第16話 お嬢様、ゲームをする。(後編)
前回までのあらすじ。
魔法スゴロクとかいうスットンキョウな物の中に閉じ込められてしまった御三家の令嬢+俺はクリアすれば何でも願いが叶うというそのスゴロクをプレイする事になった。
しかし、仮想空間であるスゴロク内では令嬢達のとってつけたような異能は使用ができない事が発覚。
果たして、俺達は無事に現実世界へと帰還できるのか!?
――なんてちょっと大袈裟に解説しては見たものの、傍から見れば俺達は新聞紙を広げた位のスゴロク盤を囲んでワイワイ騒いでいる怪しい4人組にしか見えないだろう。
まさかこの世界に来てまでスゴロクなんてものをやる事になるとは思わなかったが、これをどうにかして穏便にクリアしなければ折角結成した世界征服団体(仮)が瓦解しかねない、それには俺が1位をとり、適当な願いで茶を濁す必要がある。
なにせエリザベートにどんな願望でも叶えるチャンスなんぞ与えたらそれこそ全宇宙の存亡に関わるからだ。
それだけは何としても阻止しなければなるまい。
「なん……じゃと…… カハッ!?」
最初にサイコロを振り、天から降ってきたメモ用紙を見たエリザベートはいきなり吐血しはじめた。
どうやら本当にイベント内容は実際に起こるらしい。
「ぶッ! ぶはははは!! 何よコレ傑作じゃない!! 一発目からこんな面白イベントマスに止まるだなんてやっぱアンタ持ってるわね~」
「だ、駄目だよアーちゃん、そんなに笑ったりしたら…… くッ くくく……」
明らかに嘲笑する2人。
一方エリザベートは「おのれ…… メス犬共め。今に見ておれよ……」と憤怒の表情を浮かべながら口元の血を拭っていた。我がお嬢様ながら何ともお労しい限りだ、まあちょっと画的に面白いけど。
「は~あ、笑った笑った。じゃあ次は私の番ね!!」
次番のアリシアさんは「そ~れ!」と床にサイコロを放る。出た目は4。
すると盤上に配置された青駒が4マス進み、先程と同じように天からメモ用紙が降ってくる。
アリシアさんはそれを空中でキャッチし、「どれどれ」と目を通す。
【このマス目に止まった者はゲームが終了するまでクマちゃんがプリントされたパンツを頭に被らなければならない】
「ふんッ!!」
かなりイラつく内容だったのか、アリシアさんは突然メモ用紙を破り捨てた。
そして殺気の困った銀色の目でスゴロク盤を睨みつけ、
「ちょっと、そこのスゴロク」
『なんでしょうか?』
「このゲームのイベント内容はランダムに決まるのよね」
『はい、10000を超えるイベントの中から無作為に抽選されます』
「明らかに個人に対する嫌がらせのような気がするけれど…… 因みに命令に逆らったらどうなるの?」
『ゲームオーバーになります』
「それを先に説明しなさいよ!!」
スゴロク盤を踏みつけようとするアリシアさんを俺とサクラさんが何とか羽交い絞めにして止める。
「アリシアさん落ち着いてください!」
「そうだよ、一体何が書いてあったの?」
「そ、それは……」
アリシアさんがメモの内容について説明しようとしたその時、俺の頭の上に布のような物が落ちてきた。
「ん? なんだコレ?」
俺はそれを手に取って見てみる。
しかしそれは可愛らしい熊だか猫だか分からないようなキャラクターがプリントされた女性用パンツだった。
「ふんッ!」
「カッ!?――」
唐突に繰り出されたアリシアさんのエルボーが俺の腹部に直撃する、何故だ……
「な、なにするんですか……」
「……うるさいわね、なんでもないわよ」
と言いながら俺からパンツを奪い取りそして何故かそれを頭から被るアリシアさん。
なるほど、メモの内容は大方この子供パンツを被るとかそんな所か。
