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不穏と無謀2

 ドラゴンといっても、ジーニアス魔法学園に在る三つ目のダンジョンの奥深くに居たジーン殿しか知らないが、あの時の攻撃を参考に、届く前提で森から大結界までの距離を考慮して、それに大結界の強度を加味して検討していくと、かなり微妙なところだった。少なくとも、一発で大結界を破壊される可能性が僅かだが出てくるほど。
 距離があるというのに流石は最上級の存在だが、それだけの攻撃が果たしてエルフ側に在るのかどうか。多分精霊魔法でも難しいのではないだろうかと思う。しかし、それでも警戒は怠らない方がいいだろうが。

『まぁ、とりあえず暫く静観だろうが、変なちょっかいを掛けてほしくはないんだけれどもな』

 勝てもしないのに攻めるというのも困ったものだ。今までは取るに足らないから何も無かっただろうが、今回落とし子達が加わった場合、中途半端に脅威になりかねないから排除に動く可能性もなくはないだろう。

『では、妨害いたしましょうか?』
『んーそれもいいが、とりあえず落とし子達の調子が戻った後の状況次第かな。まだ攻める気ならば、何かしかの妨害をした方がいいかもしれないが』
『承知いたしました』

 勝てる可能性が在るのであればまだしも、勝機が全くない戦いなど救いようがないだろう。そんな愚行は止めるに限る。

『まあでも、そうなっても出来るだけ穏便にね』

 そう伝えておかないと、プラタの場合手っ取り早く兵士を刈り取りそうだからな。物騒なものは別に望んでいない。それぐらいであれば、手出ししないで自滅する様を眺めていた方がマシだろう。

『・・・勿論で御座います』

 その妙な間は気づかなかった事にしよう。プラタも安易な手ばかりを打つわけないからな。うん。
 そういう訳で、ナン大公国側の動きはプラタに任せるとして、そろそろ南門に到着だ。
 この後も見回りや討伐は続くが、やる事は変わらない。それにしても、視界の端でまだ捉えている落とし子達は元気だな。未だに元気に戦っている。
 程なくして南門に到着した。そこで解散して宿舎に移動する。まだ夕方前だが、宿舎に到着した頃には日暮れぐらいかな。





「これで最後! っと」

 身長百三十センチメートルもない落ち着いた桃色の髪の女性が、そう言って熱を凝縮した球を放つ。
 その球が直撃して弾けた毛むくじゃらの敵は盛大に燃え上がり、悲鳴のような咆哮を上げて息絶えた。

「ふぅ。暑苦しい見た目だったこと」

 女性が顔を振ると、邪魔になるので後ろで一つにまとめていた腰まである長い髪が左右に揺れる。

「・・・あんまり強くもなかったね」
「我らも大分強くなったからな!」
「・・・まぁ、この辺りでは敵なしだと思うよ」
「当然よ! 私の魔法はかなり強くなったもの!」

 勝ち誇ったように胸を張る女性。その身長に見合った体形では、得意げな顔をしていても微笑ましさが強い。

「・・・全員強くなった。そのおかげ」

 しかしそんな女性へと、明るい茶髪を短く切り揃えた、不健康なまでに細い男性が、冷静に言葉を返す。

「まあね。貴方達もまぁ、強くなったわよ」

 それに女性は高飛車な感じで言葉を返す。そんな女性の態度も、男性ともう一人の二メートル超の巨漢は慣れたもので、顔を見合わせ肩を竦める。

「さて、それでは次へと進もうか!」
「そうね。休憩も十分でしょう」

 巨漢の言葉に女性は同意の声を上げると、早速とばかりに歩き出す。その背に男二人は慌てずに付いていく。そんな三人の後に、更に三人の兵士がついて行く。
 そうして五人を従えるように平原を進んでいた女性が、次の獲物を見つけてそちらに進路を取った。
 遥か先に獣型の魔物が五体居るのを目視で確認した女性は、両隣に並んだ男性達に声を掛ける。

