16、俺はやればできる子!
ルシアちゃんを助け出す――そう決意すると身体の中心からどんどん力が湧いてくるのがわかる。
速く。もっと速く。
翼を動かす度に速度が上がるようだ。眼下の風景がどんどんと流れ色を失くす。
日が傾き視界が悪くなった頃、領主のいる街が見えてきた。
「あれ? 馬で1日の距離じゃなかったっけ?」
やっぱり馬車に乗っているのと自分の翼で飛んでいるのでは感覚が違うなぁ。
ポツポツと灯る明りを頼りにそのまま黄昏の空を突き進み、完全に日が落ちる直前に街へと辿り着いた。
アルベルト達は今頃行動を起こし始めた頃だろうか? 上手く村を脱出できていれば良いが。
「いや、今はルシアちゃんのことに集中しよう。領主の館は、っと」
上空から見ると良くわかる、大きさが他と格段に違う建物。汚い手段で
空から接近したからか誰に見咎められることもなく、三階建ての豪奢な建物の屋根へと降り立った。
「警備の人間がやたら多いし、こりゃ当たりかな?」
三階から侵入されるなど夢にも思っていないのだろう。無防備にも窓が開け放されている部屋を見つけそこから中に入った。
そこは浴室のようで、ヒノキ風呂を思わせる大きな木製の箱が置いてあった。周りには何やら良い香りのする瓶がいくつも並んでいる。
「この浴槽みたいなやつ以外に人を隠せそうなものは何もないし……別の部屋に行くか」
と、ここで大問題が発生。ドアノブがレバー式ではなく丸い回すタイプの奴だったのだ。
レバー式ならば足を置いて体重をかければ開けることができるが、回すタイプのドアノブだと簡単には明けられない。
「ぐ、ぐぐぐぅぅ」
ドアノブの高さにホバリングしながら両手でドアノブを挟み、そのまま身体を横に傾ける。
二度三度滑りながらも何とか開けることができた。これだけで息が切れる。人間の時には何の気なしにできていたことがこの身体だとままならないなんて。
「でも、俺成長してる!」
長時間ホバリングできるようになったし。馬で1日の距離だって飛んでこれたし。失敗しつつもドア開けられたし。
大丈夫大丈夫、俺はやればできる子!
ギギギ、と思ったより大きな音を立てるドアに心臓を高鳴らせながら廊下に出る。
廊下は左右に伸びていて、対面にも扉。左右にも扉。大きな家だけあって部屋が多い。
左の突き当りは窓で右の突き当りは階段のように見える。取り敢えずすぐ近くの部屋から調べよう。
ドアノブの下の所に爪で印を打って左側のドアに手をかける。ガチャガチャと悪戦苦闘しつつ何とか開けると、そこはごちゃごちゃ所狭しと物が置かれた部屋だった。窓際に机がありドアの近くにはベッドがあることから誰かの私室と思われる。
「きったねぇ部屋。まさかここが領主の寝室……なわけねぇか」
ルシアちゃんもいなそうだし、と部屋を出ようとしてベッドの上に無造作に置かれた物が目に入った。
忘れもしない、ルシアちゃんの手土産の中に紛れ込まされていた首飾りである。そして、それがいくつもあった。中には宝玉だけのものもある。
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【支配の鎖】
身に着けた者を隷属させる効果のある首飾り。支配者:――
【隷属の宝玉】
支配の術がかけられた宝玉。身に着けた者を隷属させる効果がある。支配者:――
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間違いない。ここで誰かが量産しているんだ。支配者の欄が空欄になっているから、これから登録のための術を施してばら撒くのだろう。
「こんなもの!」
不愉快になったあまり、天罰を使って破壊する。が、術の威力のせいでベッドまで寸断。おまけにメラメラと延焼し始める。
「やばっ!」
どうしよう? どうしよう? とあわあわしながら辺りを見回して、ふと、「あ、俺水出せたじゃん」と思い出す。燃えるベッドに向き直ると初めはチロチロした小さな炎だったのが燃え広がり今や壁を呑み込もうとする大蛇に見えた。
「うわー! 水! 水!」
詠唱することも忘れて慌てて両手を翳してとにかく水出ろと念じるとバッシャァァァァ! とまるで海を召喚したかのような水量が天井近くから押し寄せた。
その水量に圧し潰されるように床に叩きつけられる俺。濡れ鼠どころではない。
「…………」
ドアや窓を押し開け召喚された水が流れ出ると、ゆっくりと身体を起こした。
後に残されたのは床全体を浸す水溜りと、ボタボタと水滴を垂らす焦げたベッド。細かい物は水と一緒に流れ出てしまったようである。
と、ベッドの下からじんわりと血が流れ出てきた。どうやらベッドと壁の隙間に部屋の持ち主がいて天罰発動時に一緒に寸断してしまったらしい。そういえば火が出た時に経験値獲得を知らせる声が聞こえたような気がしないでもない。ベッドがあるというのにその隙間で寝るとは、そうとう変人か寝相が悪いかのどちらかに違いない。
「今の音は何だ!?」
「この水はどこからきた?!」
俺がどうでもいいことに想いを馳せて現実逃避をしていたら、階下からドカドカと慌ただしい足音がこちらに向かってきている。水漏れの原因を探すようなその怒声に俺の心臓が大きく跳ねた。
まずい! ルシアちゃんを助け出さなければならないというのに、早くも大ピンチ?!