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第二十四話 雷撃戦

「お兄ちゃん!」

 ドアを勢い良く開け、パジャマ姿の結花が祥吾の部屋へ入ってきた。祥吾もちょうど里香との会話が終わったところで、その内容に驚きの表情を隠せないでいた。

「今お袋から……そっちは親父?」

「うん。そう! お兄ちゃんに天文台に連れてきて貰えって!」

「大体のとこは聞いたんだけどさ、一体……っっ!?」

 祥吾の息せき切った質問は、薄暗い部屋に唐突に差し込まれた閃光に阻まれた。2人が同時にカーテンで遮られている窓の方を振り向いた瞬間、打ち上げ花火に似た短い重低音が響き、窓ガラスを震わせる。

 祥吾がカーテンを思い切り引くと、この時間なら暗くて見えない天塩川の川面が、その先にある基地からまるで噴き出している様な炎に照らされ、はっきりと見る事が出来た。

「マジに襲って来たってのか? ……これ……」

 唖然とした表情で燃え盛る炎を眺めたまま動けない祥吾。結花は窓を煌々と炙る炎の勢いに後退りしながらも、堪える様に立ち止まり何かを決した表情を祥吾へ向けた。

「支度しよう、お兄ちゃん。お父さんとお母さんが待ってる。」

力のこもった結花の言葉に、少し驚いた表情で振り返った祥吾だったが、炎を映した妹の真剣な眼差しに、ショックで止まっていた思考が急速に回転し始める。

「よし……わかった結花。俺のスノーモービルで行くから、しっかり着込んで来い。」

「え?コミュータじゃないの?」

「多分コミュータは動いてない……」

 祥吾はエラー表示が映し出されているウェラブルフォンを無言で結花へ見せる。
 結花も無言で頷き、「着替えて来る!」と、祥吾の部屋を飛び出した。

      ※ ※ ※

「結花ぁっ!こっちはオッケーだ!」

 ややばらついた、2ストロークエンジンの乾いた排気音を遮り、祥吾の声が家中に響く。

「はぁいっ!今行く!」

 馴染んだスキーウェアを着込み、慌てて部屋から階下へ下りようとしたが、机の上に置かれた薄紫色のペーパーバッグが目に留まった。ほんの数秒揺れる瞳で逡巡した結花は、思い切ってそれをバックパックに放り込み慌てて階下へ下りていく。

「遅い!遅い!」

 スノーモービルに跨った祥吾は、玄関にカギを掛けている結花を見て、「そんな事してる場合かよ!?」と怒鳴る。

「ごめん!」

 結花は短く謝ると、フレームを改造して追加された後部シートに跨った。
 祥吾のスノーモービルは、今や見かけるのも珍しい、2ストローク4シリンダーエンジンを積んだ、とんでもなく古いモデルだった。
 但し、現在のEVエンジンとは比較にならない程のパワーを絞り出す。
 既に部品も手に入らず、修理の際には一からパーツを作る必要があったが、父親のコネで何とか維持出来ていた。

「振り落とされんなよ! 結花!」

 アクセルグリップを2、3回煽り、チャンバーから吐き出される排気音を確認する。

「うん! 大丈夫!!」

 結花が答え、祥吾の体に手を回したと同時に、アクセルを大きく開きスノーモービルのフロントを浮かせながら、祥吾はカタパルトから飛び出すように市道へ躍り出た。
 
 基地から聞こえる爆発の重低音と、それに混じって爆竹の爆ぜるような音が断続的に響く夜明けが近い田舎道に、けたたましい排気音と結花の悲鳴が、遠ざかるテールランプの動きに合わせながら、長い尾を引いていった……

          ※ ※ ※

「おらぁっ! そこ空けろぉ! 出撃の邪魔だぁっ!!」

 武田二等陸尉のシェムカを出すまでは良かったが、後の出撃が続かない。おまけに部下の整備士達は、2番機の進路上を右往左往している始末だった。

「何やってる? 3番機は?」

「モ、モーターの出力が安定しません!」

「馬鹿野郎っ! なら先に4番機を出させろ!」

 佐久間の怒声を浴びた部下は、慌てて操作盤へ飛び付き3番機をハンガーごと移動させる。3番機パイロットの悪態が聞こえてきたが、佐久間はそれを無視して、4番機の進路を確保する為に格納庫入口へ走った。 

