第十一話 ハットリさん、成敗する
目的の部屋へと入る。
中に人はおらず、廊下側にも人がいない。
トラップもない。
「何と言うことだ……」
現代日本と比べるのは間違っているが、それでも言いたい。
「悪者のクセに油断しすぎだろ!!」
こいつが本当に王国を手玉に取って悪事をはたらく大悪党なのか。忍者は訝しんだ。
「巨悪退治だと意気込んだ私の熱意を返して欲しい」
愚痴をこぼすが、仕事は仕事。やりがいの有無は関係ない。
以後は黙々と調査をすすめる。
まずは部屋全体のトラップの有無の確認。三か所に発見。
触らなければどうと言うこともない。解除をして私がいた痕跡を残すこともないので放置とする。
さて。
部屋の中の安全が確保された所で、本命の、ヤツの不正の証拠を探す。
定番は応接セットの背が低いテーブルだ。ソファーとセットのもので、かなり質が高い。つややかな木の材質に、継ぎ目のない構造。一本の木から削り出したであろうソレはまさに芸術。
一見すると何の違和感もない。
しかし、そこに忍者的センスが光る。
「一木造なのに、どうしてこんな所に縦線があるのか」
足の一本。日中に目を凝らしても辛うじて見えるかどうか。木目と見間違うようなそんな所にわずかに亀裂めいた縦線がある。忍者アイは闇の中でもそれを逃さない。
手で探り、爪で亀裂を引っかけてゆっくりと開けていく。
「ほら、あった」
パカリと足の側面が開き、中から書類が現れた。
丸められたソレを取り出して、広げて見る。
「内容は……、ドレイ売買の証文か」
男性八十三人、女性百二十六名。合計二百九名の売却記録。
証人の欄には、ここの領主の名前と
「聞いていた通り、隣国のゲス商人の名前、か」
この国では、他国にドレイを売却するのは重罪だ。
これだけで内通罪、もしくは反逆罪が通用するレベルの代物だろう。
ひとまずこれを持ち戻れば、最低限の目標は達成する。
しかし、それにしても
「もし我が主が引き取ってくれなければ、私もこの中の一人になっていたのだな……」
我が主への返せぬほどの大きな借りがまた一つ、増えてしまった。
返せぬほどの大恩であれば、どうするのか。
人の好い主は構わないと申されるであろう。忍者的にそれは許せるのか。
「許せないな」
ならばどうする?
「死力を尽くして主の為に働く。それが――忍者だ」
最低限の物的証拠は得た。
しかしこれでは足りぬ。他国が関わるがゆえに調査は難航し、時間もかかるだろう。
それでは遅い。
「我が姫君が輿入れを終えてからでは、何もかも手遅れだ! やるならば、一撃必殺を!」
ヤツを一撃で引きずりおろす。そんな直接的で強力な証拠をつかむ必要がある。
裏ボスやメイド長の調査から、ヤツが脱税をしているのは分かっている。その証拠を押さえればいい。
テーブルの足を元に戻してから、私はその部屋を後にする。窓から這い出て、今度は壁をよじ登る。
目指すは領主の眠る部屋。そこに私は用があった。
壁登りは得意だ。レンガ造りのこの世界の建物よりもなお登りにくい高層ビルの外壁を登った事もある私です。何も問題はない。
五階と言う、この世界にしては珍しいほどに高い位置にある領主の部屋の前へと辿り着く。
中の気配は、三つ。
「二つは領主と、かわいそうに、被害女性か」
ベッドの上で領主に組み敷かれた状態のまま眠る女性が痛ましい。苦し気にうなされる様子と、なによりも顔と体中に広がる青あざが領主の人でなしさを端的に表わしている。
しかしそちらは眠っているので問題はないだろう。領主もぐっすりだ。
「問題はもう一つの気配。恐らく腕利きの護衛だろう」
