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大英帝国 ロンドン
「D101、D101、お前の仕事は今日からもう少しマシになる。
黒いとはいえキリスト教に改宗したのだからな。」
黒い体を抱いた牧師はそういうと周囲にいるユダヤ人を見下ろすのだった。
「その仕事と言うのは、アメリカ大陸から帰って来る使者の魂を清める
聖なる職務、オラバの末裔たる君にふさわしいと思うがね。君たちを苦しめる
ユダヤ人に対し、我々、高教会が 黒い物に少しばかり救いを与えるためだ。」
その牧師はそういうと、彼女に口付けた。
「いまは、天にまします。われらがイエスの使徒です。」
D101と呼ばれた少女は、キッと目を見るとこう答えた。
火にくべた死体から何故、金が取れるのだろう。魔術、噂に聞く錬金術。
それは教会だけの特権、棺を開けるのは。
この中にはアフリカの同胞のものがあるのだろう。少し感謝する気持ちもあった。
しかし、キリスト教徒は土葬のはず。何故燃やすのだろう。一抹の不安がよぎった。
だめだとは思っても、その誘惑には勝てなかった。禁断の棺を開ける誘惑には。
そう、どれだけの同胞の血が流されようとも変えなければ、未来を。
黒人奴隷を皆殺しに、オッペンハイムに急報がとんだ。
「首謀者の死体は受け取ったものの、キリスト教徒の少女だとは。」
ゲットーの一室で、シオンとハイヤーハムシェルは人払いをかけると
そっと彼女を見つめていた。
当初、暴動を起こし多数のユダヤ人を殺害した首謀者は、拷問するため
生きたまま渡すように要求したのだ。しかし、彼女は服毒自殺していた。
綺麗な体だった。炭鉱は閉鎖され、真相は隠された教会の手で。
血に飢えた天使は、再び舞い降りたのだ。我らを創り賜いし、ガゼルによって。
私たちの国、ガゼル ハイエナ ライオン 多くの動物たちと歩んだ。
そう、多くの同胞を犠牲にして、キリスト教徒になりながら私は生きている。
「起きなさい。わたくしにそれは通用いたしません。」
シオンナスィは強く言い放った。今回の暴動の元凶さん。
シェイクスピアの有名な悲劇に「仮死の薬」と言うものがあるのです。
「その結末はどうなっているかご存知ですか?」
彼女の顔はわずかに赤みを帯びていた。
「気づかれていたんですね。私は生きていていいとは思っていません。
しかし、真実を誰かに伝えなければいけない。どんな拷問も
殺されることも喜んで受けます。」
そういうと彼女は伝えることを伝えこういった。
あなた方は白い肌、直接手を下す存在、許せると思いますか。
「ハイヤーさん。」シオンはこんな表情をするハイヤーハムシェルを
見たことがなかった。
ハイヤーハムシェルは思い出していた、幼き時の
フランクフルト・アム・メインの光景を、借りた金を返したくない理由で
火を放ち、殴りつけ 犯し、殺しまわる暴徒。これでは我々も同じではないか。
どこが・ちがうんだっ。
アフリカの黒人は死んだのではない、殺されたのだ。
棺の特権とともに金をイングランドに密輸するために、
教会の莫大な利益のために、いや大英帝国と叩き潰すために。
当時、アイルランドカソリックの大半は地方領主のもとで働く
農業従事者であった。食べてはいけるが、給金はゼロ。当時の常識だ。
飢え時ぬ物の多い中、食べることと生きることが報酬だ。
これに、起因して起きたのが、後の土地に依存する形の共産主義
自然や環境に左右されるが故、努力でなく結果の平等を求めた。
こちのユダヤ主導の 共産主義 である。
対して、都市資本家ブルジョア階級の元で働く浮浪者、黒人奴隷、ユダヤ人は
工場労働者であり、これに起因して起きたのが、後の貨幣に依存する形で
発生した 社会主義。人材と時間に価値を置く、アメリカ的機会均等を
求めるものであった。左派キリスト教社会主義である。
この時代、工業化による 「それ」はそれほど知られていなかった。
黒人、アイルランド人、ユダヤ人、ケルト人 その中でこの大量死事件は
少しづつではあったが噂として広まっていた。
ある神父はこう言った。
「ユダヤ人が井戸に毒を投げ入れ、河に病気を流していると。」
1761年中旬、大英帝国中枢 紡績都市マンチェスター、アイルランド流民の
居住する一角でそれは起こった。原因不明の奇病と大量死。当時はケルトを嫌う
悪質な嫌がらせ、テロリズムと思われた。
アメリカ独立戦争において名をはせた、ジョージワシントンの副官
そして、ハイルドギースの指導者たるハンドルフ一族、ハーシー家、
そして、彼女の耳に入っていた。
ナスィは国王、酋長、頂点を意味し、サンヘドリンの長をパトリアルクと言い
これが転じて、パトリックとパトリシアとなった。セントパトリックの意味は
聖王セイントキングである。聖アルトリウス家の血の継承者。