(くそっ……二尉の言ってた事ドンピシャじゃねえか……)

 上下に揺れる目線の先には、今まさに格納庫を出て行く2番機があった。脚部を着底させる度に聞こえる金属音、関節部の油圧アクチュエーター作動音と、僅かに聞こえるイミテーションマッスルの伸縮音を聞き分けながら、整備の状態は良い、と判断した佐久間は、2番機の先に見える滑走路の方向へ視線を移した。
 
 既に武田二等陸尉が登場している1番機は、除雪が済んだ滑走路脇の第二格納庫壁面に到達し、ローターの回転を徐々に上げ、離陸準備を進めている最新鋭の国産戦闘ヘリ「J9式」の護衛に付いていた。
 機体のウエポンベイからはみ出るように装備される対戦車ミサイルは、それ1基でシェムカを3機大破させる打撃力を有していたが、それが6基吊り下げられている水平翼の形状も含め、鳥を思わせる有機的な外観にひどく不釣り合いに見える。

(とりあえず格納庫の護衛は間に合ったか……)

 やや安心した途端悲鳴を上げ始めた肺に、速やかに酸素を送る必要を感じた佐久間は、走るペースを少し落とし、息を上げながら後ろを振り向く。

(な、なさけねぇ……歳には勝てん、てか……)

 後方からは、既に格納庫の出口をくぐった2番機に追いつくべく、4番機が速度を上げ前進して来る。
 ルート上に、出撃の邪魔になる障害物は無いと確認した佐久間だったが、J9式ヘリの重いローター音と、格納庫内の喧騒で充満していた自身の耳に、突然異質な音が入り込んだ。

(なんだ?)

 その割って入って来た音の出所を探るように、鋼鉄が張り巡らされている天井の梁を見上げた。

(空自のF-3E……か?)

 その音は戦闘機のジェットエンジンが発するアフターバーナーに酷似していた為、増援機が到着したと理解した佐久間だったが、敵MPGの侵入も、そのMPGがジェットエンジンを装備しているという情報も、整備班にはまだ下りていなかった……

 音源の動きに合わせて、天井に向けられていた視線も、自然に左から右へと移動したが、それは危険高度と思われる程低い位置から聞こえていた。
 佐久間は、(こんな低空で飛行しているのか……?)と、その動きに違和感を持ち、自身で確かめる為、止めていた足を再び格納庫出口へ向けた。しかしその瞬間、今度は短く鋭い炸裂音が耳朶を打ち、本能的に腰を落とした。
 
「おいっ! これ……!」

 音の正体を瞬時に見極め、周囲へ警告を発しようと佐久間の口をついて出た言葉は、オレンジに輝く火線と、金属同士の打撃音、そして炸薬が爆ぜる音に遮られた。

 反射的に頭部を庇った佐久間の腕の隙間から、J9式ヘリの護衛についた1番機の機体から火花が散り、腰部に格納されているメインモーターから爆発の炎が上がる光景が飛び込んで来る。

 アサルトライフルを保持した右腕部が力なく下がり、関節部からショートの火花を打ち上げながら、1番機は後方にバランスを崩した。

 そして、その機体が崩れ落ちる寸前、白い尾を引いた複数の小型ミサイルが殺到し、1番機に触れた瞬間臓腑を揺さぶる爆音と炎を造り上げ、1番機の姿はその中に埋没していった。しかし、その炎は1番機を焼き尽くしただけでは飽き足らず、緊急を察知し今まさに飛び立とうとしていたJ9式ヘリをも巻き込んだ。

 ヘリに搭載された燃料が熱によって急速に蒸発し、その圧力はエンジンへ行き渡らせる燃料パイプの膨張を発生させ崩壊を誘発、そして気化した燃料が炎に触れた瞬間、エンジンベイはもとより、機体全体へ瞬時に炎が駆け巡り、コックピットのヘリパイは、脱出する間もなく蒸し焼きにされた。