「ハッハッハ!! 無様じゃのおアリシア。いやお前には逆にお似合いかもしれん、きっとスタンフィールド領で流行るぞよ?」
「く、屈辱……」
「次は私の番か~ どうか2人みたいなコマが出ませんように……」
両手でサイコロを擦りながら静かに放るサクラさん、出た目は5。
黒駒が5つ進み、例の如くメモ用紙が天から降ってくる。
「えっと【このマス目に止まった者は他のプレイヤーにキスをしなければならない】だって」
「!!?」「!!?」「!!?」
ある意味一番強烈な内容を引き当てたサクラさんは何故だか余裕な表情だった。
というか全部の内容に魔法的要素皆無じゃね? 何が魔法スゴロクだよ。
これを作った製作者である冥界の女神さんっていうのは相当性格に難があったと見える。
「仕方ないな~ じゃあアーちゃんで我慢しておくか~」
「なんでよ!?」
「だってエリちゃん『妾にキスすれば殺す』と言わんばかりにおっかない仮面被ってるし」
「え!?」
エリザベートはいつの間にか禍々しいデザインの鉄仮面を装着しサクラさんのベーゼへの防御体制を整えていた。
どこからもってきたんだよそんな仮面。
ダースベイダーみたいだ・・・・・・
「かといってミコトちゃんにキスする訳にもいかないでしょ? これはもう消去法でアーちゃんしかいないよ」
「う、嘘よね…… 冗談よねサクラ…… だって私達女同士じゃない」
「昔はよくふざけてしてたじゃん、それにほら命令に逆らったらゲームオーバーになっちゃうっぽいし、ここはベロチューで我慢してね」
「ベ、ベロ!? ちょまッ いっやあああああああああああ!?」
何故が命令がランクアップしていた気がするが、俺にできるのはせめて目を逸らしてあげる事だけだった。
そういえばサクラさんってBL好きな癖に女の子好きという特殊性癖の持ち主だったけ。
「ふ~ ご馳走様」
「うぅ…… もうお嫁にいけない……」
一体アリシアさんは人生で何回お嫁にいけなくなってしまうのだろうか、いつか誰かが彼女を幸せにしてくれる事を祈ろう。
「次は・・・・・・俺ですか」
そして満を持して俺がサイコロを振るう番がやってきた。
神はサイコロを降らないというが、それはもしかしたらこのスゴロクをやっていてトラウマになってしまったのかもしれないな、なんて小粋な事を考えながら俺は小さな立方体を床に転がした。
――出た目は1だった。
「なんとまあ、お前に相応しい出目じゃのお」
「いいんじゃない? 矮小な平民は私の後をヒーコラ言いながら着いてくるのがお似合いよ」
サイコロ振るたびに吐血する金髪女と頭に熊ちゃんがプリントされたパンツを被った銀髪女が何か言っていたが俺は大人なので気にしない。
すると灰色の駒が1マス進み、俺は天から降ってきたメモ用紙をキャッチして内容を確認する。
もう3回もヘンテコなイベントを目撃しているのである程度の心構えはできている。
吐血しようがパンツ被ろうがベロチューしようがドンと来いだ。
【初っ端から1出すとかどんだけショボイ人生を歩んでるの? どうせ童貞なんでしょ? もうなんか哀れだから10マス進めてあげる。感謝してね】
「テメエこの野郎! 今すぐ焼却炉にぶち込んで灰にしてやる!!」
「お、落ち着けミコト。よいではないか1! 今考えてみれば妾が一番好きな数字じゃ!!」
「そうよ平民、ナンバー1よりオンリー1よ!!」
「エリちゃんもアーちゃんもフォローになってるのかな……」
そこには冷静さの欠片もない男がスゴロク盤を踏みつけようとするのを3人の少女達に止められている図があった。
確率的に6分の1なんだから出る時は出るだろ! 後、童貞は関係ないだろ!?
