4.理解に苦しむ女、見つけ出す男
顔立ちはスゴく似ているのよねぇ・・。
弁護士、
男性の目線が自分に向きそうになると、サッと目線を逸らした。
確かに似ているのよねぇ。でも、他人の空似ということもあるし、世の中には同じ顔の人間が3人はいるとも言うし。
彼、私よりも4つ年上の39歳だったよね?確か。
39歳にもなって、見た目こんなソウルフルな感性に目覚める人なんているのかしら??
隣の席の男性をチラチラ見やるその仕種は、明らかに挙動不審。しかもター君とやらに腕を掴まれたまま。
話を途中で止められたままのター君は、あまりにも長い間に堪えきれずにとうとう力任せに静夜の腕を捻り上げた。「うぅ」思わず呻き声が漏れる。
「さっきから何やっているんです?てか何で、白バッヂ(検事の事/検事バッヂが白だから)の追風・静夜先生が腕を捩じ上げられているんですか?」
「やっぱりマッキーだったの!?気付いているのなら助けてよ」
「そりゃあ、まぁ、気付きますよ。その…」
昌樹は静夜の頭の天辺から足元までなぞるように眺め―。
「早くしてよ!痛いのよ!」
この目立つナリは決して見間違われる事がないのは理解している。だから、今更説明してもらわなくても結構!とにかく、早くこの状態から解放して欲しい。
「事情は知らないけど、キミ、その手を離してやってよ。その方、検事さんだから」
「今は辞めて弁護士よ!」
「そうなんですか!?」
「いちいち驚かない!こっちは実力行使されているのよ!」
とても怪しいナリをしている人物だが、弁護士の知り合いが立ち会っているという事で、静夜はとりあえず解放された。
「関節がメキメキ言っていたわ」肘をさすってグチをこぼす。
「で、弁護士先生はここで何を?これは失礼。守秘義務があるんでしたね」
守秘義務はしっかりと守るが、腕を捩じ上げたター君と彼に寄りそうくーみんを睨み付けた。誰の目から見ても、この二人が依頼に関係しているのは明らか。
「元本店勤め(元府警本部の刑事)の貴方がここで何やってるの?こんな昼間っから。こんな店で?」
この手のサブカルチャーは苦手だ。珍しいとも思わないし、理解に苦しむ。
パラリーガルの
「俺ですか?俺は彼女のボディーガード」
これまた奇天烈なパフェを持ってきた店員の女の子を指差して告げた。
店員の名前は“ふーりえちゃん”と名札に書いてある。“ちゃん”までが名前のようだが、きっと誰も彼女をふーりえちゃんちゃんとは呼ばないだろう。
「えっ!な、何ですか!?いきなり」ふーりえちゃんが戸惑いの表情を見せる。
「あの、ボディーガードって何ですか?私、アナタみたいな人にボディーガードなんて依頼していませんよ」
彼女の言葉を聞くなり静夜は。
この男、とうとう人として超えちゃイケナイ一線を越えたみたいね…。かつて府警本部で一課の刑事だった男の成れの果てがストーカーだなんて…。
憐れだわ。
僅かにでも、こんな男に期待していたなんて。
あまりにも情けなくて彼の頭から水をぶっかけてやりたい。だけど、コップ一杯の水ではゼッタイに彼の頭は原形を保ったままだろう。
「ふーりえさん。えと、違った!ふーりえちゃん。最初に君から電話をもらった時に、まず部屋から出て近くのコンビニ付近を目指して歩いてくれと指示した理由を説明させてもらおうか」
とたん、ふーりえちゃんが「あっ」小さく驚いた。
「キミの部屋には盗聴器が仕掛けられている。断言してもいい。だから場所を変える必要があった。次に俺が君に電話で指示して喫茶『くりばやし』で落ち合う事にしたのは」
一体、昌樹は何の話をしているのか?