 ウエポンベイに到達した炎は、J9式ヘリに積まれていた弾薬、兵装へと次々に引火し、最終的に、シェムカ1番機のそれとは比較にならない大爆発を引き起こした。
 爆発の凄まじい力によって、メインブレードは花弁が千切れる様にバラバラに吹き飛び、爆風の力も借りて隣の第二格納庫壁面を貫通し、内部で出撃準備を進めていた複数の攻撃ヘリへ突き刺さる。

 離陸寸前のパワーで回転していたブレードの質量をまとも受けた待機中のヘリは、爆発こそ免れたものの、整備員を轢き殺しながら第二格納庫内の壁まで吹き飛び、その衝撃で壁が崩壊、既にJ9式ヘリの爆発によって、瓦解寸前だった反対側の壁も、それに引き摺られる様に崩れ、内部に多数のヘリ、整備員を残したまま屋根が崩落。第二格納庫は瞬く間に瓦礫の山と化してしまった。

 武田のシェムカとヘリの爆発、第二格納庫の崩落まで、僅か数秒の間に発生した事であった……

          ※ ※ ※

「くそっ! どうなってやがるっ!!」

 J9式ヘリが1番機の巻き添えになって爆発したところで、佐久間の体は爆風で格納庫奥へ押し戻されていた。続いて第二格納庫の瓦解によって発生した大量の粉塵が視界を塞ぎ、周りの状況が全く見えない。

 ズキズキと痛む頭部を意識の外にして、佐久間はふらつきながら起き上がったが、巻き上がった粉塵が格納庫内にも侵入し、異物が入り込んで霞む目を凝らしても、かろうじてライフルを構える2番機の姿が確認出来ただけだった。

 その2番機が左方上空へ向け、アサルトライフルの低い金属音を響かせ反撃の口火を切り始める。
 が、反撃を嘲笑うかのように、1番機を破壊したオレンジの火線が再び降り注ぎ、乾いた着弾の音と共に2番機の装甲に多数の穴を穿っていった。

 脚部関節を被弾しバランスを崩しながらも、2番機はライフルの照準を襲撃者へ合わせるべく、上体を起こす。
 しかし、そのタイミングを見計らい、先刻同様のパターンで飛来した小型ミサイルの直撃に晒され、2番機は今朝何度目かの爆炎に包まれた。
 一切の抵抗の意思をもがれる様な轟音と、僅かに残った勇気も吹き飛ばされる熱風によって、粉々になった格納庫西側のガラスが一斉に落下してくる。

 爆発の瞬間、再び頭を抱えて床に伏せた佐久間の背中に、盛大にガラスの破片が降り注ぐ。後頭部に回した手の甲に走る鋭い痛みに耐え、鼻を床に擦り付けながら、何とか周りの状況を確認しようと眼球だけ動かし前方を視界に入れた。その矢先、飛来した小型ミサイルによって破壊された2番機の腕部が、炎を纏いながらこちらへ吹き飛ばされて来る光景を見てしまった佐久間は、「うああああっっ!!??」と、叫び声を上げながら、直ぐ左にあった予備の脚部パーツの陰に転がっていった。

 火だるまになった2番機の腕部は、佐久間が伏せていた格納庫の床に激突後、バウンドしモーター調整の為待機していた3番機のコックピットを直撃した。
 さっきまで悪態をついていた3番機のパイロットと、モーターに取り付いていた整備士の体は、共に僚機の腕にすり潰され炎に焼かれた。

 炎の熱によってモータ―が焼かれ、コックピットから黒煙を噴き上げている3番機の腰部からも火の手が上がったが、格納庫内で消火活動を行える者はほんの僅かしか残っていなかった。

 つい数分前まで、いや、数十秒前まで怒鳴りつけていた佐久間の部下達は、今や一様に呻き声を上げ、血だらけになりながら床に転がっている。

(なんて事だ……)

 見慣れた職場が地獄絵図へと変容した様子に唖然となりながらも、(まずは、負傷者の手当てを……)と、佐久間は、横たわり動かない若い整備士へ、覚束ない足取りで近づこうと足を踏み出す。その時、ごぉ、と風が鳴り、炎と火花によって赤々と揺らめいていた格納庫内に、轟音と青白い光が暴力的な圧力を伴い差し込んだ。

 目の前で手をかざし、光を遮った眼に見慣れたシルエットが映る。

(MPG……?)

