第14話 領主の屋敷
領主の屋敷は町の中央にあった。
屋敷というか、城だね。こんなの知らない方がおかしかったね。
だって、町の中って知ってる所は冒険者ギルドと宿と孤児院ぐらいだったもんね。
アイファ情報でも、領主の人柄が急に変わったって言ってたな。
やっぱり何かあるんだろうな。
その情報が探れて、孤児院の人達に町の人が物を売ってくれるようになる事が今回の目標だな。
今まではお金が無いから物が買えなかったんだろうけど、今はキッカから貰ったお金があるのに、町の人が物を売ってくれないって、しかも領主が急に変貌してからだというから、原因は領主にあると思って間違いないと思うんだよね。
日も暮れかけて来たので、領主の城の傍まで来てみた。
行き来する人も疎らで、人通りは少ない。
城に近付くにしたがって建ち並ぶ家が大きくなって来たけど、城のすぐ傍には公共の建物が建っているようで、人が住む家は無さそうだ。
役所や図書館、軍隊の本部など、この領地の公共施設が建ち並んだ中心に城が建っていた。
これだけの施設があるのに何でこんなに人通りが少ないんだろうね。早く閉まるのかな?
領主の城は外堀があり、城には橋が架かっている。
いくつ橋があるのかは知らないけど、見えるのは一つだけ。
橋の向こうに小屋があるね、検問でもしてるのかもな。
衛星に姿を消してもらい、橋を渡る。
ありゃ、門が閉まってるね。ここも衛星の出番かな。
衛星に大門の脇にある、小さな扉の方を開けてもらい、城に潜入した。
いや~、ビビってますよ。でもね、見えないって分かってるから、まだいつもよりはマシなんだよ。さっき扉から入った時も、立番がいたけど気づかれなかったからね。
扉が開いたのを不思議がってすぐに閉められたけど、俺は気づかれずに潜入に成功したからね。
で? どこに行けばいいんだろうね。広すぎて何処に行けばいいのか分かんないんだけど。
ここもやっぱり衛星の出番?
「衛星、領主のいる所って分かる? 分かるんだったら連れてってくれる?」
『Sir, yes, sir』
さすがっす。分かるんだね。
衛星の一つが俺の前を行き、先導してくれる。
俺はただ付いていくだけ。
でも、おかしいね。衛星に付いてきたら地下に来ちゃったんだけど。
こんな所に領主がいるの? なんか怪しくない?
衛星に導かれるままに付いてきたら地下牢の前に来てしまった。
なんで?
地下牢には、汚ならしい老人が入っていた。
衛星が地下牢の鍵を開けた。
なんで開けちゃうかな。
「誰だ!」
誰だと言われても答えませんよ。俺は只今潜入中です。
声は聞こえるんだから、答える訳ないじゃん。
「なんだ、誰もいないではないか。気のせいだったか」
ギィ~
衛星が、鍵を開けた牢の扉を開いて行く。
何してんの衛星。こんな汚いジジィを解放しようとしてるの? 俺はそんな事頼んでないよ?
「むっ、扉が開いているではないか、これは外へ出るチャンスか。しかし、奴の罠かもしれぬ。…いや、罠でも構わぬ、こんな事は今まで一度も無かったではないか。なんとしてでも外へ出て、この現状を誰かに知らせねば」
そう言って汚い爺さんは牢から出て来た。
なんだろう、汚い割りに偉そうに話す爺さんだね。何か知ってるのかも。
でも、話を聞く勇気は無いね。俺が消えてるってアドバンテージが無くなっちゃうじゃん。
やっぱりここには何かありそうだし、この爺さんは何か関わりがありそうだね。後を付いて行ってみるか。衛星が連れて来てくれた所にいたんだし、領主に関係ある人じゃないのかな。
爺さんの後を付いて行くと、この爺さんは城の通路を迷う事無く進んで行く。
どこへ向かってるのかは分からないけど、目的の場所に向かってるようだ。
時折、曲がり角では隠れるようにして通路に誰もいない事を確認しながら進んで行く爺さん。
そして辿り着いたのは、居館の最上階の部屋だった。
この城は一つの塔と二つの居館あった。
塔は十五メートルぐらいだと思うけど、それより少し低い居館と、平屋の居館があることは、入る前に城の外から確認している。
地下へと繋がっているのは塔だけ。
もう辺りも暗くなっていたので、爺さんは小走り程度の速さだけど、実を潜めながら中庭を突っ切り居館に入ると迷わず最上階まで辿り着いた。
やっぱりこの爺さんは、この城の関係者だね。少し寄り道をしたみたいだけど、迷わずここまで来たってのもあるし、人と鉢合わせになりそうになっても、通路の死角になる所をよく知っていて、誰にも会わずにここまで来れたからね。
ボロボロの割には、やり手の爺さんだな。
最上階にある一部屋の前でドアに耳をすます爺さん。
俺も聞きたいな。
あ! 壁にコップって古典的な方法があるじゃん! コップは持ってるし試してみよ。
今ここは静かだから小さな声でも出したくない。
衛星に頼むのは辞めて、収納からコップを出し、壁に当ててみる。
お? 以外に聞こえるもんだね。たぶん、壁がそんなに厚くないのかもね。
小さな声だと聞こえそうにないけど、今は怒鳴り合ってるのか、大きな声を出してるみたいだ。
中の声がよく聞こえてくる。
『いい加減に私の言う事を聞くんだ!』
『イヤです! 私はお父様のご命令通り、戦場のお兄様の所まで行って参りました。その時にお約束してくださったではありませんか』
『はて、何の話だったかな?』
『この婚約は無かった事にしてくださると』
『だからそれはさっきから言っているではないか。この者と結婚をすれば、この領地が平和になると』
『そんなの絶対嘘です!』
どうやら父親と娘の喧嘩みたいだね。ここが最上階である事を考えると、領主とその娘かもしれないな。
でも、この娘の声って聞いた事があるような……
『それ以上お嬢様に近寄るな!』
あ、この声はあの女剣士の声だよ。名前は……忘れた。
でも、女剣士がいるって事は、娘の方は一緒にいたお嬢様か?
