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第02話 キッカ頑張る



 キッカ視点です。

―――――――――――――――――――――――――

 今日、クラマが私たちのレベリングをしてくれるって事だけど、山に登って何する気なの?
 装備はそのままでいいって事だから、この前買った装備で来たんだけど、この辺りの魔物ってこんな装備で太刀打ちできた?

「この辺りでよいかのぅ。では、誰から行くのじゃ?」
 山の三合目ぐらいまで登った時にクラマが立ち止まり、誰からだと聞いてきた。

 誰から? どういう意味?
「はぁはぁ、誰から?」

「そうじゃ、#其方__そなた__#からでよいのか?」
 何の事を言ってるのか分からないけど、ここに来るのにクラマに付いて来るだけで、もう精一杯よ。私達はずっと走ってたのよ。クラマは歩いてるようにしか見えないのにも関わらず、凄く早い。しかもクラマはここに来るまでにも魔物を倒しながらなのに。

「さぁ、行くがよい」
 行くがよいってどこによ。

「それ、早く行かぬか」
 だからどこへよ。

「もう、仕方が無いのぅ。今日だけはサービスじゃ」
 そう言ってクラマは私を抱えひとっ跳び。五合目ぐらいまで一気に跳んできた。

「このあたりでいいじゃろう。では頑張るのじゃぞ」
 え? なにを頑張るの?

「ではの」
 そう言い残し、クラマは跳んで来た方向へまた跳んでいった。

 え? え? え? え―――――!!
 なになになになに―――――!!

「クラマ――! どこ行ったのよー!」
 大声で呼んだけど返事は無い。跳んで行ったよね? なんでこんな所に私一人を置いて行くのよ。魔物が出たらどうするのよ。

 ガサガサ

 横の樹々の間の茂みが音を立てる。

 ビクッ!

 そちらに目を向ける。

 出ーた―――――!!
 出たよ出た出た! オークだー! でも、私の知ってるオークより大きい! 色も違ーう! これってオークの上位種じゃないの!?
 にににににに逃げるわよ! 私の足ー! 震えてる場合じゃないでしょ! 早く動いてー!

 私は身構える事もできず、ただオークの上位種を見てるだけ。
 目を離す事もできない。段々踏ん張る力も無くなって来て、その場でへたり込んでしまった。ただ、ただ、時間だけがゆっくりと流れていく。

 オークの上位種が、私に向かってゆっくりと歩みを進める。蛇に睨まれた蛙の気持ちってこんなんでしょうね。オークの上位種は私の身が竦んで動けないのを分かってるみたい。

 思い出が走馬灯のように流れる。
 孤児院で暮らした子供の頃。貧乏だった、ひたすらに貧乏だった。周りの子供だけじゃなく大人からも差別を受けた。でも、私たちは負けなかった。私たちは弱かったけど誰にも媚びなかった。皆の結束もより強くなった。

 孤児院を出てからも誰にも頼らず、仲間だけでやってきた。
 そこに現れた黒髪の弱そうなのに頼りになる変な奴。
 いつも助けられてばかりいたね。
 盗賊だった私に優しい声を掛けてくれたバカな奴。
 孤児院のピンチを救ってくれたお人よし。
 好きだったよ、イージ。最後にもう一度顔が見たかったな。
 ここにイージがいれば助けてくれたのかな。
 ポロリ…あれ? 涙が出てきた。
 やっぱり死ぬのは嫌だよ! もう一度イージに会いたいよ! イージ、イージ、イージ――――!

「イ――――ジ――――――――‼」

 ボッ!

 目の前のオークの上位種が突然火に包まれた。

 グオォォォォォ!

 苦痛の叫びを上げながら、のたうち回るオークの上位種。

 え?

『何を呆けておる! さっさと止めを刺さぬか』

 え?