「一斉に行くわよ!」

 女性の声に二人は頷くと、魔法を発現させていく。
 発現した魔法は、女性は直径五十センチメートルほどの火球が二つ。細い男性は高速で回転する水の刃と風の刃を。巨漢は巨石のような土の塊。
 声を掛け合わずとも誰がどの魔物に攻撃するのか決まっているようで、そのまま声を掛け合うことなく同時に魔法を射出させる。
 飛んでいった魔法は多少ぶれはしたものの、それでも全弾しっかりと魔物に命中した。
 魔法が当たり、その威力の高さに魔物達は後ろに下がる。中には吹っ飛んだ魔物も居たが、一撃で倒されるような魔物は居ない。
 魔物は体勢を立て直すと、すぐさま駆けて落とし子との距離を縮めていく。しかし、その距離が無くなるより早く三人は次弾の魔法の用意を済ませる。

「これでおしまいよ!」

 女性の声と共に、三人は用意が整った魔法を放っていく。
 距離が縮まっただけに、今回は危なげなく全弾命中する。その結果、魔物は五体共に消滅した。

「容易いわね」

 勝ち誇ったようにそう口にしながら、普段のノリで髪をかき上げるような仕草を見せた女性だが、今は後ろで一つにまとめてある髪では、あまりかっこよくはならない。
 しかしそんなことなど気にせず、女性は余裕の笑みを浮かべた。

「・・・まぁ、あれぐらいじゃもう近づかれることもなくなったからね」
「そうだな。私の筋肉の出番がないのは残念だが、安全なことに越したことはないからな」

 女性の言葉に、二人がそう補足して答える。そんな答えに、女性はふんと小さく声を出すと、そっぽを向いた。
 敵を倒し終えた三人は、そのまま次に進んでいく。
 三人の索敵能力は成長と共に上がってはいるが、それでも肉眼で警戒するよりはややマシ程度でしかない。索敵範囲は最大で半径四キロメートルを少し超えるぐらいだろう。これも状況によって変わるのだが。
 それでも肉眼のみの警戒よりも格段に安全なので、三人は肉眼と並行して魔力視による警戒を行いながら進んでいく。

「向こうに交戦していない敵の反応が在るわね! 向こうに行くわよ!」

 女性は進行方向から少し逸れた方角を指差すと、元気よく歩いていく。それに二人は異論は無いようで、大人しく女性の後をついて行く。
 暫くそうして女性の先導に従って平原を進むと、視認できる距離に魔物の姿を捉える。数は六体。獣型ではあるが、脚が六本ある。
 すぐさま三人は戦闘態勢に移ると同時に、魔法の準備を始める。
 発現する魔法は初歩的な魔法ばかり。しかし、その威力は中々に高く、平原で戦うには十分な威力だ。

「さっさと倒すわよ!」

 女性の言葉を合図に、落とし子達は準備が整った魔法を一斉に射出させていく。射出された魔法は魔物めがけて一直線に飛んでいくが。

「ちょ!」

 六体の魔物の内の四体が、飛来してきた魔法を横に跳んで回避する。二体の魔物には直撃したものの、その結果に女性は驚きの声を上げた。

「・・・中々に頭がいい」
「はっはっ! 戦いがいがあるな!」

 そんな女性を横目に、男二人は感心した声を出す。

「ちょっと! そんなこと言ってないで次弾用意!」
「・・・もうしている」
「うむ! そろそろ次の魔法を放てるぞ! 今はリリー待ちだな!」
「む!」

 巨漢の言葉に、女性は不機嫌そうに口を曲げる。しかし、何かを言い返すことはせずに、魔法の準備を済ませる。

「準備は良い? 一気に行くわよ! これでせめて二体は倒したいところね」

 そう言って合図を出すと、三人は発現させた次弾を射出していく。それはまたも一直線に魔物めがけて飛んでいくが、それも先程と同じ結果に終わる。ただ違うのは、避けきれずに二発目の魔法も直撃した二体の魔物が消滅した事ぐらいか。

