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フワッ、一陣の風が吹き抜ける。
上空を飛ぶハゲタカの一羽が落ちてきた。コムラ・オラバは弓の名手であった。
コムラは弓を射ることはとても好きだ。だが、生き物を遊びで殺す事はいけない。
ハゲタカは見事に羽を射抜かれ、バタバタともがいていた。
「ほら、よしよし、すまないな。」そういうとコムラは矢をはずし
ハゲタカを逃がしてやった。
我々はオラバ族という、内陸で農業をしながら暮らしていた。
ただ、コムラには酋長として生まれた以上、趣味のみに生きるわけにはいかない。
海に近いところに住んでいたものたちは、コムラの10代以上前の世代から
金や宝石と交換し、部族同士が戦争で勝つために武器を
競うように集めていた。「白い人」はそのうち金や宝石を掘り出すために
彼らを武器で脅して道具として使い、危険な山の坑道で働かせた。
最近では、土地も名誉も権力も白い人にすべて奪われ、
彼らの祖国イングランドで、同じようなものを大量に作るようになり
人間自体が売り物として連れて行かれるらしい。
だがコムラにとってはどうでもいい、彼らは人を殺すために武器を買い
殺しあって、奴隷になってしまったのだ。誰も殺すなと誰も教えなかったのか。
他の部族は、物として売られ、飢えに苦しみ、ずっと働きっぱなしだ。
海沿いに残ったもので部族間の争いが起き、その結果滅んでしまった。
今年5歳になる娘が一人いる。妻はこの子を産むときに亡くなった。
コムラは外部からいろいろなものが入ってくる事はよい事だと思っている。
コムラの部族は、武器など買わずに文字の書かれた質のよい書物を
集めていた。直接、白い人に接触するのは危険なので、家畜と交換に
他の部族を通じて、集めていた。別にコムラのために集めているのではない。
娘のためだ。白い人が彼らより強いのは、彼らより広い世界を知り
多くの知識を持っているからだ。
コムラの遠い祖先に、砂漠を渡り、白い人と戦って帰ってきた者がいた。
ヨーロッパと言うところから来た鉄の塊の戦士がアラブのイスラム戦士と
戦ったらしい。鉄の戦士は凶悪で残忍、狂っていたと伝えられている。
その兵士たちは、白い人であった。住民を皆殺しにして回ったらしい。
初代オラバはエルサレムから帰った英雄であり、
その足の速さで伝令を務め、勝利に貢献し、鉄の戦士を弓で多く殺した。
そして、遠い国で姓を与えられ、コムラは意味も知らず
名乗っている。その初代オラバは、白い人、鉄の戦士が来たら
決してかかわるなと、一族の掟に定め、オラバ族は白い人がやってきたとき
掟に従い土地を捨て、内陸の荒野に移り住んだのだ。
初代オラバは正しい預言者だった。
初代オラバはこのあたり一帯を治める 王であった。
だが旅に出る事を選び、もどってきたときは、異邦人として扱われた。
コムラの一族には秘密の名前がある。初代オラバは叙勲を受けるとき
イスラムの酋長からサウルと言う姓を賜った。
娘、ウバには彼らの文字アラビア語でサウルと刺青を入れた。
コムラは娘とともに平穏に日常を送っていた。娘は5歳だが
英語を学びつつある。会話を学ばせるために
白い人の愛妾となっていたが捨てられた女を一族に入れた。
初代オラバの予言は正しいだろう、かかわってはいけない、
だが向こうからかかわってきたらどうするか。
将来オラバ族を率いるであろう娘ウバには武力は期待できない。
だから、多くの知識と聡明な頭脳を与えたかった。
もはや、この大陸のどこに逃げても、白い人、虐殺の狂人はやって来る。
産業革命期の真っ只中、細々と炭鉱で働くものたち、
そして、細々とそれを監視するものたち。
前者はおおむね流浪罪のベイグランシーと
アフリカから連れてこられた道具かであった。
後者はゲットーから通う貧困ユダヤ人。
1日に3シリングで雇われていた。
ベイグランシーとユダヤ人は仲が悪く、彼らの多くは
ユダヤ人はブルジョアの手先と誹謗し、都市資本家の豚と呼んでいた。
道具達の扱いはひどく、鞭で打たれる、耳を削がれる、などは日常
死を持ってあてがわれる罰が多かった。最も炭鉱で生き埋めになり
苦しみながら死ぬよりは幾分かましであったが。
その日は珍しく、黒い道具の一人が脱走を試み
見せしめのために、ユダヤ人の手で縛り首になっていた。
この施設の予算は非常に脆弱で、脱走を阻むのは
低いフェンスと寝ぼけたユダヤ人の見張り程度だ。
しかし、抜け出しても外で生活ができるわけでもなく、
流浪罪で連れ戻され、殺されるだけだ。
なぜなら、道具達は真っ黒ですぐに見分けがつくからだ。
だから、道具達も頭がおかしくでもならない限り、従順だった。
実際に白人のベイグランシーも連れてはこられるのだが
すぐに逃げ出すので、1週間もいるものはいない。
彼らは、ユダヤ人が黒人を道具として迫害していると言う
プロパガンダ政策の一環として、実行されている。
往々にして言われる事だが、なぜ近代のように
反乱を起こさないのかである。彼らの多くは諦めていた。
