第十二話 ハットリさん、旅に出る
成敗完了から数週間後。
私は旅に出る事にした。
いや、なった、というのが正しいだろう。何せ私の意思ではないのだから。
出来るならば、姫君が成長し、大人になるまで見守りたかった。
善人の領主様のお手を煩わせる悪漢をこの手で始末したかった。
しかし……
「もう、行ってしまうのか」
愛すべき領主一族の住まう領都の出入り口に、大勢の人が見送りに来てくれた。
その中でも代表するように、寂し気な領主様に私も答える。
「はい、我が主よ」
「フッ。君はもうドレイではないのだよ。私を主と言う必要はない」
そう、私は先の一件の勲功によりドレイの身分から解放された。
しかし元々ドレイ扱いされていなかったので特に何か変わったわけではない。
それにドレイとしてではなく、いち忍者としてこの素晴らしい人物を主と立てていたのだから。
「我が主よ。許されるのならば私があなたを主と呼ぶのをお許しください」
ドレイ開放の時もそうだったが、そう願えば
「いいや、君はきちんとした場所と条件で仕えるべき主を見定めるべきだ。私を慕ってくれるのは嬉しいが、私にはどうにも君が大きなことを成す、そんな予感があるのだ。だから、今出した答えは認められない」
「左様ですか……」
と、取り付く島もない。
大きなことを成すと言ってくれるのは嬉しいが、かと言ってこれはこれで主君に見限られたようで少し悲しい。
普段は顔に出さない私も、さすがに旅立ち前だからか眉が下がってしまう。
暗い雰囲気の中、珍しい人物が現れる。
真っ黒のスーツに身を包んだ、裏ボスだ。日中はほとんど表に出てこない彼が、わざわざ私の見送りに来てくれたのだ。
「話は聞いた。何、心配する事はあるまい」
滅多に見ない人物の登場に騒めき立つ人々を背に、裏ボスは領主様へと言葉を向ける。
「私もそうだ。そして、領主殿、あなたもそうだろう?」
「む、何がだね?」
「この男を、友だと思っている。違うかね?」
それは、意外な言葉だった。
広大な領地を束ねる善良なる者、表街道を歩く領主様が、裏の存在であるいち忍者を友と認めるなどありはしない。
そう思うのに、何故か否定の言葉が出せなかった。
そんなネガティブな言葉は、領主様の笑顔で全て消し飛んでしまったから。
「さすが、長年の友は言うことが的確だ」
言い当てられた、と頭をペシンと叩くコミカルな領主様に、一本取ったとドヤ顔していた裏ボスが今度は焦る。
「わ、私を友と言うな!」
「どうしてだい?」
「私は裏の世界を牛耳る、人間の闇だ。あなたは光を進むもの。闇と友になぞ……」
「そんなものは知らないな。友は友だ。身分も、立場も関係ない。違うかね?」
「今回の件。君も動いてくれたと聞いている。娘の為、領地の為、そして私の為に、ありがとう。これほどに尽くしてくれた者たちを日陰に隠すほど、私は厚顔ではないつもりだよ」
私が旅に出る事になった理由。
それは先日の件だ。
国所属の精鋭、エリートの調査団でさえ見つけられなかった証拠をたった一晩で全て暴いた。これが国の上層部に脅威とみなされた。
そして痛くもない腹を探られてはいけないと、裏ボス、そしてメイド長の手引きにより私はこの領地から離れる事となった。しかしこのことは領主様には伝えていない。
ただ、旅がしてみたいと言っただけだ。
それなのに……
「宰相殿が君を狙っている。気を付けたまえ」
「ハッ!」
領主様に手を握られ、思わず涙がこぼれそうになる。本当の理由を語っていないのに、それを既に察していらっしゃる。その上で、私の決断を認めてくれたのだ。これほど仕えがいのある主など、そう滅多にいないだろう。
留まりたい気持ちを押し留め、耐える。忍ぶ。それが忍者だから。
手を離し数歩下がった領主様と入れ替わるように、裏ボスが現れた。
どうする?
[>会話をする
「私の部下は各所にいる。困ったら、これを使いなさい」
「はい……。これは、メダル?」
「それを見せれば裏社会で協力を得られる。限度はあるが、ないよりはマシだろう」
「ありがとう」
裏ボスに変わった紋様の入ったメダルをもらった。ワニのような兎のような、とにかく私の知らない生物が掘られている。それが妙に異世界じみていておかしくなる。
私がメダルを眺めていると、再び領主様がこちらへと歩み出た。
「先を越されてしまったな。ハットリよ、私からはこれを渡そう」
「ハッ! ……これは……、ん? これは、んん?」
これは、なんだろうか。
手渡されたのは十五センチほどの短剣のような鞘にはいった、杭?
