4、ああ、愛しの餃子!
そして二日後。
いつの間にか元オーリエンとノルドの国境を越えていた。植生が変わり、二日前は背の低い灌木、それも山椒の木がチラホラといった感じだったのが、背の高い木がまばらに生える地域まで来ていた。
え? 昨日はどうしたって? 寝てたよ! 徹夜で夜番をやったせいか日中の記憶がほとんどなくて、肉を食った記憶があるけど夢だったのか現実だったのか……。
「お前ずっとルシアちゃんの膝で寝てたんだぜ」
と1号に教えられて一日経っていたのを知ったくらいだ。
「美少女の膝の感触はどうだった?」
『最高に決まっておろうが』
ヒューヒュー、と口笛ではなく声で出して言う1号が何か腹立ったのでデコピンをしておいた。勿論爪を出して。
『ん? そう言えば今夜要さんが来る日だったか?』
「おう。金曜だしな。生姜の追加とニンニクを持ってくるよう伝えたぜ」
『ありがたい』
爪を1本ずつ出して数えて、そういやもう五日も経つのかと要さんが来る日だと気が付いた。1号に器用だなと言われたのはスルー。指折り数えるとか言うけど指がないんだよ。
要要って俺に会いたいって思ってくれないの! と唇を噛む1号。お前とは毎日顔を合わせているだろうが!
「お、そういや小麦粉あるし、肉はあるし、あとキャベツとニラを持ってきてくれれば餃子できるんじゃね?」
『餃子!』
その単語の持つ魔力によだれがジョバッと出る。ああ、愛しの餃子!
会話を聞きつけてそんなに美味しいのか、と聞いてきたルシアちゃんに美味い、と答える。
「小麦を練って薄く焼いたもので肉と野菜を包んだものだ」
「まぁ。味の想像ができませんが、リージェ様がこれほど食べたがるのですもの。楽しみですわ」
「下ごしらえはどのようにしたらいいですかね?」
1号の説明にルシアちゃんが頬を染め、エミーリオが張り切る。
気が早いよ! 要さん夜にならないと来ないんだよ!?
「取り敢えず少しでも先に進んでおこう」
「俺達もオーリエンへは首都までしか行ったことがないからな。どこに何があるやら」
早く家族に会いたいと願う要さんのためにも先を急ぎたいところ。
だが、オーリエンの地理に詳しい者はメンバーの中にはいなかった。取り敢えず道なりに進んでいるだけなのだそうだ。いつぞや話してくれた国境の話は有名すぎるからみんな知っているだけなんだとアルベルトとベルナルド先生が言っていた。
そうして、餃子に想いを馳せつつ熊肉と野菜を煮込んだ熊鍋もどきで昼食を取りひたすら進むこと1オーラ。
日が傾きかけた頃、高い塀に囲まれた村っぽいのが見えてきた。が、目の前で門扉が閉ざされてしまった。抗議をしようにも門扉まで行く頃には日が落ちてしまうだろう。
「仕方ありませんね」
「モンスターに備えて夜間はどんな時でも門を開けないっていうのはどこでも基本だからな」
憤慨する俺の横でエミーリオとアルベルトが言う。そうか、この世界ではこれが普通なのか……。
「ですが、今夜要様がいらっしゃるならかえって良かったのかもしれませんよ?」
「そうだな。入るときと出るときで人数がちがうと色々面倒なことになりそうだしな」
「あまり長居をするつもりもないが、要さんが帰る前に集落を出るのが良いだろうね」
俺を宥めるように言うルシアちゃんの言葉を、アルベルトが肯定する。
ベルナルド先生が言うように要さんが来てから入って帰る前に出るなら、滞在期間は二日ほどか。情報収集と物資補給程度なら充分だな。
『ん?チェーザーレ達は何をしておるのだ?』
「んー……ないな……」
「ベルナルド、ローブの替えとかあるか?」
「或いは大きめの布」
俺達が馬車から降りて村の方を眺めながら話している間、3人は荷物をごそごそと漁っていた。
声をかけられたベルナルドが自分の荷物をの中から予備のローブを出す。緑色に染められた、いかにも魔法使いというローブだ。
「あぁ、要様も黒髪ですものね」
『なるほど、髪を隠すためのローブか』
ルシアちゃんの言葉でやっと彼らが何をしたいのか理解できた。
黒髪蔑視はセントゥロだけでなく、この世界共通だったな。
バルトヴィーノが更に加えて言うなら、オーリエンは奴隷制度があり奴隷は合法なのでなるべく目立たない方が良いと。
「さすがに人を攫って奴隷化するのは犯罪だけど、罪を犯した者を奴隷化するのは合法でね。黒の使徒なんて真っ先に処刑か奴隷コースだよ」
黒髪というだけで黒の使徒扱いされるくらいだから、髪色は隠した方が良いとベルナルド先生も言う。
「まぁ、後は要さんに注意するよう伝えるとして。食事の用意をしましょう」
例の餃子というのはどのように作るのですか? とエミーリオが目を輝かせながら聞いてくるので、取り敢えず猪肉をこれでもかってくらい細かく切れと言った。
それ以外は作り方がわからないから、要さんが来るのを待つしかない。
全員のお腹の虫が大合唱し始め、結局熊肉と兎肉をそれぞれ串焼きにして食べ始めた頃、待ち望んでいた要さんがやってきた。