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御子柴のヤキモチ勉強会④




木曜日 朝 沙楽学園


翌日。 昨日ライバルをコウにすると勝手に決め付けた御子紫は、学校へ着いて早々バッグを自分の机の上に置き、中からノートとペンを取り出した。
そしてそれらを持って、隣の2組へと向かう。 だが教室には入らず廊下から中の様子をこっそりと覗いてみるが、そこにはコウの姿はまだなかった。

―――あれ・・・そういやコウと優って、いつも学校が始まるギリギリに来るんだっけか。

優はともかく、真面目そうなコウが遅刻ギリギリに来るなんておかしいとは思うが――――多少コウにも、不真面目な面があるということだ。
しばらく2組の教室をぼんやりと覗いていると、朝のホームルームが始まる3分前になったところで、やっとコウと優が姿を現した。
彼らの姿が見えた瞬間、緩くなっていた気持ちを再び引き締め直し、ノートとペンの用意をする。
―――まずは、コウの行動から真似してやる!
コウは優と一緒に教室へ入り、それぞれが自分の席へと向かった。 二人は同じ縦の列に席があり、優は自分の机に荷物を置いてその足で再びコウの席へと向かう。
“相変わらず、優はコウのことが好きなんだな”と内心思いつつ、コウの行動をメモしていった。
―――えーと、まずはバッグの中から教科書を取り出し・・・筆記用具を出して・・・バッグを床に置き・・・。
―――コウと優の様子を見る限り、優が一方的に話して、コウは基本聞き手である、と・・・。
―――あれ?
―――コウの真似をするって、こういうことでいいのか?
一通りメモを取ったところで、ふとそのようなことを思い少し首を傾ける。 
“何かやっていることが間違っている気がする”と思いつつも、御子紫はコウの行動をメモし真似し続けた。 

それから何時間が過ぎ、今から2組のクラスと合同授業が行われる。 科目は英語で、この教科は成績がいいクラスと悪いクラスの二つに分けられていた。 
合同授業は他にもあり、1組は2組と。 3組は4組と。 5組は一クラスだけで行われる。
御子紫の成績は悪い方ではないため、コウと優と同様成績がいいクラスに入っていた。 
御子紫は今がチャンスだと思い、自分から見て斜め後ろの遠くにいるコウの様子を、授業中ずっと見続ける。 
真面目に受けているコウを見据えていると、突然彼は右手を上げ挙手をし出した。 そんな唐突な行動に、思わずつられてしまった御子紫も手を挙げる。
「はい、じゃあ御子紫くん」
「・・・」
今もなおコウのことを見据えていると、いきなり周りの生徒たちが自分に注目していることに気付き、ふと我に返った。
「え? あ、俺?」
「御子紫くんよ。 早く答えて」
「え、ちょ、あ・・・。 今どこの問題やってたの?」
先生に指名されたと今気付いた御子紫は、慌てて周りの友達に助けを求める。 
この場にいる生徒がその様子を見て、楽しそうに笑っている中――――コウは心配そうに、後ろから黙って御子紫のことを見守っていた。

そして英語の授業が終わり昼休みを挟んだ後、5限目は体育。 これも合同授業であり、1組と2組で行われる。 
今やっているものはバスケで、生徒たちは楽しそうに試合で盛り上がっていた。 
「御子紫、パス!」
「おう!」
バスケチームの仲間に元気よく返事をし、彼にボールをパスする。 そしてふと隣のコートを見ると、丁度コウたちも試合中だった。
―――コウは今、試合に出ているのか・・・。
―――だったら、ここでも真似してやるかな。
そう決めた御子紫は今行われている試合に注意しながら、コウの様子を見続ける。 すると彼は、仲間からボールを受け取り――――
―――あ、今コウがボールを受け取った!
「田中! ボールを俺にくれ!」
御子紫も同じように、仲間からボールを受け取ろうとする。
「御子紫、あとは頼んだぞ!」
そう言って友達からパスされると、再び隣のコートへ目をやり彼を見つめた。 
するとコウはドリブルをしながら足を一歩前へ出し、更にもう一歩前へ出し―――― 御子紫も彼を見ながら、同時に同じ動作をしようとするが――――
コウは見事にレイアップシュートが決まり、チーム仲間から歓声を浴びる。 そんな彼らに対し、御子紫のチームは――――

「とっ、とっ・・・。 あ!」
「はい御子紫、トラベリングー」
「え!?」

コウをずっと見ていたせいで、自分の動作などに注意を払っていなかった御子紫は、ファウルをしてしまいチーム仲間からバッシングを受けた。
「御子紫歩き過ぎ!」
「つかそっちのゴールは相手のだし!」
「悪い悪い、よそ見していた・・・」
笑いながら非難してくるチーム仲間に、苦笑しながら御子紫は謝る。 そんな様子を――――またもやコウは、隣のコートから見ていた。
バスケの試合中だというのにも関わらず、身体の正面を隣のコートへ向け、一歩も動かずにただその場に立ち尽くしその様子を窺う。
「神崎ー、ボールが行ったぞー!」
すると遠くから、チーム仲間の声が聞こえてきた。 
だがコウは何も返事をせずになおも動かないまま、周りの感覚だけで左手を真横へ出し、見事に片手でボールのパスを受け取る。
それからも数秒御子紫のことを見つめた後、やっと身体を自分のコートへ方向転換させ試合を再開した。

