私という人間とアニマート二百二号室
私は遊園地へ行っても華やかなメリーゴーランドに目を輝かせる子供ではなかった。血と
私はちょっと気持ちの悪い女の子だった。
このホラーに対する異常な耐性というか好奇心はどこから来るのか、私自身よく分かっていない。私は父と母、そして三つ下の妹に囲まれた、ごくごく普通の家庭に育った。大きなトラウマを受けるような事件だとか事故に見舞われた記憶はない。両親は他の子とは違う方向にしか興味を持てない私に戸惑いながらも、こうして社会人として一人暮らしできるまで立派に育ててくれた。この性格はおそらく生まれついてのものだと思う。
むしろトラウマを抱えてしまっているのは妹の方だ。もちろん原因は私。妹は遊び相手がいない私の格好の
自分の好きな事を大っぴらに主張しつつ、無邪気に遊べるのはせいぜい小学校低学年ぐらいまでだった。それより上の学年になる頃には私にも『自分の好きな事は変なこと』という自覚が生まれ、友達の輪に入っていけるよう、人前では素の自分を隠すよう努力するようになった。でもクラスという集団は既に私に『ホラー女』という卒業するまで
幼稚園時代の将来なりたい職業にゴーストバスターと書いていた私だが、現実世界で亡霊やゾンビの大群が襲ってくる事はなく、私は営業事務という肩書きで社会を動かす歯車の一部になった。相変わらず友人はおらず、人生を共に歩む候補になる男性もいない。亡霊やゾンビばかり相手にしているうちに、魂の入った生の人間との付き合い方が下手な大人になってしまった。頭の中では人にあだ名をつけたり好き勝手言ったりしているが、それはただの無口な
皮肉なことに私に霊感というものは一切ない。聞こえる音も、見える物も、寝るときに見る夢も、おそらく普通の人と同じだ。高校二年の夏休み、一度だけ本当に恐ろしいと評判の心霊スポットに一人で行ってみたことがある。宿を取り、電車を乗り継ぎ、日付が変わる時間を見計らって訪れたその場所は、一言で表すなら『ただの小汚いトンネル』だった。トンネルの真ん中まで進んで『もしもーし』と話しかけてみたけれど、地縛霊からの返事は無かった。代わりに反対側の出口から大学生らしき男女数人の慌てる声と急いで車を発進させる音が届いてきた。そのまま一時間ほど粘ったけれど何も起きなかったので私は『だめだこりゃ』と独り言を言って宿へと引き返した。もう現実の幽霊にはもう期待ができそうもない、そう思った。そういった訳でテレ子は私が
私がこのアニマート二百二号室に越してきたのは約一ヶ月前のことだ。電車の通勤ラッシュにどうしても耐えられなくなり、それを回避できる条件の地域を探して引っ越してきた。この街にはしみったれたお店が多い。バーもラーメン屋も古着屋も映画館も何かどこか小さいのだ。そして床の端っこがちょっと汚れているような、そんな雰囲気をはらんでいる。引っ越し前に周囲をブラブラした時、街全体がちょっとしたお化け屋敷みたいだと思った。それに手の届く範囲にものが揃っていて落ち着くような感覚があった。この街は私の腕の長さにぴったり収まるくらいの大きさだった。今にして思えば、前に住んでいた街が私にとって広すぎたのも引っ越しを決める理由の一つにあったと思う。毎日同じ道を歩いていても何だか迷子になっているような気分だった。
不動産屋から『アニマート』という名前を聞いた時、最初アニメオタクの大家なのかなと若干不安になった。不動産屋のおっちゃんが運転する車の助手席に座りながら、アパートの壁に異様にでっかい目をしたキャラクターでも描かれていたら流石に住むのをやめようと考えていた。でも実際に壁に描かれていたのは水色空と雲、そして目と口の付いた太陽だった。正直センスが悪かったが住めないほどではないと思った。
港に積まれているちょっと錆びたコンテナを並べたような二階建ての四角いぼろアパートだったので最初は住もうかどうか少し悩んだ。でもアパートの特長を聞いて私はここを
アニマートとはどうやらイタリア語で『
左隣に住んでいる会社員の男性は体格は良いが猫背でちょっとおどおどしている。さらにここ数日は目の下にすごいクマを作っていて『おはようございます』の声も地獄の底で炎に炙られた低級悪魔みたいなっている。何が彼をそこまで睡眠不足にさせるのかは知らないが、私はそういう死にそうな人を見ると母性本能が少しくすぐられてしまう。
右隣には二十歳前後の女子大生らしい子が住んでいる。ドングリとか小さいものを集めるのが好きなリスっぽい小動物系の印象の子だ。この人もやはり最近元気が無いようで、昨日も家の鍵を開ける時に肺の中の空気を全部出すくらいの勢いのため息をついていた。それにここ数日は寝坊をやらかしているらしく、顔色悪く走っているの姿を朝見かける。
唯一元気があると言えばすぐ隣に住んでいる大家のおばちゃんだが、こちらは『賑やかな』というより『口うるさい』に近い。引っ越しの挨拶をしに行った時、初対面の私に向かって『そんなに色白くて大丈夫なの?ちゃんとご飯食べてるの?』という言葉をかけてきた。面倒くさそうな人だなという印象は当たっていて、今朝も『ゴミ袋の口の縛り方がよくない』なんていう針みたいに小さい事をネタにツンツンつつかれた。大家のおばちゃんも最近気分が良くないらしく、イライラ気味なようだ。
まあ、隣にどんな人が住んでいようが、厚い壁があれば気になることは無いし、大家のおばちゃんとも鉢合わせしないように気を付ければいいだけの事だ。生きていく上で大した支障じゃない。
住んでみて分かった事だが壁の厚さ以外にも私を
まず、真っ黒いカーペットが敷かれたやたらと奥に細長い店内が、まるで
スカル君の他にもバスターってあだ名を付けた背の低い女性店員とかニードルってあだ名を付けたやたら背の高い男性店員だとか、とにかくこのビデオ屋は個性的なメンツで構成されている。全員ひょろっとしているので、平均体重を引き上げてくれるような店員がいればいいホラー映画が撮れるのになあと思っている。ビデオ屋を舞台にマンドラゴラが頭にくっついてゾンビ化した人間相手に、店員が泥臭い籠城戦を繰り広げる脚本が私の頭の中に大体できている。それぞれが持つ武器とやられる順番についてもほぼ決まっている。
他にも店内に流れるピコピコとした謎のBGMや、可愛くないオリジナルキャラクターなど語り出したらきりがない。住んで一ヶ月たらずなのにこれだけダラダラと語ってしまうくらいこのビデオ屋は私の心を
そんな私なのでテレビをとっても
テレビが勝手に点いた時、初めは誤動作を起こしたのかと疑ったりもした。でもそれが本体やリモコンの故障の類でないとはすぐに分かった。それはテレビの電源のコードを抜いたにも関わらず電源が入ったからだ。さすがに手が生えて勝手にコードを差すような故障が起こるはずもないので、この世のものではない奴の仕業に違いないという結論に達したわけだ。