故郷はあまりに遠すぎた。この世にもっとましな場所が
あるとは思えなかった。
白人は言うのだ。農村部で飢えに苦しみ、5シリングで死ぬ。
監獄船の糞尿と奴隷船の黒い血、そのどこに違いがあるのかと。
帰るところなど結局のところどこにも無いのだ。
この世に楽園など無い、死を超越できるものこそ
真の幸福である。それが大方の道具の一致であった。
ある日コムラは、村人の一人が見つけてしまった、
災いについて相談していた。
村人の一人が、村から歩いてしばらくのところにある
川のほとりで、冒険家と思われる3人組を発見した。
他に死体が2つ、水汲み場に肉食獣が近づくのは厄介なので
コムラはその2人については村の墓地に埋葬する事にした。
問題は生き残った3人だ。1人は重症で、2人は無傷だ。
幸い、英国人らしくウバが、話を聞いていた。
白い人は子供が英語を話す事に驚く様子もなく、
この地にある程度慣れているものだろうと推測された。
「父上、話を聞きましたが、このあたりに金や宝石の鉱脈がないか
一攫千金を狙った、政府より派遣されてきた役人が一人、
現地のガイドが1人、傷の深いものは安静にさせております。」
無傷で生き残った、けむぐじゃらの大男が話しかけてきた。
ウバしか言葉を理解できるものがいないのだから仕方ないが
村の掟を破るわけにも行かない。
かといって無視しては心象がかなり悪くなるだろう。
仕方なく
「父上に許可を取ってきます。しばらく待って。」
「はぁ、許可~。」大男は顔を近づけると臭い息を吐きかけてきた。
「ふざけんなよ、黒いの。俺は酒が欲しいんだよ。」
「ちょっと待って、それはある。許可を取ってくる。」
ウバは急いで父のもとに行き、許可を取ろうとした。
しかし、コムラは酒を飲ませて、酔っ払って暴れられると困る
そういって、許可はできないと言った。
ウバは、それは分かるが10歳かそこらの子供だ。
身長が自分の2倍、体重は4~5倍ありそうな
熊のように凶暴そうな男を怒らせるのはいやだ。
「申し訳ないですが、できません。」
あなたが酔っ払って暴れまわると迷惑なので
できないと言うことを説明すると大男は言った。
「傷を負って死に掛けてる神父に渡したいだけだよ。」
それでもダメなのかと、怒り狂う男は自分はしらふでも暴れまわると言い出す
始末だ。ウバは酒に眠り薬を混ぜて飲ませようと思った。
弓は好きだが、獲物を殺すのを嫌がる父は、矢に塗るための眠り薬
を持っていたはずだ。
「わかりました。お口に合うかは分かりませんが、お持ちします。」
父も仕方なく、承知してくれた。
ついでにあの男の言うとおり、神父にもお酒を持っていくことにした。
痛みで眠れないだろう。
傷ついた神父は、荒い息を立てながら横たわっていた。
おそらくこの傷ではこの村では助からないであろう。
ウバが神父に酒を塗り、口にお酒を含ませ。
「沁みますか、消毒のためです我慢してください。」
そういうと神父は少し驚いたように、こちらを向いた。
「君は英語が話せるのか。しかもかなり流暢だ。
こちらの人間は、まともな言葉が話せないと思っていた。」
「私は幼いころから、ヨーロッパの書物を毎日読んでいました
読み書きなら、ここの言葉よりも得意です。」
ウバは神父の傷口に薬草を塗りながら言った。
「あの大きな男性は凶暴で暴れるので、お酒を飲んで寝ています。」
ウバがそう言うと神父は必死の形相で英語でこういった。
「今すぐ逃げるんだ。何を聞いたかしら無いが、彼らは奴隷狩り、
しかもただの奴隷狩りじゃない、殺すのが目的だ。」
神父はそういうとまた、疲れたのか静かになった。
「何のために。殺しては価値が無いのでは。」
そうウバが言うと、あの男が寝ている今しかチャンスは無い
もう一人は、助けを呼びに行った。すぐに戻って来る。
彼らは、奴隷を使って 金を大英帝国に密輸している。
、食べさせて、死んだ死体から金を取り出すんだ。
そう、つぶやくように言うと神父は目を閉じた。
急いで、父 コムラのところへ走って行き、そのことを伝えた。
「そんな馬鹿な。それではあの男の護衛と案内を頼まれた村人はどうなる。」
そうウバにだけ言うと、村人全員を広場に集め、オラバ族酋長コムラは
全員に今日中に別の土地に移り住むように行った。
そして、酋長をやめ、娘ウバが次期酋長になると宣言した。
村は大騒ぎ、大男は寝ているうちに、何重にも縛り上げ
動けないようにした。
村人たちが無事この地を離れると父は弓を取り
ついていったものを救出する。そういって、ウバに後を託した。
父が旅立った後、村落のものは、洞窟を目指し急ぎ足で歩いていた。
ウバは長老に言った。「父コムラは、白い人と交渉に行った。
父は白い人の言葉が分からない、私は必ず戻る。」
そう言って、父の後を追うと告げた。村人は全員が反対した
ウバは、酋長は自分、そう言って、無理やりみんなを行かせた。
ウバを次の酋長にしたのは、コムラの人生最大の失敗だった。
父上、必ずお助けします。死なせたりなどしません。
そういうとウバは走り出した。