御子柴のヤキモチ勉強会⑤
放課後 北野の家
今日も放課後はコウと北野のグループに分かれ、勉強会が始まろうとしている。
北野のグループは帰りのホームルームが終わった後、すぐ彼の家へ向かい勉強をスタートした。
「北野、ここ教えて」
「いいよ」
答えが分からないという椎野に、丁寧に教えていく北野。 彼ら4人の座る位置は昨日と同じで、そのポジションは自然と決められていた。
御子紫も昨日集中できなかった分を取り返そうと、必死に教科書と向き合う。
「なるほど! 理解したよ、ありがとな。 ・・・そういや、俺たちって結構真面目に勉強しているけど、コウたちもこんな感じなのかな」
北野から分からないところを教えてもらった椎野は、満足気な表情で礼を言った後、ふと他の仲間のことを思い出しそう口にした。
「コウのチームは成績がいいのはコウ一人だから、何か大変そうだよね。 大丈夫かな」
その言葉に北野も返していく。
「普段明るい優と、場を騒がしくする未来がいたら、そりゃまとめるの大変だろうよ」
「場を騒がしくするのは、椎野と御子紫も一緒でしょ」
「なッ、でも俺たち今は真面目に勉強しているし!」
発せられた椎野の言葉に苦笑しながら北野が返すと、元気な突っ込みが返ってきた。
「でもコウは、あのメンバーには慣れているから大丈夫さ。 中学からじゃなくて、小学校の時からあの4人は一緒に遊んでいたみたいだし」
彼らの会話を聞いていた夜月が、静かな口調でそう付け加える。
「あぁ、何かそのようなこと言っていたな。 でも小学校は違ったのに、どうやって知り合ったんだ?」
「さぁ? 詳しい事情は俺だって知らない。 俺は小学校の頃少し荒れていたから、未来たちの友達事情なんて知りもしなかったよ」
溜め息混じりでそう呟いた夜月に、複雑な表情を返す椎野。 そしてふと隣を見ると、椎野はノートに何かを書き続けている御子紫が目に入った。
「どう? 御子紫。 勉強は進んでる?」
先刻から一言も発さない御子紫に、さり気なく話を振ってみる。
「いや、全然・・・。 全ての教科が分からなさ過ぎて、やる気がどんどん出なくなっている」
半分諦めているのか、夜月と同様溜め息混じりでそう口にした御子紫に、椎野は心配し出した。
「大丈夫か? もう時間もないのに」
「そうなんだよー。 時間に追われていて“このままだとマズい!”っていう気持ちはあるんだけど、何から手を付けたらいいのかさっぱりでさー・・・」
“もうお手上げ”だということを表すかのように、御子紫は持っているペンを机の上に放り投げ、後ろにある北野のベッドに寄りかかる。
その様子を心配そうに見つめていると、椎野はふとあることを思い出しそっと尋ねてみた。
「あ、そういやコウは? 昨日コウをライバルにするって決めていたじゃん」
「あぁ・・・。 コウについては、今日一日コウの真似をして過ごしてみたよ」
「真似?」
少し首を傾げる彼に、小さくコクンと頷いた。
「真似って何? 例えばどんな?」
その問いに、今日のことを振り返る。
「例えば・・・。 コウの動作を全て真似したんだ。 コウが授業中に手を挙げたら俺も手を挙げてみたり、体育の時にバスケでレイアップをしたら、俺もそれを真似してみたり」
御子紫の話を椎野がぽかーんとした表情で聞いていると、静かにこう言葉を放った。
「おいおい・・・。 何かやっていること、間違ってねぇ?」
「何が間違えているんだよ?」
「いや・・・コウを目標にするのはいいんだけどさ。 真似するところを間違えている、っていうか・・・」
「?」
椎野の発言に理解できない御子紫は、複雑な表情を浮かべる。 そんな彼らを会話を聞いていた夜月が、冷静な口調で御子紫に向かってこう言い放った。
「ていうより、まずコウは御子紫をライバルだなんて思っていないから」
「ッ、は!?」
「コウをライバルにしたいなら、そのことを直接コウに言わないと」
「・・・それは」
―――言えるわけがない。
『コウをライバルにしたい』だなんて言っても、きっと彼は自分よりも成績が大分低い御子紫を、当然ライバルだと認めてはくれないだろう。
だけど夜月の言葉に反抗できず思わず口を噤んでしまうと、椎野がある提案を出す。
「そうだ! もういっそ、コウに一対一で勉強を教えてもらえよ」
「それは嫌だ」
「どうして。 だって御子紫、本当は一対一で教えてもらいたいんだろ?」
「・・・」
確かに最初はそうだった。 だけど今コウをライバルだと思っている時点で、彼に勉強を教えてもらうことなんてできるわけがない。
何も言わなくなってしまった御子紫に、彼はもう一言を付け加える。
「いい加減、素直になってコウに甘えてみろって。 じゃないと、夏俺たちと一緒に横浜へ帰れなくなるぜ?」
「ッ、それは・・・」
「嫌だろ?」
「・・・」
その言葉に、何も言わずコクンと頷く。 その様子を見て、安心させるよう優しい表情で椎野は言葉を紡いだ。
「大丈夫。 コウは仲間思いだし、御子紫が『勉強を教えてほしい』って言ったら、嫌な顔何一つしないですぐにOKしてくれるさ」
そのことは、何となくだが御子紫でも分かっていた。 だがここで強がってもテストではいい結果が出ないのは既に目に見えているため、御子紫は彼の言葉を受け入れようとする。
しかしここで、一つだけあることが思い浮かんだ。 それを、椎野に向かって吐き出してみる。
「・・・でも、コウには優がいるし。 優はきっとコウにくっついて離れないから、一対一で教えてもらうなんて無理だ」
「優? いや、流石に優もそこまでは空気読めるでしょ」
「・・・」
一度椎野から視線を外す御子紫に、更に言葉を続ける。
「明日の昼休み、コウに言ってみろよ。 んー、そうだなぁ。 昼休みはコウと優ずっと一緒にいるだろうから、俺が優を呼び出してコウからいったん離れさせてやる」
「え、いいのか?」
「もちろん。 容易い御用さ」
笑顔でそう口にした彼に、安心をして胸を撫で下ろした。 今は強がるのを止めて、素直になろう。
そうしないと、成績が悪く夏に仲間と横浜へ帰れなくなるかもしれない。 そう思った御子紫は、素直になり椎野に甘えることにした。