そしてそれから数分が経ち試合が終わった御子紫のチームは、次に審判をやることに。 
タイマーやファウルなどを担当するのは他の仲間に任せ、御子紫は得点を担当することになった。 ステージの前にある得点版の横に一人で立ち、軽く溜め息をつく。
「はぁ・・・。 何でこうも、上手くいかないのかな」
英語の授業といい体育のバスケの試合といい、コウの真似をしても結局は全て失敗で終わってしまった。 
「御子紫」
コウと全く同じことをしているだけだというのに、どうして成功しないのだろうか。 自分とコウは、一体何が違うのだろうか。
自分はコウと比べて、何が物足りなく何ができていないというのだろうか――――

「御子紫!」
「ッ! な、なななななんだよコウ! ッ、コウ!?」
「?」

一人で考え込んでいると、突然名を呼ばれた御子紫は反射的に声の方へ目をやり、その相手がコウだと把握すると急に焦り出した。
「何だよ、急に驚かせんな・・・」
何とか落ち着きを取り戻し、左手で胸を優しく抑え軽く深呼吸をする。
「いや、驚かすつもりはなかったんだけど・・・。 でも驚かせちゃったのなら、ごめん」
「・・・」
―――素直に自分の罪を認めて謝るところも、コウのいいところなんだよなぁ・・・。
コウのことを横目で見ながらそう思った後、彼に尋ねた。
「で、俺に何か用?」
コウのチームも試合が終わったのか、他のメンバーはステージ上に座って他の試合を観戦していたり、談笑したりしていた。 
その問いに対し、彼は素直に思ったことを尋ね返す。
「うん。 今日御子紫さ、俺の真似をずっとしていたみたいだけど・・・。 急にどうしたの?」
「ッ、は!? コウの真似なんてしてねぇよ!?」
苦笑しながらそう言われると、完全にバレてしまっていた御子紫は慌てて大きな声で反論の言葉を述べた。
「あれ、していないのか。 俺の勘違いだったかな・・・」
「・・・ッ、いや、していたし! コウの真似していたしッ! ・・・あ」
少し寂しそうな表情を見せたコウに同情してしまい、思わず口が滑って本当のことを言ってしまう。 その発言を聞いた彼は、少しだけニヤリと笑った。
「俺に聞きたいことでも、何かあるのか?」
「・・・いや」
優しくそう尋ねてくれたが、御子紫は強がり答えようとしない。
「あ、シュート入った」
「え」
突然そう言われ、慌てて得点を入れる。 それが終えたことを確認すると、続けて口にした。
「優は今、水を飲みに行っているんだ。 だから、俺に何かを聞くなら今のうちだぞ」
「・・・なら、一つ」
なおも御子紫に気を遣ってくれる優しいコウに、ついに心が折れ――――一つだけ、彼に尋ねる。

「何?」
「どうしたら、コウみたいに頭がよくなんの?」
「え?」
「・・・」

その問いを聞いて難しそうな表情を見せてきた彼に、ふと我に返った。
「・・・ッ、あ! 今のはなし! 聞かなかったことにして!」
―――コウはライバルなのに、何を聞いているんだ俺は!
「え、どうして?」
「いいから! 聞かなかったことにして! 何でもない!」
「ッ・・・」
折角コウに頼れるチャンスなのだが、一度ムキになってしまえば今更素直になることができない。
―――・・・どうしよう。
気まずい空気になってしまったこの状態をどうしようかと、互いの間には嫌な沈黙が訪れる。 そんな時――――突如、近くから陽気な声が聞こえてきた。
「コウー!」
その名を口にした少年――――優は、コウの姿を発見するなり彼の背中に勢いよく抱き着いた。 そして優は御子紫の存在にも気付くと、コウから離れ笑顔で口を開く。
「二人で何を話していたの?」
「別に。 何でもねぇよ。 他のチームの試合でも見て来たら?」
その問いに苦笑しながらそう答えると、彼は頷いてコウの腕を引っ張りこの場から去っていった。 
いつもコウを一人占めしている優に少し複雑な気持ちを抱く時もあったが、今は彼に感謝をする。
―――コウの全てを真似するのは諦めて、勉強方法だけでも真似するかぁ・・・。
―――でもノートを借りたら負けた気がするし、ノートを盗むといっても、そんなことをしたら駄目だからなぁ・・・。

―――・・・何で俺は、コウを目の前にしたら強がっちゃって、素直になれないんだろう。

そんなことを思いながら、体育館の天井をふと見上げる。 すると突然、この体育館には大きな声が響き渡った。

「御子紫! シュートが入ったぞー!」


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