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予言された崩壊 -2

 キノは言葉を失った。周りの全てが活動を停止してしまったかのような静寂が、二人を包む。キノの目にはコウが映っている。その()が、これは真実であると告げている。

「2009年末から2019年末の間、それがリシールたちの一致した予言です」

 コウの静かな声が、キノの頭に響く。

「外れることも…あるんでしょ?」

「…もちろん、その予言を回避する行動を起こしそれがうまく行けば、外れたことになるのかもしれませんが…何もせずに時を待てば、予言通りの未来が訪れるでしょう。確実な未来を知るためではなく、道を選ぶための指針としてなされる。リシールの予言とはそういうものなのです」

 キノは無言でコウを見つめ続ける。

「予言される世界の崩壊を、護りの力なしに阻止する方法があるのかどうか、私にはわかりません。恐らくほかに手段がないからこそ、護りを必要としているのだと思います。けれども、予言の時が目前に迫った今、護りはラシャに戻ります。そのための希由香の発動、そして、あなたの存在だと。護りが、崩壊を防ぐでしょう」

「…私にかかってるの? もし、見つけられなかったら? もし、私が…私のせいで…」

「キノさん」

 コウの手が、テーブルの上できつく握り締められているキノの手に触れた。

「大丈夫です。私がいます」

 キノの拳がその力を緩める。

「あなたに聞かれなければ、世界の崩壊について話すつもりはありませんでした。知らせずに済むのなら、よけいなプレシャーを与えることもないと。しかし、納得がいかなければ応じないというあなたの意見はもっともです」

 キノはぼんやりとコウの手を見ている。希由香に触れる浩司の手。違うのは、その中指に、ガラスのように透き通った薄紅(うすべに)の指輪をはめていることだけだった。

「あなたが、自らの意思で護りを見つけたいと思うことが重要なのです。その結果は運命の領域です。あなたが責任を感じる必要はありません」

「でも…」

 繊細な浩司の指から、キノはゆっくりと視線を()がす。

「使命と言いましたが、あなたには選ぶことが出来ます。誰の命令でもありません。拒否するのは自由です」

 キノの目が、コウの()()まる。

「私が…拒否なんかしないって、知ってるんでしょ?」

「願ってはいます」

「私は今まで、何も知らずに生きて来たの。湶樹ちゃんみたいな人たちがいることも、世界がほかにあることも、ラシャの存在も。この世界のほとんどの人と同じ。それが突然、重大な使命なんて、負えると思う? もし本当に私に力があるんなら、出来るかぎりのことをしたいとは思うよ。でも、プレッシャーに耐えられる自信はないの。もしダメだったらと思うと、怖くて仕方ない…」

 キノは両手で額を覆い、目を閉じる。

「コウたちが思ってるより…弱くて意気地なしの、普通の人間なんだよ、私…」

 椅子が床を()る音が聞こえた。キノの(かたわ)らに、コウが立っている。

「キノさん。運命があなたを選んだのは、間違いではありません。あなたは、賢く、思慮深(しりょぶか)い。心は繊細で、思いやる深さもある。そして、強い。運命の言いなりにはならず、受け入れ、自ら選び取ることの出来る強さ。それは私の憧れるものです」

 コウの手が、キノの髪をそっと撫でる。眠れぬ夜の闇に(おび)える幼子を(なだ)めるように、優しく、ゆっくりと動く指。
 キノの心が安らいで行く。

「リシールからラシャやほかの世界の話を聞かされた時、あなたはその存在を一瞬でも疑いましたか?」

 キノが首を振る。

「私の話した護りや希由香については?」

 顔を上げたキノは視線をコウに定め、再び首を横に振った。

何故(なぜ)、真実と?」

「それは…信じようが信じまいが、本当のことだって、直感で思ったの。私が知らなかっただけで、事実だって」

「自分の認識の(わく)を遥かに超える事柄を瞬時に受け入れ、その思考を開始出来る人間が、どれだけ存在すると思いますか? それもあなたの力、強さなのです。私たちを信じることの出来たあなたです。自分の力を信じてください」

 二人はしばらく無言で見つめ合っていた。深呼吸をし、キノが微笑む。

「ありがとう。もう…大丈夫よ」

 コウは、一瞬見開いた目を()せる。

「理不尽なことを強いていると責められても仕方のない私が礼を受けるなど、思ってもみませんでした」

「…あの夢を見る意味を、ずっと考えてた。私のどこかが、何かを感じてた。逃げるのは嫌いなの。やってダメなら、それも必然だと思うことにする」

 視線を上げたコウの目に、キノの笑顔が力強く映る。うなずいたコウが椅子に戻ると、キノはノートを広げた。

「6日間ここにいるって言ったよね。その間に思い出さなきゃいけないってこと? 予言にある崩壊は、もっと先でしょう?」

「まず、護りについてもう少し説明します。その力の大きさは量り得ませんが、効力の及ぶ時間には限りがあるのです。祈りの内容にかかわらず、999日間です」

「どういうこと?」

「つまり、発動から999日間、その効力が続くのです。わかり(やす)く例えるなら、雨を降らせることを祈ると999日間降り続き、晴天を祈ると、発動の間、雨は降りません」

