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第二話 ハットリさん、奴隷となる

 コウガ者の罠にはまった。
 ハットリこと私はそれを理解した。

 円柱の茶缶めいた量子コンピューターを中心にまばゆい光がわき上がる。
 まずは円。
 茶缶を中心に一重、それから直径五メートルほどの円、そしてそれより一回り大きな円の三重円が現れる。
 次に円柱からは回転しながら二つの三角が広がりを見せた。そしてそれは芸術的なダンスを踊るように舞い、二つ目の円に端が到達した所で停止した。

 合体した三角はそれぞれが逆を向く六芒星になっていた。

 まるで何かの儀式のようだ。
 冷静な私の一部はそう捉えた。
 しかし同時に解せない。西洋魔術めいたその儀式に何の意味があるのか。
 コウガ者はその疑問を解消するつもりなど一切なく、ただただ情報を叩きつけてくる。愉快犯これに極まれり、と言った調子で次々と図形を完成させていく。

 この間、わずか数秒の事だっただろう。
 私が二度、呼吸を終えた頃には足元に立派な魔法陣が敷かれていた。

 最初の三重円に、六芒星。
 複雑な紋様と見たことのない文字。これからソロモンの悪魔でも呼び出すのかと有りもしない空想を思い、そんなバカなとこの非現実的な光景を否定する。
 しかし……

『ヨビダサレル ノハ アナタ ダ』

「なんだと!?」

 最後に表示された端末の文字を、目を見開き眺めた私は、次の瞬間にはどこか遠くへと飛んでいた。

『デンセツ ノ ニンジャ ヨ。セカイ ヲ スクエ』

 コウガ者からの最後のメッセージは、私に届く事はなかった。




 ――それから。

 荒野へと突如放り出された私は当てもなくさまよい、十三日目に倒れた。
 食料も、水もなくよくそれだけ持ったと自分を褒めたい。
 そんな私は、今はなんとドレイとなっている。

 まるで意味が分からない。
 目覚めたらドレイ商人が私を売却していた。
 厳しい目を向けてくる婦人がゴツい筋肉の塊めいた男二人に指示を出し、私をどこかへと運び込む。
 婦人は言った。

「あなたは我が主が買い取ったドレイです。それは我が主の財産とも言えます。死ぬことは、許しません」

 目つきの印象に反して、とても心優しい婦人だった。
 後に知ったが、彼女はメイド長と呼ばれる存在で、文武両道のすごい人だ。
 そんな人がテキパキと俺の看病をする者を割り振っていた。

 私の思っていたドレイの扱いとは違う。
 そして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる屋敷の人間にほだされて、私は眠りについた。

 数日たち、私は体調を取り戻した。
 世話を焼いてくれた人たちに礼をいい、そして私を拾ってくれた主にも是非礼が言いたいと思った。主とやらが気紛れに俺を買わなければ、私はあのまま死んでいただろう、そう聞かされたからだ。

 ここがどこか分からない。
 しかし、人がいて、言葉が通じて、気持ちもわかり合えるのなら、どこでだってかまわない。
 荒野での限界行動が私の心を寛容にした。

 私はひとまず着替えた。
 服は麻で出来ているのだろう。ゴワゴワとして着心地は最悪といった部類だ。しかしそれでも荒野を彷徨っていた時分を思えば快適と言ってもいい。
 それに、仕立て方がいいのか、窮屈さを一切感じなかった。肌触りは最悪だが、それにさえ目をつぶればかなり上質に思える。とてもではないが、ドレイの服とは思えない。

 他の者はと見れば、誰もが似たような服装をしている。
 一部、メイドと呼ばれる戦闘集団は黒のワンピースに可愛らしいフリルの付いたエプロンを付けている。それ以外の者は、概ね私と似たようなものだ。

 メイドは戦闘集団。
 それはここでは一般常識らしい。
 信じがたい事に、メイドと言う職業は戦闘職も兼ねた万能職だと言う。

「遥か昔、ある貴族様が自分の護衛は美しくあるべきだと主張したのが始まりだよ」

 私を世話してくれたうちの一人、可愛らしい少女がそう教えてくれた。
 少女は年の頃、八歳くらいだろうか。
 クリクリの愛らしい青い瞳に、金色の髪。
 整った顔立ちは将来美人になるだろう。そんな少女だった。
 その少女が教えてくれる事実に、私は頭を巡らせる。

