。
 こんな高級なエクレアなど求めていない。
 吾輩が求めているのは普通のエクレアなのだ。

 主らは、この戦争を対岸に雷と見過ごしていないか?
 しかし、それは重大な過ちなのである。

 ここにひとつのエクレアがある。

 【さわやかカスタードクリーム】

 このエクレアは、美味しい。
 確かに美味しい。
 だけど違うのである!

 吾輩が求めているのは、シンプルなエクレアなのである。
 【さわやか】など求めていない。
 吾輩が求めているのは、カスタードエクレアなのだ。
 杏仁クリームも求めていない。
 メープルも求めていない。
 パイ生地も求めていない。

 普通のエクレアなのである。

 カスタードたっぷりに、ほんのちょこっとの生クリーム。

 吾輩はおねこである。
 エクレアを求めて求めすぎて雷に打たれた。
 焦げ臭い香に身を丸めながら吾輩は悟った。

 吾輩は死ぬのだ。

 次第に身体から痛みが引いていくのがわかる。
 吾輩は死ぬ。
 死んで今度はシュークリームを極める。
 この際だから言っておこう。
 吾輩は、シュークリーム派なのだと……


―おしまい―

しおり