まるで内容が掴めない静夜は昌樹とふーりえちゃんを交互に見やっていた。彼女につられてくーみんとター君も同じ動きを始めた。
「キミを追ってくる者がいないかを確かめるため。そして喫茶店で君と話をしたお爺ちゃんは、あれはダミーで、探偵でも何でもない。あの店の店主のお爺さんだ」
静夜は思わず「え?」と漏らした。
“証人捜しの昌”こと田中・昌樹の今の職業は“探偵業”だ。
「あの喫茶店のウェイトレスからレシートをもらったよね?裏に電話番号と『必ずストーカーの正体を暴いてみせる』と記されたレシートを」
ふーりえちゃんは驚いた表情のまま小刻みに頷いて見せた。
「今も持ってる?カチコ・・いや、ウェイトレスから、肌身離さず持っている様にと念を押されたから捨てていないと思うけど」
ふーりえちゃんはポケットから折り畳まれたレシートを取り出した。
「お手数だけど、今、その番号に電話をかけてくれないかな?」
「いま、スマホはロッカーの中なんです」
申し訳なさそうに告げるふーりえちゃんに静夜がサッと自分のスマホを差し出した。
静夜からスマホを受け取ると、ダイヤルキーに番号を入力して「あれ?」ふーりえちゃんが首を傾げた。
「マッキー??あの・・おばさん、同じ電話番号の人がすでに登録されていますけど・・」
困惑するふーりえちゃんに「あぁっ!?」静夜は即応的に怪訝な表情を見せた。
このガキ、スマホを貸してもらった相手に「おばさん」てヌカしやがった。
頭に血が上っている中、田中・昌樹が未だにプライベートの電話番号を変えていない事に驚いた。と、言うよりも、プライベートの電話番号を今の探偵業にそのまま使って良いものなのか?仕事とプライベートの分別くらいつけなさいよ。
電話の着信音楽が鳴った。
昌樹はスマホを取り出してふーりえちゃんに見せた。
「俺が田中・昌樹探偵事務所の田中・昌樹だ」名乗って見せた。
「追風検事・・じゃなかった。先生!俺の名前をマッキーで登録していたんですか!?」
プライベートとはいえ、あだ名登録はやめて欲しい。
昌樹はふーりえちゃんへと視線を戻し。
「人探し、迷いペットをお探しならお任せあれ。まあ、専門ではないけれど、今回はストーカー探しのご依頼を受けた結果報告をこの場でさせて頂きます」
「えぇーッ!?」ふーりえちゃんの驚きの声に、店内がどよめいた。
「ちょっと待ちなさい。マッキー、あなた正気なの?依頼報告というものはね、書類を作成して依頼主本人に手渡すものなの」
「分かっていますよ」の声に思わず。
「守秘義務も守れない人に探偵なんて仕事をさせる訳にはいかないわ」
力尽くにでも発表を止めさせようと昌樹の元へと寄る。が。
ポンッと軽く昌樹に突き飛ばされた。
その先には。
静夜にスマホを返そうとしていたふーりえちゃんが、ふらつく静夜に巻き込まれて、足元を崩し倒れそうになった。
「危ない!」
寄り添うくーみんを突き放して、ター君が飛び込むようにしてふーりえちゃんの腕を掴み、倒れそうになる彼女を引き起こした。
一方のくーみんは、ふらついた足を何とか踏ん張って体勢を立て直した静夜が咄嗟に足を延ばした“脚フェンス”で体を支えてくれたおかげで何とか倒れずに済んだ。
「大丈夫?ケガは無い?」
ター君はふーりえちゃんの体に隈なく視線を向ける。
「ター君?」
脚フェンスで支えられたまま、茫然と立ち尽くすくーみんが彼の名を呼んだ。
どうでも良いけど、この体勢辛いのよ…。
「いま、私を突き飛ばしてふーりえちゃんを助けに行ったよね?」
震える声で問い詰められる中でもター君は何も答えない上に目線すら合わそうとしない。
「私の方がふーりえちゃんよりもター君に近かったよね?」
