第1話 襲撃者
その日は何の変哲もないよく晴れた日だった。
いつもより早く起きたアルフスは、早めに朝食をとり日々の日課である、侵略する国についての計画を立てている最中である。
今は周辺の国への攻撃のため、大まかな作戦をたてている時期だ。
もう少しで完成する計画の最終調整に励んでいると、普段は聞こえないバタバタという足音が聞こえくる。
足音は段々と近づいてくると、アルフスがいる部屋の前で止まり、二秒ほどの時が経つと扉がノックされる。
「入れ」
アルフスがそう言うと、失礼しますという声が聞こえ扉が開かれる。
そこには少し息の上がったメイド人形のシーニーがいた。
メイド人形とは、その名の通りディストピアの為に従事する人形のことである。(戦闘用の人形もいる)
ディストピアにいる下僕たちの殆どは、アルフスが過去に創造したものたちだ。
人形たちはシーニー以外にも、合計すると五十人ほどいる。
人形たちは、全員がメイドの作法についてこだわりを持っており、歩き方をはじめ、立ち方までも注意を払っている。
なので、普段はメイド人形が城内で走ることは絶対にない。
あの足音はシーニーの余裕のなさを明らかに表現していた。
「アルフス様! お伝えしたいことが!」
「……何があったシーニー? 落ち着いて話せ」
アルフスが落ち着くように促すと、シーニーは深呼吸で呼吸を整える。
シーニーは一呼吸置き、冷静さを取り戻そうとするがあまり効果はなかった。
「城の周りのリヴァイアサンが全部死んでいたんです!」
「何? リヴァイアサンが?」
半ば信じられない話にアルフスはついつい聞き返してしまう。
リヴァイアサンとはディストピアの門番の役割をしている魔物である。
リヴァイアサンはディストピアで飼っている魔物の中でも、かなりの強さを誇る種族だ。
ディストピアに攻めてくる者達は過去に何人かいたが、全員がディストピアに攻め込む前にリヴァイアサンに殺されていた。
「リヴァイアサンを全部となると、人間の仕業ではないのは確かだな……」
アルフスはかつてない事態に頭を悩ませる。
どうしたら良いか分からないシーニーが、そわそわしていてついアルフスまで焦ってしまう。
「ともかく、冥府の八柱を配するのが先か……」
アルフスは悩んだ挙句、最初にするべき事は冥府の八柱への連絡だと判断した。
冥府の八柱とは、ディストピアの下僕たちの中でも群を抜いて戦闘力が高く、城を守護する上での基盤になる者達である。
その名の通り八人のグループで、様々な種族で構成されている。
これはアルフスが下僕たちを創造する時に、弱点を作らないために考えた窮余の策であった。
「レフィカル、今から襲撃者が来る恐れがある。持ち場につき警戒しておけ」
アルフスは伝達魔法を使い、冥府の八柱のリーダーであるレフィカルに伝える。
レフィカルは、冥府の八柱の中では戦闘力こそ高くは無いものの、戦略を立てることに優れており統率力も高いので、下僕たちの総括を任せている悪魔だ。
「かしこまりました。アルフス様」
レフィカルは恭しく答えると、さっそく持ち場に向かう。
一階は戦闘人形たちが防衛しているため、冥府の八柱の持ち場とはそこから奥、二階から九階までの間である。
冥府の八柱レベルの者達が本気で戦うと、お互いがお互いの邪魔にしかならないため、各階に一人づつ配置する形になった。
レフィカルの持ち場とは八階である。
アルフスがいるのが十階であるため、そこに近い階の防衛を任された時は、感動で心が打ち震える思いであった。
ディストピアの下僕たち全員が、アルフスに貢献できることに喜びを感じるため、このような戦闘が必要な事態になった時の下僕たちは、言うまでもなくやる気に満ち溢れていた。
無論レフィカルもその一人である。
レフィカルが八階の持ち場につくと、下の階の方からドカンという大きな音が聞こえてきた。
