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第9話 弱虫ケルベロスさん

「あー、これはやばいですね」

 
 後退りながらもいつでも動けるように、注意深くケルベロスを見る。
 いざとなったら僕の魔法で時間を稼ぐしかない。


『案ずるな小娘。我に敵意はない』


 頭に直接聞こえてくる聞き慣れない声。
 どうやら魔法かなにかでケルベロスが語りかけてきているらしい。


『この男はもらっていくぞ』


 そう言って砕けた氷に埋もれていた不審者さんを(くわ)えて、僕たち相手に堂々と背中を見せて、勢いよく去っていった。


   ガルグググゥゥゥゥ!!


【特別翻訳】
(怖いよ怖いよ、死ぬかと思ったよ、神様ありがとう! いや、魔王様ありがとう!)


 
 このときの僕たちは知るよしもなかったけど、このケルベロスはめっちゃ怖がりなやつだった。 


───────────────


〈町の外れにて〉


魔王(マスター)


「おー、良くやったなケルベロス、漏らさなかったか?」


「本当にこんなことはもうやめてくれ、まじで死ぬかと思ったよ」


「なーに、あやつはまだ自分の力を扱いきれていない。光属性の魔法さえ使われなければ、互角ぐらいには戦えたじゃろ」


「私はそんなに弱いのですね」ショボン


「あやつが強すぎるだけじゃ。それにどうした? さっきまではカッコいい感じだったのに、今はいつものお主みたいに弱気じゃぞ?」


「あれは、少しでも強そうにしてなるべく戦うことを回避したかっただけだ。内心ドキドキしていたよ」


「お主はわしと契約しているのだから、もう少し自信をもって欲しいのだがな。まぁ、わしもそろそろ動くとするかのぅ」


「ほぉ、遂に人間に攻め入るのですか?」


「そんなことはせぬよ。お友達になりにいくだけだ」


「あの少女とですか?」


「もちろん! さあ、これからが楽しくなるぞ!」


 明日が待ちきれないとばかりに、見た目の年相応の笑顔で楽しそうにする魔王。

 

「自分の年を自覚した方が--!!」


「なんだ? わしは心も体も永遠の10代じゃぞ?」


 かわいらしい笑顔のはずなのに蛇に睨まれたカエルのように一歩も動けない。
 魔王様にとって年の話はNGらしい。


 勇者と戦った影響で魔力が弱まってから、今のかわいらしい容姿に変えて、魔力の回復に努めているが、未だに魔王の地位を不動のものとしている。


 冥界の番犬が冥界に落とされるなんてたまったものではない。


「えっ? なにその無駄に大きい檻は? えっ? やだよ。ケルベロスであろう私が檻に入れられるのはちょっと......。いや、本当に無理だから! うわっ! やめろ! その体でどうしてこんなに力が強いんだ!? やめろ~~」



 ガルグググゥゥゥゥ!!


 夜の森に響く魔獣の咆哮は弱々しく、力のないものだった。



───────────────


 ケルベロスの弱々しい咆哮が鳴り響いている頃。

 
 僕たちはフリーユの町に着きました。

 
 でも様子が変というか、物騒というか···
 高くて固そうな壁と、その上には弓を持った兵士がずらっと並んでいて、まるで敵軍が攻めてくるのを予期しているかのような布陣。

 


「なんかすごいですね。いつもこんな感じなんですか?」


「う~ん。いつもはこんなんじゃないんだけどね。多分、ケルベロスが出たから警戒しているじゃないかな?」


 僕たちが少し話をすると、夜なのに町の方から強い光が照らされて、たまらず目をつむった。


「今だ! 放てーー!!」


 突然大きな声が聞こえたと思ったら、壁上から十数本もの矢が襲いかかってきた。


「っ! アイスロック!」
 

 とっさにさっきも使った魔法で、氷の壁を作って身を隠した。
 放たれた矢はすべて的確に僕の方に向かっていたけど、氷の壁はすべて防ぎきった。



「ちょ! いきなり何するのよ!!」
「すまんなレーラさん。一刻も早くあんたらを救うためだ。許してくれ」
 


 気づくとレーラさんの隣には筋肉ムキムキのおっさんがいました。
 そして······


「勇者を離せ! この野郎!!」


 一瞬で距離を縮めたおっさんは、おもいっきり僕を殴ってきた。



「っ! プロテ──」
「遅い!!」



 防御魔法をかける暇もなく、無防備な体に強烈な一撃を食らってしまう。
 その衝撃で、お姫様抱っこをしていた勇者さんを落としてしまった。


「さぁ、人質は返してもらいましたよ。これで本気であなたと戦えます」


 嘘でしょ!
 あの速さで本気じゃないとか人間越えてるよ!
 僕も結構強いけどさ。


「魔王の幹部ドッペルゲンガー!! このハルバルト自らが冥界送りにさせてくれる!! あぁ、しかしなぜ、よりにもよってそのような姿なのですか? なんとも私好みの姿! もし、後ろに部下たちがいなければ、例え敵だとわかっていても求婚していたでしょう! しかし私は心を鬼にしなければならない。お嬢さん、動かないでくれませんか? せめて苦しませずに終わらしたいのです」



 なんというか······


「変態ですね」 僕
「変態ね」 レーラさん
「変態だな」 気絶中のシオン
「変態だ」 部下たち

 
 みんなの心が一つになる瞬間でした。


「色々と誤解があるようですけど、話を聞いてくれるような雰囲気じゃないですね」


 僕も変態さんに合わせて戦闘準備に入る。


 
「「いざ尋常に勝負(です)!!」」

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