 確かに忍者の中にも女性はいたし、女性が戦えないなんて先入観は一切持っていない。ともすれば男性以上に強く、しなやかな女性もいるほどだ。それはいい。
 しかし綺麗に着飾ったメイドの彼女らは、とても戦いやすい恰好とは言えない。そんなもので大丈夫なのかと思うのは当然だろう。とは言え、当人たちにそれを問うほど私は野暮ではない。いずれ、私の疑問を解決するような状況もあるだろうからと、疑問にフタをした。


 歩けるようになった私はメイド長に連れられて、私を買い取ってくれた主と対面した。
 青い瞳に金髪を持つ、優し気な男性だった。

 私はこの男性を気に入った。
 職業柄、悪い事を考える者を見る目だけは肥えた私だから、この男性がいかに善人かを一発で見抜いたのだ。

 忍者は、誰かに仕えてこそ。

 その信念に基づき、私はこの男性を心の底から主と仰ぐこととなった。

 それからの日々は、ドレイと言うよりも使用人と言う扱いだった。
 毎日三食の食事が出て、毎日適度に仕事がある。そして不思議な事に、休日も存在した。

「好きな事をするといい」

 驚くべきことに、我が主は人権を重んじる方だった。
 ドレイだった私が逆に気を使うほどだったが、普段温厚な主がこんな時だけ命令をするのは卑怯だった。認めた主に反抗したのは初めてだったが、結局は主の優しさと強さに負けた。清々しい程の完敗に胸が熱くなる。


 自由時間。
 何をするかと言えば、やはり情報収集だった。
 長年の癖が抜けていない。知らなければ落ち着かない。だから知る。単純明快な忍者心理だった。
 まずは許可を得て屋敷の書庫に出入りさせてもらった。次に街へ出て住人から情報を得た。
 出てくる内容の大半は領主がいい人だと言う話であったが、気になる話もいくつか聞いた。

 気になる話だが、あまりに多いので、一つずつ解決していこうと思っている。

 まず最も気になったのは、魔法や職能についてだった。

「魔法……魔法……」

 魔法陣に巻き込まれ、私はどうやら魔法のある世界へと飛ばされてしまったようだった。
 とてもファンタジーな話であるが、私の命を繋いだのも魔法だったと聞く。これは否定できない。
 また、私を癒したのは青目金髪の少女、我が主の娘さんだったとも聞く。これはもう、本当に否定できない。
 しかし私は腐っても現代忍者である。現代日本を生き、科学溢れるあの世界で忍者をしていたのだ。プライドがある。ファンタジーに対する忌諱感がある。

 しかし、しかしである。

 敬愛する我が主が大魔法使いであること。
 私の命を繋いでくれたのが、ドレイにすら慈悲を与える我が主の娘だったこと。
 この二つは、私のプライドよりも重かった。

 結果、現代忍者は常識を捨て去るハメとなった。

 科学の申し子たる現代忍者はこうして、異世界忍者へとジョブチェンジを果たした。

 異世界忍者たる自分は何が出来るようになるべきなのか。
 現代日本では工学的もしくは情報学的な知識でもって忍者をしていた。

 ファンタジーならばどうか。
 魔法や職能だ。
 そしてまずは、これを理解することから始めなければならない。


 屋敷での仕事の日々の合間に、己について学び直す。現代忍者としての知識は脇に置き、魔法や職能について熱心に勉強した。

 魔法については、万人が扱えるわけではなく、私もまた、扱えない方の人間だった。
 これは仕方がないだろう。

 しかしそうなると、私は職能を極めて異世界忍者とならなければならない。
 私の焦りはかなりのものだった。
 何故ならば……

「なんだ、これは……」

 職能について理解した時、私は失望した。

「いつも通りじゃないか……」

 そう、職能とは知識と経験に基づく能力であり、その知識と経験は現代忍者をしていた頃に既に備わっていたものだった。
 派手に異世界忍者をしたかった私にとっては、この今まで通りの地味さが少し堪えた。



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