第8話 一度あることは二度ある
勇者さんの正確な位置を覚えているわけではないので、遠くまで見えるように地面ではなくて、木の上を忍者みたいに、ピョンピョン跳ねていたら、すぐに見つかりました。
木が生い茂っている森の中でぽつんとできた空間──
たぶんさっきの暴風でできたであろう場所に傷だらけの勇者さん、それと黒っぽい服を着た不審者さんがいました。
レーラさんは見当たらないので、どこかで抜かしてしまったみたいです。
「······」
明らかに不審者さんが勇者さんを殺そうとしているやつなので、覚えたての魔法を使ってみることにしましょう。
「アイスロック!」
僕が使えるようになった魔法の一つのアイスロックは、対象の周りの温度を急激に下げて、氷漬けにするもの。
すぐにでも事情を聞きたいのですけど、勇者さんの傷は放っておけるような状態ではないので、後回しにして回復に専念します。
「大丈夫ですか···なんて野暮なことは聞きません。じっとしていてください。すぐにケガを治しますので」
そう言って僕は、問答無用で勇者さんに近づいて、これまた覚えたての魔法を使った。
「ヒール」
魔法を唱えると、かざしていた僕の手から光が出て勇者さんの体を覆った。
するとみるみると傷は消えていき、パッと見では完全に回復したように見える。
僕が移動を開始してから1分も経っていない。
これで僕の最初の戦闘は終了です。
あとは、氷漬けにしておいた不審者さんを尋問でもして情報を吐かせましょう。
パンッ
僕が指を鳴らすと、首から上の部分を覆っていた氷が綺麗に砕けた。
別に指を鳴らす必要はなかったのですが、カッコいいのでやってしまいました。
ほら、あれみたいなものです。
ヘブン○タイム!
「不審者さん、何か言いたいことはありますか?」
氷の拘束から逃れた不審者さんは、僕のことを睨んだあとに不敵に笑って、口早に話始める。
「はっは、どこのお嬢さんか知りませんけど、常識がなってないですね。敵の口を塞がないなんて初歩的なミスを......。 だから痛い目をみるんですよ!! ダークスピア!」
言うが早いかすぐに魔法を唱える不審者さん。
なるほど、手足が封じられていても、魔法は使えるんですね。勉強になります。
どんな魔法がくるのか警戒をしている僕だけど、しばらく変化は見られなかった。
不発?
そんなことを思った瞬間、狙い済ましたかのように背後に嫌な気配を感じる。
それが敵の魔法と気づいたときには時すでに遅し、とても回避できる状態ではないので、気休めに防御魔法を唱える。
「プロテクト」
「ウェポンアーツ、弓。 弍の型
突如として放たれた矢は、僕の後ろでダークスピアと衝突し、相殺した。
防御魔法を張っていたおかげでその衝撃を最小限に抑えることができました。
「ほらね、言ったでしょう。私、弓は得意なのよ」
「レーラさん!」
後ろから僕を援護してくれたのはレーラさん、その弓の腕は確かなもので、勇者の仲間というのも頷ける。
「アイスロック」
悪さをしないように不審者さんの顔をもう一回氷漬けにしておきます。
「お久しぶり·····、というほどでもありませんね。さっきぶりです(ぺこり)。それと····約束でしたからね、僕の名前は······」
名前······どうしましょうか。
うーん。
「シルバー······、シルバー・エトランゼ」
今の僕の特徴的な銀色の髪と、フランス語で旅行者を意味するエトランゼ。
今の僕にはぴったりな名前な気がする。
中二病くさいですかね、まぁ、それっぽい名前なのでいいでしょう。
「シルバーちゃん...うん。ありがとう、約束守ってくれて。本当に···嬉しい」
「ま、まぁ、約束でしたからね。それくらいは僕だって守ります」
涙ぐんで感謝を伝えてくれるレーラさんにたじろぎつつも、自分の選択は間違っていなかったことを実感します。
自分の力が誰かの役に立つのはなんとも嬉しいことてすね。
「それと······あれ、どうします?」
気恥ずかしさもあって話題を変えるついでに、森の氷像と化した不審者さんを指差しながら、レーラさんに尋ねてみる。
僕が被害を受けたわけでもないし、勇者さんは気絶しちゃってるし、ここはみんなのお姉さん、レーラさんに聞くべきだ。
「うん、そうだね。シオンを傷つけたのは許せないけど、さすがに殺すのは気が引けるし、頭を冷やしてもらうということで、そのまま放置しておけばいつか溶けるでしょ」
「そうですか。では、もう用はないですし、さっさと町に行きましょう!」
オー! というレーラさんの声を聞いて、身体強化の魔法を自分に掛けてから、勇者さんをお姫様抱っこして、スタスタと町の方へ向かって歩き出します。
なぜでしょうか?
僕の記憶にはないはずなのに、なぜかこの状況にデシャブを感じてしまいます。
僕が気絶していたときに今と同じような状況だった気が······
ゴゴォォォォォォ---!!
僕が余計なことを思ってしまったためなのか、突然辺りが暗くなって雷まで鳴っています。
すると、空から大きな影が降ってきてちょうど氷像があった場所に着地します。
バリィィッン!!
僕が結構本気で一生溶けないようにカチカチにした氷がいとも簡単に砕けます。
中の人は······どうやら生きているようです。
ガルグググゥゥゥゥ!!
それは神話に登場する、3つの首を持つ犬──ケルベロスそのものだった。