『言っておきますがマス目の文章は全て私の製作者であるイヴ・アンリミテッド・デスサイズ様がお考えになった物ですので私に憤慨されるのは筋違いかと』
「くッ! そ、そうですね。失礼しました……」
俺とした事がつい取り乱してみまった。
イカンイカン、ブリュンスタッド家の執事たるもの常に冷静沈着でいなくては。
『まあ正直、いきなり1を出すなんて私もどうかと思いますけどね ぷッ!』
「んだとテメエ!!」
こんな感じで、俺達は次々と天から降ってくる忌々しいイベントを消化しながら時に進んだり戻ったりしつつゲームを進めていった。
でもまさかまさかあんな事になってしまうだなんて思ってもいなかった……
◇
ゲームの内容を全て描写してしまうと冗談抜きで本が一冊書けちゃいそうなので割愛させて頂きたい、しかしそれではあまりに味気ないので俺個人的主観で印象深かったイベントを人物別にピックアップしてみた。
今回はこれで勘弁してくれ。
エリザベート
・サイコロを振るたびに吐血する病にかかる。
・出したサイコロの目の数だけ服やアクセサリーを装着しなければならない。
・なんかよく分かんないダークサイドに落ち、性格的痛々しさが2割り増しになる。
アリシア
・ゲーム終了時までクマちゃんプリントパンツを頭に被る。
・サイコロを振るたびにクマちゃんプリントパンツの良い所を10個言わなければならない。
・世の中にクマちゃんプリントパンツを広める為の象徴的存在になる。
サクラノヒメ
・プレイヤーの誰かとキスをする。
・サイコロを振るたびに同人誌を1ページ描かなければならない。ただしBL以外
・ゲームが終了するまでBLネタ禁止。
いや、本当はもっと色々あったんだけど冒頭のシーンに回帰するにあたってこれだけは抑えておく必要があった事を分かってほしい。
というかイベント指令がどんどん雑になってきている気がするのだが……
因みに俺のイベントマスはと言うと、
ミコト
・初っ端から1出すとかどんだけショボイ人生を歩んでるの? どうせ童貞なんでしょ? もうなんか哀れだから10マス進めてあげる。感謝してね。
・え!? 嘘でしょ。また1? どんだけ運がないの? もうなんだか本当に可哀想になってきたからこれから先2回ずつサイコロ振っていいわよ。超感謝してね。
・ちょっといい加減にしてよ、なんで2回振って両方とも1なの? もうこれは呪いね、早急に解呪魔法を掛けて貰った方がいいわよ。さっさとゲームを終わらせられるようにこれから出た目の数を倍にしてあげる。
なんで俺の時だけ会話口調なんだよという疑問はあったのだが、そのお陰で運のない俺でも豪運3人娘と肩を並べるプレイができたのでよしとしよう。
――そして、物語は冒頭へと戻る。
『驚きました、かつてこれだけ長時間プレイした人達は貴方達で2チーム目です』
少しだけ事務的な口調を崩したスゴロクちゃん、こんな糞ゲーを俺達と同じくらいプレイするとはとんだお馬鹿集団もいたものだ。いつか機会があるのなら顔を見てみたいものだね。
「どうやら残ったのはお前だけのようじゃな、ミコトよ……」
「お嬢様……」
「人類は害悪じゃ、妾が勝者となったその時こそこの世の終焉。ラグナロクが始まる……」
暗黒面に落ちた事でちょっと痛々しさが倍増しているエリザベートはどこから吹いているのかも分からない風でマントをなびかせる。
もし俺がああなったらと思うと羞恥で自殺するレベルだ。
「アリシアは子供パンツの悟りを開き、ゲームを放棄した」
「サクラさんはBL成分が枯渇しすぎて発狂、ゲーム続行は不可能」
「つまり、残るプレイヤーはお前と妾だけ」
「つまり、残るプレイヤーは俺とお嬢様だけ」
今ここに世界一どうでもいい主従の最終決戦が幕を開けた。
いや正確には閉じようとしていた。
何故なら残るマスは俺が8、エリザベートが7だからだ。
2回サイコロが振れ、加えてその数が倍になる俺は次の番で確実にゴールする事ができるだろう。
問題はお嬢様の番だ、あの豪運ならば彼女は確実に6を出してクリアに王手をかけるだろう。
最後のイベントを無事こなす事ができればだが……
「ふッ ディメンションダークマジシャンエンペラーとなった妾には最早イベントなぞ粗末な事柄にすぎん」
なんかいつの間にかとんでもない物になっていたお嬢様は勢いよくサイコロを振るう。
「カハッ!!」
吐血は止まらないらしい、何とも締まらないなぁ……
しかし出た目は6。そして天から最後のメモ用紙が降ってくる。
「む、これは……」
しかしエリザベートはメモ用紙を見るや否や怪訝な表情を浮かべて黙り込んでしまった。
「おい
『なんでしょうか?』
「1つ聞きたいのじゃが、ここでの記憶は現実世界に戻った際どの程度フィードバックされるのじゃ?」
『精神に多大なる負荷が掛かっている部分については消去されます、例えばアリシアさんのように最早精神が人間を超越してしまった方の場合はゲームをプレイしたという記憶のみを保持し、詳細については削除されます』
「では妾やミコトの場合はほぼ100%保持されると思ってよいのかの?」
『はい、お二人の場合は少々精神的リカバリーが掛かるだけで記憶事態にはさほど影響はありません』
「……そうか、なれば此度の遊戯の結末は決まったな」
「どういう意味ですかお嬢様」
「これじゃ」
エリザベートはそう言うとメモ用紙の半分を指で隠して俺に見せてきた。
【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■1マス進む事ができる】
「これは……」
要は何かを行えばゴールする事ができるという事らしい、しかし何故内容を隠す?