「あと四匹! しかしすばしっこいわね!」

 女性が苛立たしげに口にすると、三人は次の魔法を準備する。その間も四体の魔物は距離を詰めて駆けてきていた。
 しかし、三人は焦ることなく魔法の準備を終える。

「今度は外さないようにするわよ!」

 怒りのような感情を含んだ言葉で次の号令を発する。それに応えて先程と同数の魔法を用意すると、その内の半分を一体の魔物目掛けて射出していく。
 射出した魔法が魔物目掛けて飛んでいき、それに遅れて更に残りの魔法を射出させる。
 殺到する魔法に、近くに居た魔物達が散会していく。そして、放たれた三発の魔法の一発が標的となった一体の魔物に直撃して、魔物を後方に吹き飛ばした。
 それを追撃するように遅れて射出された三発の魔法が殺到していく。どうやら落とし子達は、ある程度は放った魔法を自在に操ることが出来るようだ。
 吹き飛ばされて僅かな間動きを止めた魔物へと残りの魔法が直撃して、魔物は消滅した。残り三体の魔物はその間に更に距離を詰めてくる。
 落とし子達は急ぎ次の魔法の準備を終えた。しかしその頃には両者の距離は一キロメートルほどまで縮まっている。

「あと一体は減らすわよ!」

 女性の言葉に二人は頷くと、準備が完了した魔法を放つ。
 魔物達は散会したまま、落とし子達の両側と正面の三方から攻めてきているが、その内の左側の魔物へと集中して魔法を放っていく。

「・・・動きはもう理解した。一体なら確実に仕留められる!」

 細い男性の言葉通りに、放たれた魔法は動く魔物をしっかりと捉えていて、次々命中させると消滅させた。
 しかし、四体目の魔物を消滅させたところで、残り二体の魔物は、落とし子達に飛び掛かって残りの距離を一気に詰めて襲い掛かってくる。

「ふははははっ! やっとこの筋肉の出番だな!」

 筋骨隆々の巨漢は魔物の襲撃を障壁で防ぐと、体勢を立て直す為に後方へと跳んだ魔物へ、嬉々として殴りかかる。

「相変わらず野蛮なものね」

 身体強化を施している巨漢は一足飛びで魔物に近づくと、障壁で手を保護しながら、それごと魔物を思いっきり殴りつけた。

「そいや!」

 一発二発とどんどん攻撃を重ねていく。身体強化を施している為にその拳の速度はかなり速く、また威力も高い。それでも魔物はまだ弱っただけで消滅までには至らない。

「中々に頑丈じゃないか!」

 巨漢は嬉しそうな笑みを浮かべながら、弱った魔物を組み伏せたまま殴り続ける。それを女性は呆れたように眺めるも、特に止めることはしない。それに巨漢が敗けるとは微塵も考えていないようだ。
 残りの一体の魔物は、細い男性が相手をしていた。威力の弱い簡易的な魔法で牽制しつつ、佩いていた細剣を構える。
 その細剣は先端があまりにも鋭く、斬るというより突くことに特化させた造り。男性は魔法でどうにか隙を作り、その鋭利な切っ先で魔物を突こうとしている。
 女性はそんな両者を眺めながら、悠々と魔法を構築していく。

「さて、倒すまで待つ必要もないでしょうから」

 そう言うと、女性は魔物をけん制しながら睨み合っている男性の方へと目を向ける。

「この距離なら外さないわね」

 魔物の意識が男性の方へと向いている隙に、女性は魔物の横っ腹目掛けて火の槍を射出して、それを貫いた。

「止めは任せたわよ!」

 まだ消滅していない瀕死の魔物の止めを男性に任せ、女性はもう一方に目を向ける。

「あら、終わったのね」

 目を向けた先では、巨漢が水を飲みながら立ったまま休憩していた。その周囲には魔物の姿は無いので、既に消滅した後なのだろう。
 それを確認した女性が男性の方へと視線を戻すと、そちらも丁度魔物を倒したところであった。





 魔物の討伐を終えた落とし子達は、少し休憩を挿んで移動を開始する。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 そんな落とし子達を遥か上空から観察している二つの双眸があった。