『なんでそんなにこの僕が邪険にされるんだい? 僕はアイリスをこんなに愛してるっていうのに。さ、ケニー。剣を下してそこをどいてくれないか? ほら、僕は武器なんか持って無いだろ?』
あ、ケニーだよ。女剣士の名前はケニーだったね。アイリスって名前は初めて聞いたから、あのお嬢様の名前がアイリスなのかな。
『うるさい! それ以上一歩でも近づくと容赦はしない!』
『また無駄なことを。僕に剣なんか通用しないよ』
ガキーン! カラン
『ほらね? 無駄だっただろ?』
『ぬぬぬ、き、貴様! 今何をした!』
今、剣を弾かれたのかな?
『言ったらそこをどいてくれるのかい?』
『ふざけるな! お嬢様には指一本触れさせぬ!』
『じゃあ、仕方ないね。ねぇ、え~と、今は領主様だっけ。もういいだろ? もう僕が頂いちゃってもいいよね?』
『そうだな、その剣士の方はいいだろう。娘の方はまだやってもらわねばならん事があるから手出ししてはならんぞ』
『わかってるよ、そっちのネコの方は?』
『好きにせい』
『さすがは領主様だね、太っ腹だよ』
『ふっ、心にも無い事を』
『本当だよ? 僕も信用がないな。じゃあ、先に剣士の方を頂いちゃうとするかな』
バターン!!
ん? ドアを開ける音がしたね。って、おーい!! 爺さん! なにドアを開けてるんだよ!
今の話の流れだと、非常に危険な状態だと思うぞ。
さっき、剣は隠し場所から取ってたみたいだけど、女剣士でも負けたみたいなんだぞ? 爺さんが行ってどうなるんだよ。
俺もすぐ様爺さんの後を追って部屋の中に入った。
部屋の中には盗賊に襲われて町まで一緒にやって来た三人、女剣士とネコ耳お姉さんとその二人に守られていた少女がいた。
その三人に向き合って二人の男が立っている。
そのうちの一人は、今部屋に押し入った爺さんを#小奇麗__こぎれい__#にした感じで、結構似ている。うん、似てるね。服が全然違うし、向こうの男は綺麗にしてるから分かり辛いけど、この二人って凄く似てると思うよ。
「……お父様?」
少女がボロボロの汚い爺さんに声を掛けた。
「アイリス! よくぞ無事でいてくれた。もう大丈夫だ、こんな偽者は儂が成敗してくれるわ!」
ボロボロの爺さんが少女の無事を確認すると、血気盛んに成敗すると叫んだ。
やっぱり少女の名前はアイリスだったんだ。で、お父様? このボロボロの爺さんが?
さっきの盗み聞きだと、『今は領主様』って呼ばれてたのが、少女の父親とそっくりで、ボロボロの爺さんが『今の領主様』を偽者呼ばわりして。
その偽者達が三人の女性を襲ってるって事でいいかな。
纏めてみたけど全く分からん。
これは本人達から聞くしかないか。
「これはこれは前領主様。どうやって抜け出せたのですかな? かなり高度な術式で結界を施していたはずですが」
え? そうだったの? 俺には何も感じなかったけど。
俺は衛星に誘導されるまま行っただけだよ。
しかも前領主って……兄弟? だったら似てるのも分かるね。
「煩い! そのような事はどうでもいい。神が授けてくださったこの千載一遇のチャンス! 偽者め! 覚悟しろ!」
「あなたも懲りない方ですねぇ。どう足掻いても私には勝てぬ事がまだ分からぬようですね。今度は逆らう気が起きぬほど痛めつけてやる事にしましょう」
「ぐっ、今回は違うぞ! この剣を見よ! 当家に代々伝わる封魔の剣【ファルシロン】の威力を見せてやる!」
おお! 格好いい! 封魔の剣! でも、なんか名前が残念だ。惜しい感じが非常に残念だ。
「ふん。たとえ封魔の剣といえども使い手の腕が未熟であれば何の脅威ともならんわ。ハッ!」
パッキーン! カランカラン
偽者と呼ばれた男が放った手刀で封魔の剣が真っ二つに折れた。
「な、な、なぜだ…封魔の剣なのに…」
「ただ持ってるだけで扱い方も知らぬ素人が持てば、当然の結果だな。自分の未熟さを恨むがよい」
「そ、そんな……」
膝から崩れ落ちるボロボロ爺さん。
これはヤバいね。このままじゃボロボロ爺さんがやられちゃうぞ。
でも、どっちの味方をするのが正しいんだ? 女剣士やネコ耳お姉さんには、この前追いかけられた所だし、こっちの偽者と呼ばれた男達は、このボロボロ爺さんを閉じ込めてたんだろ? なんか悪党っぽいよな。
この際だ、全員縛り上げて尋問しようか。このままじゃ死人が出そうだしな。
なんでビビリの俺が、こんなに余裕があるかって? そりゃ誰も俺に気づいて無いからだと思うね。消えてるって思うと、結構大胆になれるんだよ。
どうせ、全員寝てもらうんだし、声が聞こえてもいいか。でも、意味を知られると困るので日本語でね。
《衛星、この部屋にいる人を全員眠らせて》
『Sir, yes, sir』
全員眠ったね。簡単簡単。
次は。
「次は、全員身動きできないように縛り上げて」
『Sir, yes, sir』
ここにいる全員、女剣士も少女もネコ耳もボロボロ爺さんに偽者もその連れの男も黒装束の男も赤装束の女も全員縛り上げた。
ん? 増えた?