「どうやら始まったようですね……」
この大きな爆発音は、戦いの始まりを示唆していた。
レフィカルの予想と比べ、少し始まるのが早かったが特に問題は無い。
レフィカルは、おそらく今戦っているであろう戦闘人形たちの健闘を祈ったのだった。
****
「シュヴァルツ、準備は出来た?」
「当たり前でしょ。ヴァイスは?」
「もうちょっと……手入れしとけばよかった」
ヴァイスは斧を磨きながら答える。
彼女達は、一階の防衛を任されている戦闘人形のヴァイスとシュヴァルツである。
戦闘人形と言っても、普段はメイド人形達と一緒に掃除などをしている。
なので戦闘がないと、武器を使う機会がないため、久しぶりに触った武器の整調に手間取っていた。
真面目な性格のシュヴァルツは、日頃から武器の手入れをしていたため、直ぐに準備はできたが、逆にルーズな性格のヴァイスは、一切手入れをしていなかったため、準備に時間がかかっていた。
「しょうがないわね……私も手伝うから」
「ありがとー、クロスボウの調節おねがーい」
「まったく……」
シュヴァルツは渋々、クロスボウの調節に入る。
ヴァイスの後始末をするシュヴァルツは、ディストピアではよく見る光景だ。
ヴァイスの粗野な性格に慣れているシュヴァルツは、特に文句も言わず調節に身を入れていた。
「……よし、完了!」
「私もー」
ヴァイスとシュヴァルツは、ほぼ同時に調節を終える。
武器をメインに戦う戦闘人形にとって、鈍い武器を使うのは致命的なので、ひとまずは安心だった。
「これでいつ来ても大丈夫ね」
「うん……というかもう来たみたいだね」
ヴァイスがそう言うと、ドカンという爆発音が城の中に響き渡る。
音の発生源は、城の入口である大きな扉からだった。
入口である大きな扉は、いとも簡単に壊され、破片がそこら中に散らばっている。
「随分派手な登場ね」
ヴァイスは、扉を壊した張本人に向かって挑発に似た言葉を投げかける。
「……お前たちが相手か?」
襲撃者は異形とも呼べるその肉体を、ヴァイスとシュヴァルツに向けた。
ヴァイスとシュヴァルツは、怯んだように一歩下がる。
ヴァイスとシュヴァルツは、襲撃者の不気味というか、異様というか分からない雰囲気に呑まれそうになってしまう。
「あなたがどういう気でいるか知らないけど、今すぐここを立ち去ることをお勧めするわ」
「お前たちも、戦う気なら止めておいた方がいいぞ――死にたくなかったらな」
「戦いで死ねるなら本望よ。アルフス様の為なら尚更ね」
ヴァイスは、相手の挑発に乗ったようについつい喋ってしまう。
だが、アルフスの為なら命を捨てる覚悟だってあるディストピアの下僕からしたら、腹が立つのも当たり前の言葉だった。
それは、隣にいるシュヴァルツだって同じである。
性格は冷静なシュヴァルツだが、アルフスに対しての忠誠心は他の下僕に引けを取らない。
心中は、腹わたが煮えくり返る思いのはずである。
「ならば殺してやろう。望み通りな」
「武装」
ヴァイスとシュヴァルツは装備魔法により、一瞬で武器を装備する。
ヴァイスは斧を、シュヴァルツは槍を手に襲撃者への距離を詰める。
一切動こうとしない襲撃者を横目に、ヴァイスは斧で下半身に、シュヴァルツは槍で上半身に狙いを定め切り込んだ。
何も動かない襲撃者をひっかかりに感じながら、ヴァイスとシュヴァルツは、完璧に決まるであろう攻撃を見届ける。
「――なっ!?」
次の瞬間、ヴァイスとシュヴァルツは、壁に当たったボールの様に後ろに弾き返された。
尻餅をつき、何が起こったのか分からないヴァイスとシュヴァルツは急いで体勢を立て直す。
しかし、何が起こったのか分からないといっても何となくの予想はつく。
シュヴァルツは心臓があるであろう場所を、ヴァイスは膝の関節の部分を完全に捉えていた。