「・・・相変わらず女王は凄いな~」
「アたりまえでしょウ」

 一人は身長百二十センチメートルほどで、赤茶色の髪を肩に触れない程度に伸ばしている少女。名をシスと言い、死の支配者であるめいに仕える一人で、めいが創造した存在。
 もう一人はシスよりも背は高いが、それでもまだ一般的には背が低い少女。全身をすっぽり覆うほどに長い髪の毛が特徴的で、その髪の毛により、顔も服装すらろくに確認出来ない。その少女の名前はナイトメア。シスと同じくめいに仕える一人であった。ただシスと違い、めいが創造した存在ではない。
 そんな二人は、めいより落とし子達の監視を命じられており、現在その任務に就いている最中であった。
 しかし、遠く離れた場所からでも二人は落とし子達の監視が出来る為に、上空からとはいえ直接見る必要はないのだが、それでもわざわざ上空に上がってまで監視しているのは、単純に二人が暇していたからにすぎない。

「あんなに簡単に心って弄れるんだね~」

 心底感心した様なシスの言葉に、ナイトメアは少し呆れたような目を向ける。

「ナにをとうぜんなことをいっているのかナ? アんなのめいさまにかかれバ、カたてまにもならないヨ」
「流石は我らが女王様!」

 興奮したようなシスに、ナイトメアは少し考えるように目を動かす。しかし直ぐに結論が出たようで、考えるのをやめて口を開く。

「ソれはあたりまえとしテ、キみはこれからはしんちょうにこうどうするんだヨ?」
「わ、分かっています」
「ナらばいイ。コんかいはちゅういですんだけれド、キみのこうどうでめいさまによけいなごふたんをかけたえいきょうデ、スこしふきげんになられたときくからネ」
「っ!! それは、その、申し訳なく・・・」
「ワたしにあやまられてもネ」

 肩を竦めるような声音でそう返すと、ナイトメアは興味が失せたように地上に目を戻す。
 その横で、シスはナイトメアの言葉の意味を正しく理解し、恐怖に震える。自分の愚かしさもだが、その結果として消される寸前だったことに。
 二人の主人であるめいは、部下に結構な自由を与えていた。ただしそれは、与えられた任務をしっかりとこなすことを前提としている。それ以前に、めいの計画自体を邪魔するということは、めいへの敵対行為に他ならない。絶対者への敵対。それは破滅以外の何物でもないだろう。
 シス自身もかなり強いのだが、それはめいの勢力以外での話。めいの配下の中では、下から数えた方が早いぐらいの実力でしかない。シスより少し強い目の前に居るナイトメアでさえ、めいの配下の中では弱い部類に入る。
 それだけの力量差が在るだけに、逆らおうなど微塵も浮かばない。彼女らにとって、主人であるめいとは全てなのだ。

「ソれにしてモ、ヨわいものだナー」

 地上で動いている監視対象の様子に、ナイトメアは疲れたように言葉を吐く。

「そうですね~。女王が警戒する超越者なのですから、もっと強くなるとは思いますけれど、当分はあのままでしょうね~」

 ナイトメアの言葉で地上へと目を戻したシスは、しょうがないとばかりの声音を出した。

「まぁ、それを言うなら、向こうの方が期待外れでしたけどね~」

 視線をずらして落とし子達から離れた場所に目を向けたシスは、本当に残念だという口調でそう口にする。
 そんなシスの視線を追ったナイトメアは、何に対しての言葉か理解して、少し首を傾げた。

「ソオ? ジゅうぶんつよいとおもうけれド?」
「まぁ、そこらの者よりは強いですが、それでもわたし以下。我らが神の依り代を任されているにしては、あまりにお粗末!」

 僅かな怒りの混ざる声でそう力説するシスへと、ナイトメアは若干冷めた目を向ける。
 ナイトメアは自然発生的に生まれた幽霊に、めいが力と肉体を与えたような存在。ナイトメアにとってはめいこそが神であって、他についてはいまいちピンとこないといった感じであった。
 それに比べてめいが創造したシスは、めいの記憶の一部を継承している為に、めいと似たような感情を抱いていた。
 その辺りの温度差ではあるが、それにシスは気づいていない。

