第十五話 ハットリさん、絆される
「おい、ハットリ」
「なんでしょうか、料理長」
朝、食堂に出勤しそのまま芋の皮むきを開始。いつも通りだと油断していた忍者です。
そこへ突然の来訪。
料理長が厨房奥まで部外者を招き入れるのは珍しい。そこに少しの警戒があったのだが、来た人物を見て納得した。
金糸と見紛うばかりの金髪に、ルビーのような真っ赤な目。強い意志を表す一重のきつい視線は、私に突き刺さっている。
彼女は勇者候補のパーティ、爆炎の幼げ魔法使いだ。
明らかに高貴の出だと分かる様子だから、料理長もお断り出来なかったのだろう。
それに……
「プラチナカード、か」
彼女が握りしめている冒険者カードは貴族が発行するソレだ。あんなものを提示されたら部外者厳禁の場所でも通すしかない。
その権力の正しい使い方に嫌悪感を抱くが、表に出しはしない。忍者は権力を知る。
作業をしたまま、問いかける。
忍者の心が告げている。なんとなく少女が横暴なだけの貴族とは異なる。そんな気がしたからだ。
状況とは真逆の心理だが、私は私自身の忍者ハートを信じた。
「それで、何の御用でしょうか」
丸太を短くしただけの椅子に腰かけながらの皮むきをしつつ、そう問いかける。相手の方は見ない。忍者アイは視野が広い。この位置からでも表情から細かな仕草まで読み取れるからだ。
ぞんざいな扱いにしているのは、彼女がそれを望んでいるように見えたから。
その勘は果たして、正解だった。
「そのままでいいから、聞きなさい」
横柄な言葉遣いは、彼女が幼い頃よりそうだとしつけられてきたからだろう。言い回しに気を取られず、彼女の態度に着目すれば、彼女が善良なのだとすぐに分かる。申し訳なさげに眉根を寄せて、所在なさげに肩をすぼめ、両手を体の前で組んでいる。作業をする料理人たちの邪魔にならないように周囲に気を配っている様は、幼いながらに中々立派な心構えだろう。
そんな彼女の言葉だから、つい聞く気になってしまった。
それが間違いだった。
「私たちは遠からず、強い敵と戦うことになる」
勇者というのは、なんか、魔王とか言うとんでもない悪党を倒す存在だ。その候補であれば、そうだろう。
「そのためには、あなたが必要よ。パーティに入りなさい」
「私には今の仕事があります。お断りしますよ」
そもそもどうして私なのか。それが理解出来ない。
彼ら火力第一主義者にとって、地味な忍者は不要に思える。そもそも雇うならまず盾役だろう。パーティ丸ごと盾役してるような奴らを雇うべきだ。
そう告げれば
「それを担っていた他の勇者候補のパーティたちは、全員この街から離れたわ。五パーティ総勢四十人よ」
多いな!?
しかし同情心はわかない。火力ごり押しハイエナパーティに愛想が尽きたんだろうな、と思わざるを得ない。
それは彼女も思っているのだろう。渋面だ。
「分かっているわ。でも、魔王は強大なのよ。この程度の火力じゃまだまだ足りないの」
属性的に最も威力の高い火属性のアタッカー四人。それでもまだ火力が足りないと申すか。すごいな、勇者候補。
そうなると他の勇者候補が気になるところだ。
「他は大体バランスよく、六人から十人で役割分担をしているわ。魔法使いは一つのパーティに多くて二人。攻撃と、回復もしくは防御魔法を得意とする魔法使いね。被ってるところはウチだけよ」
「……、顔には出ていなかったはずですが」
「そんなの、何が聞きたいのかなんて雰囲気で分かるわ」
エスパーかよ!