警備がザルだったのも、この護衛を信用してなのかもしれない。窓の外にいる私とは反対側、ドア付近にいるその護衛は、明かりのない闇夜の中でも平然としている。
かなりの腕利きなのだろう。
服の上からでも分かる鍛えられた筋肉はしなやかで、パワーよりもスピードを重視しているのが伺える。得物も室内戦闘を意識した短刀にナタと実用めいている。
立ち姿も様になっていて、腕利きの暗殺者かそれに近い職業のものだろうと思わせる。
並の侵入者であれば、すぐさま察知され、見つかれば即座に両断されるだろう。
だが残念、忍者には遠く及ばない。
窓の外の私に気付いていない時点で三流だ。
私は懐から粉の入った袋を取り出す。その袋の入り口に細い管めいたチューブを装着する。
袋を押すと、プシップシッとチューブの先から粉が出る。
そのチューブを窓から室内にそっと差し込む。
「眠れ……」
室内に眠り粉を振りまく。
粉を蒔いてから数秒後、タンと倒れる音が小さくする。
さすが腕利き。意識がもうろうとし倒れる直前で受け身を取ったようだ。お陰で物音が最小限に済んだ。ドアの向こうにいる警備の兵は気付いていない。
もし仮に、護衛が屈強な兵士だった場合は、部屋の窓を開けて風を起こし、護衛が窓を閉めようと近づいた所を無力化した。
忍者に隙はない。
忍者謹製の睡眠薬をかいだ護衛は眠っている。しかし念のためにと猿ぐつわをして、手足を縛り身動きが取れないようにする。武器も取り上げる。
念のためにトラップの有無を確認するが、ない。
愚かなこの領主であれば、自室にそんな無粋な物を置かないと思ったが、その通りだった。
「安全は確保された。さて、早急に事を成してしまうか」
用心深く、悪知恵の働くヤツが自分の首を一発で飛ばしてしまう不正の証拠をどこに隠すか。
「その答えは、ここにある」
領主が脱ぎ散らかした服。金糸や銀糸で飾りぬいをされたその派手な服を、私は手探る。
すると……
「あった」
指先に当たる違和感。忍者タッチは欺けない。
丁寧に糸を外し衣服を分解すれば、そこには防水皮に包まれた書類が。
「脱税の証拠……。ふむ、これだな」
マントもあされば、歴代のこの地の領主の不正の証拠が出て来るわ出て来るわ。
「さすがに国からの調査団でも、領主の体を直接まさぐるなんて出来ないだろうからな」
単純だが、それだけに効果が絶大だろう。悪い意味ではあるが、権力の使い方を正しく心得ている一族だ。
全ての書類を回収し、忍者ポシェットに仕舞い込む。そして衣服を元の通りに縫い合わせれば、任務は完了だ。書類を引き抜いても、防水皮の厚みで違和感がない。厳重にしたのが仇となった結果だ。
「あとは……これは自己満足なのだがな」
忍者は私的感情で動いてはいけない。
そう思うのだが、目の前で苦しむ女性がどうしても我が姫君と重なってしまう。
余計な事だと分かっていながらも、私はつい、領主に薬を嗅がせてしまう。
「不能薬だ……。これで二、三日は勃たなくなるだろう」
呼吸に合わせて鼻から吸い込ませ、男性機能を数日失わせる薬だ。
ほんの少し仕返しが出来たと思おうか。
「あっ!?」
一嗅ぎでいいのに領主が思いっきり吸い込んだ。
薬包紙の上に乗っていた薬がすべて領主の鼻へと消えていく。これ、アカンやつや。
「……悲しい出来事だった」
やはり忍者は私怨で動くべきではない。
私はそれを再認識した。
忍者は脱出する。
痕跡を残さずに。
いや、痕跡はあっただろう。
「なんじぇ!? なんじぇポックンの息子は元気にならないのじぇ!?」
「こ、ここはどこだあああ!? 誰か助けろおおお!?」
翌朝
領主の館からは不能となった領主の雄叫びが
近くの森からは領主の側にいた怪しげな男が地面から首だけを生やして叫んでいた。
「成敗、完了!」