「デモ、アれにかてるのはどらごんぐらいじゃなイ?」
「そうですね~。ドラゴンの上位・・・中位ぐらいでギリギリぐらいかな~。でも、他にも妖精や巨人なんかも居るから、分からないですね~」
「ソれでじゅうぶんじゃないかナ~?」
「旧時代であればそうですね~。でも、これからの時代にはそぐわないかと~」
「マァ、ソうだネ」

 シスの言葉に、ナイトメアは同意の頷きを返す。もうじき訪れる新時代の強さは、現在の遥か上を行く。かつての最上位者であった旧王達ですら、新時代では下の方なのだから。
 その為に、二人は視線の先の相手に憐憫の目を向ける。新時代では二人もギリギリ中堅どころでしかないが、それでも下の数が多い為に、そこそこ上位者ではあった。
 そうして会話を終えると、二人は視線を落とし子達へと戻すのだった。





 昨日で東の見回りも終わったので、今日から討伐任務だ。
 南門前に集合して、時を待つ。周囲にはこれから平原に出る者達が続々と集合してきている。
 そんな者達を眺めながら、現状のナン大公国の、というよりこの駐屯地の大まかな戦力を分析していく。
 現在周囲に居るのは生徒が多いが、その生徒もナン大公国の学校の学生が多いので、戦力分析としてはあながち間違っていないような気もする。
 そんな訳で分析してみるも、流石に急に全体が強くなるようなことにはならないので、前回調べた時と然程変わらない。所持している魔法品や付加品の性能も併せて調べてみるも、街で売っているよりはまとも程度ばかり。身体強化や属性付きが多いが、これらは誰が創った品なのだろう? 自分達で組み込んだり付加したのかな? もしそうだとしたら、少しは評価を改めるのだが・・・。

「うーん・・・」

 全体を監視して、組み込んだり付加している現場を探すべきかな? いやそんなことよりも、プラタに訊けば知っていそうな気がするな。しかし、この程度の些事、わざわざ訊くほどでもないか。
 とりあえず周囲を調べた結果、相変わらず大したことがないのが判った。これから平原に出るという、戦闘準備を済ませた者達でこれなのだから、南の森を目指すなんて夢のまた夢だろう。
 これに落とし子達を加えたとして、現状では数の減った西の森のエルフ達相手なら勝てるかも? ぐらいの戦力か。仮に攻め込んだとしても、現在のエルフの里近くにはナイアードが居るので、その存在を加味すれば、ナン大公国側は勝利できないだろう。その程度の戦力。果たしてこれをナン大公国側は正確に理解しているのだろうか? 南の森のエルフについては幾度か戦ったのだから、多少の資料はありそうなものだが。

「・・・まぁ、ボクには関係のないことか」

 正直ナン大公国がどうなろうと、落とし子達が全滅しようとボクにはどうだっていい話であった。ただ、プラタ達が落とし子を気にしているので少し気になっただけで。

「・・・んー?」

 そこまで考えたところで、ふと思いつく。もしかしたら、駐屯地内に漂っているこのピリピリとした空気は、戦争が近い為に緊張しているからなのだろうか? そう思えば、これは街で感じたようなひりつくような緊張感の類いではなく、大きな何かを控えた張り詰めたような緊張感のように思えてくるのだから不思議なものだ。
 しかし、南の森に攻める為の準備は今までずっとされていたはずだが、今更緊張感を持つものなのだろうか? それか、ボクがここに来る前に何かしらあったのかもしれない。
 誰かに訊けば何かしらわかるかもしれないが、まあそれはどうでもいいか。
 頭を切り替えたところで、監督役の兵士達が合流した。
 監督役が合流したところで、それぞれのパーティーに監督役が付いて、南門から外に出る。
 平原に出た後、それぞれが好き勝手に行動を開始する。今日も南下して討伐数を稼ぐとしようかな。
 そう考え、早速移動を開始する。