『さっさと止めを刺さぬとオークファイターが死んでしまうではないか。#其方__そなた__#、レベルを上げたいのであろう? ならば、さっさと止めを刺して経験値を取ればよかろう』

 クラマの声が頭に直接響いて来る。キョロキョロと周囲を見渡すが、クラマの姿は確認できない。

『早よぅせぬか!』
 私はハッと我に返り、状況を確認する。
 確かにこのまま放っておくと、このオークの上位種、オークファイターは死んでしまいそうだ。もうかなり弱っている。
 
 これなら私にだって倒せそうね。

 私は腰の剣を取り、オークファイターに近寄り何度も剣を突き出す。何度も何度も突き刺す。

『もうよい! もう死んでおるわ。次が来るぞよ』

 あっ! 力が漲る! 今までこんな感覚感じた事ってないよ! どれだけレベルが上がったの?
 レベルが1や2上がった程度の感覚じゃないわね。

 でも、次が来るって……

 ! またオーク! でも、今度はさっきのと少し違うわ。
 今度出て来たオークは、さっきのオークファイターと色が違うし、杖を持っていた。

 ボッ!

 また目の前のオークが炎に包まれた。

『ほれ、オークメイジに止めを刺すのじゃ』

 え? これってクラマがやってくれてるのね。私が止めを刺す事で、私のレベリングをしてくれてるんだわ。
 それならそうと先に説明してよね! 変な事を叫んじゃったじゃない!
 さっき、イージの名前を叫んだ事を思い出し、顔が火照る。頭の中まで熱くなって目の前で燃えているオークメイジなど、どうでもよくなる。

『こりゃ! また呆けておるのか。早よぉせぬか!』

「もう! わかったわよ!」
 キッカはヤケクソになってオークメイジを滅多刺しにする。恥ずかしさを誤魔化すためと、クラマへの怒りを込めて。

『倒した魔物は食うのであろう? そんなに刺しまくって大丈夫なのかのぅ』

 ハッ! 確かに……

 じゃあ、この私の怒りはどこに向ければいいのよ!

「クラマ! 次!」

『ほーほっほっほ、ようやくやる気になったようじゃな。だが、あと一体で交代じゃぞ』
「なんでもいい! 早くして!」
『しばし待て、もう少しで出て来るぞよ」

 クラマの言った通り、初めに出てきたオークファイターが現れた。

 ボッ!

 キッカを見つけ、キッカに向かおうとしたオークファイターが火達磨になる。
 もう三度目だし、事情も分かった。キッカも今度は落ち着いてオークファイターに向き合うと、剣を突き出す。

「クラマのバカー!」

 クラマへの罵声を浴びせながらオークファイターに剣を突き出した。相手はオークファイターだが、そんな事はどうでもいい。クラマの悪口に乗せて突き出された剣でオークファイターは絶命した。

「ふぅ、少しすっきりした」

「おー、よしよし、順調じゃな。では交代じゃ」

 いつの間にか後ろに立っていたクラマに声を掛けられた。

 交代?

 そこには私同様に抱えて連れて来られたケンの姿があった。

「では行くぞえ。今度は#其方__そなた__#が頑張る番じゃぞ」

「え?」

 え?

 クラマの言葉にケンはクラマを、私はケンを見た。
 クラマは素早く私を抱えると、また跳んでヤスの待つ元の場所まで戻ってきた。抵抗する暇も無かった。

「姐さん、一体どこへ行って来たんすか!? クラマさんは何も教えてくれないんすよ」
 戻ってくるとヤスが近寄ってきて尋ねてくる。

 さっきのケンの呆けた顔を思い出し、自分に起きた事を思い出し、そして、これから同じ運命を辿るであろうヤスを想像した。自分は教えてもらえなかったのにヤスだけ先に知るのは面白くない。