何この黒と赤の忍者風の装束を着た二人は。どこから出てきたの?
尋問すれば分かるか。
「まずは、俺を見えるように元通りにしてもらって、全員を起こしてくれる?」
『Sir, yes, sir』
全員が目を覚ますと、一人ずつ口を自由にしてもらって質問をしてみた。
すぐに女性陣には俺だと気づかれ「エイージ」って呼ばれたけど、敵なのか味方なのか分からないし、今は無視でいいでしょ。
拘束を解いて、また捕まりそうになるのも嫌だから他の連中と同じく拘束したままでいてもらった。
ボロボロ爺さんとアイリスは親子で、この領地の領主親子であるという事と、女剣士とネコ耳お姉さんはアイリスの従者だという事が分かった。
これについては偽者と呼ばれた男も含め、全員が同じ事を言ったから間違いないだろう。
次に本物と偽者の話だけど、兄弟ではなかったみたい。
意外な事に偽者の方がすぐに吐いた。「こんな拘束など魔族の私には無意味だ。すぐに解いてやるわ!」と言って頑張ったが解けなかったのだ。
という事で一緒にいた男も魔族決定。
魔族なんだって。魔族って何? もしかして魔王とかいるの? それなら勇者もいるのかな。
一緒にいた魔族の男も口から何か吐こうとして、衛星からアッパーカットを喰らい、吐こうとしていたものが口の中で爆発して自爆。今は大人しく眠っている。死んではいないと思う。
次に、装束の二人組み。
これについては誰も知らなかった。本人達は初めに領主親子の事を話してから黙秘を続けている。
さて、どうしよう。
領主が本物だと分かったという事は、もう拘束を解いて後の事を任せた方がいいのかな?
俺の目的は孤児院の人達がこの町で普通に暮らせればいいんだけど、まずは物を売ってくれれば最低ラインのクリアでいいと思うんだ。
そのあたりの約束だけでもしてくれないか聞いてみよう。
「領主さんでいいんですよね?」
ボロボロ爺さんに声を掛けた。
「そうだ、儂が本物の領主だ。この度の事は礼のしようもない。助かった、感謝する」
領主さんがお礼を言ってくれた。
これでお願いもしやすくなったかな。
「それは、さっきの話で分かりました。それで領主さんにお願いなんですが、孤児院の人達が町の人に物を売ってもらえなくて困ってるんです。それを何とかしてあげられないですか? もうお金は持ってるみたいだから、普通に売ってもらうだけでいいんですけど」
「なに!? 町の者が孤児院に物を売らなくなっているだと! わかった、その件は早急に対処しよう」
「それとね、なんでか知らないんだけど、俺がこの人達に追いかけられてるんです。助けた事はあったけど、追いかけられるような事はしてないはずなんだけど。もう追いかけないように言っててくれないですか?」
「わかった。お前は儂らの恩人だ、もう追いかけないように言って聞かせよう。だが、儂も礼をしたい。日を改めてまた来てくれないか」
え――、それはちょっと嫌かも。
「別に礼とかいらないです。お願いを聞いてもらえるだけでいいです。それじゃ」
「お、おい! 拘束は解いていってくれないのか!」
「あ、俺が出て行ってから後で解きますから安心してください」
そう言って部屋から出ると、すぐに衛星にお願いした。
《衛星、また俺の姿を消して、さっきの部屋の領主さんと娘のアイリスさんと、女剣士とネコ耳お姉さんの拘束を解いてあげてくれる?》
『Sir, yes, sir』
《あと、帰りの道案内も頼むよ。今日はもう遅いから、孤児院でいいかな》
『Sir, yes, sir.』
これで解決でいいのかな?
領主さんと約束できたし、少し様子を見てみようか。