「・・・・・・ふぅ」

 平原を進みながら、そっと息を吐く。敵性生物はたまに遭遇してはいるものの、相変わらず南門から少し離れたぐらいでは大した数は遭遇出来ない。それに背後からの視線も鬱陶しい。監視されながら過ごすのは、正直苦痛だ。
 周囲には戦っている生徒や兵士達の姿が多い。しかし、落とし子達は近くには居ないようだ。もっとも、まだ平原に居るかは不明だが。
 それにしても、敵性生物を一撃で倒すのはそれほどに難しいことだろうか? 未だに一撃で倒している者を見たことがない。最強位の戦闘は目にしていないので、その辺りは分からないけれど。
 魔物を一撃で倒す方法は、単純に高火力で倒すか、それなりに高い威力で弱点を突くかだ。
 その弱点も、場所や属性に攻撃の種類など細かくあるので、それら全てを突ければ、たまに居る強い生徒や兵士達であれば十分いけるはずなのだがな。
 条件は色々あるし、それは種類や個体によって変わるものの、それを見極められる眼さえあれば、あとは相手に命中させるだけなのだ。難しいとは思うが、人間でも不可能なことではないはず。
 そういったことを考えるものの、それを行っている者は居ないのが現状だ。
 まあ正直、それが面倒なのは認めよう。ボクも多少条件を緩和し、その分威力を上げることで対処している部分があるのだから。それでも、その事に気がつかないというのはどうなのだろうか? 多少の弱点については判明しているようなのだが。
 そして、背後から観察してくる監督役が一撃で敵性生物を倒す度に驚くのも、その辺りを証明している。生徒までは解るが、前線の兵士でさえこの程度も理解していないというのは問題だろう。よくこんな状態で南の森へと攻め込もうと思ったものだ。ある意味感心するよ。
 そんなことを考えながら平原を進み、敵性生物を狩っていく。もう少し南下しないと討伐数はあまり稼げないかな。
 砦を横目に現在の討伐数を思い出し、今回での目標討伐数からそれを引いていく。まだ平原に出たばかりなので、初日の討伐数は少ない。後二日でどれだけ討伐数を伸ばせるかにかかっているが、折り返しを考えれば戦果は期待できなさそうであった。
 そういう訳で、監督役を気にするのも面倒になってきたので、休憩など挿まずに移動と討伐を行っていく。ボクは三日ぐらいなら食事や睡眠なんかも必要ないので、討伐に専念した。
 そのおかげで想定以上の戦果が出たが、監督役が途中でばてた。倒れてはいないがそれに近い状態になったので、青空の下どうしたものかと思案する。今回の監督役は思っていた以上に情けない。
 このまま放置して進んでもいいが、その際は監視球の映像を学園に提出してから、駐屯地にも報告しなくてはならない。しかし、監視球は秘密の存在故に、それは難しいのが困りもの。討伐数を報告しなくてもいいのならば、何もしなくていいのだが。

「・・・・・・はぁ」

 少し離れたところから、呼吸を荒げて地べたに座りこんでいる監督役の兵士の姿を眺めつつ、呆れたようにため息を吐く。
 このまま置いていくのは簡単だが、それはそれで後が面倒なので、白けた目を監督役の兵士に向けながら、立ち上がるのを待つ。予定では帰りは早足で帰ることにしていたので少し長めに居ようと思ったのだが、監督役が立ち上がったら、もう折り返さないといけないな。

「・・・・・・はぁ」

 そう考えると、再度ため息が出てしまう。
 暫くして、顔を俯けていた監督役の兵士が、顔を上げてこちらを見る。そして、ボクの白けたような呆れたような目に気づき、居心地悪そうに目線を逸らした。
 更にもう少し休憩すると、監督役の兵士がやっと立ち上がる。それを見届けたところで、南門を目指して移動を始める。