 人型を模したそれは、MPGである事に疑いようが無かったが、脚部脹脛あたりから噴出している青白い光と音、そして地表から雪煙りを巻き上げさせる推進力に、(ジェット、エンジンなの……か?)と、敵と思しき機体を目の前に、佐久間は自らが置かれている危機的な状況を忘れ、しばし整備士特有の観察眼を向けた。

(浮いてやがるのか……?)(あれは、マシンガン……)(関節部が太い。シェムカの倍はあるな……)(ミサイルは……背部のウエポ……)

 佐久間は半ば棒立ちになりながら、夢中で未知のMPGの威力判定を行ったが、その思考は音量を増したジェットエンジンにかき消される。

 濃灰色のMPGの高度が少し上昇したタイミングと、聞き慣れた駆動音が発生したタイミングは同時だった。
 突如、耳をつんざく炸裂音が格納庫の壁に反響し、佐久間の体に四方から突き刺さる。
 佐久間は両手で耳を抑え、言葉にならない叫びを上げながら、背後を振り返った。
 そこには、アサルトライフルを敵MPGへ向け乱射する4番機の姿があった。
 しかしその射撃は、お世辞にも的確とは言えず、敵の襲撃に狼狽した挙句、パニックになったパイロットが、怯えながらトリガーを引き絞っている様が容易に想像できた。

 その証拠に、4番機の先制攻撃を受けた格好になった敵MPGは、浮力を偏向させつつ大柄な機体を流れる様に回転させ、至近距離からのアサルトライフルの斉射を易々と二度三度躱してみせたのだった。

 4番機は、”腰を落とし姿勢を安定させる””バレルの過熱を考慮する”、といった射撃の基本を無視するかのように、棒立ちでマガジンが空になるまで初弾からの連射を試みた。恐らくパイロットはAIに指示を出す事も忘れていたのであろう。

 そしてマガジンが空になった頃合いを見計らう様に、今度は敵MPGの銃口が4番機に据えられた。

 オートでマガジンを交換するアクションへ移行した4番機だったが、新たなマガジンがアサルトライフルへ装填される事はなかった。

 空になったマガジンが格納庫の床へ落下し、両耳を塞いだ佐久間の傍らへ、身の丈はあろう鉄の塊が転がって来た瞬間、敵MPGのマシンガンが火を吹いた。
 4番機の左腕マニピュレーターが、腰に装着されている予備マガジンに触れる直前、殺到した50㎜AP弾によって、3重構造のコクピットハッチから次々と着弾の火花が散る。
 しかし、恐らく即死したであろう主の命令如何に関係なく、辛うじて生きていたAIプログラムは、4番機に空になったマガジンの交換作業のアクションを継続させた。

 それを反撃と見て取った敵MPGは、射線を張りながら三度背部ウエポンベイから小型ミサイルを格納庫内部へ向け発射した。

 4番機の頭部と腰部に計2発のミサイルが着弾し、コクピットの上半分がごっそりと吹き飛び、腰部は爆炎を上げながら上下真っ二つにへし折れる。

 そして炎の中に崩れる4番機を掠める様に、もう2発のミサイルが格納庫天井、メインピラーに命中した。

 格納庫の天井は炎と爆風によって、まるで巨人の手によって引き剥がされたかの如く、いとも簡単に吹き飛び、構造物を支える要のメインピラーは、想定を遥かに上回る爆発の衝撃によって自重を支えきれず、折れ曲がりゆっくりと倒壊していった。

 佐久間は4番機のライフルから落ちてきた空のマガジンを避けようと、再度シェムカの脚部パーツの陰へ飛び込んだが、追い打ちを掛けるかの様に、落下してきた格納庫の構造物が降り注ぎ、佐久間の意識を混沌の闇の中へ引きずり込んでいった……

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