三通目
アップダウンモーションから降りると、もう時計は2時を指していた。流石にお腹が空いたから、と片瀬と2人でご飯屋さんが沢山ある空腹の島へ向かう。洸と来た時にいつも入るのは、カレー屋さんだった。でも頼むのはカレーライスではなくて、オムライス。なんでカレー屋さんにオムライスがあるのか全く分からないけれど、卵がふわふわで柔らかくて、すごく美味しかったのをよく覚えている。
アップダウンモーションをでて、2つのアトラクションをこえると、空腹の島へと繋がる橋が見えてくる。その橋を渡る時に漂ってくるいい匂いに、限界まで空になった胃が反応して小さな音をたてる。
隣の片瀬が小さく吹き出して、私に背を向けると肩を震わせて笑いをこらえようと必死に口元を抑えいるのが腕の動きでわかる。周りの人たちが橋の真ん中で笑っている片瀬を訝しげに見ながら通り過ぎていくのが、死ぬほど恥ずかしい。
「片瀬っ」
30秒たっても、肩を震わせている片瀬の背中をばしばしと叩く。
「いや、だって、ぐふっ」
「しょうがないでしょ!」
「はぁー、おかしかった」
片瀬は大きく息を吐くと、笑いをにじませた声でそういった。その様子がなんとも憎たらしくて、ぷいっと顔を背ける。
「夏恋チャン、怒んないでってー」
片瀬が私の前にぐっと回り込んで、頬をむにむにと摘む。その顔は困った顔ではなくて、やっぱり笑顔だ。
「いひゃい、ばか」
実際は痛くなかったけれど、一応怒ったように見せておく。
「ごめんって」
片瀬はぱっと手を離すと、今度は困ったように笑った。なんで今さらと思いつつもその笑顔が、なんだか寂しそうに見えて、私は何も言えなくなってしまう。何か、返さなきゃいけないと思うのに、その大人っぽい笑みが、片瀬の時間もきちんと進んでいるんだと、そう言っているようで、胸が鋭く痛んだ。
「夏恋チャン?」
固まってしまった私の顔をのぞきこんだ片瀬の顔は、高校生の頃と同じような困り顔で、そのことに安心する。
「どうかした?」
「何でもない」
「そう?」
「うん」
「どこ入ろうか?」
やっと橋を渡りきって、辺りを見回しながら片瀬が問いかけてくる。私も同じように周りを見回す。ピザ屋さんに、パスタ屋さん、それから和食屋さんにサンドウィッチ屋さん。色々なお店が並ぶ中でひときわ賑わっていたのが、思い出のカレー屋さんだった。
「あそこ入ろっか」
片瀬が指さしたのは、カレー屋さんの隣にあるサンドウィッチ屋さんだった。私は、カレー屋さんに入ろうと言おうか迷って結局何も言えないまま片瀬のあとに続いた。サンドウィッチ屋さんは、もう午後2時なのにそこそこ賑わっていて、10人くらいの人がお店の前に列を作っていた。移動販売のようなお店で食べるところはテラス席のみ。パラソルの立てられた屋外の机や椅子は青緑色で、いい感じに色が落ちいていい雰囲気を出している。
片瀬は店員さんに貰ったメニューを見ながらじっと、何かを考え込んでいた。茶色い髪に茶色い大きな瞳。洸とは違うそれをじっと見つめる。洸の髪色は黒で目ももっと濃いこげ茶だった。違うものなのに、その目から伝わってくる暖かさが、洸に似ているからうっかり洸と重ねてしまって、我に返るたびに洸はもういないんだと思い知らされる。
また、小さく胸が痛んだ。
「夏恋チャン、何にする?」
「んー」
片瀬は私にもメニューが見えるようにメニューを傾けると、「俺のおすすめはね」と話し始めた。その顔には、さっきの寂しそうな笑みも、何かを考え込んでいた時の暗さもなくて、ほっと心の中で一息つく。
私はメニューに意識を向けた。メニューには様々な料理が書いてあった。BLT、たまごサンド、野菜オンリーのサラダサンド。ちなみに片瀬のおすすめはBLTらしい。私は注文の直前までBLTとたまごサンドで迷って、結局おすすめされたBLTを頼んだ。
サンドウィッチを注目して、ちょうどよく空いた席に片瀬と座る。座ってサンドウィッチが運ばれてくるのを待っている時に後ろの席から、「あの二人カップルかなぁ」という声が聞こえてきて、周りからはカップルに見えているのかと、やっと気がつく。実際は七年間一度も会っていなかった友人だとは誰も思わないだろう。
「BLTおふたつとコーラ、それからオレンジジュースです。ご注文は以上ででよろしいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
片瀬が店員さんの差し出したトレーを受け取って机に置く時、ふわっとベーコンのいい香りが鼻をくすぐる。
「いただきます」
2人で声を合わせてそう言ってから食べ始めた。
「坂崎と2人で来てた時はどこでご飯食べてたの?」
「隣のカレー屋さん」
「へぇー」
「で、オムライス食べてた」
「えぇ」と驚いた声を上げる片瀬に、してやったりと心中だけでほくそ笑む。
高校時代の思い出話をしている片瀬の話に相槌を打っているとあっという間に食べ終わってしまった。
「夏恋チャン」
真面目な声のトーンになった片瀬が口を拭いていた私の名前を呼ぶ。
「これ、俺が坂崎から預かった手紙」
家に届いたのと同じ茶色の封筒を片瀬が私に差し出す。私はその手紙を受け取るのをちょっと戸惑って、それでも好奇心に負けて手を伸ばす。
『三通目までやっとたどり着きました〜、ぱちぱち』
この手紙を洸はきっと真顔で書いたんだろうな、と右上がりの字を見ながら思う。
『片瀬とはちゃんと俺の思い出話したか?
懐かしいよな。二人きりで行ったのは高一の夏恋の誕生日きりになっちゃったけど。楽しかったよな。ずっと手繋いでてさ。
まぁ、そんな話は置いといて。
次の場所へも、片瀬に連れていってもらってくださいな。ヒントは約束の場所。
P.S
夏恋の世界はちゃんと動いてるよ』
嘘だよ。だって洸が居なくなってから笑えないままだもの。止まってしまった時間を進められないままだもの。