「行けば分かるわ」
「え? 姐さーん、それってどういう事っすか? なんで教えてくれないんすか?」

 なんでって、それは……さっき自分に起こった事を振り返った。
 置き去りにされオークファイターが現れた。走馬灯を体験し、イージの名前を大声で叫んでしまった。

 ボッ!
 キッカの顔が一気に真っ赤になる。

「姐さん! 何か酷い事されたんすか? 顔が真っ赤になってるっす」
「う、うるさいわよ! ヤスは黙ってなさい」
「えー、そりゃ無いっすよー」

 絶対言ってやらないから。

 ケンも何も説明を受けてないようだったわね。クラマも説明ぐらいしてくれたっていいのに。

 レベリングをしてくれたのが分かったから、文句は言ってないが、やっぱり文句は言いたい。私はクラマをずっと睨んでるが、クラマはどこ吹く風。私が睨んでても全く意に介してない。
 横では「何があったんすか? 教えてくださいよ!」とヤスがずっと煩く言ってるが無視。

 少し経つと、「次は#其方__そなた__#の番じゃな」と言って担がれて行くヤス。

「姐さ――――ん!」ヤスの悲痛な叫びが遠ざかって行く。

 頑張れヤス、死ぬ事は無い。はずよ、たぶん。
 
 入れ替わりに戻ってきたケン。
 かなり憔悴していた。立つ事もできないようだった。

「#此奴__こやつ__#は運が良かったのぅ。オークキングが来るとは思わなかったのぅ。もう、後は雑魚しかおらぬから、ここは終わりかのぅ」

 オークキング!? そんなの私達にどうしろって言うのよ。そんなのBかAランク冒険者の仕事じゃない。
 でも、さっきみたいに弱らせて止めを私達が止めを刺す。というのをオークキング相手にもクラマはできたって事? クラマってこんなに強かったんだ。
 大きな狐の魔物だったけど、イージの従者になったから、そこまで強い魔物じゃないと思ってたけど、クラマって強かったんだ。

「ケン?」
 疲れきっているケンに声を掛けた。

「はい、ビビリやしたねぇ。でも、オークキングに自分で止めを刺した時には感動しましたよ。いくら弱ってるとはいえ、オークキングですぜ。あっしには一生掛かっても倒せるなんて夢にも思ってやせんでしたよ」
 疲れ切ってはいるが、充実した笑顔でケンが答えてくれた。言葉使いも盗賊時代の物に戻っている。そりゃオークキングを倒したんだものね、興奮もするわよね。

 確かにそうなのよね、私だってオークの上位種に勝てるなんて全く思ってなかった。
 それなのにケンはオークキングですって? ……見たいとも思わないわよ。ケンはよく生きて帰って来れたものね。
 このケンの疲れ方は普通じゃ無いわね。早く帰って休ませてあげなきゃね。私も今日はもう疲れたわ。クラマももう終わりって言ってたし、ヤスが戻って来たらすぐに帰れるように準備しておかないとね。

 数分後、クラマに連れられてヤスが戻って来た。

「姐さーん、こういう事なら言っておいてくださいっすー。漏らしちゃったじゃないっすかー」
 確かにズボンがビチョビチョになってるわね。でも、ヤス。気持ちは分かるわよ。

「#此奴__こやつ__#も運がいいみたいじゃのぅ、オークジェネラルが出おったわ。では#其方__そなた__#、次に行くぞえ」

「「「え?」」」

 私を抱えて再び跳ぶクラマ。

 もう終わりじゃなかったのー?

「次はここじゃ。頑張るのだぞえ」
「も、も、もう終わりじゃ無かったの?」
「さっきの場所はの。次はここじゃ。さっきの所では、もう雑魚しか残っておらんかったのじゃ。それでは効率が悪いからのぅ。次はオーガじゃ頑張るのだぞえ」

 言い終えるとすぐにクラマは飛んで行ってしまった。

 オ、オーガ⁉ そんなの無理無理、私には無理よー!

 出て来たオーガはクラマの解説ではオーガロード。当たりだって。……当たりじゃなーい!

 やる事はさっきと同じ。クラマがどうやってるのかは分からないけど、出て来た魔物を遠くからクラマが弱らせ私が止めを刺す。
 確かに怪我はしてないから安全なんだろうけど、もっとちゃんと説明をしてよ! 普通に怖いんだから。

 この日私達は十往復跳んだ。

 ……もう無理。

しおり