「もうすぐ日暮れか」

 歩きながら空を見上げてそうぽつりと呟くと、後方の監督役の兵士が肩を僅かに震わせ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。別に責めたつもりはないんだけれど・・・まぁ、事実そうだから、わざわざ指摘してあげる必要もないか。
 帰りは少々早歩きで進む。監督役の体調? そんな事は知ったことではない。そうしないと時間内に辿り着けないし、先程休憩は挿んだのだから、文句を言われる筋合いはない。
 それを理解しているのだろう。監督役の兵士は文句も言わずに付いてくる。その表情は辛そうだが、時間も無いので気にしないことにした。早歩きだが速度は一応緩めているのだ、これ以上はどうしようもないし。
 途中で敵性生物を討伐するものの、それは通り道に居た敵に限る。本当に時間が無いので、わざわざ狩りに移動する余裕はない。
 そうして突き進み、討伐任務も三日目になる。今日が最終日だが、もう少し速度上げないと厳しいか? 目的地までの距離と現在地を頭に思い描き、そう判断する。しかし、そうなっては監督役が付いてこれないかもしれないな・・・。

「んー・・・」

 その事について考えるが、もう帰るだけだし置いていってもいいのではないかとも思う。視た感じ、このまま南門に到着するまでに戦闘は期待出来なさそうだし。

「・・・そうだな」

 とりあえず、少し歩く速度を上げてみた。

「・・・・・・」

 監督役も同じく速度を上げてきたので、更に速度を上げる。そうすると監督役の兵士も速度を上げていき――。
 そのまま南門まで到着出来ればよかったのだが、そんなことはなく、割とすぐに監督役との距離が開き出す。南門に到着した時には姿がかなり小さくなっていたが、何も問題はない。

「そんなことよりも」

 先に大結界の中に入り、南門を潜る。その頃には日付が変わる直前だった。本当に監督役は要らないな。
 監督役を待つ必要もないので、さっさと宿舎に向けて進む。今から帰ると、早足で帰っても空が白けはじめる前ぐらいじゃないか?
 宿舎の遠さに疲れがどっと出た気になってくるが、それでも転移で移動する訳にはいかない。人目が多いからな。
 そんな事を考えながら、走るような速度で移動していく。少しでも早く宿舎に戻って眠りたい。
 軽く苛立ちながらも宿舎目掛けて駐屯地内を移動すると、いつより格段に速く到着出来た。それでもかなり遅い時間だな。





 翌日。いや、翌日というよりも数時間後。
 目を覚ますと、いつも通りに静かに部屋を出る。室内には誰も居ないのだが、これは癖みたいなものだ。
 今日は休日だが、研究ぐらいしかやる事はない。そう思いながら、食堂でいつもの食事で朝食を済ませる。
 その後宿舎の外に出ると、すっかり朝になっていた。
 太陽の明るさに少し目を細めると、駐屯地の街方面への出入り口を目指して移動していく。
 そうして駐屯地内を移動して、入り口で身分証代わりの生徒手帳を提示してから、毎度の通りにそのまま門を通り抜けようとしたところで。

「ちょっと待て」

 門番をしていた兵士に呼び止められた。

「何でしょうか?」

 内心で初めて呼び止められたことに驚きつつ、表面上はいつも通りにしながら問い掛ける。

「君はジーニアス魔法学園に通う学園生のオーガスト。で、間違いないね?」
「ええ、そうですけれど・・・?」
「それなら、君は呼び出しがかかっている」
「呼び出し、ですか?」

 怪訝な思いで問い返す。しかし、呼び止めた兵士は詳しくは聞かされてないようで、他には呼び出された場所ぐらいしか教えてもらえなかった。
 それでも兵士にお礼を言って、呼び出された場所まで移動する。そこは呼び止められた門近くの兵舎。しかし、内装は他と違って少々豪勢で、派手さは抑えられているが、品のいい調度品が揃えられている。そこはまるで応接室。それもそれなりに地位がありそうな人物を迎えるような。
 駐屯地内にそんな場所が在ってもおかしくはないが、そんな場所にボクが招かれる理由が分からない。ボクは至って普通の一般人だ。間違っても貴族ではない。姉は貴族になったが。
 とにかく、ボクがこんな場所に招かれる理由が思い浮かばず、困惑してしまう。そうして混乱していると、視界に誰かが近づいてくるのを捉えた。

しおり