なら何故、攻撃は弾かれたのか、答えは単純で襲撃者の肉体があまりに硬かったからである。刃が通る気配すらない。
ヴァイスとシュヴァルツはそれに気づくと、今までに経験したことのない相手に茫然自失となる。
「まだやるか?」
「あんた一体何者……?」
「名をアンドレという。何者かなぞ知らん」
アンドレと名乗る襲撃者は、ヴァイスとシュヴァルツとの距離を歩いて詰める。
ゆっくりと、レッドカーペットの上を歩くかの様な歩き方だ。
「クソッ!」
ヴァイスが、意を決してアンドレに特攻する。
ヴァイスもシュヴァルツも、アンドレが勝てる相手でないことは重々承知している。
だが逃げ出すことは絶対にしない。
こいつをアルフス様の元へ行かせてはならない。
ヴァイスとシュヴァルツの中にある思いはそれだけだった。
勝てないことは分かっている。せめて時間稼ぎだけでも、とヴァイスとシュヴァルツは戦いを挑む。
「切断!」
無情にもスイングした斧は、今度はアンドレの肉体に当たる前に、まるでハエでもはらうかの様な動きで弾かれた。
「ダークバレット」
そして、弾かれた衝撃で仰け反る体勢になったヴァイスの顔の前に、至近距離からの魔法をくらわせようと、アンドレの大きな手を突きつける。
アンドレの腕は禍々しいオーラに包まれていた。そのオーラだけでも、今放とうとしている魔法がどれほど強力か、簡単に察する事ができる。
「――ヴァイスっ! 危ないっ!!」
咄嗟にシュヴァルツは、横からヴァイスを突き飛ばす。
正確には蹴り飛ばした。
ヴァイスは、そのまま三メートルほど飛ばされる。
だが、アンドレは構わずダークバレットを放つ。
まるで何事も無かったかのように。一切冷静なままだった。
アンドレの狙いは突き飛ばされたヴァイス――ではなく、必然的に近くにいたシュヴァルツだ。
「――シュヴァルツ!」
ヴァイスがそう叫んだ時にはもう遅かった。
無慈悲にも、アンドレの放ったダークバレットはシュヴァルツの体を包み込み――破裂した。
アンドレのレベルの魔法をまともに受けると言うことは、即ち死を意味している。
戦闘用とはいえ人形である。耐えられる筈がなかった。
辺りにシュヴァルツの肉体は無く、シュヴァルツの履いていた靴が落ちていた。
「まあ、この程度か。お前もかかってこ――」
「うああぁぁぁぁぁぁぁ!」
アンドレがそう言い切るのより先に、ヴァイスは三メートルの距離を一気に詰めて襲いかかる。
手に持った斧を一心不乱に振り回す。
右に左に、上に下に、効かないと分かっている攻撃を繰り返す。
攻撃はさっきと同じように当たっても弾かれる。
しかし攻撃をやめることは無い。
「終わりだ。ライフドレイン」
アンドレは、ヴァイスの首を掴み、残りの体力の全てを吸収する。通常では考えられないほどの吸収スピードだ。
ヴァイスは最初は抵抗していたものの、段々と力が抜けていき、最後その体は動かなくなった。
「アルフス……様……」
ヴァイスは喘ぐように、助けを求めるように己の創造主の名を呼ぶ。
最後の力を振り絞ったその小さな声は、アンドレにさえ聞こえていなかった。
アンドレが手を離すと、ヴァイスは重力に従って落ちる。
やはり、動くことはなかった。
アンドレはヴァイスの死を確認すると、その先の二階に上がれるであろう階段の方に向かった。
「……広い城だな」
アンドレは階段を上りながら何気なく呟く。
妙に長かった階段を上り終えると、またしても広い部屋だった。
アンドレは三階に上るであろう階段を見つけると、そちらに向かって足を進める。
アンドレは何事もなく通過できると一瞬考えたが――そうは問屋が卸さなかった。
「ちょっと待つにゃーん」
アンドレは声がした方に振り向く。
振り向くと丁度真後ろに、距離にして一メートル後ろに居たのは、細身の猫耳を生やした女の子だった。