「お前も知ってのとおり妾は負けるのが嫌いじゃ、故に妾はこの指令をこなしゲームをクリアする」
「そんな、じゃあ人類は……」
支配する所か滅ぼす側になるなんて笑えないぞ、しかもこんなクソゲーのせいで!!
「いや、人類は滅ぼさん。試合に勝って、勝負に負けたといった所か」
「お嬢様、一体何を言っているんですか?」
「玩具よ、クリア前に願いを言うのはルール違反か?」
エリザベートは俺の問いを無視してスゴロクちゃんに話しかける。
『いいえ、特に問題はないかと』
「そうか、ならば妾の願いはこうじゃ。『今から妾が言う事をミコトの記憶から削除せよ』」
『参考までに理由をお尋ねしてもよいですか?』
「……ふんッ まあ道具相手に身構えてもしかたないか。なに、このような状況で言うのは妾の趣味ではないだけじゃ、なんかこう言わされている感があるからの」
『なるほど、やはりイヴ様の言うとおり人間という種族は面白いです』
2人が一体何について話しているのか、俺にはよく分からなかった。
分かったのはメモ用紙の内容が俺に対して何かしらの言葉を投げかけるような物のようだという事くらいだ。
そしてそれはエリザベートにとって覚えていてほしくないような事柄なのだろう。
今までずっと黙ってたけど、加齢臭がする。とかだったら傷つくなぁ……
「ミコトよ……」
エリザベートはその派手な鉄仮面を外し、何故か頬を赤らめながら俺を見つめる。
「?」
「妾は、その、えっと。お前の事を――」
◇
「結局あの時お嬢様はなんて言ったんですか?」
「戯け、言ってしまってはお前の記憶を消した意味がなかろう」
「まあそれはそうですけど……」
エピローグ風な空気を醸し出せば聞きだせるかと思ったが、やはり話してはくれないらしい。
あの後、エリザベートがスゴロクをクリアした事で俺たちは無事現実世界へと帰還した。
気が付くと全員床で仲良く寝転がっていたのだ。驚いたのは現実世界では俺達がゲームを始めてからほんの5分程度しか経っていなかった事だ。どうもゲーム内の時間はかなりスピーディーな物だったらしい。
早朝になって、アリシアさんとサクラさんの2人はそれぞれキャスカさんとツバキさんに迎えに来てもらった。
アリシアさんはスゴロクちゃんのいった通りゲームの内容をあまりよく覚えていないようだった。
確かにその方が彼女にとっては幸せかもしれない、なにせ頭からクマちゃんプリントの子供パンツをかぶってその素晴らしさを説く天使になっていたのだから。
プライドの高い彼女がそんな事を知ればその場で卒倒してしまうだろう。
サクラさんは何故かインスぺレーションが刺激されたらしく、ゲーム内で書いていた自作同人誌を現実世界でも形にするのだと目を輝かせていた。
狐面の下から聞こえてきたツバキさんの溜め息が印象的だったな。
こうしてお泊り会とスゴロクは幕を閉じ、世界征服団体(仮)は存続する事が決定した。
そして翌朝。俺はいつものように庭園でエリザベートに紅茶をいれていた。
「そういえばお嬢様、スゴロクちゃんはどうなさったんですか?」
「どうも懐かれてしまってな、しばらくこの屋敷におるそうじゃ」
「そんなペットみたいな……」
別に食費が掛かるわけでもないし、世話をする必要もないからいいけどさ。
正直しばらくはアレに関わりたくない。
「まあそういうな、アレはアレで使い道もあるのじゃ」
「使い道? まさかまたプレイするとかですか?」
俺は死んでもゴメンだぞ。
「いや、妾もアレは一度遊べば充分じゃ。あのスゴロクの使い道はの――」
拷問器具、とお嬢様は紅茶を啜りながら答えた。
俺はなるほど、と納得しカップに紅茶を注ぐ。
最後のイベントマス、その内容が記されたメモ用紙。
俺がその中身について知るのは果たしていつになる事やら――
しかし別に焦って聞く必要もないだろう。
何故ならば、人生というものは往々にしてサイコロを振らなくても自分で進む歩幅を調整できるクソゲーだからである。