「それじゃ困るじゃない」

「もちろん、そのような祈りを発動させることはないでしょう。祈りの内容は慎重に吟味され行われなければ、護りの力は非常に危険なものに成り得ます。また、時間を要さずになされる祈りであっても、その発動期間は変わりません」

「続くのとは違うの?」

「違います。例えば、誰かの怪我(けが)を治すことを祈ると、一瞬で完治してしまうでしょう。しかし、999日の間に再び怪我(けが)をしても、それがまたすぐに治るわけではないのです。あくまでも、治癒(ちゆ)を祈った怪我(けが)のみに有効なのです。そして、発動した内容が完了したとしても、時が経つまで護りはほかの祈りを受けつけません」

「999日経たなきゃ使えないの?」

「そうです。1000日目の24時間の間のみ、新たな発動が可能です」

「その1日の間に、何もしなかったら?」

「護りはその姿を現したまま、次の時を待ちます。ただし、それは前の祈りが完了するものであった場合です。もし持続性のあるものであって新たな発動がなされなければ、自動的に継続されます。その祈りが無意味にならないかぎり続くのです」

「その間は見えないの?」

「発動者以外には」

 キノがペンでノートを叩く。

「とにかく、前の祈りが何であっても、1000日に一度しか発動は出来ないってことでしょう?」

「そうです」

「希由香はその24時間の間に発動したんだよね。そうとは知らずに」

「ラシャを離れた時から、47サイクル後の発動可能期間でした。そして、希由香の発動は2004年10月10日までです」

「9日後?」

「はい」

「それまでに、護りのある場所がわかればいいのね?」

「そうです。10日の午前6時14分から翌日11日の同時刻まで、護りは可視(かし)状態、発動可能となります」

「もし、過ぎちゃったら?」

「希由香の祈りが何であったかによるでしょう。持続性のものであればその姿を消して発動が続き、完了していれば可視状態のままです。どちらにしろ、更に999日を経なければ発動は不可能となりますが」

 ノートにペンを走らせながら、キノは日にちを計算する。

「次の1000日目が、2007年の7月6日。その次が、2010年4月1日。これじゃギリギリかもしれないけど、今回と次なら充分間に合うんでしょう? 発動のチャンスは2回あるよ。それに、私に護りが見えるんだったら、発動が続いても探せるし」

 キノが少し安心した表情で顔を上げる。コウがほんの少し表してしまった動揺を、キノは見逃さなかった。

「何…? 何かあるのね?」

「多分…次はありません」

「え?」

「世界の崩壊を防ぐための発動そのものは、次でも充分間に合うでしょう。しかし、護りの発見は、出来るだけ早いうちにと言われています。それは…」

 コウが言い(よど)む。

「それは? 何なの?」

「あなたが思い出さねばならないのは、希由香の記憶です」

「わかってる」

「希由香の記憶に同調して、初めて得られるものなのです」

 話の意図がわからず、キノは眉を寄せる。

「希由香がいなければ、あなたが同調する記憶もありません」

「だから何を…」

 キノが息を飲む。

「時間がないのです」

「それは、希由香が…いなくなるかもしれないってこと?」

「いいえ。特に命の危険はないでしょう。けれども、護りに関する記憶が損なわれてしまう可能性が高いのです。希由香がなくした記憶を、あなたが思い出すことは出来ません」

「…いったい何があったの?」

「わかりません。あまり時間がないとしか」

 キノは目を閉じた。様々な思いが、頭の中をぐるぐると回り続ける。

 人ならぬ者の()べる空間ラシャ。予言された世界の崩壊。人智を超すエネルギー体から()る力の護り。発動された護りの現在の棲息地(せいそくち)、希由香が愛した男の住まう、もうひとつの世界ヴァイ。そして、彼女と同じ魂を持ちここにある(おのれ)の使命。

 希由香…今、何を思ってる? たとえ意識がなくても、そして、今でも、まだ浩司を思ってる? それとも…。

 キノの目がパッと開かれる。

「浩司は?」

「彼が何か?」

「浩司は知ってるの? 希由香が意識をなくしてること、ラシャのこと、こっちの世界のこと、護りのこと…。それとも、何も知らずにむこうで普通に生きてるの?」

 キノの剣幕(けんまく)に多少とまどいながらも、コウは落ち着いた口調で答える。

「全て知っています」

「知ってる? どうやって…?」

 キノは驚きを隠せない。その()を真直ぐに見据え、コウが続ける。

「彼が知るに至った過程はわかりませんが、ラシャへの協力に同意し、護りの発見を願っています」

「浩司が…」

 ほんの一瞬、キノの()が遠くを見つめた。

「始めていいよ。思い出させて」

 キノの強い眼差(まなざ)しがコウを射抜く。

「わかりました」

 コウはキノの()に視線を合わせたまま立ち上がり、静かに歩み寄る。それを待つキノの(まぶた)が、ゆっくりと閉じられていった。

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