「鞘から引き抜いてみなさい」
「ハッ!」
言われるがままに引き抜けば、やはり杭。太さ一センチほどの鉄柱めいた何かが現れる。しかし刃の先端二センチは平らに打たれており、きれいに研がれ鋭い刃となっている。
不思議な武器だ。
辛うじて剣と呼べるだろうか。特殊な刺突武器だと言われれば、そう言うのもあるのか? と首をひねる。忍者的にちょっとセンス疑う武器だ。
「それは、紋章剣と言う」
見送りに来ていた人たちがザワリとする。それほどまでに価値のあるものらしい。
紋章と聞くだけで、確かにすごそうに思える。
「私の家紋が組み込まれた魔道具で、君の魔力を流すと紋章が浮き出る仕組みだ」
「魔道具!?」
試しにと力を込めれば、まるでホログラフのように紋章が空中に浮き出てくる。
「君はこのようなものを使う事はないだろう。だが、念のために持っているといい。何かあれば、微力だが力になれるはずだ」
言われた通り、権力に頼ることを私はしないだろう。私は権力者に頼られる側だ。それはご存じのはず。
しかしその上でなお、それを私に持たせてくれた心意気に、私は素直に頷いた。
お守りのようなもの。
嬉しく思ったのもつかの間、領主様は善良に見えて、やはり貴族だった。
「それを君が持っていれば、我が家の手つきだと分かるからな。何、全てが終わったら戻ってくるといい。我が家はいつでも歓迎するよ」
「なるほど、うちで最初にツバを付けたと主張する為か。聡いな、領主殿」
「この程度の腹芸は心得ているよ」
わっはっは、ははは、と笑い合う領主様と裏ボス。人の上に立つって、なんかこう、アレだな。
思ってたのと違う。
でも、その違いがとても嬉しい。
そろそろ出発の時がやってくる。
世話になった人たち、ただ街で見かけただけなのに見送りに来てくれた人たち。大勢と一気に挨拶をする。
「また戻って来いよ!」
「今度はもっと面白い話、仕入れてきてくれ!」
「また会おう!」
みんな、それぞれが好意的だ。忍者的にうれしい。
忍んで、隠れて、そんな人生だった。
だって、忍者だから。
寂しくても、我慢した。
しかし異世界忍者は違う。
目立ってもいいのだ。
「ありがとう、ありがとう、皆さん! 大好きです!!」
最後は二名。
メイド長と、姫君だ。
メイド長が先に口を開く。姫君が黙って俯いたままだからだ。
「手紙を送りなさい」
ドキリとした。
メイド長は年の頃二十代後半の妙齢の美女だ。そんな人が私の手を取り、手紙が欲しいと訴えかけてくる。
これは桃色の展開があるのか、と少し期待するが、さすがはメイド長、人が悪い。
「あなたの知っているお料理レシピ。再現できたものから送りなさい。毎月送りなさい。いいですね?」
「ア、ハイ」
とんでもない迫力に、白目向いて返事をするだけで手いっぱいだった。
メイド長は、メイド長だった。
「すんません、そろそろ出ないと日が暮れてしまいます」
あれから、結局姫君は黙ったままだった。
そのまま馬車の出発時間となり、私は乗り込んだ。
姫君のお声は聞けなかった。
しかし別れを惜しんでくれている、そのお姿だけで感無量だった。
馬車の後ろ側から身を乗り出して、改めて別れを告げようとする。
手を振り上げ、感動の旅立ちを、感謝を込めて。
ここで終わればいい話ダナーなのだが。
姫君が、口を開いた。
「あの。ハットリ」
「結婚式までに、戻ってきて下さいね」
「私、いつまでも待っていますから!!」
どうやら姫君は見習い騎士ローウィン君との結婚式に是が非でも参加して欲しいようだ。妹か娘のように思って接していたが、あちらもどうやら兄か父のように慕ってくれていたようだ。とてもうれしい。
心が温かくなる。
そして次のセリフで冷えた。
「私とハットリの結婚式、楽しみしています!!」
「はい?」
見送りに来た全員が目を見開いていた。
私も当然そうです。忍者ブレインが停止寸前です。
辛うじて残っていた理性で無理やりに言葉を紡ぐ。
「いやいや、あなたにはローウィン君がいるじゃないですか!?」
「ローウィンですか? イトコですし、結婚しないですよー」
冷えた心が凍った。
ローウィン君なんか腰砕けになってくずおれてるし。
「結婚できるまであと七年! 女を磨いてお待ちしてますーー」
遠ざかる姫君。
届かぬ思い。
どうしてこうなった。
「どうしてこうなったーーー!?」
忍者は旅立つ。
なんか最後に、よく分からない爆弾を残して。