189 襲撃
小説家になろうの188話までは共通になります。
それ以降の分岐分です。
なお、書籍と連動していますので、書籍版と重なる部分がございます。
ここからは、分岐後の話になります。
=======================
「ユーリちゃん、いただくわ!いただいてもよろしいのね?」
「はい。もちろんです」
「ありがとう!」
むぎゅぎゅっ。
ぐはぁー。
リリアンヌさんのお胸が、お胸が。
「そうだわ、お茶があるときっとよりおいしくいただけるわよね?ちょっと待ってください」
リリアンヌ様が御者に声をかける。
「セバスティン、お茶をいただきたいわ」
セ、セバスきたー!
セバスチャンならぬ、セバスティン……。イメージ通りの名前に、心の中で小躍り。
「ここで、ですか?」
「無理かしら?」
「問題はありませんが、ティーセットは先行している荷馬車にありますので……準備に少々お時間をいただくことになりますが」
うわ。馬車を止めてティータイム?
いやいや、さすがに、なんか貴族っぽい。っていうか、本当に貴族なのかも?いや、でも、まさかね?お供とか少ないし。
豪商の娘さんかしら?
「構わないわ。お願いね」
「では、行ってまいります」
馬車ががくんと揺れる。
「あー、セバスティンったら。また馬車を踏み台にしてスタートダッシュしたわね。降りてからじゃないと、揺れるのよっ」
カーツ君が小窓から外を覗き込む。
「すげー!めっちゃ早い!リリアンヌ様、あの人どういう人なの?」
「ふふ。元S級冒険者で、今は我が家で護衛なんかをしてくれているわ」
「元S級冒険者、すげー!」
カーツ君の目がキラキラ光っています。
そうだよね。カーツ君はローファスさんのことも尊敬してるけど、すごい冒険者にあこがれがあるんだもんね。
カーツ君が窓から顔を引っ込ませると、がくんと小さく馬車が揺れた。
パカリと御者台につながる連絡用の小窓が開く。
「あら?もう戻ってきたのかしら?」
さすがに早すぎるとリリアンヌ様が首を傾げると、次の瞬間、小窓からぬっと腕が突き出てきた。
銀色のごつい指輪がすべての指にはまった拳。
「何?山賊?」
リリアンヌ様の言葉にはっと息を飲む。
「大丈夫よ。山賊なんてこの私の相手になりはしないわ」
安心させるように、リリアンヌ様がキリカちゃんと私の頭をなでる。
すっと、椅子の下から細い剣を取り出した。フェンシングで使うみたいな細い剣。
「うわー、レイピアだぁ」
キリカちゃんが嬉しそうに剣を見た。
「あら、よく知ってるわね?」
「あのね、キリカね、大きくなったらレイピア使ってみたいと思っていたのよ」
「そうなの?あとで教えてあげましょうか?」
「本当?」
レイピアって言うんだ。一つ勉強になった。
剣でもあれだけ細ければ、私でも振り回せるだろうか?私も、いつまでも武器を何も扱えないという状態ではいけないよね。
私も教えてもらえるように頼んでみようかな?
「余裕だな。しかし、護衛を手放したのがお前たちの運のつきだ」
腕の主からの言葉に、リリアンヌ様がレイピアの先を腕に向かって突き出した。
狭い馬車の中で、細いけれども長いレイピアの速度は速くなく、銀の指輪がレイピアをはじく。
その瞬間、ぐっと握られていた手がバッと勢いよく開かれた。
「え、何、これ……」
唖然とする。
手のひらの真ん中に、ギザギザの歯が生えた口があった。
驚いているのは私だけではないので、この世界でも手のひらに口があることは普通ではないようだ。
「ブレス【スリープ】」
突き出された手のひらの口が小さく呪文を唱えると、口から勢いよく霧が噴き出てくる。
「しまっ……た……【風 霧を追い払え】」
リリアンヌ様がとっさに風魔法を使い、噴き出された霧を馬車の窓から追い出す。だけれど、霧を吸ってしまった後で……。
スリープ……意識が遠くなる。眠っては駄目だと思うのに……。
「何者だ!」
声が聞こえる。
セバスティンが戻ってきてくれたんだ。
「ちっ、もう護衛が戻ってきたのか!だが、もう遅い!仲間がすでに完成させた」
「完成?何のことだ!馬車から離れろ!って、なんだ、何をした!」
周りが明るくなっている。いきなり室内から晴天の屋外に出たようなまぶしさを感じる。
「まさか、転移魔法……!……!」
セバスティンの声が遠ざかるのを聞きながら、意識を手放した。