このお嬢様ちょっと怖いわ。
「見えないかもしれないけど、私も元貴族なのよ。人の顔色、空気を読むのは得意なの」
どこからどう見ても貴族様ですよ、お嬢様。忍者は空気を読んでそう告げない。
彼女的に今は冒険者であり、勇者候補のパーティメンバーなのだろう。しかしにじみ出る可憐さ、高貴さは全く隠しきれていない。むしろ隠そうとするその謙虚さがなおのことその事実に拍車をかけている。
お嬢様は自分の事が一番分かっていない、なんて野暮は言うまい。
しかし、見れば見るほど美少女だな。庶民食堂の薄汚い厨房にも拘わらず輝いて見える。我が姫君には及ばない……、いや、別ベクトルの美しさだから比較は無理か。いずれにせよ、将来は確実に美人になる。そんな少女が憂い顔で忍者に語り掛けているのだ。料理人たちの手が止まって、こちらに注目しているのは無理のないことだろう。十歳の少女なのに、さすが貴族の娘さんはオーラが違う。
こちらがながらで聞いていても気にする風でもない器の大きさにも感心する。仕事の邪魔にならないように配慮もしている。会話に不快感はない。このままダベったまま午前の仕事を続けるのも、色々な情報を得られるので忍者的にそれほど悪くはない。
だがしかし、放っておくと料理人たちが使い物にならなくなる。開店までに仕込みが終わらない。
どうにかしてお引き取り願おう。
「そもそも、どうして私なのですか? 腕利きなどいくらでもいるでしょうに」
大勢の冒険者、特に有能な勇者候補が出て行ったが、それでもこの街にはかなりの数の冒険者がいる。それなのに何故、私なのか。その理由を折りさえすれば絡まなくなる。そう思っての発言だったが……
「あなたが今朝納入した品……」
小遣い稼ぎにやっているアレか。まぁ、小遣いと言うにしては多額が動いているんだが。既にこの街で家一軒買えるほど貯金が貯まっている。それに目を付けた?
確かに稼ぎは多いが、彼らがそれを頼りに――つまりタカりを――するとは思えない。
「月夜花、暗中光の樹液、一夜花のつぼみ。どれもランク五相当の上等品だった」
ランク五とは、冒険者ランクのランクで、一から十までの間で数字的には真ん中だが、全体的に一から三が多いので上位に含まれる。それだけ入手が難しい素材だと彼女は言いたいのだろう。
確かにそれなりに希少な素材ではある。しかし常用依頼となっているくらいには、需要だけではなく供給もある。私以外にもアレを売って生活している冒険者がいるのだから、私の行いは特筆すべきものではないだろう。
「そんな訳ないじゃない! たった一人、単独であれだけの素材を集められる冒険者なんてこの街にはいないわ!!」
「そんな事は……」
「それも毎朝毎朝! たった一晩、危険を冒して取りに行く者はいるわ。でも、何日も継続して、まして日中は別の仕事をしてなんて普通じゃないのよ」
普通じゃない。
自然に溶け込む忍者的に嬉しくない言葉だった。すこしシンナリしつつ、忍者は問いかける。
「仮に、普通じゃないとして、やはりどうして私に目を付けたのか分かりかねますね」
突き放すような言い方になった。子供相手にいい歳をした大人が情けない。自己嫌悪に陥る私に、しかし彼女は平然だった。
「私たちに足りないのは、倒すべき敵を見つける目よ。見つけさえすれば、倒せる。だからあなたが必要なの! 危険な夜の森で、たった一人で希少な薬草を見つけられ、平気な顔で戻ってこれるあなたが!!」
強い。
そう思った。
彼女は頭がいい。何か私の知らない理屈でもってあのパーティに所属し、そのパーティに必要な人材を集めているのだろう。
だが、だからこそ思う。
「何をそんなに焦っているのですか?」
他のパーティメンバーは見えない。きちんと総合斡旋所の職員の忠告を聞き入れたのだろう。そんな中で、彼女だけがこうやって強引に勧誘に来た。
素直に答えてくれるとは思っていない。いや、素直でなく、答えてくれない方が私的にはよかったのだ。そもそも尋ねなければよかった。
しかし問いかけてしまった。これが運命だったのだろうか。
「強い敵と戦うと、言ったでしょう?」
「ええ、そうですね」
「四日後に、ある魔物がこの近くへとやってくるの」
魔物。簡単に言うと魔法を使う野生生物だ。超危険で、普通は冒険者ではなく騎士団が相手をする。キリングベアーもその末端だと聞いた。
なるほど、確かに勇者候補パーティならばキリングベアーなど容易く葬れるだろう。希少な攻撃魔法使い三人と、激レアな炎の聖剣使い一人の超火力パーティだ。
それなら騎士団と協力して事を成せばいい。貴族公認のプラチナカードなら余裕だろう。
そう考えたのだが、お嬢様の渋面は晴れない。
「近くは通るわ。でも、そこは隣の領地なの。ここの騎士団は守りを固めるだけで、討伐には動かないわ」
「なら隣の領地は……」
「隣の領地から人里までは遠いの! だからそちらもスルーなの!! 騎士団は、動かないのよ!!」
力のこもった声だった。
その迫力に気圧された私だが、押されても応えられない。
そう思っていたのだが……
「お父様の敵を……討ちたいの……」
……これ、アカンやつやん。
彼女の絶妙な「引き」に、私の心は傾いた。