200 チョコレート博士
……チョコレートの味は知ってるから、また倒れることはないよね?
「ありがとう。いただくわ」
「はい、ローファスさん。カカオ豆おいしいのよ。チョコレートは食べたことあるけど、キリカ、ミルクココアは初めてなの」
キリカちゃんがローファスさんにカップを渡してから、自分の分を手に取った。
「どうぞ。甘いものが苦手でなければ」
シャルム様にもカップを私、最後にカーツ君と私の分を手に椅子に座る。
「うむ、ではいただこう」
シャルム様の言葉を待って、皆でミルクココアをこくりと飲む。
「こ、これは?甘いな……甘いだけではなく、何とも言えぬ苦みが深い」
シャルム様が感想を述べている隣で、
「ああ、なんてことなの!私の知らないおいしいものが……」
うわわー!リリアンヌ様が倒れた!
手に持っているカップが!こぼれる!
と、思ったら、侍女の一人がすちゃっと現れ、手から落ちるカップをナイスキャッチ。
もう一人が、傾いだリリアンヌ様の体をパシッと支える。
す、すごい反射神経。……も、もしかしてこの世界の大人の身体能力はあれは当たり前?だとすると……私、5歳児レベルと言われても仕方がない。
「ユーリ!お代わり!お代わり!」
母親が倒れたというのに、ローファスさんは、空になったカップを差し出した。
……まぁ、美味しいもの食べて倒れるのを見るのは慣れているから……と言えばそれまでかもしれないけど……つめたくない?
「あ、いや、でも、母上の分を残しておかないと駄目か……まだあるか?」
と、思ったら!
なんと、気遣いできてます!ローファスさんが、自分の食欲抑えた気遣いを!
「ローファスさんとシャルム様がチョコレートをたくさん作ってくれたので、ミルクさえあればどれだけでも作れますよ?」
まだミルク手に入るのかな?と、ロッテンマインさんを見ると、ロッテンマインさんが侍女に目配せしてから私に頭を下げた。
「お客様にお飲み物のご準備をしていただくわけにはまいりません。入れ方は先ほど見て覚えました。秘匿レシピというわけではないようでしたら、私たちのほうでお入れしますので」
あ。
「ご、ごめんなさい。あの、皆様の職分を侵すつもりはなくて……レシピと言うほどのものでもありませんので、お願いします」
なんか習った。高校古典で……なんていう言葉だったかな。職分を侵すのは悪いみたいな意味の……。
「お気遣いありがとうございます」
ロッテンマインさんが頭をもう一度下げた。いえ、こちらこそとまた頭を下げそうになったけれどこらえる。
今は、客人という立場……でいなくちゃ。カフェに行って、自分でコーヒー入れますと言って店の奥に入っていく人はいないもんね。むしろ迷惑な人だよね。
「おや、ずいぶんとわきまえているお嬢さんだ。なるほど」
シャルム様がふふふと笑いながらお代わりを飲んでいる。
「ふーふー、なのよ。キリカ熱いのふーふーしてからなの」
キリカちゃんは猫舌なんだ。
「うめーけど、ちょっと甘すぎるかな」
カーツ君が半分くらい飲んでテーブルにカップを置いた。
「ミルクの量を増やすといいわよ。チョコレートを作る段階で砂糖の量を減らすと甘さは抑えられるけれど苦みが強くなるから飲みにくくなるかも」
シャルム様が興味部下そうな顔を見せる。苦みが気に入ったのかな。
「苦みが強く?どれ、試してみようか。おっと、カカオ豆はもうないのか?」
「カカオ豆はね、牢屋になってたダンジョンで収穫したのよー。持ってきた分でもう終わりなのよ」
キリカちゃんの言葉にローファスさんが立ちあがる。
「ダンジョンか!だったら、冒険者である俺の出番だな!キリカ、どんなモンスターから出て来たんだ?」
「えっとね、卵よ」
キリカちゃんの言葉をカーツ君が補足。
「タートの卵だよ。だけど、こっちのダンジョンで出るかは分からない。土の魔法石が出ないダンジョンだったんだよ。その代わり、卵1つにカカオ豆1つ必ず出た」
「卵1つにカカオ豆1つ?そんな話は聞いたことがない。そもそもタートの卵なんてそうそう見かけるものでもないし……。10粒手に入れるだけでも大変だぞ?
いつの間にか意識を取り戻していたリリアンヌ様がミルクココアを飲みながら幸せそうにぶるりと身を震わせた。
「はー、美味しいですわ。ね?あなた、ローファス、思わず意識が遠のく美味しさでしょう?」
いや、意識は遠のきませんよ。
「カカオ豆……入手方法がありますわよ。近隣への王族への贈り物にもチョコレートは使えるでしょう。それに国の専売にすれば、貴族や富豪たちが買い求め、国の財政も潤うと思いますわ」
リリアンヌ様が鋭い目つきをシャルム様に向ける。
「そのために、兄たちにもまずはカカオ豆の価値を教えて差し上げなければなりませんわ」
「待ってくれ、国の専売って、ダンジョンの産出物は冒険者ギルドの意向を無視して決められることじゃないだろう?」
「まぁ、詳細はこれか話し合うということだな。まずは、陛下をはじめとする要人たちにどのように価値を認めさせるかだ。これを飲ませるにしても、ミルクが足りないだろう?ミルクをかき集めることは可能かもしれないが、そうすると必要とする人間に渡らなくなる可能性が……」
職分を犯すべからず……。だけど、これは、私の職分だ。
そう、私の仕事。
この世界でチョコレートに一番詳しいのは私。この世界なら、チョコレート博士って名乗ったって誰も怒らないはず。