28、終わった、のか……?
馬車の前に飛び出した女性が見るもおぞましい化け物へと変容するのと同時に、道の両脇で見守っていた人々の中からも爆音や血飛沫が飛び交う。
阿鼻叫喚の地獄とはまさにこの事か。逃げ惑う貴族、それを庇い果てる護衛の者達。不幸中の幸いは、ここが貴族街で観衆がまだ少ないということ。……だと思ったのだが、貴族街と平民街を隔てる柵が飴細工のように折れ千切れ飛んでくる。その先にもまた、異形。
「死ネ!」
「お前が死ね」
四方八方から襲い掛かってきたモンスター化した人々に、俺が飛び出すより早く勇者達が攻撃する。
レーザービームのようなものが女性だったものを切り裂き。巨大な岩が男性だっただろうものを圧し潰し。無数の剣が原型も分からぬほどに突き立つ。後方にいた避難中の貴族ごと。
『おい、やめろ! 民衆を巻き込むな!』
「……」
チッ、無視かよ!
無表情なままオーバーキル気味に迎撃する勇者たち。制止する俺に一瞥をくれただけで再び過剰防衛とも言える攻撃を、作業のように淡々と繰り返している。
本当におかしい。これはやっぱり洗脳系の何かをされているので決まりだろう。
「加減してください! 守るべき人まで攻撃するなんて、勇者のする行動ではありませんわ!」
『ルシア、浄化の魔法を』
半泣きで勇者を説得しようとするルシアちゃんに辺り一帯に魔法をかけさせる。
以前モンスター化した人を正常に戻せないか試してみたいとルシアちゃんが言っていただけあって、すぐに勇者の攻撃を受けていないモンスター化した人に両手を向けて詠唱を始める。
『ルシア、違う。対象は彼らだけではなくこの辺り一体だ。呪いを解きこの辺り一辺の混乱も沈静化するようイメージしてくれ』
魔法の効果がどの程度かはわからないが、勇者にかけられた術も解けるかもしれないし、逃げ惑う貴族達のパニックも治れば儲けものだ。
ルシアちゃんは頷くと詠唱を更に続ける。対象が増えたからか、詠唱が終わらない。イメージが固まるまで女神に祈っているのだ。そんなルシアちゃんに容赦なく襲い掛かる人型モンスター。
『くそっ、予想していたより多いな』
異常なほどモンスターに対して好戦的な勇者が11人もいてなお、その包囲網をかいくぐりルシアちゃんに攻撃が届きそうな奴がいる。
そして、俺が背後から来た敵に気を取られた瞬間、ルシアちゃんの正面側から巨大な爪が振り下ろされるのが視界の端に映った。
間に合わない――!
「危ないっ!」
聞き慣れた声と同時にぐしゃ、と何かが潰れる音が聞こえた。
「――呪いに憑かれし人々をお救いください」
その直後ルシアちゃんの詠唱が終わり、眩しい光が辺りを包み込む。短い悲鳴があちこちから聞こえる。
視界を奪った光が収束すると、勇者はどこかぼんやりとした表情で立ち尽くしていて、モンスター化した人はその異形の姿のまま倒れていた。
『――≪リージェ≫が経験値37500を獲得しました――』
『終わった、のか……?』
確かミドウとか名乗っていた男子の顔の前でヒラヒラと腕を振ってみるが何の反応も見せない。引き合わされた時よりも反応悪くなってないかこれ?
そして、倒れた異形の姿の人々は土塊のように崩れてしまった。
「そんな……」
『悲観している場合ではないぞ。例の装身具を誰かが拾い二次被害が出る前に回収するのだ』
「は、はい!」
幸いというかなんというか、視界に入る範囲の人々は避難したようで、残ったのは巻き込まれた貴族の遺体と黒い宝玉のついた様々な形のアクセサリーばかりである。
死んだ貴族はこの国の人間が処理するだろう。追撃が来ないうちにさっさと出国させてもらおう。
ルシアちゃんやアルベルト達がアクセサリーを回収する間に、すっかり人形のようになってしまった勇者たちをドナート達に手伝ってもらい馬車に元通りに座らせる。
『で? お前は何をしているんだ?』
「酷くね?! ルシアちゃんの危機を救ったのは俺だぞ!?」
ルシアちゃんが詠唱を終える前に聞こえたぐしゃという音の正体、半身が潰れ千切れた状態で地面に転がっている1号に声をかける。
因みに何をしているという言葉には馬車にいるはずじゃなかったのか、という非難も若干込めている。
「取り敢えず、誰かが戻ってくる前に隠れましょうか」
「ギャッ」
潰れていない方が千切れた部分を補うようにムクムクと膨らみ元の姿に戻る。相変わらずでたらめな生き物だな、こいつ。
モンスターと思われても仕方のない謎きのこな1号を、人目に触れる前にとズボンのポケットに詰め込むエミーリオ。かなり雑に突っ込んだみたいで、ちょっとアカン部分が盛り上がって見える。
ルシアちゃんが顔を赤らめて視線を逸らしていた。俺も何となく見てはいけないものを見てしまった気分で直視できない。
いやぁぁああああ、とか、何か臭うぅぅぅとか悲痛な叫びが聞こえていたが、エミーリオが馬に跨る際に潰されたのか静かになった。ぐぇっとたまに聞こえる。合掌。
ロリコン王への報告は、生き残った兵士に押し付けた。襲撃を予測してここに配置されていたオーリエンの騎士だそうだ。
一度王城に戻り報告と混乱の鎮静化を、とごねられたけど「出発が遅れれば再び襲撃される可能性が出てくる。国外ならば襲われても被害は俺達だけで済むが、国内だと被害は膨れ上がるだろう」と頼み込んだら引き受けてくれたんだ。いやぁ、良い人だよね。青い顔していただろとか脅迫だとか聞こえないそんなの。