なおも問い詰めれる中、ター君はふーりえちゃんの腕をしっかりと掴んだまま離さない。
「愛し合うふたりか…。キミの愛はともかく、彼の愛は誰に向けられているのだろうね?」
探偵田中・昌樹が頬杖をつきながら彼らを見やった。
「こ、これは偶然だよ。くーみん。君よりも彼女の方が危ないと思ったから僕は」
弁解を始める中、ふーりえちゃんがター君の手を引き剥がした。と、ター君はつい目線をふーりえちゃんに移すと、慌ててくーみんへと戻した。
「くーみん。何を疑っているんだい?」
引きつり笑顔でくーみんの元へと歩み寄るも、当のくーみんは半歩後退り。
「やっとこさ彼女を直視したよな。彼女の癖を知っているせいか、さっきから彼女の目線が外れる度にふーりえちゃんをチラチラ見やっていたのに」
「さっきからうるさいぞ!お前!」
探偵の横槍にとうとう激昂した。
「そんなに僕をストーカーに仕立て上げたいのなら、物的証拠を持って来いよッ!!無いのなら、お前を名誉棄損で訴えてやるッ!」
憤りを隠せないター君に、昌樹はニヤリと笑い。
「ほほぉー、言ったな?じゃあ、喫茶店『くりばやし』からこのキャラ喫茶まで幾つの防犯カメラがあるか?知っているか?お前、サングラスにマスク姿、それに黒のパーカーを着込んで面が割れないようにしたつもりだろうが、『歩容鑑定』て方法で、歩く仕種や姿勢で人物を特定できるんだぜ。まぁ相当根気は要るけど、元を辿ればお前だって鑑定できる」
そして語るまでも無いが、ふーりえちゃんのアパートの部屋の近所にも防犯カメラは幾つも設置されている。それらも鑑定に出せば人物を特定できる。
「じゃあ何?彼がこのふーりえちゃんって子のストーカーだった訳?」
ようやく立ち上がった静夜が訊ねた。結局誰ひとりとして彼女を助け起こさなかった。
「考えてみれば、一番安心する相手だよね。同僚の彼氏ってポジションは。カップル間のグチを聞いてもらうフリして直接会話もできるし、プレゼントを送ってもさほど怪しまれないものね」
ダミーの恋人を用意するとは、なかなか狡猾。
「正体はバレたんだ。覚悟しとけよ」
右手を拳銃に見立ててター君に照準を付けるとバァーンと撃って見せた。
アレをカッコイイと思ってるのかねぇ。
静夜は呆れて片目を閉じた。開いた方の目でくーみんを見やると、彼女は大泣きしていた。
ダミーの恋人役か…。
本来なら可哀想と思うところだが、内心ガッツポーズ!思わず拳を握った。
「さぁ、お家へ帰りましょう」
くーみんを優しく抱き留める。
突然静夜のスマホにメール着信の音楽が鳴った。こんな時にふーりえちゃんがスマホを返してくれた。メールを確認。
顔が笑っているよ、先生
“愛し合うふたり”とか調子に乗っていた小娘の、心の折れる姿につい優越感を抱いてしまったのが顔に出てしまったようだ。反省。しかし。
下らないメールを送ってくるな!
言葉に出すことなんて、この状況できる訳が無いので、睨み付けるだけに至った。
あとは警察と弁護士に任せ。
探偵の仕事はここまでと、昌樹は静かに席を立った。
「探偵さん、ありがとう。それと・・さっきはごめんなさい」
恥ずかしそうに礼を、申し訳なさそうにお詫びを。
「とにかくこれからが正念場です。あとの事は、そちらの追風弁護士先生にご相談ください。私の仕事は、あくまでも“探す”ことですから」
立ち去る昌樹を見送りながら。
いつも、ああだったと懐かしさに浸る。
犯人逮捕よりも、犯罪者が法の網を潜り抜けないような証人や証拠を見つける事を最優先した刑事だった。
それにしてもストーカーまで見つけ出すとは。
彼のレベルアップぶりに、ただただ驚いた。