彼女とは、パトリシア・シャムロック・アルトリウスその人である。
「アイルランドの浮浪者、労働者の一団、武装蜂起し、ユダヤ人ゲットーに
向かった模様。」ハーシーからの報告を聞いたハンドルフは寝耳に水だった。
ハーシーは意味ありげに笑うといった。「この機会に昨今、躍進するユダヤ人を
叩き潰しては?」おそらく、ハーシーはこの話を知っていてわざと遅らせたのだろう
ハンドルフを追い込むために。
パトリシアは叫んだ。
「偽りの理由には、偽りの正義しかない。ユダヤの有力者に伝があります。
何とかして見せます。」
ハーシー「しかし・・・わかりました何とか押さえます。時間は無いですよ。」
「わかった、それでいい。私がハッペンハイムへ使者に出ます。」
パトリシアはそういうとゲットーへ向かった。
「ハイヤー どうしたのです。深刻な表情をして。」
「いえ、肉屋のパトリシアが来ているのです。」
ハイヤーはあの女が苦手だった。
「突然の訪問、お時間をいただき感謝いたします。お会いできて光栄です、殿下。」
パトリシアは慇懃に言った、急ぎながら。
「なんだか疲れているようですね。休息を。」
ハイヤーは言った、例の件なら承知しています。原因ははっきりしています。
我々は毒など流していない、付近にある工場の垂れ流す廃棄物が原因でしょう。
いうなれば、「公害」でしょう。
パトリシアは怒り心頭だった。
「あなたたちは知っていて、放置していたのですか。それは毒を流すのと同義です。」
「我々だって被害は出ている。我々は政府や国王ではないですし、
工場を立ち退かせるのは無理です。」
産業の中枢を担う製造業が毒を流しているのは事実です。しかしこの不況時
それが公になれば、ホイッグは辞任しなければいけない。
経済恐慌が悪化し、労働者は飢え時ぬでしょう。
「では、毒で死ぬか、飢えて死ぬか。選べと。これではハーシーの言うとおりです。」
飲み水の確保も困難か、監獄船の大量死も関係あるかもしれない。
ハイヤーは考えていた。
「あなたたちでは話にならない、ギデオンかハッペンハイムを出しなさい。」
「いえ、我々としても放置する気はありません。ただ失われたものは100年近く
経過しないと元に戻らない。原因が我々側にあるとはいえ、
ヴァチカンがけしかけたもの。産業資本家のほとんどは
イングランド貴族。このままでは、アイルランドと
イングランドの全面対決になってしまう。
それはまずいと思うのですが。」
「何でも、教会のせいにすればいいと思っているのですか。自分たちには関係ないとでも。
産業資本家が超え太るために建てた物で、何故、貧民が苦しまねばならないのですか。
このままでは、ハーシーの言うとおりです。」
「ギデオン卿やイングランド王はこう思っているのです。農作物はフランスやドイツから輸入し
高価な工業製品と交換すればいい、貨幣を支配し、宝石兌換による英国優位の金融システムが
築け、交換比率が高いことから、資産は何倍にも膨れ上がり、国民全体が豊かになるとね。
海洋国家ゆえの宿命です。」
「それは地方領主や農民や切捨てを意味しますよね、違いますか
地方は寂れるばかり、そんなもの認められない、いりません。」
「アイルランド、スコットランド地方には毎年都市部から集めた財産を交付金として支給します
ご心配なく。」マイヤーアムシェルは農業のことなどまるで理解していなかった。
「ふっ!乞食と言うのですそれを!トーリー党を支持する地方地主はつぶれると言うことですね。わかりました、
それではこちらにも考えがあります。」そういうとパトリシアは去っていった。
うーーん、マイヤーアムシェルは考え込んでいた。
今回の公害を、流行病だとして発表するつもりだったし、
それにより死体に対する消毒もできる。毒だと言われればそれはできない。
「パトリシアにもアフリカから来た伝染病だと偽ったほうがよかったのではないですか?」
シオンはそっと聞いた。
「いや、彼らは、我々の究極の目的のためには必要な存在、軍事力を持たないのですから、
我々は。」
「シオン、いまやヨーロッパ全土がヴァチカンの支配下にあり、
我々ユダヤ人の支配する土地などありません。かつてのネーデルランド独立も
不完全であり、そのための新大陸をトーリー、ヴァチカンの及ばない
我々の新天地、支配国とする必要があるのです。」
「ネオ・フロンティア計画ですね。」
「彼の地の金や石炭、広大な土地はあまりに魅力的です。」
「住民に黒い奴隷と浮浪者を送り込み、王権に対する抵抗勢力とし
我々が支配中枢として、世界の歴史上初めて共和制合衆国を作る。」
「我々では、決定できません。ギデオン家へ。皆を召集します。」
そういうとハイヤーは言った。「至急ハッペンハイムへ連絡を請う。」
5人の使用人が全速力で飛び出していった。